大学生と金属バット2
今にも崩れそうな塔内でアズを急いで探そうという時に、よりによってボスキャラに遭遇するとか、俺ってなんてツいてないんだろう。らしくない積極性を発揮したせいなのか。屋上にいた段階でさっさと自分を回収してたら今頃ウーロン茶片手に休憩出来ていたかもしれないと思うと、なんだかとても帰りたくなった。いやもう最初から普通の生活に戻りたいとは思っているわけだが。
その時、ひときわ大きな揺れが起きた。合わせてケズデットの頭上に30センチ角程の石の塊が落下してくる。あっと思って手を伸ばしかけたところで、正面を向いたままのケズデットが手のひらを顔の前に持ち上げそこに、ふぅと息を吹きかけた。
ゴッ
久々に俺も目をかっ開いた。落下してくる塊から急に木の根のようなものが伸び、四方の床に張ったからだった。石だったものは原型をとどめておらず、元々そこにあったかのようにケズデットの後ろに立つ一本の木になった。彼の身体の周りを避けるように幹が凹んでおり、ちょっとしたカマクラのような形をしている。
「お前のペアは誰だ?」
何事も無かったかのように彼が口を開いたので、俺は一瞬質問されていることに気づかなかった。
「あ、ペアは大学生で…ええと、分かりますかね大学生?」
ケズデット的には、今の動作は虫でも払うようなレベルの出来事だったんだろうか。
「分かる。名前は?」
「名前は…原です。原平等。」
すまん平等。多分お前の生活に影響は無いだろうから許して欲しい。
咄嗟に浮かんだ偽名があのウザイ学科同期のアシメおかっぱだった事に、俺は若干の申し訳なさと自分の交友範囲の狭さを感じていたたまれない気持ちになった。
もうちょっとあっただろ俺。うぅ。
「どこでバイトを見つけた?」
「友達から紹介されて…」
「そいつは誰だ?」
しまった、余計な事を言った。どうすべきだ。ていうかなんでそんな事聞いてくんだよこいつはもう!
「あの、キヴァトさんの所のヤツで、ノッポ…背が高くて茶髪に白いメッシュの、あと前歯が一本抜けてる…分かりますかね?」
「マガシュだな。」
俺はぶんぶん頷いた。名前なんぞ知らないが真珠島からの送迎をしてくれたノッポとずんぐりの片割れだ。特徴をよく覚えていた俺、本当に偉い。自分で自分を褒めてやりたい。
「マガシュは今日落ちた。」
「え。」
「アズ=ウトルシュに2人やられたうちの1人だ。俺んとこ来る前に随分派手にやられた時にな。」
言いながらケズデットは天井の大穴を指さした。やっぱりあれもアズの仕業だったらしい。相変わらず素手のはずなのにどうやったらこんな芸当ができるんだろう。宇宙人本当に怖い。改めて目の前にいるケズデットがめっちゃ怖い。交戦したらミンチにされる未来しか見えない。知らずに冷や汗が頭部を流れる。
「ハラタイラの家族は?」
「家族?」
声が裏返る。
「いるのか?いないのか?」
「います。両親と妹が。妹は高校2年生で、平等も家族と同居してます。大学からちょっと遠いんですけど涼花に住んでまして、」
平等がべらべら喋るタイプで助かった。一部不明瞭な部分もあるが大方嘘は言っていない。そもそも俺は平等じゃないが。
「なんでバイトに応募しようと?」
「楽しそうじゃないですか何か。あと給料が良かったんで。」
俺は微塵も楽しそうとは思っていないけどな。命の危険がある…無いのかも知れないが“破壊”されるとか“拉致”されるとか高時給バイトだとしても遠慮させていただきたい。給料だけは今こそ欲しい。誰か出してくれないだろうか。
「そうか。色々聞いて悪かったな。」
「…いえ。」
本当に何の確認だったんだろう。幹部面接?居たであろう本当の応募者の誰かさんには悪いが今は君が居てくれたことでとても助かっている。ありがとう。
ケズデットはこうして普通に話している分には若干目つきの悪い一般人にしか見えないんだが。もちろん先ほど目の前で展開された木を生やす謎の能力の事はバッチリ覚えている。どう見ても本物の木だ。どうするとこういう事が起きるんだろう。また映画を見ているような気分に陥りそうになる。あ、そうだ。
俺は思い出して周囲の情報を改めて「見た」。
木は紛れもない生きた木で、しかし種類はどうも日本では馴染みのない種類のようだった。一応広葉樹なんだが見たことのない形の葉っぱをしている。宇宙植物?(そんなものがあれば)なのかも知れない。目の前のケズデットに視線を移す。
