#48 転生 I
既に日は暮れて、外はしとしとと雨が降り始めていた。
「んっん~~~、俺が斬った傷はリンドウさんに治してもらったのかな?」
アルムは既に大太刀を抜いている河村ゲンジロウと向かい合う。
「縫合の技術だよ」
「それなら霧縫も得意だ、俺はそんな得意じゃないけどノエが得意」
「……その子が房中術のお相手かい?」
「そーそー、いつか俺が勝つ」
会話をしながらアルムは今ある情報を整理して、探りを入れる。
「なぁ河村ゲンジロウ、なんで与羽村さんに逃げろなんて言いに来たんだ?」
「……怪我を治療してもらったからだ」
雨に濡れながら、河村ゲンジロウは答える。
「なぁリンドウさん、あいつが"人斬り"って知ってた? いや御庭番なら、"一等手配首"は頭に入ってるよな」
アルムはコンコンッと側頭部の天狗面を叩く。御庭番であれば、知らないというほうが不自然だと。
「自分は誰であろうと救う。それは……医術を学ぶ者であれば誰もが知る──ある種の誓いによるものだ」
「俺でも救ってくれる?」
「当然だ」
「な・る・ほ・ど・ねぇ」
つまり指名手配犯だろうが、凶悪な殺人者であろうが救う。
ご立派な考えではあるし、それが異世界の心得であるのならば──その真偽をアルムには確かめようがない。
「ふ~~~ん、まっわかってると思うけど? 俺が知りたいのはさぁ……治療の時に"初めて知り合った"のか、それとも"以前からの知り合い"だったのかってとこなわけよ」
鉄扇を開いてゆら~りゆら~り手遊びしながらアルムは問い、河村ゲンジロウはわずかに目を伏せつつ言葉を選ぶように答えた。
「追討軍が迫っている、略奪は戦争の常。世話になった人物を逃がそうとするのは……おかしなことではござらん」
「ざっと見た感じ、奪うものはおろか……病気を見れば近付くことすら忌避すると思うがね」
そして開いた鉄扇を、アルムはパチンッと閉じた。
「病災に見舞われた村を救おうとする善人が。誓いってのを守る人間が。村の人間を見捨ててまで──追討軍から逃げる理由、逃がそうとする理由ってな~んだ?」
「それは──」
言葉に詰まった河村ゲンジロウに、静かに与羽村リンドウが告げる。
「もういいよ、河村さん。彼は既に当たりをつけている、のらりくらり躱しきるほどの理論武装はないよ」
アルムはリンドウのほうへと向いて、不敵な笑みを浮かべた。
「霧縫さんは"選別"という言葉を知っているかい?」
「いやぁ? でも響きとしては大陸にある連邦の訛りっぽくは感じる」
「"優先順位"をつける、ということだよ。これも医術に携わる者ならば、切っても切り離せない問題だ」
「救う順番ってこと?」
「そうだ。より多くを救う為に、時には切り捨てるということが必要になってくる。自分はその原則に従っている、その見方がより"大局"というだけなんだ」
「ごめん……いまいち要領を得ない」
与羽村リンドウはゆっくりと一度だけ深呼吸してから、言葉を紡ぐ。
「少し遠回りになるが、話に付き合ってもらったいいかな」
「いいぜ、問答は好きだ」
「あぁ……今の世を──巷をどう思うか。"天狗面"として動いているならばわかるだろう? 今この村を見てもそう……どれほど乱れてるかを」
「まっ、な」
一番最初の任務から数えて、多くの潜入をこなし、多様な手に職をつけてきた。
交易商人として方々巡って市場や流通をいくつも取り扱い、立ち上げた事業を通じて雑多な人々と関わった。
"空間転移"で北州から南州まで、津々浦々を行脚した。
「暗君とまではいかずとも、幕府に富が集中し日々贅沢三昧。民衆のことなど気に留めない。そうそう、近く将軍は"上覧武芸試合"なるものも開催しようとしているとか」
「それは……おもしろそう。御庭番なら特別に見れたりするかな? いやなんなら俺が出たい」
「血気盛んだな」
"北州無双"こと宗像タツトラも出るというのなら、是非にも闘ってみたいと。
「……こんな言葉がある。"幸福の形は皆一様に似通っているが、不幸の形はそれぞれで異にするものである"と」
「ふんふん、それは確かに言えてるかもな」
与羽村リンドウが言わんとしていることはよくわかる。
幕府や諸大名の治世が及ばない部分──否、統治されている土地においてすら様々な艱難辛苦があるということを。
「でも俺の知ったこっちゃないかな」
