大学生と浄天眼5
「固定、といえばいいのかな。“とめる”能力ですね。」
「とめる…それは対象は何でもええっちゅうことですか?」
「この場合の対象はおそらく“空間”だと思う。物体や生き物を直接、ではなく。周辺の空間を固定することで閉じ込めるような形で物体を保持する、というのが例の“吊るし”の正体じゃないかな。」
数人はそこまで一息に話すと、烏龍茶を口に含んだ。
新の部屋である。
コタツ机を囲むのは三笠と数人の2人だ。
相変わらず新はじっと眠ったままで、何故かその隣で中埜が添い寝をしている。充斉は明日までの宿題をするために一度帰宅すると言って部屋を出て行った。宿題、とはいうがそれよりも両親と一緒に夕飯を食べて床へ入る姿を見せる事の方が重要な気がする。代替転送の準備だけはしっかりしていったので、夜中にもう一度こっそりここへ来る算段だろうけれど。
その間にハールディに関する透視結果について情報共有をしようということになっていた。
「あの鍵はどうです?何か分かりました?」
三笠は期待を込めた目で数人を見た。ちらりと新に視線を送る。それを見て数人は苦い顔をした。
「仮説の仮説レベルで、分かったという程ではないな。“吊るし”の方はハールディが紙飛行機を投げてくれたから分かったようなものだし。」
「あのチラシですね。アズの映像見て妙に遠くまで飛ぶなとは思っとったんですけど。あれも吊るしの応用っちゅうことですか。」
「そういうこと。飛行機前後の空間を固定して擬似的に風洞を作っていたんだよ!風向きの良かったのもあるだろうけど整流格子の形に空間固定してたの気づいて凄い心の中で興奮を…」
「な、なんや分かりませんけどすごかったちゅうことですね。」
熱っぽく語りかけていたのに気づいて数人は1つ咳払いをした。
「ええと、鍵についてだったね。私はまだ実際に見てはいないので、とりいそぎ今回の透視…ええと、ラトゥなんとかの結果から新城君の状態と合わせてリラシュさんに解析は継続していただきたい。その間にもう一度、今度はハールディの軌跡を追ってしっかりした透視をしますので。」
リラシュに向けた言葉だった。三笠が小さく頷く。
「第5でも数人さんのままやったらええのに。」
「…イクスさんが拗ねますよ。」
拗ねさしとったらええねん、と三笠は膨れている。リラシュが嫌そうなのが判っているのであまり会わせたくないらしい。
「しかし今回ちょっと透視をしてみて思ったんですが、」
数人は何やら考えるそぶりで慎重に言葉を選んでいる。
「真珠島を落せたら、もっと拠点内をアチコチ調べられると思います。」
「落とす?落とすって、今回の戦いから島を?」
「いえ、物理的に、海に落とす方です。イクスさんの透視は海を通った方が随分遠くまでいけるみたいで。島が浮いているのがかなり妨げになってるんですよ。多分勝手に浮いているわけじゃなくて、あの島も吊るされているんじゃないかなって思って。それを解除できれば自然に落ちるんじゃないでしょうか。」
見かけによらず大胆なことを言い始めたので、三笠はポカンとして数人のことをまじまじと見てしまった。
「あんな精緻な風洞が瞬時に作れるんだから、簡単な形の空間固定ならかなり広範囲でもできるんじゃないかなと。別の力、半永久的に存在し続ける磁力みたいなものを使われてる可能性ももちろんあるんですけど。」
「あんな大きなんまで、その…能力で固定できるモンなんやろか。」
「オグさんが吊るされた時の様子と似てると思いませんか。あの島、妙にピッタリ止まってるでしょう。吊るしの能力と、フェチケの皆さんがやってる物質転送みたいなのを組み合わせたら、あんな風に島を吊るすこともできそうだなって。」
三笠の頭に先日見た真珠島の映像が浮かぶ。
「確かにホバリングならもう少しフラフラ…するやろか。」
「それにハールディの吊るしと鍵の能力合わせたらすごい強いと思うんだけど、中々表に出てこないのは島からあまり離れていられない理由があるのかなって。」
三笠はまだ半信半疑という様子で、難しい顔をしている。代わりに数人が微笑んだ。
「せめて真珠島に雨が降ってくれたらもっと詳しく透視できそうなんですけどね。ザスロの位置とか。」
「イクスは水が得意みたいやんな。」
まぁ、と数人は再び烏龍茶を含みながら情けない顔をした。
「ザスロ云々は新城君を取り戻してからですね。“吊るし”を解除させるような行動を取って新城君が無事なままというのは少し考えにくいですし。」
