大学生と浄天眼3
数人は殺風景な小部屋に居た。床のタイルだけでなく、天井も壁もアイボリーの落ち着いた色味だが、窓が無い。照明器具もないが視界は明るかった。目の前には何の変哲もないメラミン天板の白いテーブルと、それを挟んだ少し背の高いスツールが二脚。その奥には木製の簡素なドアが設えてあった。
やや乱暴なノックが2コールあって、ドアが開く。現れたのは背の高い覆面の人物だった。特撮ヒーローのように全身をタイツで覆った姿は、見慣れつつあるフェチケに違いなかった。不思議な銀の光沢を放つ人物は、スツールにサッと腰かけると、手のひらで数人に向かいの席をすすめる。
「イクシン=キィクだ!よくぞ呼んでくれたな青年!」
数人が腰かけると同時に、目の前の人物は大きく両手を広げてそう宣言した。
「どうも。臼井数人です。よろしくお願いします。」
「うん、うん。聞いているぞ青年!私のことはイクスと呼んでくれ給えよ!」
「私のことも臼井か数人で構いません。」
イクスは話す度に大きく手を振り回して一々ポーズを決めた。今は胸の前で親指をビッシィ!と立てている。彼が動く度に銀糸がキラキラと深い空色に輝いた。なぜだか妙に眩しい。
「それでっ!早速だが私とペアになってくれるということで構わないんだなッ!?」
「はい。そのためにアズ達からご紹介いただきました。」
「アズ“達”とは?」
「ええと、オグさんとリラシュさんです。」
バァン!
イクスが両手をついた。
「リラァシュッ!?本当かッ!嘘だったら承知しないぞッ!」
派手な音を立ててメラミンテーブルが揺れた。数人も揺れた。
「はぁ、名前は多分間違えていないと思いますが…。」
「いよぉし!いいぞ数人!君とペアになろう!私が参加するからには大船に乗ったつもりでいいぞ!」
「失礼ですがその、イクスさんはどのような能力をお持ちなんでしょうか?」
若干の不安を抱えて数人がたずねると、イクスは座ったままながらカッコイイポーズを決めた。首元の嫌に長い布が閃く。巻き付けられた薄手の布地は透き通った青色で、キラリと光って妙にキレイだ。
「私の“目”は千里の彼方を見通すことができるッ!敵の解析でリラシュが困っているのだろう?任せ給えよ!」
「ほう、千里眼ですか。」
イクスがマスクの前で親指を立てた。光の零れる幻覚が見えた気がした。
「ん…。」
「数人?起きたのか?」
数人が目を覚ますと、コタツ机を囲んでアズ、オグ、リラシュが並んでいるのが見えた。
「ああ、おはようございます。」
「どうだったん?まさかダメやった?」
「いいえ。交渉はうまくいったんですが。アレ、私は急には変身しないんですかね。」
数人は自分の手を見つめたり、ずれた眼鏡をかけなおしてみたが、どうにも数人のままのようだった。
「…多分、手順が必要…。」
ボソリとつぶやいたオグの方を見ると、肩を落としているように見える。哀しいことでもあったのだろうか。話題をアズが引き取った。
「イクスから何か聞いていないか?掛け声とかポーズとか。」
「ポーズは始終してましたけど、言われてみれば最後にそんなことを言っていた気がしますね。もしかしてあの変身ポーズとかしないといけないんでしょうか。」
誰ともなしに大きなため息が漏れた。
「多分そうやわ。イクスはちょっと、っちゅうか大分カッコつけやからな。形から入ろうとしてる可能性は高いと思うわ。」
ええっ、と数人が情けない声を上げた。
「困りましたね。」
「やっぱり恥ずかしいやんな。」
「いえ、変身ポーズはやぶさかではないんですが、ただ、」
「ただ?」
「私じゃ再現できないんです。バク宙にヒネリが付いてましたので…死ぬ気で崖からやればできるかもしれませんが。」
だから嫌だったんだよ、とオグの微かな声が鳴った。
4人は新の家の近所にある後天場海岸までやってきていた。もちろん、イクスを召喚(?)するためである。
「この堤防からなら大丈夫だろう。」
「待ってアズ、いくら何でもいきなりこの高さは相当怖いよ?」
堤防は浜より数m高くなっており、本来であれば石造りの階段を使って砂地へ降りる構造だ。今はその堤防の上に立って浜を見下ろす格好である。
「失敗したら受け止めたるで。」
下からはリラシュの声がするが、それでも急に頭から背中の方向へ落ちろというのは酷な注文というものだ。
「すみません。もう少し難易度の低い所から初めてはダメでしょうか。」
「仕方ないな。」
相談して、まずは一番身軽なオグが「やって見せる」ところから始めることにした。
「今の動きがかなり近いと思います。わぁ、すごいな。」
