#49 転生 II
──"魔剣"があった、その名を"イーズデイル"と言った。
元は"大魔技師"と呼ばれる者の手によって、魔鋼を用いて作られた一振りの剣に過ぎなかった。
後に"魔法具"の一つである指環によって、無機物に過ぎなかったその剣は"命"を吹き込まれた。
剣は──死刑執行人を代々継ぐ家で、罪人の首を刎ね続けた。
咎人の血を吸い続けるにつれ知性を得て、剣としての機能と、役割を、十全に発揮することを存在理由とした。
剣は──傭兵団長の手にあって戦場を舞った。
血しぶきに塗れれば塗れるほどに使い手と同調し、その潜在能力を限界以上に引き出すまでに至るようになった。
剣は──ある騎士団員と共に、敵を切り伏せ瞬く間に出世していった。
剣士が死しても次の剣士へと渡り続けた剣は、歴代の使い手たちの記憶・知識・経験を蓄積していた。
幾人もの剣士たちの手によって……斬って、斬って、斬り伏せて──いつの間にか使い手の精神すら蝕む"魔剣"と成っていた。
ある日、アルビノ狼の獣人"ヴィクトル"という名の少年が、偶然かはたまた運命か──"魔剣イーズデイル"を手にした。
かれはそれまで奴隷階級の人間であったが、剣との出逢いを境に人生が一変する。
少年は歴代剣士すら霞むほど、群を抜いた適性があった。
そうして魔剣が保有していた記憶・知識・経験を完全継承し、完璧な同調でもって使いこなすに至ったのだ。
親和性が高かったおかげか精神を汚染されることもなく、理想的な共存関係でもって最高のパフォーマンスを発揮した。
"ヴィクトル・イーズデイル"と名乗りし男は──この世の咎人を斬り続け──やがて"英傑"と呼ばれるようになった。
本来であれば……歴史に名を遺してきた、数多の英雄譚の一つで終わったはずだった。
しかしヴィクトルと魔剣イーズデイルは、あまりにも相性が良すぎた。
それは親和性の業とも言うべきか、イーズデイルは使い手であるヴィクトルの肉体が死んだ後も、その遺体を操ることができた。
魔剣でしかなかった存在は、ついに自らの肉体を持ち得るに至ってしまったのだ。
ヴィクトルの死後も魔剣イーズデイルは"英傑"としての名声を高めていったが、やがて歪みが生じた。
理由は判然としないが、イーズデイルは咎人以外も……無辜の民をも無差別に斬るようになった。
一振りの剣によってのみ行われた大量虐殺。刃による戦禍──刃という名の災禍。
魔剣イーズデイルに操られていたがゆえに、死してなお精神が生きていたヴィクトルにとって……それは耐え難い行為であった。
意識が残ったまま、己の意思が介在できない領域で、数えきれない人間の命を奪った。
"堕ちた英傑"──"刃禍"のヴィクトル・イーズデイル。
彼はほどなくして別の英傑の手によって討たれ、魔剣イーズデイルは"重力の檻"に飲み込まれて完全消滅に至った。
◆
「否──既にやり直している最中なり」
そして再び生まれ落ちた。大陸ではなく、ここ極東の地にて。
「どういうこった?」
「拙者もまた"転生者"、ということよ」
「真剣かよ……!?」
さしものアルムも驚きを隠せず、驚愕の声をあげる。
「あなたまで暴露してしまうことはなかったでしょう」
「河村ゲンジロウのままでは、彼奴には勝てぬゆえ──」
それは暗殺をする為の仮の名。
さらには"地源流"という表の戦型だけで、抗しえないことは先の一戦で既に理解していた。
「それに拙者も"銀十字協会"の一人であり、与羽村どのが素性を語られるのであれば、拙者も是非もなし。二度目の人生を救ってくれた恩義は、生涯を懸けて返す所存でござる」
「命を救うことは自分にとって当たり前のことだから、そこまで恩に着られる必要はないんだけどね」
与羽村リンドウは常々そう言うものの、新たに北州で生まれた己にとって、忠義を尽くすに値する主君であり、武士らしく生きる上で本懐である。
