大学生と浄天眼4
日は既に傾きはじめ、砂浜の人影を細長く引き伸ばしている。
普段平和なはずの後天場海岸は、異様な景色を露わにしていた。
そこかしこに穴が穿たれ、小規模ながら砂丘のような様相を見せている。窪みには水が溜まり、遠目に見ればいっそ却って面白い眺めと言えなくも無い。
丘のようになった一画に、銀糸の覆面が顔を出した。首元の青い布地も、夕陽を浴びて今はオレンジに見える。
イクスだった。不思議とカッコイイポーズで頭を抱えている。
「もう、良いのではないかアズ=ウトルシュ!」
流石の彼もどことなく煤けて見えるのはアズの容赦の無い暴力、もとい訓練の賜物だろう。少し離れた砂丘の頂でそのアズが顎を軽く上げた。
「具合はどうなんだ。」
「身長の不足分には慣れたぞ。」
「水壁は。」
「7割くらいではないか。」
2人のやり取りを離れて聞いていたリラシュが左腕のデバイス画面をいくつか操作した。表面にQRコードのような模様が走る。
「せやなぁ、最大で72%程度までは再現しとるみたいやで。悪くない数値やと思うけど。」
リラシュの言を受けてイクスが肩を引き上げた。アズに向けて人差し指を突き立てる。
「そうだろう?いくら私でもここまで連続で訓練に付き合わされたのは初めてだぞ!」
付き合っているのはコチラの方だとアズは内心で苦笑する。
「透視がちゃんとできるんなら構わないよ。」
「何をそんなに慌てる必要があるんだね?ザールゥク損失がどうとかリラシュが言っていたが、そもそもまだザールゥクが残存しているのかこのフィールドは?」
「ああ。少なくともフェチケのものは破壊や回収はされていない。元々未設定であるという最悪のケースを除けば。」
イクスがストンとその場に腰を下ろした。座った姿も妙に背筋が伸びて美しい。
「ふぅむ。それとさっきのハールディとやらの探査が関係あるのか?」
「あー、そういや全然説明しやんかったもんな。」
リラシュはするりと砂の上を滑ると、イクスの座る砂丘の麓まで寄ってきた。そのまま仰ぎ見ると首をほんの少しだけ傾げてみせる。
「話すと長くなるんやけど。」
「リラシュ!君の声ならどれだけ長ぐぇふゥッ!?」
リラシュの左手首から容赦の無いケーブルがイクスの首筋に挿さる。珍しく変なポーズでピタリと固まったままだ。一方的にデータをインストールされ終わると、ケーブルの解除と共にイクスはその場に崩れ落ちた。
「ほら、この方が早いやんか。」
「リラシュさん、イクスに厳しく無いですか。」
「人聞き悪いこと言わんといて。」
「段々と敬に毒されてる気がする。」
2人のやり取りの間に、イクスはよろよろと上体を起こした。
「ふむ…久しぶりにリラシュに接続されたが、」
イクスがキラリとリラシュに視線を投げる。
「…悪く無いな。」
ゾワッ
リラシュの背中に嫌な感覚が走った。生身の身体ではないため冷や汗などは出ないはずだが、こういう妙な部分を忠実に再現してしまったことを自身の事ながら若干後悔した。
「ハハハ!冗談はさて置き、だ。事態は飲み込めた。"吊し人"か。随分厄介そうな奴が残っているのだな。」
「せやからイクスを呼んだんやに。」
「理解はした。だがすまない!こういう事であれば尚更しばらく待って欲しい。しっかりと透視したいからな!」
「あとどれくらいかかる?」
アズに問われ、イクスがふわりと宙返りをしながら立ち上がった。
「こちらで言うと…あと16時間、で、どうだ。一度休んでから調整をさせて欲しい。そうすればかなりの精度で飛べると約束しよう!」
「うん、それなら…。」
ピコん
リラシュの手元から鳴ったアラームに、全員が一斉に顔を上げた。
「敵襲…!」
「リラァシュッ!位置は!?」
「6キロ先、海岸南方、玖百舌橋付近やっ!」
「イクス、無理せず行動を。リラシュさん、私が行きます。」
アズが言い終わるなり駆けて行く。一踏み込みごと弾丸のように砂の上を進むと、直ぐに堤防に上がって見えなくなった。リラシュは急いでデータ解析と座標データの転送をしつつイクスをチラリと見た。イクスは腕組みをしたまま思案している。
「イクス、聞いた通りや。今は安静にしとってええ。万が一これがハールディやったら交渉の可能性が高い。無茶な戦闘にはならんはずや。」
「で、あるならば、」
ビシィィィッ!!
