大学生とエスピオナージ1
新城新は梢を見上げてどうすべきか悩んでいた。
隣では同じように見上げる恰好で眉根を寄せる中埜がいる。
「何だろうね今のは。アズ=ウトルシュが何かやったんかな。」
違う。アズじゃない。俺だ。
…俺なんだけど、アレ何なの?
つい先ほど、強い発光体が俺たちの上空を通過していった。森の下からでは光しか見えなかったのでUFOだ。そう、アンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト。よく分からん飛行物体。それは間違いない。
困るのはそれがさっきまで中埜の背中側に立ってた俺から飛び出たものらしいということ。光は前方の森の方角、つまり今から目指す黒い建物方向へ飛んだように見えた。
俺たちは森の入り口で顔を見合わせる。中埜の表情は険しい。そりゃそうだろう。把握できていない現象が発生したとあればそれがコイツにとっての敵方、つまりフェチケによる何らかのアクションである可能性が高いんだから。
フェチケっつーか俺だけど。
そして何より俺自身がさっきの現象を一番把握できてないんだけど。
何度も言うようだがこういうことは本当に勘弁してほしい。せめて最初に説明が欲しい。レンザァルもなぜがこういう時だけは解説してくれない。多分ワザとだと思うコノヤロウ。
「何にせよ少し急ごうか。秋やケズデットが何かしただけだったらいいんだけど。」
駆け出した中埜の背中を追う。
「シュウっていうのは?」
「ん、俺のペアだよ。そうか、その辺もあんまり上で見てこなかったんだな。終わってなければ後でキヴァトのトコの子たちに色々説明させるよ。」
ハールディのペア。やはりさっき一緒に居たカイドウ シュウというのが地球人の方らしい。何でバラバラになれるんだろう。今のを聞いてリラシュさんが勝手に解析してくれればいいんだが。
そう言えば当たり前に他のメンバーに俺の様子が伝わっていると思っていたけど実際どうなんだろう。どうやって通信的なものが確立しているのか、俺自身は全く分かっていない。実は今もぼっちの状態で特に録画的なものもできていないんだとしたらどうしよう。本来的には手ぶらな今それが自然なワケだが、何とかしてフェチケサイドの誰かに接触しないといけない。
走る間に黒い建物まで戻って来た。
このままコレに一緒に入っていいものだろうかと少し考える。
「アズはここに居るんスかね。」
中埜は慣れた様子で壁に触れると入り口を潜った。
「そのはずだよ。俺は忘れ物とりに来ただけだからココまでね。君は適当にその辺の誰か捕まえて話を聞いてみて。」
「わ、分かりました。」
この建物に入るのは2回目だ。正面通路を直進した先、床から伸びたエレベーター操作盤も見覚えがある。前はボタンを押して変な格納庫にぶっ飛ばされたんだった。
中埜がボタンを操作すると空間に黒い穴が開いた。いつぞや臼井さんに連れ戻された小部屋と同じものに見える。
このまま見送って…中埜とはぐれていいものだろうか。
「あれ?やばい、コレは流石に壊れてるみたいだな。」
乗り込んだ中埜の姿がいつまでもそこにあった。天井に開いた風穴を見てやれやれと渋い顔だ。
「…キヴァッさん呼ぶとかどうスかね。」
ノッポとずんぐりがキヴァトのことをそう呼んでいたことを思い出した。
「そうしたいんだけど、今、携帯を持ってないんだ。それを取りに来たんで。」
内心そっと安堵する。
「じゃあ何か能力とかで直せたりとか。」
「君できる?俺のは"解・施錠"だかんな。こういう時には役に立たない。」
あ。
俺は首をブンブン横に振りながら視界内表示に目を凝らした。緊張したり珍しく考え事をしていたせいか、情報表示を絞る能力が知らん間に発達していたようだ。改めて"見よう"として今初めて気づいた。
中埜の名前がハールディなのはそのままだとして。
中埜、ザスロを持ち歩いてる。それも複数個。全部鍵形で、大きさからしておそらくオレオにやられたあのでかい鍵だ。その内の一つ、胸元の表示を見て鋸回収の場面が頭を過ぎる。
(あの鍵からハールディの表示が出てる。)
あと何故か別の一つに俺の名前も。
正確にいうと俺のは名前以外にもびっしりコメントが付いているんだが流石に雰囲気で読める量ではない。何アレ、やめてくれ本当。
「階段使うしかないね。何でフロアに誰もいないんだか。出迎えくらい寄越してほしいトコだよね。」
きっと間違いない。あの鍵に触れているから中埜がハールディなんだ。
俺はそうスね、とか何とかテキトーに相槌しながら脳内で思考をフル回転させている。誰かが来てしまうとマズイ。特にキヴァトに会ったらゲームオーバーだ。姿を見かけ次第リラシュさんから受け取っている回収機で俺自身を回収する。これは必達事項だ。怖いとか何とか言ってられないのでその点は腹を括っている。イマイチ回収機の起動に不慣れなのが思い切り不安なだけで。俺がしなくても誰かがするんだからサッサと自分でしてしまうのが多分正解。バンジーみたいなモンだ。飛ぶ先が見えないだけで。
…理不尽だ全く。
階段室へ向けて背中を向けた中埜を出来るだけ解析する。こんなにマジマジ観察できるタイミングなんてこれが最後かもしれない。とりあえず人体の損傷などは無いようなので中埜本人に怪我が無くて何よりだ。
そして思いついてしまった。
この回収機使ったら中埜自身を回収できるんじゃないか?
