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小学生と秘密基地2

 新城新(しんじょうあらた)は草原の基地で二人を眺めている。お祭のお面と風呂敷装備の小学生の目の前には、背格好のよく似た人物が居る。今は背中しか見えないが、銀の光沢を放つ皮膚はどう見ても日曜日の朝番組や、催事場のショーで見られる覆面ヒーローの姿だった。

 子どものサイズじゃなかったらソッコーで職務質問(ショクシツ)だ。

 そんなどうでもいいことを考えながら見ていると、彼らは基地から飛び出して河川敷を駆け回り始めた。

 新は基地のなかで胡座(あぐら)をかいたまま、本来見えないはずの草壁の向こうをぼんやり眺めている。名前は思い出せないが、今ならハッキリと自身の記憶の中にあの友人との時間が刻まれていたとわかる。


(なぜ今俺はここに居てこんなモノを思い出している?)


 誰が問いかけに答えてくれる訳でもない。

 昨日バイトで何かあったんだっけ?

 あ?

 そこまで考えてようやく思い至った。背筋を通ったあの汗の感覚に。

 違う、そんな"日常"じゃなかったじゃねぇか。バカ野郎、何で今度はソッチを忘れてたんだよ。


 ――まぁ、お茶にしようよ。俺はどうも、立ち話が嫌いでさ。

 無表情のオレオツァエ。声だけは喜色を含んでいた。

 記憶力だけは良いと思ってたんだけどな。


 ふと、人の気配を感じて首を巡らせた。背の高い草むらを()き分けながら紫色のツナギが現れる。

杜若(かきつばた)センセ。」

「キヴァトだ。今は宗徳(ムネノリ)じゃない。」

 その一言で新は少し身構えた。キヴァト、ということは少なくとも味方ではない。そんな新の様子に気づく風もなく、キヴァトは目の前にやってくると目を細めて眉間にしわを寄せた。

「これはどういう事だ?」

「これっていうのは?」

 質問に質問で返してしまった。どういう事なのかはむしろコッチがききたいんです。

「何故かお前の記憶の中で入れない扉があんだよ。その周りの扉を開けるといつも原っぱ(ココ)に着く。この場所は何なんだ。」

 そう言われて改めて周囲を見回してみた。気づけば目の前にいたはずの子ども2人の姿は見えなくなっている。キヴァトがやって来たせいだろうか。

「何、と言われても。子どもの頃に住んでたトコだけど…。」

 話している内にペラペラと話していい類の話なのか不安になってきた。

 厳重に忘れているこの記憶には明らかにあの友人が関わっている。そしてあの友人が“ガンダイバー”の姿をしていたことを思い出してしまった今となっては、彼がフェチケの関係者であると疑わざるを得ない。あの姿をキヴァトに見られただろうか。

 新がそれ以上喋らなくなったのを見て、キヴァトは小さく舌打ちをした。

「その感じだとお前自身も忘れてンだな。ハルで開けられないなんて相当嫌な事でもあったんじゃねぇか。クソッ。」

「トラウマ的な?」

「そんなトコじゃねぇの。あ、でも開けたのはオレオか。よく分かんねぇな。」

 キヴァトは改めて顔を(しか)め直すとパリパリと頭を掻いた。

「シンジョウアラタ、思い出せ。今すぐだ。」

 そんな無茶を言われましても。

「どうやって。」

「テメェで考えろよ。」

「はぁ、」

 生返事をしながらもまじまじとキヴァトを見てしまう。

「これじゃ探し損じゃねぇか。どんだけ探し回ったと思ってるんだよ。オレの時間弁償しろ。」

 果てしないイチャモンをつけられている気がする。

 前回会った時はボロボロだったので気づかなかったが、よく見るとキヴァトは背も低いし随分幼いのではないかと思う。目鼻立ちがくっきりしていてどこかハーフのようにも見えるので、黙っていればそれなりに見えそうなのに。今その濃紫色のツナギ少年はギロリとこちらを睨んでいる。頓狂な格好と激しく歪んだ眉根がとても残念だ。

