大学生と金属バット1
新城新は階段を駆け上がっていた。
途中で大きなロボットやヴァルルカンの者らしい何人かとすれ違ったが「上の様子を見てきます!」という雑な一声で皆素通りさせてくれた。きっとヴァルルカン内部でも全員が顔見知りというわけじゃないんだろう。覆面をしていない事がここでも功を奏した。そう考えればあの催事場ヒーロースタイルにも意味があったと言えるんじゃないだろうか。俺は絶対に着たくないけど。
階段は所々段が抜けていたりと無残な壊れ方をしていたが、そこはレンザァルの脚力でカバーできた。短時間のうちに俺も随分この身体に慣れてきたと思う。ハールディと期せずして戦ったのが大きな自信になっているのは間違いない。
俺はそのまま屋上へ出た。見渡す限りは森と水平線、ちょっと離れた半島の岸しか見えない。今居る塔のような建物は島のほぼ中央にあるらしい。以前連れてこられた時に入った建物がどこかにある筈だったが、何故か見つからなかった。そういえばあっちの建物からもこの塔が見えなくなっていたし、もしかしたら外部から建物が観測できないような謎技術があるのかも?痛デバだって目に入りにくいし…
ドンッ
視界が大きく縦揺れした。一瞬地震かと思ったがここは浮遊島の筈で、いわゆる地震は起きないはずだ。耳元で通信音がした。
『ジョーシン君?聞こえる?』
「あ、リラシュさん、どこからどこまで見てましたか?」
通信はリラシュからのものだった。周囲に誰もいないことを確認して念のため小声で返答する。今も揺れは続いている。
『そこの建物内でザヴァルゥ…ええと、通信妨害する装置が働いとるようなんや。外に出てくれたんやんな?中におった間の情報が一切分からんのさな。』
「あ、じゃあ多分、大ニュースがあります。」
『こっちからもドえらいニュースがあってな。』
「お先にどうぞ。」
『2点。1つめ、ザスロの大半をアズが回収してくれたみたいなんやけど、どうもそれが回収トラップになったみたいで「フェチケ側がザールゥクを破壊した」という判定になりそうなんや。』
「な…え?それってじゃあザスロ100個分マイナスって事ですか!?」
回収トラップというのは、餌となるザスロが相手方に回収された際に、それを引き金にザールゥクが破壊されるように仕組んだ罠の事だ。過去に別のフィールドで同様の装置を使ってサヨナラホームランを決めた奴らが居たらしく、宇宙生命体達の中では割と有名な技らしい。正直うまくいくかもわからん装置を作るくらいなら自陣で回収してしまった方が安全だと俺なんぞは思うのだが、ぎりぎりまでザールゥクの機能を活用したい場合などには有効らしい。きっと彼らの技術力ではあんまり失敗とかいう概念が無いのかもしれない。羨ましい限りだ。
『判定が決まったらそうなるな。ならんように今イクスにできるだけ回収してもーとるんやけど。2点目、こっちがもっとえらくて、』
ゴッ
話している間にも島の端部が崩落し視界から沈んでいくのが見えた。
「こっちでも島が崩れていってるのが見えてます。」
『それやそれ、やっぱりか。でな、それよりエラいんが、回収されたザスロに混ざって敬ちゃんが保護されたみたいやんか、それがな、』
「あ、それ俺です。」
『え?』
「俺がハールディと一緒に回収しました。そうか、無事に保護されたんですね。」
『え?え?ちょお待ち、ジョーシン君がハールディを倒したっちゅう事?』
「それがこっちのニュースです。」
ふふん、どうだ俺もまさか自分が戦力になるとは思ってなかったが、大分役に立っただろう。
『それが今大問題になっとるんやけど。』
…はい?
