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大学生と金属バット4

 俺は回収機を取り出すとシュアルゴに向き直った。

「悪いんだけど、俺のことを回収してもらえないか?」

「はぇ?新城くんを?」

 回収機をサッカーボール大の球体に展開する。ハールディにぶん投げた奴だったので若干心配していたが故障などはしていないようだった。

「ああ。本当は自分でやらなきゃいけないんだが、やってもらった方がいいなぁと。」

 決してビビってるわけではない。ちょっとかなり不安なだけで。中埜(なかの)だってこいつで無事に回収できたようなので、安全性は担保されている。ありがとう中埜。そこは本当に感謝し切れない。

「えっとぉ、地球の民は回収出来ないと思うけど。」

「俺、ザールゥクなんで。」


 間。


「えええええええええ!?」

 いいリアクションが返ってきた。そうなるよな。

「そそ、そんな設定の仕方あるのぉ!?」

「あるらしいと言うか、これは事故というか。」

「じゃ、じゃあザールゥク担当って言うのはぁ、そのままの意味だってこと?うわぁ〜!」

 シュアルゴは両手で頬を挟んで驚いている。やっぱりイレギュラーなんだなぁ。

「回収機はこの、スイッチのところ押してもらえればレーザ光が出るんで、それを俺に当ててもらえれば。」

 俺がボール型の回収機を差し出すと、シュアルゴは受け取ってから首を横にぶんぶん振って空いている方の手のひらを俺に向けた。

「いや、そう言うことならぁ、私の回収機を使おう。こっちの方が早いし確実だ。ちょぉっと待ってねぇ。」

 シュアルゴはそういうと腰のポーチをゴソゴソし始める。

 昼日中の明るいところで久々にヒーローを見ているが、改めて見ても本当に催事場の特撮スーツにしか見えないんだよなぁ。俺も大分この異常な光景に慣れてしまって悲しい。アズやイクスと違って首に巻いた布などはない。金寄りの銀糸の繊維は滑らかに織り合わされているが化繊とそう差があるように見えないし。上から下まで見てみると、しかしブーツやふくらはぎの辺りに若干の汚れやほつれが見て取れた。まぁあれだけごちゃついた崩落寸前の建物で走り回ってりゃ傷の一つも付くよなぁ。毎度傷の見当たらないアズの生地は何か特別なんだろうか。