柔らかな砂地を蹴って、いとも簡単に舞って見せるオグに数人は全力で拍手を送る。
「…できそう…?」
「無理だと思います。」
「無理やんな。」
「無理だろう。」
3秒で結論が出た。
「ペアになった意味がありませんよねこれじゃ。」
オグが遠い海の方を見ている。アズは腕組をして思案げな様子だ。数人は茫然としている。3人の残念な様子を眺めて、リラシュが何度目になるか分からないため息をついた。
「しゃーないな。ちょっと無理やりやけど起こそうか。」
「え?そんな方法があ、ぐッ!」
リラシュのケーブルが数人の首に刺さった。古いテレビ画面にノイズが走るように、数人の姿が一瞬ぶれる。と、見る間に激しい閃光が広がって、リラシュは急いでケーブルを解除した。次いで、飛んでくる影をスルリと回避する。
「リラァァアシュ!避けることは無いじゃないかッ!私にそんなに会いたかったのだろう!?君のためならいつでモベフゥッ!?」
言い終わらないうちにイクシン=キィクは吹っ飛んだ。
「何をするんだねアズ=ウトルシュ!!」
アズの右ストレートだった。
「迷惑をかけるんじゃない。」
「…本当だよ…。」
オグたちの真っ当な嘆きも意に介さず、すっくとイクスは立ち上がる。華麗に飛んだ割にダメージを受けた様子は無いようだった。そして、砂を払う代わりに一つ宙返りをする。砂粒と共に爽やかな青い光がキラキラと舞う。
「数人がバク宙もできないとはな。ふ、予想外だ!」
「ハリセン持ってたら私もはたいとるとこやに。」
「リラシュに叩かれるならいっそ本望だぞッ!」
爽やかとは程遠い発言を無駄な決めポーズと共にサラリとキメて、イクスは絶好調だった。
「もう少し地球人にもやりやすいようにできないのか。」
「アズよ、私の登場に必要なものはわかるか?」
「分かりたくもない。」
「光だよ!光!そうは思わないかッ!」
絶妙にかみ合っていない会話を見ながら、リラシュはオグと小声で相談をはじめた。
「何とかアレを説得したいんやけど、いい案無い?」
「…格好がつけば…あるいは…。」
「格好たってなぁ。」
「…これとか…。」
オグが手元のデバイス画面を示す。
「ああ、なるほどな。よし、ちょっと交渉しよか。」
コホン、と一つ咳払いをしてから、リラシュはできるだけ距離を保ちつつ声をかけた。
「イクス、提案なんやけど。」
「何だいリラシュ!」
振り返るイクスに合わせて、勢いよく長いマフラーがたなびく。
「ペアとの交代のポーズに、なんや、道具とか使てみるのはどうやろ。」
「道具?」
「あるやんこういうの。」
リラシュはそういうとデバイスを操作して空中に映像を表示した。中には某有名特撮の変身シーンの動画が流れている。
「あとはこういうんとか。どう?」
「おお!これはカッコイイな!!こうかな!いいんじゃないか!」
いくつか示した中から、早速振り付けをマネしてみている。どうやら気に入ったらしい。うまく行きそうで、リラシュは内心かなり安堵した。
「だがリラシュ!これにはこの道具が必要だぞ!」
「作って貰おか。本部に頼んで。」
「…こんなことで…予算を…。」
「何か言ったかねオグ!!」
ズビシとツッコミポーズで振り返る。一々動きが華やかである。
「その道具が出来たら数人にソレの練習をしてもらうということか。」
「そうなるだろうな!!今度は簡単だろう!?」
アズの声にイクスはもう一度ポーズを決めてみせた。変形するアイテムを手に持ってかざすような姿勢だ。
「出来上がるまではどうするつもりだ?」
「その間はリラシュが呼べばいつでも出てくるぞ!当たり前ダビシャッ…!!」
再びアズの右ストレートが決まった。
美しい弧を描いてイクスが飛んだ。
「出来るならいつでもさっさとそれで出てこい。迷惑をかけるんじゃない。」
「クッソー!暴力反対だぞアズ=ウトルシュ!これだから“破壊の手”は!!」
「あんまり面倒だと落とすぞイクス。」
「むぐ、」
アズの声音が冷えたので、さすがのイクスも言葉を飲み込んだ。
「…さすが…頼りになる…。」
「数人にこれ以上負担をかけるわけにいかないからな。」
「…人選ミスだよ…。」
「そう言わんといて。イクスを呼んだんはちゃんとハールディの事調べるためやろ。」
イクスはそのリラシュの言葉に勢いよく顔を上げた。
「そうだ!リラシュよ、困っているらしいな!私の能力が必要なのだろう!?」
「いきなりコッチ来たばっかでできそうなん?」
「うん?どういう意味だッ?」
「第5象限やと、かなり意識してないと動作の制御が難しいはずやに。」
