高校生と廃品回収
「何でウチはあんなモンをザールゥク指定しちまってんだろうな。」
食べ終わった食器のトレーを押しやって、いじっていた携帯を2つに折ると、リュックに放り込んだ。
自然食品を謳う食堂には客は疎らだ。適当に流れている音楽が2人の会話をうまく隠している。
「ハンデのつもりだったんだとしたらバカな話だね。でも多分回収させない為だろう。まぁ此方はザスロの検索はしなくても確かに困らない。フェチケは皆いい意味でも悪い意味でも素直過ぎる。今までも統計通りの設定の仕方だ。オレオの作った解析ツールで十分な成果が上がっている。このままで問題ない。圭祐が“浮かせ”てくれたお陰で保険も完璧だ。大体、それを言うなら圭祐、あの宣言は…」
「あーあーもういい。話し始めると黙らないのがハルの欠点だ。」
親子ではないし兄弟にも見えない。かと言って友人にしては歳が離れすぎている。
「“シュウ”だよ。」
「変わらねぇよ。」
秋は片頬をあげて微笑むと長い指で机をトンと叩いた。
「来るとしたらいつだろうね。キヴァトが帰って来てからが、ありがたいところだ。」
天然木のスツールから圭祐と呼ばれた少年が立ち上がった。窓の外の国道を睨んでいる。
「さぁな。」
追いかける様に立ち上がると、重ねた食器のトレーを返却口に持っていく。
2人が出て行くのを見送って、洗い場とホールに居た店員が顔を見合わせた。
「また来てたねぇあの子達。」
「ホンマにどういう関係なんやろか。平日の昼間だろうとよぅ居てるしなぁ。」
話し込んでいる店員に常連客が混ざる。
「せやからやっぱり子役モデルとマネージャーさんやって。」
「いやぁ、お兄さんの方がモデルさんちゅうなら分かるけどなぁ。」
「えー、かわええやんあの目付きの悪いとこ〜。」
一年以上通えば顔を覚えられてしまうのも無理はない。が、本人達はそんな事に気付いた風もなくのんびりとバス停に向かって歩みを進める。
「事務所に行くけど、圭祐はどうする?」
「また手伝いに行くよ。」
滑り込んで来たバスで2人分の券を引く。
青年は海棠秋、少年は戸出圭祐といった。ハールディとケズデットのペアである。
やがて市街地から随分離れた山道途中のバス停で下車すると、2人は歩道のない狭い路地を左折した。辛うじて舗装はしてあるがガードレールはない。代わりに側溝の向こうには木々がありのままに茂っていて、これから来る夏を待っている。
程なくしてポツリと現れたのは背の高いトタン屋根だった。
ガレージの様な大きな工場スペースと、プレハブかと見紛うお世辞にも綺麗とは言い難い事務所。その周りには中型のトラックと雑多な器物が山を作っている。
「あれ?」
戸に手をかけた秋が中に入らないので、横から圭祐も顔を出した。身長差があり過ぎて背中しか見えないのだ。
「どうした。」
「鍵が、開いている。」
「えっ、第5の方が良さそうか。」
圭祐の頭には咄嗟にドロボウの文字が浮かんだ。ボロ屋とは言え会社の事務所内には金庫もあれば換金できる備品もある。
秋は音が立たない様に引き戸を半分程開けた。中の物音に耳を澄ませてから、半身になって顎を引く。
クルリ
世界が裏返る。
周りの木立はそのままに、国道の音が消え、目の前の社屋も姿を変える。そこにはボロ屋は無く、不自然に滑らかな壁があった。大理石ではない。コンクリートとも違う。どちらかというと板金に薄膜塗装した様なツルリとした質感の不思議な壁面だった。外観はオフィスビルのような雰囲気だが窓枠がない。二階に当たる高さから壁が唐突にクリアな素材に変わって見える。全体は大体3階建て程の大きさだ。
周りに積んであったはずのスクラップも跡形もない。変わらないのは2人の姿だけだ。
「うん?やっぱり此方にも誰か居るな。」
“ハールディ”が言ったので“ケズデット”も首を傾げた。
「誰か出勤してるんじゃねぇのか。」
「いいや。今日は休みだ。」
2人は滑らかに入口をくぐると奥の扉の前に進んだ。そこまで来ると後ろのケズデットにも中の音が聞こえてくる。警戒をしたままハールディはサッと扉を開けた。
中の人物がふつりと顔を上げる。
扉を開けた姿勢のままでハールディは固まった。
ヒーローが、事務所で飯を食っている。
「いつからここは控え室になったんだ?」
