大学生と金属バット3
俺は混乱しそうになる頭をなんとか諫めると、少し息を整えてから改めて正面の女の子に向き合った。
「多分そう、だけど、あの、ごめん、俺もちょっと君に聞きたいことがある。」
「へ?」
ナンパか何かと思ったのか彼女が少し身構えたので俺は慌てて首を振った。
「あ、違う違う。でも、えーと、とりあえず落ち着いてくれ。俺は新城新だ。フェチケの…ザールゥク担当?をしてる。君、シャルゴだろう?」
彼女の表情が、ザっと青ざめた。
「落ち着いて、嘘じゃない。俺はヴァルルカンじゃない。見ての通り丸腰だから。とりあえず座って話さないか。」
俺が先ほど転がした椅子を引き起こしてそこに座ったのを見て、彼女も大分距離をあけてその向かいの席に腰かけた。
「不安なようなら本部とやらに確認して貰って大丈夫、何なら俺はその間後ろとか向いててもいい。」
「いえ、新城さんという人がフェチケ側なのは知っているので、味方であることは信じまぁす。あなたがそうかどうかは、ちょっとまだ分からないんですけどぉ。」
彼女は金属バットを胸元にギュッと抱き寄せて難しそうな顔をしている。
「なんで私がシュアルゴだと?」
「ああ、さっき第5象限にいる時に見たから。シャルゴじゃなくて、シュアルゴ、なんだな。俺の場合、他のフェチケの奴と違ってタイツ姿でペアが動くってわけじゃないんだが、その代わりに周りの情報が読めるんだ。」
向こうの文字は読めないが雰囲気なら分かる。文章になるとお手上げだが。
「ザールゥク担当って言いましたよねぇ?ザールゥク、持ってるってことですか。で、覆面じゃないけど顔が変わる、と。」
「その辺は色々あってな。」
レンザァルの存在はきっとイレギュラー中のイレギュラーなんだろう。はじめてのケースだとか何とか言ってた気がするし。
「それより君、なんで俺たちコッチに戻ってきたか分かる?シュアルゴの能力か何か?」
「いえ、私も初めてですぅ。あと、私はショーコって言います。羽の字の翔けるに子どもでぇ、ショーコ。」
彼女はテーブルに指で「翔子」と描いた。
「すみません、私達てっきり、あなたがヴァルルカンだと思ってぇ。」
「いや、俺こそ事前によく確認しておいたらよかった。ごめん。」
とりあえず一緒に謝って和解しておくべきだ。
「翔子さん、いつ参加したの?今までそんな情報全く聞かなかったんだけど。」
「いつ?うーんと、シュアルゴとしては今日。でもその前に2週間くらいヴァルルカンの方で参加しててぇ。」
「ええ?」
今なんて言ったこの子?
「あ、参加って言っても戦闘とかはしてなかったんですよぉ。私、掃除と事務のバイトでここで働いてたんですけど、今日かな?昨日かな?巻き込まれて一回死んじゃって。」
「ええええ?」
ヤバイ、予想の斜めどころか随分遠くに話が飛んで行ってるぞ。
「続行するかどうかって聞かれたんでぇ、バイト代もまだもらってないしとりあえず続けることにしたんですね。でもヴァルルカンの採用担当者さんが見つからなくって。その間にシュアルゴから声かけられたんですぅ。特にこだわりはないし、フェチケの方でもいいかなって。」
「えぇ、ペアの勧誘ってそんな緩いシステムなんだ…?」
「新城さんの時は違ったんですね?確かにザールゥクの担当ってちょっと意味分かんないですけど。」
「うん、そこは俺自身も意味分かってないんだけど。」
フェチケ側にはバイト代とかそういう概念が無いという事は彼女には申し訳ないが黙っておこう。今は少しでも戦力が欲しい。
「えっと、翔子さんは戻ろうと思ったら自分の意思で第5に入れるんだよね?」
「え?はい。新城さんは入れないんですかぁ?」
「うーん、やり方がよく分かってないんだよね。周りの奴らに聞いてもあんまし皆ちゃんと教えてくれなくて。」
「私でよければ色々教えますよ。」
天使か。
ついに日本語でちゃんと会話ができる関係者が俺の前に…!!