アルムは肩をすくめつつ答え、リンドウは静かに淡々と続ける。
「きみには力がある。戦局を一人で変え、"人斬り"ゲンジロウに退却の一手を打たせるほどの強さが──男として生まれたからには、自ら変革しようとは思わないか?」
「"変革"かぁ……男として言わせてもらうと興味はあるね。ってか随分と話が大きくなってきてない?」
「君はこうして"直接会って話したかった"のだろう」
「んあー?」
アルムは少し前に与羽村リンドウに言ったことを思い出す。
今回の戦争を引き起こした"主導者"を探索する任務──しかし実際に見つけてどうするかは、会って話してから、自分の意思で決めると。
「真剣かよ……リンドウさん、あんたが今回の戦争を煽動したのか?」
「公儀御庭番・"無貌面"。黒鷲楼の主人にして流浪の医者・与羽村リンドウ。そして"銀十字協会"会長──異世界転生者"ヨハン・ミューラー"」
「ヨハン・ミューラー、それが転生前の本当の名前か。"銀十字協会"も──」
「そうだ、自分が創ったものだ」
"銀十字協会"──市井の人々を金銭の授受なしで治療するが、同時に幕府の腐敗など過激なことを民に広めている集団。
「たしか"銀の十字の下に、命は守られる"だとか、"幕府は死を量り、銀十字は生を繋ぐ"だったか」
「元いた故郷では、"プロパカンダ"とも言う。わかりやすい標語と、実効的な救い──それは時として信仰にすらなりうる」
"無貌面"──貌無き面、それはどのような顔にもなれること。
こたび曙誠党を裏から煽動し、戦争にまで焚きつけた黒幕。
「何かしらに関係してるかな~? とは思ったけど、まさか探していた張本人だったとは……つくづく俺って持ってるねぇ」
与羽村リンドウ改めヨハン・ミューラーは、手術に使った"地蟲鵺の刃針"を油断なく右手に握り込む。
「運命ってのは自分で切り拓くから面白いのに、向こうからやってくるんだもんな~~~まったく参るぜ」
鉄扇で肩を叩きながら、アルムは自身に流れる魔力を意識する。
「ただすんげー解せないな、なんでわざわざ戦争を……? しかも戦力差は歴然だった。数多くの人が無為に死んだ。それは"銀十字協会"とリンドウさんも掲げる誓いに反するんじゃ?」
「無為か有為か、それは今後の歴史で決まる。言っただろう、より"大局的な選別"だと。敗北も織り込み済み──とはいえ君の|所為で、予定よりも早すぎる撤退を余儀なくされてしまったがね」
グッと強い意志を瞳に宿し、ヨハン・ミューラーは一拍置いてから続ける。
「想定外ではあったものの、自分はいつだって最善を尽くすだけだ」
「くっかっはっは、傲慢だねぇ。でもそれも強者の特権だ。世界を変えるなら、相応のモノを差し出して捻じ伏せないとだし、俺は肯定するよ」
「あるいは、君も協力者になってくれるとありがたいのだがね。だからここまで話したのだ、"天狗面"」
「俺を買ってくれてるのはよぉ~くわかるよ? 今回の戦争も、さらに続くどえらいことの布石なんだろうってこともな。御庭番の"無貌面"として幕府内部に深く入り込み、"黒鷲楼"で情報と人脈を拡げ、"銀十字協会"という実行力を持つ──しっかりとした現実性を持ってるのが理解できるよ」
"天狗面"のほうで呼ばれたアルムは、側頭部の面を手にくるくると回す。
「一個だけ質問。なぁリンドウさん……いやヨハンさん? ミューラーさん?」
「リンドウで構わんよ」
「了解、もしも一分だけ過去に戻れるとしたら……リンドウさんは何をしたい?」
あまりにもそれまでの会話とは脈絡のない問いかけではあったが、与羽村リンドウは真剣に思い出し、考え、答える。
「その一分で原理を解析して究明する。そして幾度となく再現し、今までこの手で掬い取れなかった命を救おう」
「ふっ……くく、くっかっははっははははッ! 前提そのものを崩そうとするかぁ。面白いねぇ、強欲だねぇ、転生者らしい実に科学的な考えだ」
アルムは愉快に哄笑ってから、河村ゲンジロウのほうへと視線を移す。
「河村ゲンジロウ、あんたは? 一分だけ過去に戻れるなら何がしたいよ?」
「……必要ない。拙者は足りている」
「んん~? やり直したい過去はないってぇ?」
「否──既にやり直している最中なり」
力強く言い放った河村ゲンジロウの言葉に、アルムは眉をひそめるのだった。




