小学生と秘密基地4
新城新は揺蕩っていた。
過去もろとも影に飲まれた俺は、全身の力をどこかに置いてきたらしい。
普段ならぶっ倒れてしまうところなんだろうが、既にぶっ倒れて記憶の中を彷徨っているせいか、意識は妙にはっきりしている。身体の感覚だけが曖昧だ。寝ているのか、起きているのかも分からない。瞼や手足の感覚もない。何だかとてもふわふわとしている。あの、えも言われぬ不快感が無くなった事だけは、ただありがたい。
「新。」
すぐ近くで友人の声がした。
周囲が明るいか暗いかもよく分からないレベルで視覚は仕事をしていないが、兎に角近くに居るんだと思う。
「なぁ、要するにお前に会いに行こうとしたら、俺はどこに行けばいいんだ。」
「ザールゥクの停止が解除されたから選択肢は増えたよ。一つ。新に危険が及んだ時、低次象限へのずれ込みが発生し、ここへ繋がる。これは今までも働いてたはず。」
「危険…大型重機に潰されかけたり、わき腹に流れビームを食らったりとか、他にも色々とあった気がするんだが。」
「危険レベルが低いと判断されると高次象限で止まってしまうから、狙ってやるのは中々難しいと思う。近くにサポートしてくれる存在がいる場合とかね。高度ではあるけど第5象限での物質的損傷は意思の力でリジェネが可能だし、そのせいもあるかもね。」
…ああ、痛い。
耳というか、久々に俺の「普通」の概念がミリミリと音を立てて軋んでいる気がする。
今更ですか、そうですか。本当にそうなのか。俺が悪いのか。
「二つ。象限貫通能力を活用する。新の知己の範囲だとキヴァト=ラーヴィガタやリラシュ=ピロシュ等の助力が必要。三つ。ここへ来たいと思う。これは今回増えた条件だね。地球人には難しいと思うけど新ならテキトーにやってくれれば大丈夫だと思う。」
アハ、と無責任な笑い声が聞こえた。
また頭痛くなってきた。あー痛い。アレコレ気づいてしまうと痛い。
「四つ。睡眠時の混線を含む、第4象限経由で意図せず繋がる。今までもたまに見かけることはあったから、きっと寝ている間にでも来てくれていたんだろうね。こんな所かな。」
「…えーと、色々なツッコミは置いとくとしてだな。今もしかして俺は現実としてお前に会いに来ちゃってるって事か?」
「そうだね。これは記憶の中のやり取りじゃない。」
道理で会話ができるわけだ。
いや、いやいやいや。
「すま…ゴメン。本当にゴメン。お前の事、今までずっと思い出してやれなくて。」
「また話ができて嬉しいよ、新。」
話のわかる奴で良かった。さすが親友。
…親友って響きはなんだ、恥ずかしいな我ながら。
そしてちゃんと謝ったぞ俺。うん、こんなんで良いのかはよく分からないが。
「それでええと、今はオレオの鍵のせいで、その、二番目のパターンの貫通能力とやらを使って無理矢理ここに来ちゃってるわけだな。」
「違うよ。」
え。
「新に危険が及んだ事でずれ込んで来てる形だね。新の“強い意思”への攻撃と判断されている。ルールによりボクが前に出たのは、そのせい。」
「へ?じゃあ今って、なんだ、第6象限ではお前が俺の代わりに寝起きしてるのか?」
「違うよ。ボクはペアじゃないからね。そういうことはできない。」
ああ、わけが分からないよ。誰か俺にも優しく説明してくれ。
まぁアズと違ってこいつは訊いたらちゃんと答えてくれるんだから、マシだと思おう。少しずつでも訊いていくしかない。
「うーん。じゃあ逆にここから出るにはどうしたらいいんだ?」
「起きたらいいんじゃないの。」
「そう来たか。」
どうしたら起きられるんだろう。例の鍵のせいでないんだとしたら完全に俺次第ということだと思うんだが。
と、いうか、そもそも今俺ってどういう状態になってるの。自分で自分の身体の感覚がないまま会話をしているんだけど。
アレ、そういえばさっきまで喋っていたつもりになっていたけど口を動かしていたかと言われると分からなくなってきたぞ。
呼吸の感覚もないし。
何だコレ気持ち悪いんだが。おい。
新は深呼吸をした。つもりになった。
うん、まぁ、いいか。
