大学生と浄天眼6
大型ドックを渡る大桟橋を抜けた先。
八角柱形の部屋はかなり広く、ダンスホールのようだった。床は白いリノリウムらしき素材で一様だ。
不思議な事に照明器具の姿は見えない。それでも部屋全体が十分に明るかった。窓はない。あったとしても外はとっぷりと暮れ、既に夜半を数える。
「ええか、島内のゲートの内閉じられたのが7箇所、まだ残っとるのが4箇所や。これはわざと閉めずに残されてあると考えた方がええ。わざわざハールディが閉じたゲート数を言っていった点は不自然やと思うに。」
発言したのは大輪のアネモネ。直ったばかりのリラシュだ。修理前と比べてほんの少し左半身の装甲機材が物々しくなっているのはアップグレードか、突貫工事の代償だろうか。
「ああん、そしたら何や、そっから入ったらドッカン待ち伏せご免、飛んで火に入るなんちゃららーちゅうわけなん。」
隣に立つ銀緑は中埜だ。オグはまだ寝ているのだろう。
「可能性がある以上、新規にゲートを開けて侵入するのが一番やろな。」
空間の真ん中には立体的な真珠島の大型映像が浮いている。島内の何箇所かにランプが点灯しているのはゲートの位置を示しているのだろう。
「それなら開けてほしい場所があります。」
アズがウーラを向けるとレーザポインタが島の中心、地下に当たる部分を指した。
「例の塔内部の巨大な扉付近、目の前でなくても構いません。出来るだけあそこにアクセスしやすいポイントはありませんか。」
リラシュは小首を傾げて左腕の小型ディスプレイを操作している。
「在るか無いかで言うと無いんやけど、やりようによっちゃ作れるかもしれやんな。イクスが動けるようになったら相談してみるでな。」
室内にイクスと新の姿は見えない。
ここは真珠島近くの地下拠点だった。過日に新が金馬に追われた際逃げ込み、リラシュを修理してもらった場所である。
ここに至る数十分前。
「新城新の透視を開始する!」
新のアパート。
無駄に思える大仰なポーズ及びバク転を決め、イクスは両手を目の前に掲げた。空中でシュノーケルマスクを覗き込むような、例のポーズだ。決して広いとは言えない日本の賃貸室内でどこにもぶつかる事なくキメられるのはある意味で特殊能力に近い。
寝たままの新の隣では、中埜がその様子を見ている。第5象限なので姿は銀緑のヒーロースーツだ。
タップリ3分程経った頃、それまで微動だにしなかったイクスが急に崩れ落ちるようにして床に手をついた。全力で走ってきた時のように、荒い息をしている。
「大丈夫なん数人さん?」
「…っはぁ、今は数人ではない。そして大丈夫…と、言いたい所だが。やや困っている!」
片膝を立てたままイクスが素早く上体をひねった。首に巻かれた長い布地がキラリと棚引く。
「困るって、なんや、やっぱりまだ慣れやんかってん?無理せんでもええで。来たばっかりは大変やろし。」
「いや、“飛んだ”訳ではないからな!慣れの問題ではない。」
イクスが新の方向に一本指を立てた。いちいち動きがキビキビしている。
「新城新の周りにだな、非常に高度なステルス処理が施されていてな!」
「と、いうと?」
「私の透視ができない部分があるッ。」
「できるとこもあるっちゅー事やんな。したらその、できやん所が例の何や、ザールゥクっちゅう変なのん所なん?」
イクスが腕を引っ込めて胡座になった。
「分からん。」
「ああん?」
「“強い意思”かも知れん。私では透視ができないんでな!判断しかねるのだ!」
イクスは妙にカッコイイ姿勢で堂々と言い放った。単に胡坐をかいているだけなのだが、不思議とポーズが決まって見える。ついでに心なしか眩しい。
「強い意思?」
「うむ!本部ではないが、第8象限管轄の事象だな。」
「全く何言うとるんかわからん!」
中埜が膝を叩いて抗議したのを見て、イクスもむぅと唸った。
「どうしようもない出来事、そうと決まっている事柄というのが第6象限には無いのか?」
「それを強い意思っちゅうんか?そう言われれば何となし分からんでもないけど。ああん、でもそれが何で新君に関係あるんかは、やっぱ分からん。」
「ふむ。それもそうだな。」
イクスは颯爽と立ち上がると拳を一度高く掲げた。
「よし!もう一度やってみようじゃないかッ。今度はもう少し潜って視てやろう!」
その腕がぼんやりと空色に輝く。中埜が歓声を上げた。
「おおっ、溜め技的な?」
光る拳を開きながらその両腕を天地に開き側転の形に宙返りする。深い空色の光が舞う中で、イクスは叫んだ。
「いいや!透視の精度には全く関係ない!」
「無いんかいッ!」
透視のポーズをとると、青銀色のヒーローは、再びじっと動かなくなった。
どぶん
海の底へ向かう感覚と似ている。
イクスは徐々に暗くなる視界に、そっと顔を顰める。
「やはり随分狭いな。それに、これだけ潜ってまだどこにも着かない。」
深く。
もっと深く。
ふいに何かが掠める。その感覚に気づく。
先ほどもそうだった。何であるのかは分からないが、確かに何かがそこに在るという事の気配を感じる。
なぜこんなにも視えない。
次第に息苦しさを感じ始める。
「だが、ここで諦める私ではないぞ。」
イクスはさらに深く潜った。
一つ。
二つ。
――随分お客さんが多いんだね。
「誰だ?」
――新、どうするの。新が会いたいかどうか、決めてくれる?