「んもー、変なとこで役に立たんなジョーシンは!ザールゥクかどうかもイマイチ分からんし。」
三笠が大きな声を出したせいか、中埜が寝苦しそうに寝返りを打った。新が槍玉に上がったせいかもしれない。
数人はまた1つ烏龍茶を含むと、そういえば、と切り出した。
「新城君がその、ザールゥクだと言うのはどういう理由で判明したんですか?あ、判明はしてないのかも知れないんだけど。」
ああ、と三笠が眉根のシワを緩めた。
「この部屋が拠点の反応やっちゅうのは、前にお話ししたと思うんですけど、厳密にいうと、部屋じゃなくて何故かジョーシンの周りに拠点の反応が出てるんです。」
「拠点ってあの、普通はフェチケの誰かが、場所、を指定するんですよね?」
「ええ。それが動く、それもジョーシンについてまわる。そも誰もそんな指定をしたっちゅう記録が無いんです。兎に角色々変なんです。」
「ザールゥクかどうかの確認ていうのは本部の方とはできないの?」
「それができやんみたいです。そもそも本来なら何がザールゥクなのかは参加するタイミングで指定者からフェチケ間に発信、共有されるものらしいんですけど、この第6象限地球ではそれが無かったっちゅう事らしいんです。」
「ええっ、よくそれでそのまま始めちゃってるね!?」
「何やフェチケの考え方だとその辺りはテキトーらしいです。」
ううん、と二人でひとしきり頭を抱えた。理解出来ないものはどうしようもない。
「何にせよ新城君にその自覚が無いというのは不思議だね。」
「それなんですよ。ジョーシンは民間人やと言い張ってたんですけど、ザールゥクでないにしろ、拠点として指定されるっちゅうことは誰かと接触してるはずやで、でも嘘ついとる感じもしやんのですよね。」
数人はふと思い出したように手首の痛デバをタップした。数人の腕に巻かれた痛々しいデザインの痛デバも、アズのものとはまた違うデザインだが、案の定、妙に目立たない。
(イクスさん、これでザスロとかの反応見れますか。)
イクスの華麗な指示で幾つか操作をしていく。
(珠実の言う通り間違いなくそこの新を中心に拠点の反応は出ているな!あとザスロはこの部屋に1つ、それから数人の未設定スロットが1つあるぞ。)
「未設定スロット?」
数人が突然頓狂な声をあげたので三笠は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんです、数人さん。いきなりウーラなんか出して。」
「あ、ちょっと色々覚えようと思って。でも、そうか、私も参加したのでザスロの指定が出来るんですね。」
「あ、まだやったんですね。やるなら早い方がええですよ。ウチの残数少ないですし、未設定でもええんですけど、設定してある分が無くなるとその時点で終わっちゃうもんで。」
「そしたら乗り込む前には決めておきたいですね。」
万が一もありますし、と数人は呟くと新の方をチラリと見た。中埜と揃って寝ている姿を見ると、とても魂を奪われているなどと言う切羽詰まった風には見えない。床擦れしないように、たまに体勢を変えてやる仕掛けをつけてやっている(リラシュの指示だ)他は、至って普通の寝床の風景だ。
「新城君の…どこがザールゥクなんでしょうか?」
「え?どこって、そやもんで変な反応なとこっちゅうか…」
「あ、そうではなくて。物理的に、"どの部位"がザールゥクに指定されてるのかなと思って。もしかしたら肌身離さず持っているものがあるのかな。本人の身体?それとも…魂なんだとすればそれは今抜かれている、と言うのだからザールゥクの反応は出ないはず。」
「…考えたことも無かったです…。」
三笠は目を瞬いて数人の横顔を見やった。
「三笠さんが居るから今はやらないけど、時間のあるときに後でちょっと調べさせてもらうよ。それを破壊…もちろん、大怪我するようなのは無理だとしても、「ザールゥクの部分だけを破壊」できるならハールディとの交渉条件に適う。命の危険なしに新城君を助けられるかも知れない。」
三笠は目をキラキラさせた。
「そんなら、ちょうどアズも一時帰宅しとるし、私も一度夕飯に帰ります。数人さん、お手数ですけどその間に調べてもらうことってできやんやろか。」
「やってみるよ。どうせ暇だから。」
数人はにっこり笑って見せた。久々に三笠の表情にも引き攣りのない笑顔が浮かんだ。
「イクス、解析頼むよ。」
(任せたまえ!)