「尚更会っておきたい相手だなッ!近くに来ているのであれば飛ぶ手間が省けるではないか!」
親指を立てたカッコいいポーズが決まった。
(何でやろ…頼もしいセリフのはずなんやけど…。)
しかしイクスはそのポーズのまま駈け出す素振りもない。
「…。」
「…。」
ピコん
再びアラームが鳴った。
アズが現場に着いたらしい。
「…あー、うん。転送、したるわ。」
「高目の場所で頼むぞ!」
ブゥンと低いノイズが走る。
やがてイクスは満足そうに二指の敬礼を残して姿を消した。
リラシュの溜息が漏れた。
玖百舌橋は海岸線沿いにある大きな橋で、その下を海へ流入する大きな川が走っている。川は玖百舌橋をくぐった後二手に分かれ、大きな三角州をつくっていた。その橋の上を国道が走っている。アズが辿り着いたのは橋の北端、海側の歩道の上だった。本来であれば日暮れ時のこの時間は渋滞に近い交通量があるはずだったが、第5象限独特の雰囲気を纏って、国道は見事にがらんどうだった。
故に、車道の真ん中に立つ人物にすぐ気づいた。
「ああ、アズ=ウトルシュだな。誰が来るかと思っていたが、まぁ、構わない。」
「ハールディ…。」
オレンジに染まる橋の上で、スラリとしたハールディの影が嫌に長く車道を分断していた。整った風貌で、爽やかと言っても良い青年だったが、逆光も相まって瞳は昏く沈んでいる。薄手のジャケットの端が海風で小さく揺れた。ヴァルルカンにしては真っ当すぎる恰好だ。
「オレオが落ちてしまって此方は痛手だった。非常にね。彼女は十分な仕事をしてくれていた。今回の行動もそうだが、開発の能力も、目を瞠るといって差し支えないものだった。だからもう終わっているはずだったんだ。今頃は。君の乱入がなければ、ね。やはり君の参加はとても大きな意味を持っていた。そこは想定外だったんだよ。偶然とはいえ、ケズデットが居て助かった。しかし、」
「何が言いたい。」
「取引しないか。新城新の命をかけて。」
新の名前に、アズの拳がピクリと動いた。
「我々としては負けたくないんだ。この第6象限地球で。」
「それは脅迫だな。」
「話が早い。まぁ、どちらでもいいんだ。長引いても、此方は構わない。構うのは、君達の方だ。」
アズの耳元にノイズ混じりの通信音が走った。小声だがリラシュに違いない。
『アズ、出来るだけ会話を長く頼むわ。イクスがそっちに行ってる。』
アズは内心だけで頷いてみせた。
「条件によるな。」
「そこは選ばせてあげよう。一つ、集めたザスロを全て此方に渡してもらう。一つ、ザールゥクを君たち自身で破壊してもらう。一つ、君とリラシュ=ピロシュ、その双方が落ちる。さ、どれが好みかな。」
アズは拳を握りなおした。ハールディはまだ気づいていないようだが、ザールゥク破壊は新自身に影響を及ぼす。その選択肢を省いたとしても、とても簡単に飲める条件ではない。アズはともかくリラシュはまだ“必要”だ。
ザスロの集積状況について解析をしてはいるが確実ではない。自陣の数量しか見えていないせいだ。アズが隣地区でやってきた様に拠点ごと破壊していた例ではあまり回収せずにザスロが失われているケースも多い。フィールド上のザスロ残数を見れば、この交渉に乗った後で追い上げるのは不可能だ。こちらの回収分を渡してしまったその瞬間にヴァルルカンが自陣ザスロを回収して「終了」させる可能性が高い。その後の「審判」で逆転することはこんな交渉をする点から見てほぼあり得ないだろう。
「何故ザールゥクは回収ではなく破壊なんだ?」
「その方が安心できる。“回収トラップ”の例が過去にあったからね。」