ケズドゥーディク
ペアの日本人名は「トイデ ケイスケ」
身長は145センチ
「レン、お前上から来たな。上階はどうなってる。」
「上には誰もいませんでした。所々ひどい破壊されてますが6階から上なら階段で屋上まで上がれると思います。さっきから壊れてなければですけど。」
「お前、何ができる?」
「えっと、ちょっと離れた所に隠れてるヤツとか、見つけられます。」
どこまで自分の能力を語っていいものだろう。役立たずと思われてもいいんで、身バレしたときの事を考えるとあまり開示はしたくない。
「この階はどうだ?」
「ちょっと待ってくださいね。」
さて、何か見えたらどこまで言おうか。万が一アズが見えてもそれは黙っておこう。フロア内を見渡すと離れた室内に人影があった。
「一人、いますね。あっちの、室内だと思うんですけど。体勢とかまではわかりません。」
「…なるほど。」
嘘だった。本当は壁の向こうだろうが一定の距離内であれば名前から姿から、見ようとすれば拡大鏡のピントを合わせるように詳細が見えるのだが、そこは伏せておく。フロアにいるのは日本人名と読めない名前の組み合わせ、おそらくヴァルルカンの誰か。シルエットからしてもキヴァトやハールディではない。
「ザスロの位置は分るか?」
「あ、はい。これで。」
言いながら俺はポケットから自分の携帯をチラッと見せてすぐにしまった。レンザァルに直通な以外は普通の携帯だが、色を白にしておいたのでぱっと見ならヴァルルカンの謎装備とよく似ている。
「お前の能力は使える。下層、おそらくまだこの建物内にアズ=ウトルシュが居る。見つけたら交戦せずに報告しろ。途中で見つけたザスロは回収していけ。キヴァトとハルのはそのままでいい。」
「わ、分かりました。」
言うが早いかケズデットは踵を返すと木の向こうに駆け出して行った。覗き見るとすでに背中も見えなかったが、離れた場所の床にも風穴が開いているのでそこから下層に向かったのだろう。
俺は一気に力が抜けてその場に座り込みそうになった。
どうやらバレずに済んだらしい。遅れて動悸が激しくなる。こういうことはもう勘弁して欲しい。
(やぁ、頑張ったね新。)
レンザァルの声がした。
「頑張ったね、じゃねぇよ。死ぬかと思った。」
(アハハ、大丈夫だよ。ナイス意思コントロール。)
「その、イシコンって何なんだ?自分じゃさっぱり使い方が分からないんだが。」
(大丈夫、意識しないでもちゃんと稼働している。前にも言った通り意思が若干顕現しやすくなるサポートの機能だよ。)
「うーん、日本語としては分るんだが意味がイマイチ把握できないんだよな。」
(思ったことが実現しやすくなる機能、といえばいいかな。)
「思ったこと?」
俺の脳裏には以前に第4象限の原っぱで見た光景がフラッシュバックした。充斉が突然にょきっと大人になったアレである。
「つーことはあれか?俺がこうしたいと思った通りに世界が動くって事か?」
(アハハ、それは第6象限でもなんでも全部一緒なんだけどね。まぁそういう事だよ。世界は誰かの思いでできているんだ。その中でも特に“強い意思”はより顕現しやすい。僕の身体はそれをサポートするようにできている。)
「チートなの?」
(失礼な、不正行為じゃないよ。このフィールドのシステムだから元々そういう仕様なんだ。)
「なるほど分からん。」
アズと違って会話が成立するだけマシだと思おう。いや、成立しているのかはちょっとたまに分からないんだが。
さて、ケズデットが下層に向かった以上、アズと合流するのは急いだ方がよさそうだ。今の会話で大分時間も削られてしまった。
しかし。
フロア内の人影にもう一度目配せをする。
(あそこにザスロが在るって分かってて素通りしてもいいもんだろうか…。)
そう、先ほどフロア内を検索した際に人影の近くにザスロが在るのを見つけてしまったのだった。形はバットか何かだろうか。恐らく武器なんだろうが…依代なんだとしたら呪われたバットって、そんなもんあるんだろうか。何にせよ気になることはこの上ない。
俺がもしもこのまま下層に行って、10分かそこらでケズデットやハールディの目を盗んでアズを助け出せるか?そもそもあのアズに俺の助けって必要なんだろうか?