「慣れるとスッとできるんですけどぉ最初のうちはこう…」
「あ、でも今はやめた方がいいかもしれない。島がそろそろ崩落するから、今戻ると多分、相当危ないと思う。」
「崩落!?それであんな地震ばっかり…そうか、私地震で死んじゃったんですね。」
う。
もしかしたらアズのせいかも、というのも黙っておこう。
一度死ぬってどういう状況なんだろう。めっちゃ痛かったり辛かったりしないんだろうか。その割にサラッとしているあたり翔子さんは意外と豪胆なのかも知れない。ちょっと尊敬する。
「私、どうしたらいいですかねぇ?フェチケの方は上司の人とかいないしどうしていいか分からなくってぇ。」
ヴァルルカンはそういうところちゃんとしてたんだな。改めて俺もそこは素直に羨ましい。
「この近くにフェチケフィゼクっていう味方の拠点があるから紹介するよ。ちょっと仲間に電話するわ。」
俺は携帯の連絡先一覧を開いた。中埜はそういや保護されたとか言ってたけどその場合現実の身体ってどうなってるんだろう。神隠しみたいになってるんだろうか。スクロールの必要もないくらいの件数の中から三笠の番号を選んで電話をかけた。
「出ない。」
困った。
一度切ってかけ直してみたがやはり繋がらない。ダメ元で中埜にもかけてみたが同じだった。もちろんいずれも取り込み中な事は承知しているんだが、それでも何となく不安になる。俺の知らないところで何かおかしな事になっているんじゃないかと。
「やっぱり第5の方入って通信するしか無いか。」
「崩落ってぇ、どのくらい待ったら大丈夫なんでしょうか?」
「分からない。から一度島から出よう。表の駐車場まで出れば間違いなく地表面だから、そこから試してもらっていいか?」
「はい、やってみますね。」
「そこのお客さーん?すみません、まだ開店前なんで立入禁止なんですよ!」
カウンターの向こうから声が飛んできて、二人で文字通り飛び上がった。やっぱり何かの店内だったらしい。ペコペコ謝りながらダッシュで店の入り口を目指した。
翔子さんと2人で真珠島ゲートを目指す。食堂の様子からまだ午前中だと思うが、観光地だけあってそこそこの人出がある。まさかこんな平和な観光スポットの裏でやれ島が崩落だの、ダレソレが落ちただのと大騒ぎしているとは、隣を歩くカップル達だって想像もすまい。
ふと気づいてしまったが今俺もデートスポットというやつを女の子と2人で歩いているわけで。過去にも三笠に拉致されてゲート前までは来たことがあったにしろ、気づいてしまうとなんだか急に恥ずかしくなってきた。何となく人目が気になってキョロキョロしてしまう。
「何かありましたか新城さん?」
「いや…」
う。
会話がうまくできなくなってしまった。
さっきまでどうやって喋ってたんだっけ俺。せめてレンザァルの身体だったらもう少し自信が持てた気がする。友達すら満足にいない俺は当然誰かと外出などそうそうした事もなく。どころか、よく考えたら初対面の女子高生を連れて、何かに捕まったりしないか俺。変な事で嫌な汗をかいてしまう。
こういう時は深呼吸に限る。
「あ、あれじゃないですかねぇゲート。」
見ると前方に出口が見えた。助かった。あんなに関わりたくないと思っていた第5象限に、今は早く入りたい気がする。人間緊急事態になるとどうなるかわかったもんじゃないな。
チケットすら持っていない俺たちだったが、念のため再入場のスタンプを押してもらってからゲートをくぐった。駐車場に着いたところで翔子さんが振り返る。
「じゃあやってみましょうか。」
ちょーちょーちょー、待て。落ち着け。
「こんな人目のあるところでやって大丈夫なのか?」
「ヘッ?」
キョトンとした表情をしたあと、彼女はみるみる真っ赤になる。
「ま、まずかったんですかね!?今までも割とやっちゃってたんですけど私。」
「マジか。」
豪胆を通り越して不用心というか、さすがの俺でもちょっと気にする点なのに。
「え、じゃあどうしましょぉ、トイレとかでやったらいいですかね!?」
「俺はじゃあ、」
「だから一緒に女子トイレに。」
「俺が捕まるからそれは!」
天然なのか。天使だけに。
「トイレでも何でもいいけど、まずやり方のコツだけ先に教えてもらえないか。後で俺もやってみるから。」
「ペアが普通教えてくれると思うんですけどねぇ。」
だそうだぞレンザァル。聞いたかこの野郎。いや、厳密にはペアじゃないとか何とか言ってたっけ。
「じゃあちょっとぉ、入るふりだけやってみせますね。」