悩んだときは建設的に前向きに。分からないものはどうしようもない。
目の前に友人の姿が浮かんだ。相変わらずガンダイバー姿だ。
「あー、なんだ。レンザァル。久しぶりだな。」
クスクス笑いが聞こえて来た。
「新、久しぶりだね。」
声も子どもの時のまま。
「また秘密基地つくろうぜ。俺の部屋でもいいけど。」
今ならもう少し、コイツの事を分かってやれる気がする。
「新がケイセミィで本当によかった。“要石”を飲んじゃった時はホントどうしようかと思ったけど。」
「あのほんのり甘い石の事か。そんなこともあったな…。それよかお前、ずっとその格好のままなのか?元のゲル状での活動は何か苦しそうだったし無理だとしてもさ、もうちょっと人間ぽくできると思うんだ。」
そう、今ならもう少しマシな指導ができると思うんだ、俺も。人類代表として。
「新とお揃いにできる?」
「あ、間違っても俺と同じ顔とかにはなるなよ。」
「うーん、どうだろう。やってみようか。」
「おい!」
目の前のレンザァルの輪郭が揺れる。
「アハハ、大丈夫。今なら地球の民のサンプル情報も豊富だし、最適な形にできると思うよ。ベースはリラシュ=ピロシュだけどボクは最新型だからね。日本人風にできると思う。」
ゆっくりと像が結ばれていく。
…おい、それは何の冗談だ。
人型の姿が目の前に現れた。
黒髪、やせ形、日本人ぽい顔。同い年くらいに見えるので18歳前後。身長も俺と同じ位。
目が合うとにっこり笑って見せる。
「どう?これで新とお揃いだと思うんだけど。」
声は変わらずそのままだった。仕方ないんだろうが、服は着ていない状態だ。
問題はそこじゃない。
目の前に立っていたのは、どう見ても女の子だった。
「ばッ…。」
「どこかおかしいかな?大分近づいたとおも」
「服を着ろッ!早く!」
「ひゃ。」
不意打ち過ぎるだろうが!仕方なくねぇよ!
「あーゴメン。解析上は服着てない方が喜ばれるって判断だったんだけど、新はダメだったってことかな。」
「アホ!喜ぶかどうかの問題じゃない!」
「そうなの?」
すぐに着衣状態にはなってくれたが、その前に割としっかり見てしまっただろ、こなくそっ!地球外生命体に常識を期待するのが間違いだというのは分かっているつもりだったが、こういう絶妙なイベントは本気で勘弁して欲しい。彼女ならともかく友人として扱おうとしている相手の素っ裸はさすがに辛い。色々な意味で。主に俺の理性の意味で。今後顔を見る度思い出してしまったらどうしてくれるんだ。チクショウ。
「お、おまえ、女だったのか。」
「いや、存在として性別の概念はないからどっちにもできるんだけど。マスターデータにしてる初期型が所謂女性に相当する型だったから合わせただけで。こういう方がいい?」
言いながらレンザァルの恰好がスルリと変わって男っぽくなった。なんというか大学案内パンフの表紙に出てきそうな一般的な顔かたちをしている。品行方正な雰囲気だし割とモテそうでもある。因みに女の子の時の顔は裸のイメージが邪魔をしてあまり思い出せないが雰囲気は同じような感じだったと思う。
「便利なような、不便なような存在だなお前は…。どっちでも好きな方でいいぞ。ただし服は着てろ毎回。」
「新が決めてくれる?」
「うわ、出た。…っていうか声は変わらないのかお前。」
見た目が男だと違和感しかない。かと言って女の子で、と注文するのは男としてどうなんだろう。ある意味ロマンだが何だかややこしい香りがする。男の恰好の方が気楽なんだが、声が不自然だ。というのをそのまま伝えてみた。
「声のデータは他にないんだ。そんな事気にするんだね。なるほど。」
とのことらしい。
「男の格好しててくれ。声はまぁ、そのうち慣れるだろう。」
声変わりしない人とかも存在するらしいしな。別に会話ができれば俺としても困るわけではない。よく考えたらこいつと並んでどこかを歩かなきゃいけないわけでもないし、テキトーでいいと気づいた。
「さて、ここでやるべき事は大体終わった気がするしそろそろ起きたいんだが…その前に自分の身体を見つけなきゃならないな。」
「身体?何とでもなるじゃない。」