遅れて異変を把握したケズデットがため息混じりに言うのを聞いて、ハールディは漸く呼吸を取り戻した。
「交渉に乗る気で来た、と言うことだね?」
口とは違う疑問が頭の中を巡る。何故アラートが鳴らなかったのだろうか。フェチケの侵入があれば有無を言わさず異常を知らせる通知が携帯に届くはずだった。
目の前には事務所の小洒落た丸テーブルでサンドイッチを摘んでいるヒーロースーツの姿がある。
サンドイッチは冷蔵庫に入れてあった昼食である。
「ああん、思ったよりビックリしてくれやんのさな。寂しいやんか。」
「君は、オグのペアだね。先日は此方のヌリエラが随分お世話になったみたいで。」
「久しぶりやな、スラッとした兄ちゃん。」
中埜は咀嚼していたものを吞み下すとペットボトルに口をつけた。冷蔵庫に入れてあった無糖紅茶である。ふいー、と人心地ついてから口を開く。
「交渉は交渉なんやけどな。まあ端的に言うと条件の緩和について交渉しにきたんやんか。」
ケズデットが中埜の正面に座った。話すのかと思いきや、背後に顔を半分だけ向けると小さく首を傾げる。後ろに立つハールディが一つ瞬きをした。
「その為にわざわざ?事務所の鍵を開けて、ついでに冷蔵庫も開けに?」
「ボク、怪しいところは押さえとく主義やんか。」
「それは知らなかった。」
よくこの場所に気付いたね、と言いながらハールディもケズデットの隣に腰かけた。中埜がにやりと微笑むと、口元だけ開いていたマスクが音もなく復元した。それだけで表情が読めなくなる。
「条件についてだったね。どこが不満なんだろう。そんなに悪い条件だとは思わない。君達は仲間を助けられるし、ザスロの数に応じてある程度の選択幅を持っている。自信がないというなら分かるけど君達を見ているとあまりそういう雰囲気には見えない。それに…」
「ハル、落ち着け。」
ケズデットに言われてハールディは口を閉じた。今度は中埜が目を瞬く番だった。
「意外とお喋りなんやなアンタ。」
「話題によるね。君は意外と…豪胆だ。」
「交渉っちゅうても大したこと無いんや。ただちょこっとばかりオマケを付けてくれやんかなと思って。」
「おまけ?」
「そ。集めたザスロ全部渡すか、ザールゥクを壊すか、アズとリラが落ちるかのどれかやったやろ?」
中埜が指を3本立てるのに、ハールディは静かに頷いた。
「こちらが回収済みザスロを渡した場合、負けやん為にはフェチケの未設定や未回収ザスロがようけあって、それらの合計値がそっちのんより多くないとあかん。お互いのザスロ残数見とる限り例え最善を尽くせたとして正直勝てる見込みはほぼゼロやに。おたくらの回収値がうっかりえげつないマイナスでもない限りな。あり得やんとは言わんけど可能性は限りなくゼロに近いやろ。つまりこの選択肢はハナから選択肢として成り立ってない。」
ハールディは片方の口角だけを少し持ち上げる。
「続けて。」
中埜は勿体ぶった動作でペットボトルを持ち上げたが、閉めたマスクに気づいて机に置き直した。不自然に取られない程度にわざと動作にタップリと時間を取っている。話す速度も普段より幾分ゆっくりだ。
「2つ目のザールゥク破壊について。そっちでどういうザスロの集計予測立てとるかはわからんけど、最低限過去の別フィールドでの結果を参考にはしとるはずや。それらの示しているのはザールゥクの回収ができない場合の勝率はかなり低いという事実。まして破壊をして勝ったという記録はボクの知る限りでは皆無や。それどころか逆転サヨナラに使われた“回収トラップ”の事例が有名やろ。」
一息にそこまで言いながら、中埜は慎重にハールディの表情を観察していた。口角だけがほんの少し上向いているほかはほとんど無表情だ。ハールディはもう一度瞬きをすると、ふぅと息を吐いた。
「ならば君たちの選択肢は最後の一つということだね。」
「そこをもうちょっと何とかならんかっちゅう話や。」
内心では分かっている。もともと3択にしなければいけないという義理はヴァルルカンには無いということを。交渉自体が決裂すれば困るのはフェチケ側だということも。
「フェチケ側にも思った以上にまともな人材がいたんだね。困ったな、此方の従業員にも君のような担当者が一人くらいいてくれればよかったんだけど。 」