「折角だから今日は数人が許す限り訓練していくといいんじゃないか。」
リラシュとアズにそれぞれ言われて、漸くイクスは両手足の具合を確かめ始めた。先ほどと同じように宙返りをしたり、手足を曲げ伸ばしてみて首を傾げている。
「ううむ、確かに背格好からして大分違う感覚だな!動作だけでもこれだと難しいかも知れん。がッ!私なら大丈夫だ!すぐに馴染むさ!!」
ビッシイイイ!と親指を立てて仁王立ちをしている。
「どこから来るんだその自信は。」
アズは諦めかけていた。慣れるよりないのだという諦観の境地は目の前だ。
「イクス、その、時間がないんや。実はザールゥク損失および第6象限地球人の生命存続にかかわる事態になっとってな。できるだけ急いで透視をお願いしたいんやけど。」
リラシュがそっと首を傾げてみせると、イクスの目元から光が漏れた。
「モッチロンだともリラァシュ!!まっかせ給えよ!!」
バシーン!と腰に手を当てるポーズが決まった。
「で、何を視たらいいんだッ!?」
「コイツの能力を知りたいんやけど。ハールディって名前とちょっとした能力しか分からんのさな。」
「ふむ、やってみようじゃないか!」
小型のディスプレイから3Dで示された人物を見て、しばしじっと見つめた後、イクスは両手を頭の高さまで掲げた。開いた両手をそっと目の前に持っていく。両目を覆って一つ呼吸を整えると、親指をこめかみのあたりにつけたまま、ゆっくりと4本指を開いていった。大型のスノーケルマスクで空を覗き込むような姿だ。
「イクス、現時点で把握しとる全情報を送っとくわ。」
「うむ!助かるぞリラシュ!」
リラシュがデータを手元端末から送信している間にも、イクスはずっとそのままの姿勢だった。
送信が終わり、しばらく経ってもイクスは動かないままだった。
ハラハラしながら見守るリラシュをよそに、オグとアズは明後日の方向を見ている。誰も口をきかないので、潮騒だけが背景音として溢れている。第6象限との異質な点は、頻繁に飛んでいくはずの飛行機や水平線の船影が見えないことだけのように思える。日本のどこにでもありそうな平和な波打ち際であった。浜辺に催事場ヒーロー達が集まっていなければ。
「だめだ…。」
ついに口を開いたのはイクスだった。悠に5分は経過していただろう。
「だめっちゅうのは?」
「真珠島近辺のところまでは飛べるんだが、そこから先の絵が見えない。」
「それってまさかヴァルルカンからの妨害か何かが?」
「いや、」
リラシュの不安げな声に、イクスは静かに頭を振った。
「私の集中力がもたないだけだッ!!」
ビッシイイ!!
イクスの首元のマフラーがたなびいた。
「…ボク、ちょっと寝てくる…。」
言うなり次の瞬間にはオグの姿は消えていた。
早々に退散を決め込んだのは、寝ておけば後で増幅する際に借り幅が増すということもあったが、今はそれ以上に面倒を避けるために違いない。
「私も寝てこようかな。」
アズまでもがポツリと呟いたので、リラシュが慌てて駆け寄る。
「ま、まってやちょっと。やっぱり訓練必要なんやわ。手伝ったろ?な?数人くんとジョーシンくんのためやと思って。」
2人きりになるのを避けたかったのかもしれない。必死の説得が伝わったのか、アズはやれやれといった様子で首を2,3回振ると顔を上げた。
「今日中に使い物にするぞイクス。覚悟しろよ。」
「言われなくてもそのつもりだ!リラシュの頼みだからな!まっかせ給え!!」
アズの右拳が光を帯び、イクスの周りに霞がかかった。直後に繰り出された輝く正拳突きは、圧縮された分厚い水壁に遮られる。拳の衝撃で周囲に風と高温の蒸気が舞った。
「相変わらず重たい拳じゃないか!」
「アズ、今わりと本気やったろ?怪我さしたらアカンで…?」
「その時はその時でしょう。」
飛び退って距離をとろうとしたイクスに向かって、アズはさらに一歩踏み込んだ。その流れのまま低い体勢からの急な突き上げ。再びイクスの周囲で飛沫が上がった。
「まだまだ厚みが足りないぞイクス。」
「言われずともだッ!」
アズは大振りの突きをやめ、今度は細かな連打に切り替えた。一撃の威力は下がるが、そもそもの威力があまりにも暴力的なため、連打それぞれも決して軽いものではない。その猛攻の中をイクスはうまく半身を捻りながら次々と水蒸気の盾を作っては往なしていく。
リラシュは2人の動きを観測しながら、こっそりとデータを取っていた。
(ああ、やっぱりイクスで正解や。大分性格には難があるけどな…。頼むでアズ。)
2人を見ながら、アネモネはそっとジェットヘルの内側でほほ笑んだ。




