#47 天狗と無貌 II
「冗談だって、律儀だなぁ」
「商売においては、立てねばならぬ筋というものよ」
リンドウは下げた頭を上げながら、鋭い目つきでそう言った。
「ん、そりゃ確かに」
年下にも侮らずに真摯な対応を見せる男に対し、アルムは一定の敬意を覚える。
「とりあえず俺には勝たなきゃならない相手がいるんでね、いずれまた通わせてもらうぜ」
「ぜひともご贔屓に。それと、勝たなければならない相手とは……?」
アルムのことをより深く知りたくなったリンドウは、素性をお互いに知ってはならない御庭番の掟を無視し、会話を打ち切らずに踏み込む。
「俺はさぁ、霧縫姓だけど養子でさ。生まれは大陸だけど、一歳くらいで北州に渡ってきたんだ」
「確かに普通のヒタカミ人とは、いささか顔立ちが異なるようだ」
元々は種族多様な大陸より分かたれた島国とはいえ、時間が経てば遺伝的な偏り・傾向が存在する。
特に獣人種や亜人種などは、"大妖怪"を相手に数を大きく減じており、かなり珍しい種族である。
「そうそう。俺は外の血を取り入れる為であって、俺自身も霧縫家にとっての……房中術の練習台ってワケ」
「だから若くして閨の技術も自信有り、というわけか」
「鍛えられてっかんね、最近はこまして情報を得ることもあるくらいだよ。趣味と実益ってやつ」
「それはそれは……大したものだ。そんな君でも勝てないという"その方"の業前、ぜひともを"黒鷲楼"へお招きして、太夫たちにもご教示願いたいところだ」
「霧縫家が代々継承している門外不出の性技だぜ? そいつぁ無理な相談──あっ……そういうことかッ!」
そこではたとアルムは気付きを得て、パチンッと指を鳴らした。
「なにがだい?」
「リンドウさんも遊女を使って、俺よりもずっと規模を大きくして情報を収集してんだ? 霧縫の房中術と一緒で、相手を籠絡させる為の遊郭経営」
少しだけリンドウは迷ったものの、アルムの言葉を肯定する。
「君は実に聡明だな。評判の遊女は──権威ある豪商や、身分を隠した大名にすらも深い情を抱かせる。彼らは遊郭という"華やかな檻"に囚われた彼女らに安心して、絡めとられた心の奥底を……ついつい吐き出してしまうのだよ」
「竿と弱味を握られて、手玉をとられるわけね。勉強になるわぁ」
商人として、御庭番として、素直にアルムはリンドウの手法に感心する。
「ところで俺ってば、別に大事なことは漏らしてない──はず、だよな……?」
「自分が知っているのは名前と年齢くらいか。重要なことでなければ、こちらの耳には入らない」
有効活用する為にきちんと機構として構築しており、取捨選択できない情報網はそもそも使い物になりはしない。
「とはいえだ、きみは太夫を買うほどの大人物、密かに調査は進んでいるだろう。主人として打ち切るよう言っておく」
「おっ、そう? まぁ別に調べられたところで大して隠すほどのことはないし、知られたところで俺をどうこうできる奴なんざいないけどな」
「それでもこうして知り合った以上、不必要に探るような真似はすまい」
大層自信たっぷりに答えるアルムに、一抹の危うさを感じつつリンドウはそう返す。
「あいよっ了解。しっかし遊郭かぁ、俺もどこか小さめでもいいから娼館でも買い取って経営してみようかな。女衒なんかもおもしろそう」
「楽ではない、とだけ言っておく。……自分とて廓で産まれていなければ、今のような立場にはいなかったであろう」
「へぇ~~~もしかして父も知れぬ、遊女の子とか?」
「まさしく」
「そいつぁ、難儀? それとも母がいっぱいいて幸せ?」
「少なくとも最初の環境としては悲惨だったと言えような……」
リンドウの表情が曇り、声が一段低くなる。
「どういうこった?」
「"病気"だよ。遊女という仕事の性質上、切っても切り離せぬ問題だ。しかし何の因果かな──自分には"環境を変える為の術"があった」
