大学生と宝探し3
イクシン=キィクは真珠島外縁部を駆けていた。
信じがたい話だが、島自体をザールゥク指定してあるらしい。そういう指定の仕方があるものか、と素直に感心してしまった。
デバイスを取り出す間も惜しい程、時間が無い。めぼしい足場のある場所を見つけて、リラシュに転送してもらった回収用の自動機を3つばかり展開した。サッカーボールほどのサイズの球体が地面に転がると、島の端部に向けてそれぞれがレーザ光を照射し始める。光の当たった箇所から見る間に吸い込まれていっているが、それでも対象物の質量が膨大過ぎてどうみても頼りない。
「よし、次だ!リラァシュッ!どんどん転送してくれ、とてもじゃないがコレでは1日がかりでも終わるかどうかわからんぞ!」
『今本部の方とも掛け合って増産中や。出来次第どんどん送るで!』
リラシュは新が起きたのにあわせて、真珠島側の拠点に移動して来ている。あの大型ドックのある広い方の拠点だ。真珠島が着水している普通の島であればそこから何某かの装置類を出すこともできたのだが、浮遊島にされてしまっているせいで地上からのレーザ光は届かない。島内へ装置本体の転送をするにも周辺環境への影響を考慮すると送るだけで数時間単位の時間がかかってしまう。そちらもそちらで手配中ではあるのだが、その間に少しずつでも削り取っていこうということで、こうしてイクスが小型装置を片っ端から撒いているという状況だ。
島全体を回収するのに何時間かかるのかまだ計算すらできていないし、したところで目安にもならないだろう。島がある程度削れたところで恐らくヴァルルカン側にも気づかれるに違いないからだ。向こうとしても破壊トラップにならないと分かった時点で、おそらく回収行動に出るのではないかと思われる。そしてこんなものを指定している以上、一度に回収できる手段を何かしら構築されていないとも限らない。互いに回収していった場合、どちらのものかというのはどう決めるのだろうか。回収質量あたりで判定されるのか、それすらも分からない。何%が失われれば島の破壊となるのか等、定義上難しい点が多すぎる。
それとは別でアズと連絡がつかないことも気になっていた。まさかアズに限って中埜のように最悪の事態に陥っているとは思えないが、それも分からないのだ。そうでなくとも新が起きた事や入れ替わりに中埜が向こうに奪われていること、先方のザールゥクが島本体であるということ等、重要な情報が伝えられていない。
新もギコチナイながら手元デバイスを何とか起動させた。
『ある程度ばら撒けたところで私はアズの方へ向かう!残りは新城新、君に任せた!』
「お、おう。どうしていいかはイマイチ分かってないがとりあえず言われた通りに動くようにする。」
イクスからの通信を受けて焦りは感じるものの、できることを少しずつやるより無い。
新も島内の別の場所でイクスと同じような動きをしていた。戦力にはなれないがリラシュからの転送物を受け取るくらいは流石にやらないわけにいかない。変なモンに遭遇しませんように…。
多少助かっているのは地図など見なくとも視界に島内の情報が出ることと、走ってみてわかった事だが身体能力が自分自身のものより随分優秀だということ。山道にもかかわらず息切れしないのもすごいし、バランス感覚や脚力なども随分よくなっている。
これは日常生活に戻った時に自分のスペックにがっかりする奴なんじゃないだろうか。
『ジョーシン君は無理はしやんでええからな。誰かに見つかりそうになったりしたら即逃げるんやで。』
「逃げたいのは山々なんだが、走ってどうにかなるモノなのか。」
『そこは…例の意思コントロールとやらに期待しとるわ。』
イマイチ分かっていない機能に命を預けていいもんだろうか。ケンゲンがどうとか言っていたがあの記憶の中の黒い影みたいなのが出たりしないだろうな。あんなのがまたあったら今度こそ本気でぶっ倒れるぞ俺。
しばらく回収装置を撒いていたところで、見覚えのある変な建物を見つけた。頭にポコポコと球形の部屋がくっついたブロッコリみたいな形の建物だ。
島を回収するとして、こういう建物はどうしたらいいんだろう。回収…しないとその内地面が無くなって崩落してしまうだろうし、何にしろ無事にはすまないだろう。中に人とか居ないんだろうか。前にここでよく分からないハーブティをもらったときには人影は無かったが、万が一誰かいるんだとしたら…その人はどうなるんだ?