「ふゥーーー……やっと頭が追いついてきたぜ」
アルムはコキコキと首を鳴らしながら、息吹で心身を整える。
「河村ゲンジロウ、あんたの本名はなんてーの?」
「"白尾トオル"と申す」
「それは北州での今の名前か、転生前のを聞いたつもりなんだけど」
「ヴィクトル、だがそれは捨てた名だ」
生まれ変わった己にとって、忌まわしき名とも言ってもよい。
何よりもその名を持つ者は今、大陸にいる。
「ふんふん、そうかい。リンドウさんと同郷っつっても、多分国とかは別なのかな? 時代とかってどうなってんだ……」
「拙者と与羽村どのは、そもそも同郷ではござらぬ」
「ん、それって……またさらに別の世界──ってことか!?」
「否、拙者はこの世界の中でのみ転生したに過ぎん」
「な~んだぁ……って、同世界転生!? いや、それはそれで──」
「加えて言えば、現在より先の未来でござるがな」
"刃禍"のヴィクトル・イーズデイルが、その名を轟かすのはもっと未来の話。
ゆえに白尾トオルは、それを自らの手で討つことこそを人生の目的としている。
「はいぃぃぃいイイッ~~~~~~!? 情報量が多すぎるってぇの!!」
アルムは再び頭を抱えた様子を見せる。
「未来から現在への転生!?」
「左様」
「ヴィクトル……は大陸の名前だったのか、ってことは本人に再転生したわけじゃないってことなのか」
「然り。拙者はヴィクトル本人を……斬る為に生きている」
「転生する前の自分自身と、同じ時代に生まれて──自分自身と決闘する、気ィ……? なにゆえ?」
「おぬしとは、そこまで語るほどの仲ではござらん」
そう切り捨てられて、アルムは大きく溜息を吐いた。
「男同士、剣を交えりゃもう親友じゃねぇ?」
「決着はついておらぬ」
「分が悪くなって逃げたくせにさぁ、ふてぶてし過ぎだろォよぉ。そんじゃぁ俺が勝ったら教えろよな」
与羽村リンドウからも、白尾トオルからも死角になる位置から、アルムは大刀と小刀を一本ずつ取り出した。
「先刻と同じと思うなかれ」
白尾トオルは"地源流"の構えではなく、右腕を真っすぐ天を突くように野太刀を構え、左手は胸へと添える。
「大陸の剣技か……? 異様な構えだな、たっぷり味わわせてもらうぜ。っと、リンドウさんは手を出さないでくれよ? 無粋な輩には力加減が上手くできないかも知れんから」
「男の勝負に水を差すつもりはないさ」
与羽村リンドウの言葉を聞いたアルムは大小の二刀流で構え、獣が牙を剥くように鋭歯を見せて笑う。
「"霧縫流"──霧縫アルム、推参」
「"亜贋流"──白尾トオル、見参」
ヴィクトル・イーズデイル時代、魔剣に蓄積された記憶という借り物の剣技だけで戦ってきた。
そんな己の不足を戒める意味で名付けた模倣の剣術。
贋物がいつか本物に至る時、白尾トオルはかつてのヴィクトルを超えられるのだと。
「霧縫流・二刀勢法──"雲竜"」
音も無く近付いたアルムは──自身という雲に隠した──大刀の竜と、小刀の尾を、それぞれ別軌道で振り抜く。
しかし白尾トオルはまったく意に介してた様子もなく、一念でもって野太刀を振り下ろしていた。
「アンロン家・死儀執行礼剣──"雫断ち"」
大陸で最も旧い都市国家の一つ"リエコヌル"において、建国当初より死刑執行人として代々受け継がれてきたアンロン家の処刑術。
技の最中に強引に手首を返したアルムは、大小を交差するように重ね合わせた"十字受けによって斬り落としを止める。
「──"刎ね"」
そして受け太刀した瞬間、水が流れ落ちるように野太刀はすり抜け──地面に衝突した切先──弾かれたように斬り上げへと繋がる。
アルムは瞬時の判断で大刀の柄頭を真下に向け、"茎受け"することで、斬撃の勢いを殺し切ったのだった。