「新城新と、誰だ?“底”にいるのは?」
――入ったらいいのに。
「お前は?」
――分かった。それが新の意思なら。
暗闇の中に、光が見えた。
眩しい世界には草の匂いが溢れている。
懐かしさに、胸が締め付けられそうになるのは、どうしてだろう。
「イクシン=キィクだ。」
首元の長い布地が川面の光をキラリと反射する。イクスがそっと着地をするのを待って、草むらから人影が現れた。同じような銀糸のスーツを着ているが、身長はイクスの半分ちょっとしかない。
「やぁ。ボクが代わりに承るよ。新は今、取り込み中だからね。何が聞きたいんだい?」
イクスは目の前の人物の姿と、周囲を注意深く観察すると首を捻った。こんな風に透視中に外部干渉を受け双方向通信化するのは初めてのことだった。第6象限特有の事象だろうか。
「ふむ?何が聞けるんだ?」
中々鋭いね、と彼は笑う。
「残りのザスロについて。」
「それはヴァルルカンのも、という事でいいんだなっ?」
「モチロン。」
ほぅ、とイクスは顎に手をやる。
「思っていたよりも大分変わった仕組みなんだな。」
「意思があるのは初めての事象なんだ。試行中と思ってほしいな。それにさっきも言った通り新は今取り込み中なんだ。普通はソノモノの動作で表現されるところなんだけどね。」
「お前はフェチケの誰かか?知り合いでは無いようだが。」
「イクシン=キィク、その質問には、答えられない。」
「残りのザスロについてだったな!ヴァルルカンのザスロについて、それぞれの位置情報を知りたいのだがっ!」
彼はそっと両手を広げる。
「ウギィエルゥシチェ メグァベェメネトゥ。位置情報を転送する。ウーラを。」
イクスはカッコいいポーズで腕を差し出した。
ぐはぁっ…!ッはっ、ハァッ…!
イクスが先程以上に唐突に咳込んだので、流石の中埜も腰を浮かせた。
「無理しやんでええのんに。座布団敷いたろ。ほらコッチ来ぃさ。」
「ぶはっ、…すまないっ!」
ポーズの余裕もないのか、座布団を頭にイクスもその場に転がった。
「凄いものが視れたぞ。」
言いながらウーラをいくらかタップしてデータの転送を開始する。ややあって中埜の手元にも受信を知らせる通知が届いた。
「どうだ、収穫だろうっ!?」
寝転がったままイクスが親指をビッシィィ!と立てた。中埜もウーラの画面を眺めて大きく頷く。
「なるほど分からん。」
「オグを起こしてくれ給えよ!それかリラシュを呼んでくれ。きっと喜ぶはずだっ。」
ピコン
呼び出すまでもなくリラシュから通信が入った。
『イクス、よぅやってくれたわ。やっぱり呼んで正解やった。』
「リラシュさん、何やったんです?」
『ジョーシン君はやっぱりザールゥクやったっちゅう事やな。それと、ヴァルルカンのザスロの大凡の位置が把握できた。』
「凄いやん!イクスさん只のキラキラ要員ちゃうかってんな。」
「キラキラ要員?日本語の言い回しは難しいなっ!」
中埜がヘラリと笑う内に、割り込みで通信が入った。アズからだった。
『リラシュさん、提案があるんですが。残りのザスロが全て真珠島内に在るとわかった以上、真珠島制圧を一気に進めたいです。ハールディの交渉に乗らずに、全て終わらせませんか。』
提案といいつつ、アズの声音には有無を言わさぬ響きがある。
しばらく無言の間があった。
『ジョーシン君は、大丈夫やろか。』
中埜がギッとウーラを睨む。
『失敗だと判断したら、その時点でコチラのザスロを全て回収しましょう。』
新の身体も含めて。
『ペナルティはありますが、長引くよりは安全でしょう。』
新を回収もしくは破壊する事は、この第6象限地球での“必須”の終了条件だ。
(遅かれ早かれ新は必ず私たちと出会う事になっていた。)
避けようのない事実。
“強い意思”。
たとえ一時記憶を消せたとしても、明日にはまた誰かと再会しなければならない。
それが鍵になった新の役割だ。




