高校生と廃品回収3
無機質なコール音はハールディの携帯電話からだった。
今時ケータイ。しかも二つ折り。
止めるわけにもいかず、中埜は左手のひらで「どうぞ」を示す。どうせ今は村おこしとゆるキャラについて語り合っていただけなので、全く問題はない。
「失礼。…どうした?」
こうして見るとハールディの奴は見た目通り中々丁寧な人物だ。無表情なのと若干のニヒルさはあるが、物腰は全体的に好青年だと思う。
「…そうか。助かった。ああ、そちらは任せた。」
ハールディは静かに電話を切るとパクんと閉じて懐にしまった。
「すまない。急な仕事が入ってしまったようでね。悠長に君と会話を続けているわけにはいかなくなったみたいだ。」
中埜の心臓が一跳ねした。社会人でしかも一応会社の偉いさんということなら電話の一本二本はあるものだろう。しかしこのタイミングであればヴァルルカン絡みで何がしかの動きがあったと見るべきだ。
「ボクも電話してもええかな?」
何せここは第5象限だ。よく考えてみれば、普通の電話が鳴るとは、思えない。
「構わないよ。ただ、長いようなら此方は出掛けるので君にも出て貰いたい。」
その事はおそらく、お互いに分かっている。ケズデットが出て行ってからそれなりに時間が経っているのも実は気になっていた。
「ほんならちょー待って。30秒で済むわ。」
言うが早いか中埜は右腕に巻いた痛デバをタップした。その存在に今気づいたらしいハールディがギョッとした風に手元を見ている。中埜はほんの少し内心で笑いながらリラシュとの回線を繋いだ。
今まで外部との一切の通信を切ってあった。ヴァルルカン側の警報装置はリラシュのチート能力により解除してはいたものの、こちらで通信装置を動かしていれば捕捉してくださいと言っているようなものだからだ。“戦力”は別動しているアズとイクスの方に行ってもらわないと困る。
飽くまで中埜の担当はハールディとケズデットだった。
「どお?あー、なーにー?“つぅ”か。うん。あかん。そやもんでやるだけやってそっち行くわ。うん。またなー。」
通話を終える。
今の通話でハッキリとした。
中埜は一つ息を吐く。
作戦段階が移行した。
それは交渉の時間が終わりを迎えたことを意味する。このまま帰っても構わないことにはなっている。端から交渉がうまくいくとは思っていなかった。
だが、中埜としてはどうしても連れて帰りたい人がいる。その為に敢えて危険の多いこちらの役をやらせてもらったのだ。
刃渡り40cmほどの剛爪が翔け、ハールディに斬りかかった。
ガギィィィン!!
空気の焦げる匂いと共に事務所内に風が起こる。
ハールディとの距離は1.5m程空いているが、爪はその何もない空間上にビタリと静止している。
中埜は一旦飛び退ると再び別の角度から一閃を放った。
キャビネットに無惨な痕がつく。カフェテーブルは天板が5分割されてその場に転がった。見る間に粗大ゴミが量産されていく。
中埜が腕を振り薙ぐ度に肩から生えた柳刃が舞う。しかしそれら痛烈な斬撃も悉くが壁に阻まれていた。空気の壁、目に見えない障壁だ。
壁の向こうには無表情でじっと中埜を見据える両の目がある。
「事務所の修繕費用を請求したいところだけど、君達はそういう点に関しては論外だったね。お互い競い合っていることは理解できるし、此方としてもそこまで緊縮財政というわけではないけれど、本来この第6象限地球の日本にあってはこういう場合は弁済なりの措置があってもおかしくないとは思うんだ。」
「相変わらずエグいなぁ!暖簾でももう少し手応えあるで!」
言いながらも中埜はずっと両手各4本の爪で激しい攻撃を繰り返しているのだが、一向にハールディを包む障壁を超える気配がない。
「君達は少し攻撃的に過ぎると思う。翻って此方は決め手に欠けるわけだけれど。少しは守る方向にも気を向けたらどうだろう。」
「何やありがたいアドバイスやな!」