モチロンあの鍵だけ回収できればそれがベストなんだが高望みはしない。そんな器用な事は狙わない。
俺が回収できるなら原理的には人間だろうが回収できるということだろう。というかそれができないならそもそもこのフィールド上で俺回収は不可能だということになるわけで。
問題は回収にちょっと時間がかかることだ。一気に回収できるアズの痛デバ類と違って、この回収機はサイズも大きいし光の当たった箇所から吸い込んでいくタイプだ。その間にハールディに抵抗されたら。
いや、気絶以外の状態では、今が多分最大のチャンスだ。賭けにはなるがコイツはペアは別だと言っていたので、身体は中埜本人のスペックな可能性が高い。それならいくら運動神経がいいとは言え一般的な女子高生だ。レンザァルはアズみたいな化物ではないが地球人全般よりはるかに強そうだし、取っ組み合いなら負けないだろう。あの変な鍵はオレオが使ってたあたりからしてきっと今の状態でも使えるんだろうが、接近されなければ何とかなる。何より今中埜は後ろ向きで俺を味方だと信じ込んでいる。
思考すること約3秒。今しかない。
俺は出来るだけ音を立てないように回収機を起動した。タバコの箱くらいの装置がサッカーボール大の球体に展開される。変形すんのメッチャカッコいい。
本当はまず"ハールディ"表示のザスロに向けたかったのだが、それは胸元に持っているようなので仕方ない。俺はボール型の回収機を両手で抱えて、数メートル先を歩いていた中埜の背中に向けレーザ光を照射した。
「は…?なんッ…、」
流石の中埜も異常に気づいたらしく振り返った。
動きに合わせ、レーザがパーカーの背中から左肩を切り取る。光線に乗って糸がほつける様にパーカーが吸い込まれていく。マジか、服越しだと先に服が回収されるのかコレ。
中埜は横跳びに身を捩って光を避けようとする。しかしやはり動きは緩慢、というか普通の人間レベルだ。俺は出来るだけ冷静を保って動くザスロの表示を目掛け光を向け続ける。パーカーの回収中は他のものに反応はしないようだ。動体の回収にはありがたい機能だが今はキャンセルの仕方が分からないのでもどかしい。手汗が湧いて心臓が跳ねているがもうこうなったら最後までやるしかない。
パーカーが完全に吸い込まれると、Tシャツの中に、首から下げた金色の鍵が見えた。俺の視線が鍵に向いているのに気付いたのか、中埜はTシャツの上から鍵を押さえた。試しに手元に照射をしてみたが、何故か中埜自体には反応しないようだ。
「レン、待て、どういうことだッ!君は…!」
他のザスロ表示はボトムスだ。手で隠されている胸元の鍵は一旦諦め、容赦なく膝のあたりを狙う。
中埜はしかし信じられない機敏さで光線を躱すと、逆に間合いを詰めて来た。ポケットから何か引き抜くとそのまま俺目掛けて拳を向ける。
チリッ
頬を掠めて突き出されたのは、確かに鍵だった。両手で回収機を持っているため、俺からでは反撃ができない。何より中埜の身体をぶっ飛ばしてしまったら、と思うとゾッとする。宇宙生命体の基準は生身の人間で耐えられる力じゃない。
その中埜はすれ違うような格好から俺の後頭部目掛けて踵を振り下ろしてくる。これも紙一重で避けながら俺は飛び退いて距離を取る。
レンザァルの身体じゃなければ今の一撃で昏倒、というより最初の鍵で喉を抉られていたはずだ。冗談じゃないっ。だから、戦闘はダメなんだってッ。
「君、まさかとは思うけど若い女の子にムラっと来たとかそんなんじゃないよな?」
ぅおい!