 その時耳元で通信音が響いた。

『ジョーシンくん?無事だったんやな?』

「リラシュさん!無事です。色々あって一回、第6象限に飛ばされてたんですけどさっきシュアルゴと一緒に戻ってきまして。」

『シュアルゴ?』

「はい、塔内で会ったんですよ。今までヴァルルカン側に居た子が新しくペアになったみたいで。」

『何言うとん、シュアルゴは今回参加しとらんけど。』

「え?いや、実際目の前に。」

「あったあった。どこに入れたかと思っちゃった。」

 シュアルゴがカバンの中で何かを操作しているのが目に入った。とっさに彼の情報を見る。

 表示の内容は、


 シャルゴ

 日本人名「ヒロオカ ショウコ」

 157センチ

 金属バットからザスロ反応


 やっぱりシャルゴな気がする。

 チリ、と頭を不安がかすめた。

『目の前って、誰かと一緒におるって事やんな?ジョーシンくんの周りにフェチケの反応は無いで!映像とか送ってもらえたりしやんか?』

 耳に響くリラシュさんの声を俺は半分しか聞けなかった。俺の目に、シュアルゴの手に握られたデバイスが見えたからだった。俺は反射的にシュアルゴの腕に手を伸ばす。


 ガッ


 俺が掴んだのは彼が振り上げた金属バットだった。そのままものすごい力でグイと引き寄せられ、バットにつられた俺はぶん投げられる格好になった。

「わぁぁあ!?」

 着地と同時に照射されたレーザ光を避ける。恐らく可視光ではないがレンザァルの目で今は強制的に観測している状態だ。俺は2,3ステップ横に飛んで体勢を整えた。

「ちょっと、新城くん。それじゃ回収できないよぉ?」

「ま、待て。ちょっと一旦待ってくれ。」

「どうしたの?」

『ジョーシくん君!?何がおきとるん!』

 シュアルゴの手に握られているデバイスは、ラウンドフォルムの()()()()()()だ。

「今誰かと通信してたよねぇ?その割に手ぶらに見えるんだけどぉ、新型の通信機でも支給されたの?」

 最悪の状況を想定する。

「ああ、まぁそんな所だよ、()()()()。」

 ぶおん

 俺は間一髪金属バットを避けた。

「シュアルゴ、だよ。避けないでよぉ新城くん。」

「回収するにしても殴る必要ねぇだろ!」

「だって避けるんだもの。」


 彼はきっと、ヴァルルカンだ。


 ゴッ

 ゴッ

 ゴッ

 ()()()()は狙いを俺自身から俺の足元に移したようで、彼がバットを振るうたびにアスファルトの地面に小さなくぼみが量産されていく。どうやったら金属バットの硬さでそういう芸当ができるんだ!?鈍い黄銅色のバットは折れ曲がる事もなく徐々に俺との間隔を狭めていく。駐車場のスペースは広く、俺には隠れる場所が無い。後ろ向きに走ったら逃げきれるか?

「あっ、」

「今度こそもらったぁぁぁぁあ!」

 地面に空いた穴に足を取られた。崩した体勢のまま避けようとするが気づくのがワンテンポ遅れた。

(避けられない!)


 バッシャアアアアア!!!


「ぶあっ!?」

 衝撃を覚悟した俺の顔面に激しい水しぶきがかかった。金属バットが何かに弾き返されている。

「はーっはっはっは!間一髪だったようだな新城アラタ!」

「こ、この声は。」

「とうっ!」

 飛沫(しぶき)とともに人影がクルクル舞う。シルエットの人物は光を反射してキラキラとまぶしい。このだだっぴろい平地の中どこから現れたんだろう。まさか、目の前に見えてる海じゃないだろうな。

「ちょっとぉ、誰ですかあんた。」


「イクシン=キィクだっ!」

 しゅたッと靴音高く着地したのは、イクスその人だった。ビッシィ!と両手を斜めに伸ばしてポーズを決めている。ピンと伸ばした手のひらが美しい。


 ああ、そうだよ、こういう生地だったわ。並んでいるのを見ると違いが分かる。イクスの青い光沢を放つ銀糸のスーツは、表面が濡れているせいもあってかいっそう(きら)めいて見える。そして完膚なきまでにぴっちりと、傷も()()()もない不思議な繊維。脚とブーツとの境界は滑らかにつながっている。そういえば、チャックも継ぎ目も無いように見えるんだが、こいつ等どうやって着ているんだろう。本体はゲル状だから何とかなるんだろうか。

「知らない奴だねぇ。」

「お互い様だなっ!」

 言いながら駆け込んでくるシャルゴのバットは、イクスの手前30センチほどの場所で弾かれる。その度に激しい飛沫と蒸気煙(じょうきえん)があがった。

「新城新!君、サッサとどかないか!」

 イクスから背中の俺に(げき)が飛ぶ。それもそうだ。ヒーローが来てくれたことに安堵(あんど)してボケっと見ている場合じゃなかった。どこまでどう逃げるのが最適だろう。できれば安全な場所まで行ってから回収行動に出たい。やっぱり人にやってもらおうとかするんじゃなかった。駆け出す俺の背後では今も飛沫(しぶき)の弾ける音とアスファルトが(えぐ)れる音が響いている。

「ザールゥク、逃がすかあぁぁぁあ!!」

「げっ。」

 叫び声にちらりと背後に視線をやると、シャルゴが猛ダッシュしてくる姿があった。何やってんだイクスさん!助けてもらっておいてアレだけども!

「どおおりゃあああああ!」

 ガッツン!