「破壊の場合そちらで真偽の確認が出来ないだろう。」
「フェチケの性格を考えるとね。そんなアンフェアな事はしないだろう?」
ハールディは漸く片方だけ口角を吊り上げた。
(イクス、解析はまだか。)
内心で舌打ちに近い不安を散らしながら、アズは出来る限りハールディの気配に神経を集中している。相手がいつどんな動きに出ても対応するためだった。
「そんなに身構えなくていい。まぁ、返事は直ぐで無くていいんだ。何度も言うが、此方は急がない。オススメとしては、3つ目だけどね。ゆっくりできるだろう?」
「…考えておこう。」
ハールディは笑顔を引っ込めるとジャケットの内ポケットから紙切れを取り出した。そのままソレを前方へ優しく投げる動作。紙切れは風に乗ってアズの足元に落ちた。
チラシで折った紙飛行機だった。開くと、どこにでもありそうな廃品回収のチラシだ。
「気持ちが決まったら、そこへ連絡してくれたらいい。誰か居るようにしておく。それと、」
ハールディは続けて何処からか二つ折りの携帯電話を取り出して耳に当てた。
「目障りな真珠島内の“ゲート”は7箇所全て塞がせてもらった。今度からはヘリコプターか何かでゆっくりと来てくれ。」
「待て、ハールディ、お前は…」
問いかけが終わらない内にハールディ正面の空間に黒い穴が現れた。光を受け付けない四角いだけの穴。アズからハールディの姿を隠すと、溶け落ちるようにして穴は消失した。
後には誰の姿もなかった。
ピコッ
『反応が消えたで。帰ったんか。』
「ええ、聞いてたと思いますが、中々の条件を出されました。」
『それはもう少し考えよか。まずは今日は拠点に戻って策を練ろうに。』
「了解。」
アズは暗くなりかけた国道を北に向かって駆け戻る。
ピコッ
『アズ、イクス見やんかった?』
「いいえ。見ませんでしたが。」
少し歩調を緩めた。
『おかしいな。転送かけて成功したで近くにおったはずやけど。』
ピコッ
『ふふふ、心配してくれているのだなリラシュ…!』
割り込みの信号が入って、イクスの声がした。アズは狭い路地に入り込むと、手近な電柱を蹴ってアパートの屋上に躍り出る。そのまま建物のエッジを蹴って、隣の民家の屋根を駆ける。道に沿うより、こちらのほうが速い。
『安心したまえ。きちんと現場で透視を進めていた。ハールディのやつは随分面白い経路を辿って来ていたみたいだぞ。』
データ転送の通知音が流れて、リラシュが息を呑むのが分かった。
『見つけた…。』
「リラシュさん?」
『コードを見ればわかる。今まで散々やり合った相手や…ヴァルルカンの通信担当、コイツやったんやな。』
微かな含み笑い混じりの呟きに妙な不安を覚える。
「リ、リラシュさん…?」
『安心したって。ハールディの言った真珠島内のゲート。“7箇所”ごときで仕舞いなワケ無いやんか。まだ地下の拠点も特定されてやん。全然イケるで。』
アズが慎重に瓦屋根を蹴って飛ぶと、目の前に見慣れた安普請が見えた。
『よし。あんなメタクソな条件、タダで飲むと思ったら大違いやで。』
最後の一蹴りで、アズはボロアパートのドアの前に着地した。
(ヴァルルカン側の残りザスロが把握出来さえすれば、交渉の余地はある。それには…)
ザスロの検索。
新の言葉が聞きたかった。
ノブを捻ると鍵が開いている。
(閉めて出なかったか?)
既に大分暗くなった部屋に入ると、コタツ机の向こうに新の眠る万年床が見えた。
「何してるんだお前。」
思わず寝ている相手に声をかけてしまった。
新の隣で、オグが死んだように眠っていた。