「断じてそれは違うッ!」
次の瞬間、眼前に中埜の頭が見えた。理解が追い付くより先に足が動く。気付けば俺は天井を足場にして中埜の背を飛び越えていた。知らずに回収機を抱え込んでいる。遅れて、中埜の鍵がこの回収機を狙っていた事が分かって心臓の近くがギュウと冷えた。
「ならば君は敵だという事だね。」
中埜の目元がスゥと細まる。
何が一般的な女子高生だ。
目の前の相手は間違いなくヴァルルカンの幹部で、充斉や臼井さんだけじゃなく俺自身の魂にも手を出していたハールディだ。
見誤るな、俺。
「レン、何で君がフェチケの格好をしてないのかとか聞きたいことは山々だけど、」
反撃ができない?
バカ言え。そんな甘い考えで地球人の俺が勝てるわけがないじゃないか。
「残念だが話をしている暇はない。」
言い終わらないうちにハールディが駆け込んで来た。携帯デバイスのない今、向こうとしては近接攻撃しかできないのだろう。今までの流れでそれは明らかだ。
(だが今の俺には。)
回収機を足元に向けた。レンザァルの眼を最大限に使い、およそ人としては速すぎるハールディの動きを解析する。コンマ0秒以下の誤差で靴底が着地する瞬間に合わせてその靴にレーザ光を当てると、ハールディがわずかによろめいた。俺は同時に一歩後ろに退く素振りをしてから、二歩目でブレーキをかけ逆にハールディに向けて駆け込んだ。
俺を追いかけて前に突き出す格好だったハールディの腕を足場に、前転宙返りでその頭上を飛ぶ。天地逆さの姿勢から、背中に向けてレーザ光の照射をした。
「くっ…!」
ハールディは避けようと跳ねたが、狭い通路で完全に躱せるわけもない。光はふくらはぎを掠め、ボトムスの回収を始めた。ポケットに入っていたであろう鍵が辺りに数本散らばって派手な金属音を立てる。
「レン!君ほど大胆で精緻なフェチケは初めてだッ。是非勧誘したかったな!」
Tシャツでパンツ丸出し、靴も片方だけという格好だが、まだその眼は生きている。
俺は自分の名前表示の鍵を見つけ即座に回収すると、鍵を拾おうとしていたハールディの胸元へ回収機を向ける。慌てて手を引っ込め後ろに飛び退ったハールディは、通路の奥、後ろ方向に目くばせをした。俺に向かってくるべきか、走って階段室に駆け込むべきか逡巡したのだろう。
(その隙、見逃すかよッ!)
俺はTシャツの首元からチラリと覗いているハールディ目掛けて光を照射した。
ハールディは咄嗟に屈みこんで鍵を庇う。襟首からTシャツが吸い込まれていく。ハールディは地面に肩を打ち付けながらも首元の鍵を掴みチェーンを引きちぎった。コチラに背中を向けたまま何とか右手で体を起こすと、階段室に向け駆け出す。俺はTシャツ回収に忙しいボールを小脇に抱え、もう一台持っていた展開前の回収機を片手で投げ付けた。
名付けて、
「膝カックンッ!!」
回収機はハールディの膝裏にクリーンヒットした。絶対にこんな膝カックン受けたくない。
目の前で派手に転倒するその手元に、光を当てようとした刹那。
目の前のハールディが鍵を口に放りこんだ。
嘘だろ!?
「バッ、そんなでかい鍵を…!」
冗談じゃない!
思わず怒鳴った俺と目が合うと、ハールディは不敵な笑みを浮かべてわざと喉をそらせるように鍵を飲み込んだ。