「いだだだ!」

 金属バットが背後で盛大な音を立てた。シャルゴはちょっとだけ俺より足が速い。アスファルトの破片が俺の背中にバラバラとぶつかる。

「待ちたまえ、卑怯だぞっ。」

「ヒキョウも絶景もあるかぁぁあ!こんな絶好のチャンス逃がすバカはいなぁい!」

 イクスが何とか掴みかかろうとするが、シャルゴはすんでのところで跳ねて避けている。見かけに似合わず意外とすばしこい。

 俺は駐車場を走り出て、がらんとした海沿いの国道を走った。以前にもここでヴァルルカンの重機に追いかけられた気がするんだが、その時は俺自身の身体だったのでその時よりはマシだろうか。どうも真珠島で悪い思い出ばかりが溜まっていく。以前同様、途中で道を折れて商店の並ぶ道に駆け込むと、狭い路地を狙って何度も右左折を繰り返した。それでも中々振り切れない。10メートル位の間隔を開けてずっと着いてくる。

『ジョーシンくん、今イクスから色々情報を転送してもらったわ!』

「リラシュさん!」

『町内の情報は無いもんで、ナビができやんのさな、ごめんな。今急いでマッピングしとるんやけど、』

「それは、仕方、ないですっ。ただ、こういうとき、どう逃げればっ。」

『ジョーシンくんの位置はわかっとるでな、できるだけ同じ所を回ってもらえやん?』

「同じ所…!」

 そう言われてもそもそも知らない町でテキトーに曲がっているので今走っている道がさっきと同じなのかどうかが分からない。とりあえずできるだけ左折だけを繰り返すことにした。回り込まれると嫌なのである程度距離を走ってから良さそうな角で左折、というのを繰り返す。

「おかしい。絶対同じ所じゃない。」

 元々都会とは程遠い田舎の町だ。気づけば古い宅地から工場(こうば)らしい雰囲気に景色が移り変わっている。町工場(まちこうば)はどこも寂れていて、しかしきっと()()の方ではまだまだ現役で稼働しているのだろう機械がそこかしこに覗いている。

 曲がり角が無い長い塀の続く道にぶち当たった。まずい、直線だと追いつかれる。息があまり切れないのは救いなんだが、そういう条件は相手も同じなのだろう。ダメだと思いつつ振り返ると少しずつ距離が縮まってきている。覆面で顔は見えないが金属バットを構えた奴に追いかけられるのはあまりいい気分がするもんじゃない。何よりその後ろに居るはずのイクスの姿が見えなかった。おい、まさか途中でまかれてしまったんじゃないだろうな。

 ようやく見えた角を曲がった時だった。

「しまった!」

 曲がった先は工場の資材置き場か何かだったのだろう。奥にトタンの簡易屋根や橋脚らしきコンクリートの塊が見える。今その入り口の鉄扉(てっぴ)が閉まっていた。高さは3mくらいあるだろうか。行き止まりだ。止まるわけにもいかず、走りながら俺は覚悟を決める。できるかどうかじゃない、やるかやらないかだ。背後からシャルゴの怒声が響く。

「3度目の正直ぃぃぃぃいい!!おおおりゃああああ!」

「こんなところで落とされてたまるかッ。」

 俺は全力で鉄扉にすがりつくと勢いそのままに扉を駆け上がった。背後から何かが迫る感覚がある。ゾッと背筋をのぼってくる悪寒(おかん)に負けじと、俺は無我夢中で鉄扉の頂に手をかけた。

「吹き飛べぇぇえ!」

 背後から閃光が走った。扉を飛び越える瞬間反転しながらシャルゴを見ると、金属バットが鮮やかに発光している。俺の身体が扉の向こうに落ちる前に、バットの一閃が扉に叩き込まれた。


 ガッシャアアアアアア


 嘘だろ!?