「いや、お前と一緒にしないでくれ。俺は地球人だ。」
レンザァルみたいに自由に姿形が変更できる必要は無い。もっとごく普通に自分の身体がちゃんと動かせればそれで満足だ。しかし俺の言を受けてレンザァルは首を傾げている。
「やろうと思えば新でもできるよ。」
なんだと…。それはアレか、前に充斉がいきなり大人になったりしてたああいう感じか。
「ボクも第5象限以下だと随分集中してないと形が保てなかったんだけど、やってるうちに意識しないでもできるようになった。新もまだこのあたりで活動するのに慣れてないだけだと思うよ。低次象限だと影響が強いってだけで本来はどこでも同じ要領だ。姿に関しても、自然となりたいと思った姿になるものだよ。」
やってごらん、と言われても、どうしていいのやら。視界にはレンザァルが居る以外は真っ暗闇しか見えていないし。瞬きの感覚ってどんなのだったっけ。ああ、手ぐらいなら覚えてるだろうか。何とか自分の両手を見詰めるポーズを思い出そうとした。何となく両手が見えるような気もするが、どうにもハッキリしない。考えてそんな格好したことなんて無いし、無茶を言いやがる。
「うーん、じゃあちょっと手伝うよ。はい。」
そう言って彼が差し出してきたのは手鏡だった。覗き込むと、漸く見慣れた顔が視界に入った。流石に自分の顔くらいは毎朝洗面の時に見ているし、忘れようが無い。気付くと、手鏡を掴んでいる腕くらいまでははっきりとしてきた。寝巻きの代わりにしているジャージ姿だ。袖の一部がほつけていたり、そう言えば膝のあたりにこんな染みもついていたような気がする。
「ほら、大分はっきりしたでしょう。」
「あ、ああ。助かった。そうか、意外と覚えて無いもんだな自分事ながら。」
まだ裸足だし周囲は黒い空間のままだ。
今度はレンザァルが烏龍茶のパックから湯飲みにお茶を注いでくれた。俺は受取ると少しためらってから一気に飲み干す。
そうだ、烏龍茶ってこういう味だった。俺はどうやら喉が渇いていたらしい。
よく見たらこのパックはバイト先のコンビニでいつも買っているやつだ。湯飲みは俺の家のものだし、目の前にコタツ机がある。
湯飲みを机に置いた。
いつの間にか俺は布団に包まって寝床に入っていた。
目の前には見慣れた天井が像を結んでいる。
ああ、ここは俺の部屋だ。
随分長いこと寝ていた気がする。
俺の部屋の匂いがする。まだ明るい時間帯だし、物音の感じからすると午前中かもしれない。
両の手のひらを見詰めてみる。そうだな、こんな指紋だったわ。じんわりと手が暖かいのを感じる。寝過ぎて全身が凝っているような気はするが、痛みなどは特に無い。
首を巡らすと、初めて異様なものが目に入った。
「…リラシュさん?直ったんですね?」
ああ、でもこれも夢の中か。無事な姿が見たかったのかもしれない。
呼びかけられたリラシュさんは俺に背中を向けていたのだけど、振り返ってギョッと肩が震えた所を見ると妙に反応が生々しい。それを見て俺はちょっと笑ってしまった。
「うーん、思い出すとここまでリアルになるもんか。」
俺は上体を起こすと、改めて首をぐるりと回した。くあ、と欠伸が出る。布団の手触りまで、超リアル。すごいな俺。
「ジョ…」
リラシュさんがコタツ机から四つんばいになってこっちに近づいてきた。ジェットヘルのロックを外して俺の顔をマジマジと見る。ちょ、近い。近いですリラシュさん。嬉しいけど、困る。色々と。口臭とか気になっちゃう。
「ジョーシン君、どうやって起きたん?あ、ハールディの意識がオグの方にいったから…?でも、え…わからん、あかん、色々急にありすぎて混乱しとる。」
「えーとすみません?俺、まさか部屋にリラシュさんをお招きしているシチュを妄想すると思ってなくてですね。故意ではなく俺も驚いているというか…」
「うん、ちょお待ってな。アズとイクスに連絡いれとくでな。」
二人で別々の方向性で混乱しているような気がしないでもない。イクスって誰だろう。あのピコピコロボか、さもなければ知らない間に銀色のお友達が増えちゃったんだろうか。いや、ていうか夢かコレは。アレ?