「通信網の堅さについては異常なレベルだと言うのに実空間上では君たちの警備はザルと言わざるを得ない。大体今回の新城新の件も此方が言う事ではないが如何にも手を出してくださいという状況だったと聞いている。」
中埜がそれまでの上段攻撃から一転、深く身を屈めた。オーバーアクションに見せているが続けて繰り出したのは下段からではなく速度を活かした斜め後ろからの奇襲に近い斬撃。対応しようとハールディが反転しかけたところで、更に中埜の姿が消えた。
「…?」
次の瞬間、頭上の反対の角から浴びせられた衝撃波に、ハールディの表情が曇る。まだその姿勢は直立のままで透明の障壁も健在だが、反応を見ていればこの速度には対応できていない様子だ。
「驚いたな。フェチケのペアとは言え現代日本人でここまで動き回れるのはちょっとおかしい…というレベルを超えている。交渉の時点でも感心したが君はどうも少し特異な様子だ。どういう生活をしていればそういう能力がつくのか非常に興味深い所だ。参考にやはり色々調べさせてもらいたいところだな。」
「せやなぁ!主にアンタと塗り絵ちゃんのお陰なんやけどな。こちとら本来は自分でこんなことせんと全部オグにやってもらう予定やったんやに!」
目に映らない鎌鼬の隙間から声が飛ぶ。ハールディは棒立ちのままだが視線は忙しなく中埜の動きを追っている。もちろん攻撃をしながら無理にでもお喋りに合わせているのはワザとだ。普通ならそんなしんどい事はしたくない。ただ、ハールディの反応を見るのに声そのものが絶好の撒き餌になっている。
自身の動きはいくらでも把握してもらって構わない。相手に少しでも多く行動をさせる事で“オグ”が動きやすくなればそれでいい。そしてオグには出来るだけ寝ていてもらいたい。
中埜はささやかながら手応えを感じていた。ハールディの障壁は本人を中心に球形をしている。それだけなら死角はないはずだ。しかし本人が斬撃を認識できていない箇所については正面の障壁と比べてもより食い込む感触があった。斬撃を散らすようにしてからは特に顕著だ。
「困ったな。これでは出掛けられない。」
「ボクとしてはもう少しここでお話していきたいんやんか!交渉成立させて新くん返して貰わんと帰れやんのさな!」
「ふむ、ではこうしよう。少し止まってくれないか。」
ハールディが懐から大きな鍵を取り出した。
鍵…!
「これは誰の鍵だと思う?」
中埜はハールディ正面に降り立った。
まだ障壁には爪を立てた状態だ。
「誰、…それは所有者を聞いてるんとはちゃうんやろな。」
この状況で想定できるのは一人しかない。アレがもし新くんなのであれば是が非でも手に入れなくてはならない。
ハールディは片方の口角だけをツイと引き上げると小首を傾げて見せた。
「此方としては今すぐ出掛けたい。この鍵を君にあげよう。それでどうだ?」
「…悪くない条件やな。でも、交渉の対価だったモンをそんなポイっとくれちゃってええの?怪しいやんか。大事なモンちゃうんか。」
「大事。此方の存在にある意味で確かに非常に重要なモノではある。だが、今この瞬間にはこれを君に渡すだけの価値があると思う。もう一度言うが、此方は今すぐ出掛けたいんだ。緊急にね。ああ、言っておくが残念ながらこれはザスロではない。そこは了承してほしい。」
「イマイチ何言うとるんか分からんけど正直、モノによるところやな。それが“誰”なのかは事前に訊くことはできやんの?」
「もう察しているのじゃないか?何なら直接検めてもらってから決めてくれるのでも構わない。その間は此方は逃げたりはしないと約束しよう。」
「ふぅん、ほんならボクもその間は攻撃しやんとく。調べさせてもらうわ。」
方頬笑むハールディが鍵を投げた。
金色の大きな鍵が光を反射して中埜の手元に滑り込む。
手にして改めて特徴のない鍵だ。これが誰かを封じ込めたものなのだろうか…見た目だけではわからない。リラシュに解析を頼むしかないだろう。
左手が動かない。
(嘘やん…。)
固定の能力、とも違う。