てっきり驚きと称賛の声をいただけると思っていた俺は一気に心臓が縮こまった。
背中を冷や汗が落ちる。
「俺、もしかして余計な事しました?」
『いや、めっちゃ有難いっちゅうか、私がやろうとしとった事を代わりにやってくれたっちゅうか…』
建物がまた一つ大きく揺れた。島の端部が少しずつ崩落し、徐々にこちらに迫ってきているのが見える。立っているのが辛くなって、俺は手すりにもたれて座る格好になった。
「話すとややこしいんですけど、中埜のヤツ、どうもハールディの…依代っていうんですかね?鍵を触って乗っ取られてたみたいで。最初本人を回収しようとしたときはできなかったんですけど、その鍵を飲み込んでからは回収できたんで、きっとあれがザスロだったんだろうと思ってたんですけど…」
何とか俺の見てきたことを説明したいんだがめっちゃややこしい。こういう情報こそ勝手に転送してくれないもんだろうか。俺が聞き手なら今の説明ですべてを理解できる気がしない。
『詳しい事は後で情報転送してもらうわ。ハールディの鍵自体はザスロではなかったみたいなんやけど、安心してええよ、回収行為とかが問題なわけでは無くてな。問題なんは例の「魂を抜く」及び「勝手にペアになる」っちゅうんが本部に証拠として提出されたっちゅう事なんさな。』
あ。
今度は違う意味で心臓がギュウとなった。
回収された先がどんな世界になっているのかはわからないが、中埜が自分の意思に反してペアになったと訴えればこれ以上の証拠は無い。
「それは…それでヴァルルカンの違反っていうのが伝われば、こっちの勝ちになったりしないんですか?」
『分らんのさな。どうも本部でも前々から魂を抜く行為については知っとったみたいなんやんか。』
「知ってて見逃していたってことですか。」
『そうなるな。』
思ったよりも島の崩落が早い。この塔はどうなるんだろう?このままだと俺もろとも海に落っこちる気がするんだが。レンザァルの身体なら死なないような気もするが自分自身で試したいとは思えない。
「リラシュさん、この建物、あとどのくらい持ちそうですかね?」
『正確には分らんけど30分は。』
「その間にアズを探します。どうもヴァルルカンに捕まってるみたいなんです。」
『判定がどうなるか分らん以上、ジョーシン君には悪いんやけどザールゥク回収は直ぐにでもしたいとこなんやに。やからあんまし危ない状況になるようやったら、まず生き延びてイクスに回収してもらうんを優先して欲しいんやけど。』
「無理はしません。ヤバそうな状況なら自分で自分の回収やってみます。ていうか、イクスさんまだ無事なんですかね?」
『…。』
リラシュさん、無言な所をみると、もしかして忘れてたんだろうか。まさかわざとじゃないだろうな。
『…大丈夫、ちゃんと走り回ってるんを確認したわ。』
わざとじゃないことを信じよう。うん。
俺も改めて足元の情報を「見た」。上層階の情報は見えるがさすがに塔全体の情報キャッチはできないようだ。しかも揺れが強くてなかなか集中しづらい。とりいそぎ上層階にはアズの反応は見えなかった。
「25分経っても見つからなかったら建物の外に出るか、内部で自分を回収するようにします。」
『いつでも転送できる準備はしとくで。』
それだけ聞いて、俺は改めて階段に向けて駆け出した。
下層に行くほど揺れは多少マシになった。宇宙人の建物も地震を考慮して作られてるんだろうか。元々崩落していた(多分アズが壊したんだろうな)階段はより一層崩れていたりと、道中は穏やかでは無いが何とか下へは降りていける。途中、何度も視界内表示を確認してアズが居ないか確かめた。現在地はさっきの通信中にリラシュさんからもらった最新版の地図で見ると6階のはずだ。しかしここで、足が止まった。
「階段がねぇ。」
6階の階段から下がごっそり崩れて無くなっていた。もしかしたら飛び降りても死なないかもしれないが以下略、だ。地球人には辛い高さ。
仕方なしに階段室からフロア内に入る。ホテルのように部屋番号のついたドアが沢山並んだスペースだった。手近なドアを開けるとやはり居室スペースのようで、ベッドや洗面所などがある。目を凝らして見るがアズどころかヴァルルカンの影すら見えない。
階段からは降りられないし、エレベータも壊れてたよな。残り時間を考えるとあんまりゆっくり考えてもいられないんだが。シーツをつないでロープを作る?いや、間に合わないだろう。なにせやってみたことがない。
考えながらもフロア内を歩いていると、エレベータのあったであろうフロア中央部の天井と床に盛大に穴が開いていることに気が付いた。覗き込むと下の階の床が見える。床のデザインからおそらく5階もここと同じホテルのようなスペースだと思われる。
1階分の高さならさすがに死にはしないだろうけど。
改めて覗き込むとそれでも結構な高さだ。インドア派な俺には若干抵抗がある高さである。
いや、でもよく考えろ、さっきハールディと交戦中に天井まで飛んだり跳ねたりしてただろ俺…。
深呼吸してみるがどうにも落ち着かない。
「うーん。」
悩んだ末に6階フロア内でもう一回壁を蹴って天井まで届くか試してみた。
いけ…なくは無さそうなんだがいざやろうとするとビビってしまって頭が下になるような跳び方はできない。さっきはそれこそ命がけで夢中でやってたからなぁ。
アハハハ。
…はぁ、自分の事ながら超情けない。なんてビビリなんだ俺。
ドンッ
また一つ大きな縦揺れがあった。残り時間を見ればもうあまり探索の時間は無い。
きっとこれができれば下の階までずっと降りていける。ここで跳べなきゃ…一生後悔しそうな気がする。
ええい、頼むぜレンザァル。痛いのは勘弁してくれよ!