ハールディが急にその表情を崩して眉根を寄せた。
「大体いつもそうだ。宗徳は不在の事が多いし第5ではケズデットが動けない。能力では有利だという者もいるけどそうは思えない。アズ=ウトルシュの暴力は無視できないレベルだ。それに時間制限のようなものがあるようだが、オグ=ズールドの増幅も。現にヌリエラは此方ではエース級だったけど正面からでは歯が立たなかった。何より古代種が居るだなんて聞いていない。オレオの脱落がここに来て痛手なことも分かるだろう。此方にも余裕はない。君達は…」
中埜は先ほどからハールディが話し始めるとゲンナリするようになってきている。その本人はさも困りましたという表情ではあるが、まだ話し続けている。
(まぁ、沢山話してくれている内は好都合やもんな。)
交渉も目的の一つではあるが主ではない。実は中埜の今回の最大のミッションは、“時間稼ぎ”だった。余力があれば“新くんの鍵探し”も。銀緑のマスクが中埜の表情を隠してくれる。
(できるだけコイツラの足を止めやんと。)
せいぜいタップリ語っていただく必要がある。
「大体、何をオマケにつければ君達の気がすむんだ。」
「伊勢海老とか?」
「えっ、エビ?」
はじめてハールディの何かがずり落ちた。さすがのケズデットも顔を上げた。
「A5のブランド和牛も捨てがたいんやけど、ボク、どちらかというと魚介派なんやに。」
「君の好みは…訊いていない。」
ハールディは顔こそ無表情に戻ったが声が少し上ずりかけている。
「新米の季節やったらまたちゃうかってんけど。」
「…本気なのかい?」
「ちょーちょーちょー、冗談やで?あかん、待って、ヴァルルカンて地球のこのノリはあかんの?“塗り絵”ちゃんもおかしかったけどおたくら色々とエラいな。まー、フェチケの方も人のこと言えやんのは重々承知やけど。」
「…前に関西出身の担当者がそんな感じだったことは…」
「何やいける口なん?アレか、兄ちゃん割りかし爽やかと見せかけた真面目ツンキャラ狙ってそうやもんでこういうノリとは距離を置きたいタイプなんか。ああん、そんなん勿体無いわ。地球満喫すんねやったらボク案内するで?キンテツ沿線限定やけど。」
言葉を遮られた上でここまでグイグイやられたことが無いのかもしれない。ハールディは話し続けようとしたその口のままポカンとしている。
「あ、ゴメンやけど費用はそっち持ちやで。ボク、バイトはしとるけど学生やし。」
「…君、いつもそうなの?」
「ダメっちゅうとる!?」
恐る恐るハールディが訊ねてきたところに食い気味で被せに行く。
「ああん、厳しいやんかもう。心に決めたヒトは居るけどちょっとグラつくやんそんな。ボクあれかな、イケズに弱いんかな。どないしよ、どうしたらええかなケズデット君!?」
突然のキラーパスに対し隣のケズデットは無言のままとんでもないものを見た、という表情だ。目が大きく開いているせいで、ただでさえキツイ目元が酷い三白眼になっている。
「あれ?ケズデット君で合うとるよな?ちゃうかったらゴメンね?なんて呼んだらええのん?」
「え、あ、ああ。ケズデットだ。」
状況を処理しきれていないのでうっかり名乗ってしまっている。
「ボクのことはオグって呼んでな!厳密にはオグちゃうけどな!ホンマややこしいなこの状況!」
ややこしいのはお前だ、と誰かが居れば突っ込んでくれたかも知れない。ケズデットはうぅん、と頭を押えるとそっと席を立った。
「ハル、ここは任せた。」
「えーーッ!」
叫んだのは中埜だ。
「ケズデット、どこ行く気だ。」
「交渉はお前の担当だ。」
「…後で事務処理を手伝って貰う。」
ふらふらと部屋を出て行くケズデットの背中を2人で見送る。
「想定外やわ、せっかく仲良くなれそうやってんに。」
「君はなんと言うか…オレオにヌリエラをかけて更に暴走させたような感じだね。オグに同情する。」
「ああん?残念やけどボクらナイスコンビしとるんやで。あ、ナイスペア?まぁどっちでもええねんけど。」
「此方も頭が痛くなってきたよ。」
「看病したろうか?ボク、そういうの得意やで?」
中埜がこれ以上ない笑顔を向ける。
マスクなので意味はないが。
ハールディは一つ頭を抱えると、初めて大きなため息を漏らした。