 バットの一撃を受けた観音扉は、奥にいた俺ごと吹き飛んでいく。変な角度で扉に押される形になった俺は体勢を立て直す間もなく砂利の地面に激突して20メートル近くぶっ飛んだ。さすがのレンザァルボディでも痛いもんは痛い。生身の俺だったら多分死んでいる。起き上がろうとして脚が動かないことに気が付いた。

 俺の脚の上に鉄扉が見事にのっかっている。

 嘘だろう?

「危ないなぁ。まさか死んじゃったりしてないよねぇ?ザールゥクの破壊判定なんかされたらそれこそ大目玉だもんね。」

 砂埃の向こうから金属バットのシルエットが歩いてくる。

 何とか足を引き抜こうとすると微かに動きそうな気はする。だが、おそらく間に合わない。

「そうだ、回収機、を、」

 ポケットを叩いて気づく。無い。さっき俺は回収機を()()()()()()()()

 やっちまった。

「じゃ、ザールゥク、回収しまぁす。ぐふふ、これは賞与が期待できるなぁ。」

 シャルゴが再びポーチに手を伸ばした。


「よくやったな新城アラタ!」


 キラッ


 幻影?

 資材置き場の空に2重の虹が浮かんでいるのに気が付いた。よく見るとその内側に白い虹も出ているから3重だ。あ、俺そろそろ死ぬから?いや、回収だけなら殺されるのとはわけが違うはず。

 視界が徐々に白くけぶっていく。シャルゴの姿もすぐに見えなくなる。

 急激に気温が下がって俺は身震いした。あたりが霧に包まれている。霧?

「私は海水よりも真水の方が得意らしい!この池を目指して走ってくれたんだな、感謝するっ!」

 霧の中、俺の右斜め後ろ、高い位置から声が飛んでくる。視界内表示を確認すると、何か高い位置にイクスが居るのが見えた。

「嘘だろ?」

「さぁ反撃だ。奴を落とすぞ新城新!」

 声とともにイクスの陰が空を舞った。

「こんな煙幕くらいで私から隠れられると思ったらぁ、大間違いだよ。」

 見えた。

 霧の向こうに、イクスとシャルゴの姿が。しかし表示がおかしい。

「どりゃああ!」

 シャルゴがイクスの陰にとびかかった。

「!?」

 しかし金属バットは空を切る。

「ふふふ、ただの煙幕な訳がないだろう。私の登場に必要なものはわかるか?」

 俺の目には複数のイクスの陰。そして、視界内表示の中で忙しなく走り回る、()()()()()()の表示。

「ちぃっ!だったらまとめてぇ、吹き飛ばぁす!」

 再びシャルゴの金属バットが輝き始めた。

「光だよ!光!いい武器を持っているようだが、」

 カッ

「落っちろぉぉぉお!!」

 金属バットが光の尾を引く。横なぎの一閃で、イクスの陰たちを巻き込んだ霧が裂かれていく。

「私の障壁を越えたかったらアズ=ウトルシュにでも弟子入りするんだな。」


 ―― 水壁、100%


 けたたましい音と共に爆発が起き、爆風で俺は再び扉と共に吹き飛ばされた。

 近くのコンクリートブロックにぶつかった俺は、さらに吹き飛ばないようそのブロックに何とかしがみ付いた。


 霧が晴れていく。


 絶対硬度を誇る水壁に高エネルギーをぶつけたことで水蒸気爆発のような現象が起きたようだ。カウンターじゃ無いが、シュアルゴには相性が悪かった、ということか。周りのものを吹き飛ばし切った広場に、ただ一人イクスが立っていた。

 足元には金属バット。あの爆発でよくぶっ飛んだりへし折れたりしていないもんだ。

「金属バット、回収するぞ!」

 イクスが腕時計型のデバイスでバットを回収する。

 ようやく立ち上がった俺は、よろよろとイクスの方へ歩いて行った。

「俺が死んでたらどうするんだ。」

「死んでいないだろう?」

 イクスの首元で長い布地がひらりと反射して、虹色にはためいた。


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