意を決して飛び降りた。
「あ?」
「えっ?」
グキッ
ぐえ。
飛び降りた先の廊下、視界に人影を認めて焦った俺は着地と同時にバランスを崩してその場に転倒した。
しまった、高さにびびって階下の情報を「見る」のを完全に忘れていた。
俺の目の前2メートルくらいの所に立っていた人影は、俺に気づいてこちらを振り返った。その人物を見て改めて俺は凍りつく。
「誰だ、お前?」
忘れもしないその目つきの悪さ。
目の前にはヴァルルカンの真珠島統括ケズドゥーディク、通称ケズデットの姿があった。
濃いグレーの長袖のTシャツにジーンズ、スニーカーという、見た目だけならそこら辺に居そうな目つきの悪い少年なのだが。もちろん俺は見かけと強さは全く比例しないことを身をもって知っている。中学生そこそこの見た目だろうと、ヌリエラやオレオのような異常な身体能力があることは見るまでもなく分かっている。すっころげた体勢のまま固まっていると、彼は少し首を傾げてこちらに向かって歩いてきた。
「お前まさか…」
ケズデットの目つきが一段と鋭くなった。
流石にこの緊急事態に見知らぬヤツがこんな所を歩いていれば怪しさ満点だろう。下っ端とは違ってボスならきっと構成員の顔と名前も把握しているに違いない。
戦った場合、勝てるか?ハールディには何とか勝てた。だがあれは中埜の身体だったからだ。もしハールディがあの「カイドウ シュウ」とかいう青年ときちんとペアの状態だったなら、きっと俺は勝てていなかったと思う。
ケズデットが俺の目の前1メートルくらいのところで立ち止まった。こちらに向かって人差し指を立てる。俺は床についた手足に力を込めた。何かされるようならその瞬間に、俺は一も二もなく避けねばならない。
「お前まさか、新しいバイトのヤツか?」
ポカンという擬音を考えた人は天才だと思う。
俺はアホみたいに口を開けて一回頷くのが精いっぱいだった。
「ハルに呼び出しを任せていたが、お前、何でこんな所にいる?」
ドッと心臓が動き出す。
た、助かったのか?
この質問にはなんて答えるのが正解だ?あまり嘘をつくと綻びが出る。ハルというのはハールディの事のはずだ。俺はできるだけ不自然にならないよう、揺れの中慎重に立ち上がりながら口を開いた。
「あの、道に迷ってる内にこの…揺れがおきまして、皆さん忙しそうに走っていくので、俺もどうしていいか。とりあえず追いかけて下に向かってたところです。はい。」
落ち着け俺、バレないように深呼吸しろ。レンザァルの身体でも精神的な緊張はすべては緩和してくれない。震えなどが起きないだけ随分助かってはいるが。
「…。」
黙らないで、ケズデットくん。
「あの、あなたはその…」
「俺がケズドゥーディクだ。」
そうか、俺は初対面という設定だった。危ない、マジで危ない。名前でも呼んでいたらごまかすのが大変なところだった。
「ど、どうも。俺はレンって言います。あの、俺は何をすれば。」
「いくつか聞きたい事がある。」
視線で殺されそうなキツイ睨まれ方をした。
お手柔らかにお願いします。
俺と同様、目つきが元々悪いだけなんだと信じたい。俺は緊張しすぎていることを悟られないように、脳内で大量の人の字を飲み込んだ。