正直コイツラの常識がよくわからない。ロボのようなモノが人扱いなところからすると、その逆で人もモノ扱いなんだろうか。ぶっ飛んでもケロリとしているとはいえ、ヴァルルカンの方は見た目は普通の人間なのでどうも気が引けてしまう。この超常現象だらけの世界でそんなこと気にする俺の感覚の方がおかしいのだろうか。
グダグダと建物裏手で悩んでいた所で、視界に急に大きな反応が表示されて俺は文字通り飛び上がった。慌てて建物の壁際に思い切り身を寄せて極力目立たないように努める。跳ねまくる心臓をなだめながら表示内容をなんとか読み取った。
(誰か二人…お、片方は中埜かあれは?え?何で中埜がハールディなんだ?)
建物の表の方を俺から遠ざかる方向に歩いていく人影が二つ。建物越しなので実際に目で見えているわけではないが、意識をすると後姿がぼんやりと確認できた。
一人は見慣れない表示で、レンザァルの翻訳曰く“カイドウ シュウ”という名前の男だが、見た目はハールディっぽい。もう一人が中埜なのだが、表示上はなぜかコチラがハールディだということになっている。
待て待て待て。落ち着け俺。きっと焦っているんで見間違えているに違いない。建物越しだしよく見えていないんだきっと。
段々遠ざかる二人をしかし何度見ても表示が変わる事は無い。
「故障してないよな、レンザァル。」
(してないよ。表示は正しい。)
どういうことだ。
よく分からんがしかし、中埜を何とかしてやらないわけにはいかない。オグの事はドンマイとしか言いようがないが、中埜が自分の意思でヴァルルカンとして続行をしているのではない以上、見過ごすのはちょっとどうなんだろう。
人として。バイトの先輩として。ハンバーグの差し入れを貰った身として。
「追っていいですか、リラシュさん。」
通じているという確信をもって話しかけた。
『敬ちゃん追って、どうする気や。』
真っ当な心配だろう。実際謎に戦闘慣れしていたという中埜で勝てなかったハールディに、俺で対抗できるとは思えない。そもそもその中埜がアチラに居てハールディらしいのだ。うん、そこはまだよく分からないんだが。
「中埜は、俺を助けるために交渉に行ったんだよな?」
リラシュさんの言葉が詰まるのを感じた。
それだけで十分だ。
「回収装置の転送は続けてくれ。道中で撒きながら跡をつける。」
『無理は、しやんようにな。ジョーシン君までまた捕まったら、もうその時は何か起こる前に降参するでな。』
俺はそっと森に向かって駆け出した。
2人は並んで森の中を進んでいく。
「圭祐か?」
「ああ、アズ=ウトルシュを捕まえたらしい。」
海棠はパクんと携帯を閉じると懐にしまった。
目は森の奥を見据えたままで無表情だ。横では中埜が口笛を吹いている。
「やるねぇ、坊ちゃん。なんだ、そんなに強いんなら最初っから自分で攻略もやったらいいのに。」
「止めたんだ、此方が。戦闘はまだしも全体を考えれば個人で取り組むべきルールではない。多人数であたるなら統率者が必要だ。統率にケズデットの「名前」はありがたい。しかし統率者は前線には出ないべきだ。君達からしたら問題ないのかも知れないが「圭祐」は幼過ぎる。「ケズデット」は指示を出すには無口な上に詰めが甘い。そう、甘過ぎるんだ。ケズデットに限らないが君達高次象限の存在はこのフィールド上で競い合うつもりならもう少し物事に拘るべきだ。此方が接触を図っていなければ今頃どうなっていたと思う。」
淡々と、しかし一息に言う海棠をしげしげと眺めて中埜が吹き出した。
「そうだな、ああ、そうだよ秋。俺、お前のそういうとこ、ダイスキ。」
「有り難く拝聴する。」