三笠が部屋を出て行った後、数人は新の寝ている隣に座ると、慎重に掛け布団を避けて寝返り装置を外した。
中埜を見て少しためらったが、よく寝ている。
痛デバの反応は新の中心、つまりヘソの辺りを示しているが、縮尺の関係でそれ以上は分からなかった。
意を決してシャツのボタンに手をかける。新がアクセサリでも付けているのではないかと思ったからだった。腹側のボタンを3つばかり外して、しかし肌着しか出てこない。
まさか、服じゃ無いだろう。洗濯するし。
思い付いてベルトを外して部屋の反対まで持って行った。相変わらず反応の中心位置はヘソの上だった。
「もう少し精度よく見れないものなんですか?」
(これ以上は無理だな!元々がそういう用途ではない。街中で位置を探るためのものだッ。)
「ですよねぇ…。」
新のところまで戻って、次にどうすべきかと捲くれたシャツの裾に手を掛ける。
がしっ。
掛けたその手を掴まれた。
「何、しとるん数人さん。」
「あっ、ごめん。起こしちゃいましたか。」
驚いて顔を上げると、眉を引き上げた中埜と目が合う。その中埜が数人の腕を掴んだまま勢いよく上体を起こしたので、数人はグイと引き寄せられた。都合、至近距離で睨み合う形になる。
「えっと…?」
「アカン!新くんがどんだけ可愛くても無防備でもそれだけはッ!」
「はい?」
「そういう事ならボク、負けやんからっ!第一夫人としてッ!」
言いながら中埜は、がばりと新を引き寄せ数人に向けて視線を飛ばす。
「だいいち…え、ちょ、えぇっと、何か誤解が、」
「ゴカイもロッカイもない!隣にボクがおったんに、こんなに大胆な人やとは思わんかったに。」
「待って、すごく不穏な疑いをかけられてる気が、」
「疑いっちゅーか現行犯やに!」
「そっ、そう言うつもりじゃ、」
数人はお手上げのポーズでぶんぶん頭を振った。チラリと新の姿を見れば、確かに着衣はだいぶ乱れている。
「犯人は皆そう言うんやで?」
中埜は名残惜しそうに新のシャツのボタンをしめてやると、少し考えてからここぞとばかりにギュッと抱きしめた。
「新くん、まさか身内にこんな危険があるなんてっ。ボク、やっぱりここに住まなアカンやんっ。」
「夫婦なのに別居だったの?」
斜め上の質問をしてしまっているのは焦っているからなのか、元々が天然なのか。
「数人さん、ソッチの人やったとはなぁ…。」
「誤解だからね!?」
ピコン
数人のウーラが点滅している。
すかさず中埜は左手を伸ばしてそれをタップした。三笠からの通信が入る。
『数人さん?今ちょうど家に帰ったとこなんですけど、もう何か分かり…』
「みーちゃん聞いてよぉお!」
被せるように中埜が叫んだ。
「わーっ!待って、そのままの勢いで話をされると色々と誤解がっ!」
「アカンアカーン!みーちゃんに言いつけたるー!」
『なーにー?何かエライことあったんソッチで?』
「み、三笠さんっ、後でまたかけ直…」
「ズルイで数人さんっ!」
ゴンッ
中埜が体勢を変えたせいで新の頭が床に落っこちた。
「新城くんが!」
『な、なんや立て込んでそーなんでまた後でかけますよ…?』
数人はコタツ机で正座している。
結局最後は三笠やイクスとの会話記録を見せる(ウーラの自動環境記録システムというものが大変有用であることが判明)事で落ち着いたのだが、中埜は新の布団の前で体育座りしながらじっとりとそちらを眺めている。
一度向けられた疑いの眼差しはそう簡単には取り下げられない、と言う事だろうか。
「スミマセン。いきなりで確かにビックリさせましたよね。」
居たたまれなくなった数人が先に口火を切った。
「数人さん、ズルい。起こしてくれたらよかったんに。ボクも参加したかった。」
「…はい?」
想像とは大分違う方向への恨み節に、思わず数人の眼鏡がズレる。
「タイギメイブン。大事やんか。」
「…えっと。はい。スミマセン。」
とりあえず謝ってしまうあたりが何となし情け無い。
「で、結局どこなんかは分かったん?」
数人は小さく頭を振る。
(数人、数人。いつ言い出そうかと思っていたんだが。)
(イクスさん?どうしたんです。)
(第5象限であれば私がシンジョウアラタの透視をできるんだが?)
数人はそれだけ聞くとそっと眼鏡を外した。
一つため息を落す。
ダンッ
「早く言って下さいよぉお!」
数人はコタツ机を叩いて突っ伏した。