梅毒、淋病、クラミジア、ヘルペス他、性病以外にも赤痢やコレラ、天然痘に似た疫病も流行した。
黒癬病もまた昔からある伝染病であり、市井において蔓延する重大な問題である。
「あ~~~俺が"黒鷲楼"を選んだのも、以前風聞に聞いたのもあったけど……実際に下調べしてそういう病気とかの評判の良さも含めてだったわ。リンドウさんが改善したんだ?」
「多くは"対症療法"だがな」
「たいしょーりょーほー?」
「人は生来、病気と闘う為の力が備わっている。水分や栄養補給、適切な体温管理、清潔の保持、しっかりと安静にするなどして補助をしてやるのだ」
特効薬などが無く、かと言って作成するような知識や技術がない以上、そこがリンドウにとっての限界。
しかし基本的な衛生観念や、確たる"医療知識が無い世界"にとって、比すればそれだけでも大幅に改善される。
「ふんふん、そういえば聞いたことあったわ"対症療法"。大陸の"医学"だ」
「……その通り。君よりもずっと若い頃に、風変わりな大陸の客から習ったものだ。そうやって遊女たちの健康を管理している内に人脈・人望に恵まれ、いつの間にか主人となっていた」
「なるほどなるほど、興味深いねぇ。ところでリンドウさんって何歳? 俺は14歳だけど」
「37歳だ、若く見えるかね?」
「んっん~~年相応かな」
「はっはっは、若く見られることも少なくないんだがね」
肩をすくめて答えたアルムに、リンドウは一笑する。
「ん、そういえば……」
何かを思い出したように、アルムは後ろ手から一枚のメモを取り出す。
「リンドウさん、あんたさ……"転生者"だろ?」
アルムは藪から棒に、リンドウに対してそう言った。
「っ……転生?」
「"ペニシリン"、"テトラサイクリン"、"ストレプトマイシン"──」
するとメモの内容をアルムは読み上げていく。
「やっぱり顔色変わったね。"無貌面"の割にわかりやすい」
「それ、は……」
「とぼけなくてもいいぜ。ちなみに今読み上げたのは、大陸で流通している──」
「"抗生物質"」
「その通り! 大陸の医学って、"シップスクラーク財団"ってのがここ十数年くらいで広めたやつなんだ。つまりリンドウさん、37歳のあんたが子供の頃に伝わってるはずがないってわけ」
「大陸に詳しいのだな……鏡にしても、よほどの取引を実現しているうようだ」
「えっへん! 大陸との交易商としては北州一を自負している」
「いささか、喋りすぎてしまったか」
与羽村リンドウは、観念した様子を見せる。
「財団の創始者あるいは関係者は、まず間違いなく転生者が関わってるんだろうな。どうせ嘘を吐くなら、転生者から習ったとか言うべきだったね」
「わずかな会話の違和感から、正解に辿り着いてしまうとはな……さすがだ"天狗面"」
「ありがとさん。いやぁ~~~実際にいるって話には聞いてたけど、はじめて会ったわぁ転生者。めっちゃ感動」
アルムは目を輝かせ、改めてリンドウを見つめる。
「それで、君は……転生者を前にしてどうするつもりかね」
「そりゃぁもちろん──」
その時、家屋の扉がガラッと勢いよく開け放たれた。
「──いた! 与羽村さん、今すぐここから避難……を?」
「お……?」
入ってきた男はアルムの顔と側頭部の"天狗面"を交互に見て、その表情にみるみる怒気が満ちる。
一方でアルムはニィ……と口角を上げた。
「やっほ、"河村ゲンジロウ"。こりゃ天運ってやつかねぇ」
「霧縫アルム……だったか」
「さっそく再会できて嬉しいぜ。今度は"男の勝負"から逃げるなよ、もう逃がさねェけど」
河村ゲンジロウは大太刀を抜き、アルムはゆらりと立ち上がる。
「ん、ってかリンドウさん知り合い……?」
続くように立ち上がったリンドウは、静かに口にする。
「ここは病人が療養している場、外でお願いするよ」
「ッッ……承知」
「……」
ゲンジロウは歯噛みしつつ、アルムは黙したまま脳内で情報を整理するのだった。