悩んでしまった。
1分くらい貴重な時間を無駄にした。
これ以上無駄にするのははっきり言ってマズイ。
俺は手近な瓦礫の山から鉄筋を一本引き抜くと駆け出した。たどり着いたのはフロア内の一番奥の居室、501号室。ドアの前で一旦呼吸を整える。
俺は結局ザスロの確保を優先することにした。
下っ端との交戦でザスロ一個も確保できないようじゃアズの救出なんて無理だと思ったからだった。代わりに残りのこの時間で確実に追加ザスロを回収する、そんで俺自身を回収する。アズには一人で頑張ってもらう!
勢いよくドアを開け、俺は無言で中の人物に殴りかかった。壁越しに見えていたのと同じように人影がある。ギクリとして振り返った人物を見て、しかし俺はもっと事前にしっかり見ておくんだったと激しく後悔した。
後で悔いるから後悔。もちろん、それは手遅れな状態で。
(まずい、止められない!)
徐々に世界が速度を落とすがレンザァルの身体で全力で飛び込んだ勢いは意思に反して止まってくれない。
目の前に居たのはどこからどう眺めても銀糸のスーツに身を包んだフェチケだった。
「待て、私は…!」
ガッキィィイィン
鉄筋で殴り掛かった俺の一撃を、間一髪目の前の人物が金属バットで受けてくれた。
見たことのない金色がかった銀糸のスーツ、声が高い。その人物が何かを叫んだところで二人の間に強烈な風が吹いて、俺たち二人はそれぞれの方向へ吹き飛んだ。
目を開けると顔の正面40センチほどの場所に板があった。
どういうことか分からなくて数秒考えたが、すぐに思い出して飛び起きる。起き上がる際にその板にしたたか頭を打った。
「痛ッ!?」
ゴン、と高い音を立てて椅子が転がった。どうやら吹き飛んだ拍子に椅子の下に頭を突っ込んだ状態だったらしい。しかしレンザァルの身体にしてはすげぇ痛い。
そう思って周囲を見渡してゾッとした。景色が一変していたからだった。今の一瞬で、どこかに転送されたのだろうか。なぜ?
白い床に広い食堂のような空間、白いプラスチック座面の椅子と4人掛けテーブルが並び、カウンターは今は無人だが奥の厨房らしき場所から作業の音やにおいがする。ざっと見渡すと入り口にOPENの札がかかっているので外から見ればきっとまだ開店前の店、といったところだろう。ここはどこだ?
そして少し離れた場所に同じように床に転がっている女の子に気づいた。
「は?え?なんでぇ??」
彼女も同じようにガバリと起き上がると辺りを見渡している。そして俺に気づいてサッと立ち上がった。
「お兄さん、い、今何が起きたか見てましたか?」
俺も慌てて立ち上がった。ズボンのすそを払っているといつの間にかその子が近くに駆け寄ってきている。
「もしかして私がぶつかったんですかぁ?だとしたら、ごめんなさい。」
彼女の手には金属バットが握られている。間違いない。彼女がさっきのフェチケの子だ。しかし見ようと思っても何故か情報表示ができない。ぶっ飛んだ割にさっきぶつけたデコ以外痛むところは無いようだった。レンザァル特有の故障の仕方なのかもしれない。
「あ、いや、こちらこそ。」
俺は何といえばいいのか分からなくて黙ってしまった。
女の子は見た所は高校生くらいで長いストレートの髪はくくらずに背中に流してある。飛び切りかわいいという訳ではないが割と胸が大きいのとホットパンツから伸びた生脚がとてもきれいだ。俺が視線のやり場に困ってバットを見つめていると、彼女は慌てた様子でそれを背中に隠した。
「あ、これは、あはは。」
笑ってごまかした。
確かに普通そんなもの持っていたら不自然だ。というかお互いこの開店前らしき店内で転がっていたという事実のおかしさに彼女は気づいているんだろうか。
「あの、お兄さんすみません、変な事聞くんですけどぉ。」
ある可能性に行き当たって俺は別の意味でゾッとした。
「ここって…真珠島ですよね?」
気づいた俺は自分の手を見た。間違いない。これはレンザァルの身体じゃない。