 そして、そこでハタと気が付いた。

「まぁ、どうでもよくないか。俺の記憶が何か問題あるのか。」

 そうなのだ。忘れていて特に支障があるとは思えない。仮にあるとしても俺自身が困るだけで、それが他の人の迷惑になるということはちょっと考えにくい。

 キヴァトはしばらく考えた様子だったがふいに真顔に戻ると頭の後ろで手を組んで伸びをした。

「…それもそうだな。考えたらオレオ(あいつ)のために何でここまでやってやらなきゃならないんだ。」

 内心でホッとする。ここで執拗(しつよう)に何かを求められても正直困るしかない。

「んじゃ、オレは帰るわ。」

「あ、そしたらまた出口教えてくれよ。」

「は?出口?そんなモン無いに決まってんだろ。」

 キヴァトがそう言ったので耳を疑った。

「無い、というのは…」

「お前の記憶だろ。」

「ええと…?」

 キヴァトは片方の眉をついと引き上げると信じられない、というような表情をした。

「あのな、この間の事を言ってるんだったらそりゃトンデモナイ勘違いだぞお前。あれは第4象限に()()()空間だからな。今回は元々()()記憶だろ。別物(べつもん)だ。」

 言われた内容を頭の中で反芻(はんすう)する。ウン、日本語としては分かるけど意味が分からないんだよなぁ。

「まぁそういうわけだからセイゼイ頑張って思い出の振り返りでもしてるんだな。」

 それだけ言うとキヴァトは現れた時と同じように草むらを掻き分けて歩き出した。

「あ、ま、待てって、オイ!」

 後を追いかけようと目の前の草を払うと、もうそこには誰の姿もなくなっていた。目をパチクリさせる。消えた。一瞬で。相変わらず出入りの素早い生命体達デスヨネ。そうですね。おい、どうしろというんだコレは。

 1人で10秒ほど頭を抱えていたが、無駄だと気づいてすぐに顔を上げた。

(ま、いいか。何とかなるだろう。)

 キヴァトが言うにはココは新自身の記憶の中だという。普通こういう、今の自分が中にドップリ浸かってしまうようなことは異常だと思うんだが、異常だろうが正常だろうがそうなってしまっているものはどうしようもない。そしてどうしようもないことで悩んでいるのは無駄に他ならない。何より面倒だった。新はテキトーな性格をしている。

 小さなため息を一つ置いて、諦めて振り返った。


 そこで、固まった。

 目の前に、“ガンダイバー”が立っていたからだった。


 今目の前の少年(サイズ的には少年だろう。少なくとも小学校低学年の俺とピッタリ同じくらいの背丈しかない)は微動だにせずこちらをじっと見ている。これが記憶の中だとすれば、彼にはコチラの姿は見えているはずがない。きっと新の背中の方に何か気になるモノがあったのだろう。