中埜はスキップでもしかねない足取りで先を歩く。久しぶりに身体を動かせるのが嬉しいようだった。サクサクと下草を軽やかに踏んで歩く音以外には二人の話声しか聞こえない。
その背後から十分過ぎるほどの距離をあけて新は後を追っていた。幸い、一度捕捉した為か姿は見えなくても存在感知は働くようで、一定の距離を保てている。さすがに会話までは聞こえないが気付かれた様子はない。
(向かう先は…アズの居るあの壁が溶ける建物だなきっと。)
方角的に間違いなさそうだ。たぶん、ケズデットの増援にいくつもりなんじゃないか。中埜の姿はアズを油断させるのに最適なのがマズイ。バレても人質にできるだろうし、そういうことを過去に臼井さんでやられている。
(俺で直接何か出来なくてもせめてアズに現状を伝えてやらないと。)
しばらく待てばイクスも合流してくるだろうが、手遅れにならないとも限らない。あのキラキラの彼がどのくらい戦えるのかは分からないが間違いなく俺より強いのは確かだ。
できれば早く来て欲しい。切に。
「や、これはひどくやられてるね。キヴァトは何やってんだか。」
2人は塔から上がる黒煙に気づいて顔を見合わせた。海棠のため息を聞いて中埜が苦笑する。
「相手があのアズ=ウトルシュだったら仕方ないのかな。第一級建築物破壊士の資格があったら第1号確実だもんな。倒れてないだけマシか。」
中埜は壁際まで進むとそっと壁面に触れる。ドアサイズのメッシュが走ると入口が溶け落ちた。この仕組みは壊れてはいないらしい。
「俺はどうしてたらいい?オグのペアの方言くらいならマネできるけど、あの意味不明な話題作りはちょっと無理だと思う。」
「しかるべきタイミングになったら声をかける。それまでは休んでいてくれて構わない。」
「ん、オッケー。任しとき〜。ボク、頑張る。」
開いた入口に海棠が入ると壁が復元する。森に中埜だけが取り残された。
「さて、久々やし散歩でもさせてもらおかねぇ。」
(うぉ、これはめっちゃくちゃチャンスなんじゃねぇか。)
離れて観察していて正解だった。ぶっちゃけると為すすべもなく建物来られちゃって困ってたんだ。うん。
とりあえず大木の陰に隠れて様子をうかがう。中埜はまた別の方向に向かって森を歩き始めた。
着いて行くと、時々伸びをしたり、立ち止まって近くの植物を眺めたりしている。森は緩やかな下り坂に差し掛かり、大木が普通の植生に、道は細い遊歩道のような様子になった。森と言うより小さい山のハイキングコースという雰囲気だ。
変わらずフラフラ歩いている様子は完璧に散歩にしか見えない。どうみても普通の中埜だ。おかしいのは俺の視界の表示だけなので、どっちが正しいのか不安になる。俺には何も分からない。
その中埜が立ち止まった。ポケットの中身をアレコレ確認している。つられて俺も止まる。
「やべ、秋にティトコシュフェギヴェル貰いそびった。」
ポツリと呟くと中埜がくるりと振り返ってコッチに向かってダッシュして来た。ちょ、待て、想定外だから!
走って逃げたら万一見つかった時に不自然だし、隠れるには山道はやや急すぎる。左は崖に近い急斜面、右は迫り出した土壁で、森の時と違って木が細いので後ろに隠れる場所もない。
(あ、だめだこれは。)
迷っている間に視界の範囲に中埜が入って来た。
ま、いいか。何とかなる…と、いいな。
「は?あれ?」
さすがに中埜も気付いた様子だ。面食らった様子で、少し先でゆるゆると立ち止まった。
「君…何くん?身なりからしてフェチケやなさそうやけど…。」
言われてから自分がレンザァルの姿をしていたことを思い出す。銀色スーツにしていなくて本当によかったと改めて思う。
斜面の上に立っているのでこちらが少し中埜を見下ろす格好だ。
ええと、何て答えるのが正解なのこれは?