「もしかして、起きたのか、俺は。」
「起きたみたいやな。」
どうしよう。
喜んで良いんだよなきっと。一応寝ていた間のことはちゃんと覚えている。過去の記憶もしっかりしている。あの原っぱも、レンザァルも、夢だけど夢じゃない。決してどっかのでかいモフモフの話じゃなく。
「お、おはようございます?」
「おかえりジョーシン君。何や分からんけどコレはラッキーと思っとくわ。イクス?朗報やで。ジョーシン君が起きた。」
リラシュさんはコタツ机に戻ってなにやら仕事を始めてしまったようだった。思ったより反応があっさりで肩透かしだったわけだが、いつものこととも言う。
コタツ机の上にはいつの間にかデュアルどころじゃないディスプレイが沢山浮かんでいる。置いてない。画面が浮いている。すごいんだけど俺の部屋だ。魔改造しないでほしい。退去時にちゃんと戻さないと大家に怒られるのは俺なのだ。そんな常識はもしかしたら持ち合わせが無いのかもしれないが。
そう、見た目に騙されてはいけない。リラシュさんもアズと同じ地球外生命体、いや、地球外ロボだ。タイツスーツがその証だ。
…もしかしたらこの催事場ヒーロー的な格好は俺のせいだとか、そんな事は決してないはずだ。ないよな友人よ。
「俺さっきまで森居たような気がしてるんですが。アズが助けてくれたってことだな?アズは何だ、まだ真珠島でオレオと戦ってるのか?」
手元は忙しなく作業をしたまま、リラシュさんが横顔をコチラに少し向けてくれた。
「ゴメンな、そこからやね。ええと何から話そうか。一番大事なとこから言うとな…」
続けてリラシュさんが言った台詞が飲み込めなかった。バカみたいな返事しかできない。
「え?すみません、ええと、やっぱり夢なのかなコレは。」
「ちゃう、ついさっきのことや。ホンマに申し訳ない。謝って済むことちゃうけどな、コレは私の判断ミスでもあるでな。」
オグが落ちた。
…のはまだ分かる。
それも割とビックリしたわけだが、そりゃあドンパチしてりゃあそういうこともあろうと思う。そこじゃない。肝心なのはそこじゃなくてだな。
「もっかい言うで。敬ちゃんがハールディに魂奪われたんや。」
中埜の泣き顔が浮かんだ。
「それで俺が起きたんじゃないよな?冗談じゃないぞ、そんなの。」
赤紫色の少女が手を止めた。半身をずらしてこちらを向く。
「それはまた別やと思う。ほんの短時間しか通信できやんかったから詳細はまだ解析中やけど、コトの起きる前の状況見とるとジョーシン君は絡んでない。」
レンザァルと話したことで俺としても覚悟はできている。ほんのちょびっとだけ。痛い事とかは勘弁してほしいが。
「リラシュさん。」
しかも寝間着のままで、格好はつかないわけだが。
「俺に、できることはありませんか。」
そう。俺にしかできないことがあるはずだ。物理的にドンパチに巻き込まれるのは相変わらずゴメンだが、俺の取り出せる情報が宝である事は、いくらこいつらの事情に無知な俺でも分かっている。ザールゥクとやらとして、さっさと終わらせる手伝いをしてやらないと。
アネモネが微笑む。
「たっっっっくさんあるで。待ってたんや、この時を。早速やけど解析手伝ってくれやんかな!ええよな。よし!」
カシャン、とリラシュさんの左手が咲いた。かわりにジェットヘルのシールドがおりる。
「合意の上なら違反にならん。よね?」
多分スモークシールドの下には大輪の笑顔が花開いているはずだ。
…随分尖ったケーブルをお持ちで。