 そう思って半身を避けて背後を見るが、やはりそこには草しかない。もう一度少年を振り返ると、今度こそ彼はコチラを向いていた。

 無表情、というか覆面がコチラをじっと見ているというのは、どうにも落ち着かない。

 自然と背中に変な感覚が走った。

 見えている?まさか。

 今度はソイツの方を見たままカニ歩きでソイツの正面を横切った。彼の視線もさも当然という風にコチラを追ってくる。


 うん、見てるよね。これは。どういう事なの。


「新。」

 目の前のガンダイバーの声だった。記憶がふわりと蘇る。

 こんな声だった。そうだよ。あの時もこうやって俺の名前を呼んで。

「新、何でこんな所にいるの。」

「ええと。何て言ったらいいんだろうな。」

 掻い摘んでオレオに「開錠」されたクダリを説明すると、彼は少し首を傾げる動作をした。

「新に手を出す奴が居るとはね。狙ってやったなら感心するけど。そうじゃないなら許しがたいな。」

 瞬きをしても目の前のガンダイバーは消えることは無かった。これは俺の「記憶」であるはずがない。「今」の俺と会話しているんだから。だとしたら、コレはなんだ。

「ねぇ新。どうしたい。やっぱり今でも忘れていたいの?」

「俺は、」

「望めばいつでもボクはこの場所を解放する()()()が出来る。でもそれが新にとってイイことなのか、ボクには分からないんだ。」

 俺は。

「思い出せないんだ。何も。」

 何で忘れてしまったのか。どうして思い出せないのか。

 ガンダイバーが目を細めた。ような気がした。覆面なのに、表情が分かる気がするのは何でだろう。

「ねぇ、何が知りたい?」

 問われて、一つ深呼吸をした。こういう時は、深呼吸に限る。

 うん。分かるわけがない。

 それなら聞きたいことは一つだけだった。


「俺って何なの?」


 その一言を聞いて、ガンダイバーが固まった。

 肩が小さく震えている。次いで、噴き出す音。ついに彼は声を出して笑いだした。

「アハ、やっぱり新だ。変わんないね。ふ、ふ。」

「何だよ、笑う事ないだろ。」

「怒んないでね。はは。ああ、おかしい。」

 気恥ずかしくなって、思わず目を泳がせる。しばらくしてようやく彼の笑いが一段落したところで、目線を盗むと、彼もこちらを見ていた。

「聞かないんだね、ボクのコト。」

 そう言われて初めて、どうして彼が笑っていたのか分かった気がした。

「どうでもいいんだ、それは。んと、悪い意味じゃなくて、ええと。」

 そう、必要なことはもう分かっているんだから。


「…トモダチ、だろ。」


 今度こそ、ガンダイバーは笑顔になった。

「偶然だったけど、新が“ケイセミィ”で良かった。」

「けいせみー?」

「ここまで無事でいてくれて本当に嬉しいよ。第六象限地球(エアト)でもっとも安全な国を選んだけど、それでもどうなるか本当に分からなかったから。」

 やっぱりコイツはフェチケなんだろう。単語の痛さがアズを彷彿(ほうふつ)とさせる。違っても驚かないけどこれ以上変な勢力に増えてもらっても困るし。ここまでくればいっそフェチケ(そう)であって欲しい。


「まず一つ。残りのザスロの検索ができる。二つ。破壊されると、破壊した者の所属側のザスロが100失われる。三つ。回収すると、回収した者の所属側の回収ザスロ100と同じ扱いと見なされる。」


 彼が指を折りながら唐突に話し出した言葉を慌てて追いかけた。

「それって…俺のコト?」

「そう。それがザールゥクになった(ケイセミィ)の役割。」

 ええと。

「ザスロってのはフェチケとヴァルルカンで取り合ってる宝物、みたいなやつだよな。それの100個分?それってどのくらいすごいんだ?」

「参加者は参加時点で各自一つのザスロを指定することができる。今回、この第六象限地球(エアト)で参加した数は469。そこには新と、ヴァルルカンの設定したもう一つのザールゥクを含む。未設定の空きスロットを含めてヴァルルカンの残りザスロは13、フェチケのは4だ。それ以外は既に回収または破壊が終了している。」

 待て。待ってくれ。

 500個にも満たない母数に対して100個分というのは相当じゃないのか。

「そもそもザスロっていうか、ざーるーく?それって俺みたいな、その、生き物パターンもあり得るもんなのか?」

「そうみたい。ボクも最初ビックリした。」

「俺は今ビックリしている。」

 破壊すると破壊した側が損をする。

 破壊っておい、物騒過ぎるだろ。モノ扱いしないでくださいますか。


「ヴァルルカンが何をザールゥクにしてるか分からないけど、今までの動きを見ている限り新に気づかなかった点を鑑みると…きっと“使用”できないものを指定しちゃったんだろうね。それかもう既に回収や破壊が済んでしまっているか。」

「回収…沢山回収した側が勝つんだっけ。」

「そう。フィールド上で回収が不可能となったものを除いてすべてのザスロが無くなった場合、最後の交渉が行われる。先に自陣の設定ザスロがなくなるとペナルティがあるから、あまり早く回収してしまうのも良くない。沢山参加者が集まった方が勝利になるから、そのパワープレイができないようにするためだね。」

 さっさと回収してしまえばザスロ100個分の儲けになるかわりに相手のザスロ検索はできなくなる、か。回収の際に破壊させてトラップとして使うという手もある。なるほど、奥が深い。

「その場合俺はざーるーくでぇすと宣言した方が身の安全は確保できるわけだよな?」

「回収する目的で狙われる危険は増えるよ。」

「…もう既に誘拐はされてるんだが。」

 回収って何されるの。怖いんですけど。どうすりゃいいんだ俺は。聞いてしまった以上何とかしたい気がものすごくするわけだが。


 そして俺は一つの結論に至った。

「さっさとザスロの情報を流して終わらせるしかないな。ええと、俺はフェチケ側になるわけだよな。」

「ううん。何にも属さないよ。それはザスロに共通。新の位置座標や残存有無は設定した側のフェチケには筒抜けだけど。」

 あ、だからアズがあんなにすんなりと助けに来てくれたのか。いや、そうじゃない。そこじゃない。俺のプライベートというかプライバシーに関わりまくる問題じゃないか。トンデモナイ話だ。





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