「レンザ…あ、いや、あの、レ、レンって言います。すみません、来たばかりでここ。迷っちゃって。どちら様でしょうか。」
自分の声だった事に焦って噛んでしまった。そしてこの問いかけが変な地雷を踏んでいないか心臓がバックバクしている。
「ああ、またキヴァトが呼んだのかな。ごめんね、緊急事態なんでほったらかしなんだきっと。」
何やら勝手に納得してくれた様子だ。ナイス俺、ほんとファインプレー。
目の前の中埜は改めて歩き出した。自然に後をついて行く。
「丁度いいや、俺も戻るところだったんで案内するよ。ああごめん、俺はハールディね。今は訳あって別の格好してるんだけど、よろしく。」
「よ、よろしくお願いします。」
「ははっ、一応幹部だけどあまりかしこまらなくていいよ。本当に偉いのはケズデットだけだから。」
坂道を登り終えてしまった。このまま建物に戻られるとマズイ。再び大木の森に入りかけたところで、勇気を振り絞る。
「あの…、」
「ん?なに?」
「べ、別の格好っていうのは…。」
ああ、と中埜が笑った。
「"この子"、さっき拾ったんだ。ペアは落ちてる。今は暫定的に俺が憑いてるだけ。」
暫定的。ツいてる。どういう意味だ。ペアとは違う状態だってことしか分からない。
「えーと、その子はどうするんスか。」
「そうだね、どうしようかな。人数足りないようなら誰か呼んでもいいけど、そろそろ俺はネタ切れだから。それに、多分もう必要無くなる。」
「え?」
中埜が立ち止まって振り返った。ニッコリと笑う姿は確かに中埜の顔なんだが、何故だろう、すごく違和感がある。あいつ、こんな笑い方しないと思う。
「アズ=ウトルシュを捕まえた。あいつが落ちればもうこのフィールドはこちらのものになる。折角来てもらった所だけど、多分君の出番も無い。」
ひょえ、とか何とか変な声が出た。
アズが?捕まった??マジで??
「ま、マジすか…?」
「マジなんよ、マジ、マジ。」
行こうか、と促されて俺はフラフラと後をついて歩いた。
どうしよう。どうしたらいい。
俺で何かできること、ないか。
捕まったって、何だよ。
まだ落としてないのは何でだ?
考えれば考えるほど分からない。
ああ、なんだよもう。俺がやっと事態を何とか飲み込んで手伝ってやろうって思った所なのに。
不思議と何時もの様に「ま、いいか」とは思えなかった。今はレンザァルの格好だからだろうか。
(新、どうしたいの。)
頭の中でレンザァルの声がした。気がした。俺も頭の中で返事をする。
(俺が決めていいの?)
(モチロン。それが、新の意思なら。)
俺はどうしたいんだろう。このままついて行って、例えば目の前でアズが落とされそうだったら何をできるだろう。
できることなら怪我はしたくない。いわゆる戦闘は勘弁してほしい。でもこのまま負けると言われて、はいそうですか、と見てるだけだというのも何とも釈然としない。
中埜は何て言うだろう。オグになれなくなったとき、あんなに泣いてたあいつが。臼井さんは。知らない間に学校休んで行方不明にまでされてたあの人は納得するのかな。三笠も。確かずっと昔からリラシュさんと参加してたはずだ。充斉は…。
不遜な銀のマスクの絵面が浮かんだ。
ヒーローが、コタツで飯を食っている。
俺ごと吹き飛んでいく携帯電話も。
(…まだハンバーグも、携帯の借りもあいつに返してもらってない。)
(ボクにインプットしてくれるだけでいい。)
(アズを落としたくない。絶対に。中埜も取り返す。そんで、フェチケの奴等を勝たせてやりたい。そうじゃないと、ズルい。と、思うんだけど?)
ウギィエルゥシチェ メグァベェメネトゥ
(ザールゥクの強い意思を確認。はじめよう、新。ヴィゲ イドゥだ。)
そうして俺の願いは、天に高く昇った。