翔子さんは突然目の前でポーズを決めた。
俺に向かって斜め45度で仁王立ち、左手は腰、右手は顔の前で裏ピース。
シャキーンと音がしそうな自撮りポーズ。
「・・・。」
「あ、ちょっと、そんな疑いのまなざしで見ないでくださいよぉ。」
「いや、疑ってない、スマン。」
ちょっと痛いなと思っただけで。
「説明すると、ポーズはなんでもいいんです。ただ、自分で分かりやすい、いくぞ!ってポーズを決めると入りやすくなるって…シュアルゴが言ったんですよぉ!私が考えたんじゃないですからね!」
「そのポーズも?」
「いや、これは私が…いいじゃないですか別にぃ!」
彼女はまた顔を真っ赤にしている。うん、悪くない。
「じゃあ俺も何かポーズしたらいいんだな。」
「そうですよ、やってみてくださいよ。」
うーん
確かにいざ人前でポーズをキメてみてくれと言われるとそれなりに困るな。さすがに俺はさっきの翔子さんのような撮影ポーズはキツイ。絵面的にもキツイと思うんだ、うん。誰の得にもなりそうもない。
「やるならこれかな…。」
俺は握りこぶしの状態で両腕を顔の前でクロスさせるポーズをとってみる。アズがやってたアレである。パクリだが確かに初心者向きな気がする。
「・・・。」
「・・・。」
「で、これでどうしたらいいんだ?」
「ちゃんといくぞ!って思ってますぅ?」
「お、思っているつもりというか、どうやったらそうなるんだ。」
「新城さん、エラい向いてなさそうですね。」
「俺もそう思う。」
「だからこうやってぇ、」
「あ、」
ぶあっ
翔子さんがさっきと違うポーズを決めると、今では慣れてしまったあの強い風が吹いた。
やや上目遣いでピースを唇に当てて首を傾げるポーズだった。アイドルか何かなのかこの子は。
「だから人前…。」
「わあああああ!そうだったね!ごめんんん!」
目の前には金に近い銀糸のタイツスーツ。手には相変わらず金属バット。体型はどうやら翔子さんを引き継いだようで、むっちりとした女の子のスタイルなのでリラシュさん以上に目のやり場に困る。
しかし
「でも、あれだね、私が入ったら新城くんも一緒に着いてきたねぇ。」
声は高いとはいえどうも男のように聞こえる。
「なんだこのシステム。」
(呼んだ?)
レンザァルが呼び出された。
「おいレンザァル、この体型とか声とかってどういう基準なんだ。」
(あー、これは僕らの姿を第6象限風に投影した形になるんだよ。声は上で作っている。ただしベースはペアになった時点の地球の民のものを使うから、互いに混ざった形になる。)
「聞いても分からねぇな。例えばリラシュさんはじゃあ三笠が中学生の時の体型って訳か?」
(ベースはそうなるね。)
確かにヴァルルカン側もそういう感じだったな。臼井さんもオレオの時とイクスの時で声が違った。でも中埜の体型は若干違ったな。オグの時はまな板だったが下着姿の時はさすがに、いや俺は何を思い出してるんだ。
「新城くん、」
翔子さんあらためシュアルゴに呼ばれてハッとして周りを見た。人影やあったはずの車は綺麗になくなっているので間違いなく第5象限だろう。
「新城くん、アレ!見てよ。」
視線を上げると、真珠島の姿が大きく変わっていた。崩落の結果島の面積は大きく削られて、視界に浮かんでいるのは随分小さくなった島…というより黒い塔と周りに少しだけ残った緑。その小さくなった島の基部は土というより無数に伸びた枝に見える。根ではなく枝だと思ったのは、下から空へ向かって開く姿だからだ。塔内部の下の方に巨大な木が生えていて、それが残った島の残骸を支えているようだ。
下に立つ俺たちからは塔の底面が見えている状態だが、空中のある場所から突然生えている。刃物でスパッと切ったように底面が異常に平らだ。それがあまりに不自然で、3Dモデルの断面図を見ているような気分になる。塔の上部は多角柱だが地面から下は綺麗な円形の黒い壁が光っている。中空ではなくリング状に穴が開いて、芯にあたる部分には巨大な木の年輪がみえた。
「マズいなこれは。」
思わず声に出た。
「ヴァルルカンの拠点が小さくなったのはぁ、好都合じゃぁないの?」
不思議そうに首を傾げるシュアルゴに何て言ったら伝わるだろう。アズがまだ内部にいただろうから塔が残っていたのは確かに幸いで、でもマズいのはそこじゃなく。
「島の…ザールゥク反応が無くなってるんだ。」
破壊トラップ。
もしそれが有効と判断されたら。
俺は携帯と反対のポケットに入れてある、回収機に手をやった。