この感覚は知っている。中埜はつい最近同じような体験をしたばかりだ。
動かないのは左手だけではない。瞼も口も、凡そ自分の意思では動きそうもない。ハールディが方頬だけで笑いを零す。目は初めからずっと笑っていない。
「ふ、ふ、はは。本当に君達はお人好しが多い。こんなに素直だと此方も随分やりやすいな。」
動きそうもないのだ。そう、自分の意思では。
「でもおかしいな。さっきから見ていた時も思ったけど、コイツ本当にすごいよ。どうして意識がなくなってないんだろう?体は動かせるけど、判るよ。ああ、そんなに邪険にしないで欲しいな。動きにくいじゃないか。」
この台詞は中埜の口から出たものだ。中埜の意思ではない。
(なんやコレ、どういう状況なん。)
中埜の口が動く。
「ダイジョウブ、俺はヌリエラやオレオよりは紳士的だ。それは約束するよ。ペア自体も“武器”では無いし。でももちろん、秋の味方なんだけどね。」
「一旦本部とも含めて通信関係を全部切ってもらえるか。此方もすべて切った。」
銀緑のヒーローが腕をクロスすると風と光が舞った。
風が止んだ後にはパーカー姿の高校生が立っている。中埜は無表情のままウーラと黒い箱を外すと床に置いた。
「ああ、随分若いんだな。名前…は今はもう訊けないか。」
(これは、ヌリエラの鋸ソードの時と同じ奴や。っちゅうことはこの鍵は呪いグッズっちゅうことで、それはつまりヴァルルカンの誰かの依代で…。)
中埜は唯一自由な頭の中だけで思考を巡らせる。
「そういえば前にも名前を聞きそびれていたね。今回は此方は名乗ろうか。結局ケズデットが公表したのは島の浮遊とザスロの確保、それから此方のペアの名前だけだったからな。」
中埜は鍵をクルクルと手の中でもてあそぶ。勿論自分の意思とは無関係だ。
「俺も名乗った方がいいのかな?まぁもう知っていると思うけど。理解はしていなさそうだから。」
金色の鍵を目の前に掲げて、中埜の身体が自己紹介をした。
「俺はハールディ=ベゴーニャだ。秋が厳しくてたまにしか出てこれないんだけどな。改めてよろしく。」
(この鍵がハールディだとするならば。)
スラッとした兄ちゃんが懐からもう一本鍵を取り出した。青い大きな鍵だった。あの日砂浜で見た光景と重なる。前回は吊るされた状態でオグの裏から見ていた。その時と違うのは今は自分自身の身体だということだ。
「名前はね、知っていた方がいいけれど、まぁ、どちらでも構わない。知らなくても、動かせさえすればいいんだ。それに今回は前のような失敗はしない。アレが何だったのかは結局分からずじまいだったんだがそれももう終わりのはずだ。まさかフェチケの側に此方と同じ“新生種”が居るとは思っていなかった。そこの黒い箱がおそらくオグ=ズールドなんだろう。ヌリエラの記録のお陰だ。そう思えば彼女が落ちた事も意味があったのかもしれない。ああ、いけないな、どうにも此方は話し始めると止まらなくて。いつもケズデットにも言われているんだ。」
なぜこの男は“ハールディ”のままなんだ?この妙なお喋りは紛うことなくハールディのはず…いや、ハールディが今ボクの身体を動かしている鍵だとするならば。
あ?
オグ と同じでまさか、ハールディは普段寝ている…?
冷や汗が出たり、何なら泣いていてもおかしくない状況なのに、身体は一切中埜の気持ちを汲み取ってくれないようだ。そのせいか必要以上に冷静に頭が働いている。身体が心に与える影響はきっと思った以上に大きいのだと思う。
中埜の目の前で、鍵とは反対の手に携帯を持ったハールディの姿が見える。いや、だからあの姿は違うのだ。ハールディではない。
じゃあスラッとした兄ちゃん、アンタ誰なん?
「申し遅れた。海棠 秋だ。ここの代表取締役をしている。以後お見知り置きを。」
中埜の目の前で、黒い箱が携帯電話に吸い込まれていく。
目を逸らすことも、手を伸ばすことも、叫ぶことも、文字通り何もできない。
そして、秋が鍵を差し込んだ。




