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大学生と浄天眼2

「そっからは兎に角走って逃げたんだけど、変な路地に迷い込んじゃってね。元々地元じゃないから知らない道だし、しかも住所の表示も変で。その内に大学の教授に会って(かくま)って貰ったり、何か色々してたと思うんだけど、夢らしくってあんまりちゃんとは思い出せないんだよね。で、気が付いたら白衣で寝てたっていう。」

 数人は思い出したように烏龍茶を一口飲んだ。

「ありがとう数人さん。大体今までの流れは分かりました。」

 三笠はメモの一部に丸を付けると、ふうと息を吐き出した。

「誰かとこんな話をする日が来るとはねぇ。分からないもんだね。」

 数人も一息にここまで話して、随分すっきりしたようだった。話すことで自身の記憶も少しは整理ができたのだろう。それに、こんな変な話を他人にすれば、普通は頭の方を心配されてしまいかねないものだが、目の前の2人はよく理解してくれている。それは数人に少なからず大きな安心感を与えた。数人は、中埜と三笠を見回す。2人は数人の話を聞いてそれぞれに考え込んでいるようだった。

「昨晩君たちから聞いた話は色々半信半疑だったけど、ちゃんと信じたよ。本当に新聞見てもテレビ見てもとっくにゴールデンウィークも明けてるどころか、月末になってるのは確認できた。ポストはエライことになってたし。アズも、ヴァルルカンも私の妄想じゃなくて現実なんだって、ちょっと嬉しいような、まだ夢の中のような変な感じだよ。財布の中の現金が増えてたのは未だにどうしていいか分からないし。」

「夢と現実ゴッチャになるんは最初はしゃーなしやで。私もそうやったもん。まぁ私の場合リラと初めて会った時は中学生やったからもうちょっと夢見がちではあったけどな。」

 三笠の言葉に、中埜も大きく頷いている。数人は眼鏡を少し持ち上げて言う。

「ああそれと、リラシュさんの話で聞いた通り、昨晩の夢で“続行の意思”を確認されたよ。」

 リラシュによると“続行の意思の確認”というのは文字通り、このまま“心優しき地球の民”としてフェチケとヴァルルカンのやり取りに参加するか、それとも元の何も知らない“民間人”に戻るか、という確認のことだった。通常はペアが落ちた直後に確認が行われるが、数人の場合はすぐさま覚醒(かくせい)してしまったため、晩の就寝時に行われるであろうという予想だったのだ。

「この話をしてるっちゅうことは“続行”したってことやんな。」

 三笠に確認され、数人はニンマリとほほ笑んだ。

「もちろんです。気になるでしょう。何やら面白そうですし。」

 中埜は烏龍茶の湯呑みを両手で包みながら、数人をじっと見つめる。視線に気づいた数人が振り向くと、口を開いた。

「数人さんは、その、どうするん?アズくんはもう充斉くんとペアやし、このままペアなしで活動するんも確かアリやったとは思うけど。」

「うーん。そのあたりがよく分かって居ないんですが。この場合私はどうするべきなんです?」

 尋ねる口調だからか、数人は敬語に戻っている。元々こういう話し方なのだろう。三笠はボールペンの背でこめかみを軽くコツコツと叩いて考えている。

「そうやなぁ…できればフェチケの誰かとペアになって活動してくれるんが一番やけど。ペアにならん場合でも拠点(フェチケフィゼク)を展開できるんで十分っちゃあ十分助かるからなぁ。」


 フェチケの拠点である“フェチケフィゼク”およびヴァルルカンの拠点である“シェツレットボゥシェ”というのは、言わば隠れ家である。ペアの有無に関わらず好きな閉塞空間を一カ所指定することができ、指定場所を中心とした半径数km圏内にエリアを作ることができる。エリア内には相手方、フェチケでいえばヴァルルカンの侵入を検知して警報を鳴らすセンサを配置したり、物質の転送場所に指定することができるなど、様々なメリットが存在する。当然ザスロを隠すのに好適であることから、“民間人”に(ふん)して自宅や職場の近くに指定しておく者が多い。特にペアを持たない“心優しき地球の民”をパッと見で“民間人”と見分けることは困難であるため、拠点とザスロを護る目的で戦略的に敢えてペアなしの味方を抱えておくという場合もあった。相手にそうした戦略を取られた場合、通信網のハッキングをするか顔バレしている相手の出入りをチェックするなどして見つけるより無い。勿論それで拠点に突撃された場合、対抗手段を持たないためにほぼ100%制圧されてしまうというリスクもある。


「私は一度ヴァルルカン側だったんですよね?フェチケ側でペアを組むこともできるんですか?」

「オレオが落ちている以上、臼井さんは今、白地図状態(フリー)やから問題は無いで。フェチケとしての戦略行動を取った時点でルール上はフェチケ側に認定されるけど、まだ何もしていないでな。逆にやけど、ヴァルルカンに戻ろうとすれば、今ならまだ戻れるで。」

 三笠に言われて数人は首を左右に振った。

「いや、戻る気は無いよ。不誠実な参加の仕方をしていると分かった以上、そちらに肩入れする気は起きないね。」

「そう言ってもらえるとボク等も心強いで。特に大人に参加してもらえるとな。」

「一応まだ19だけどね。」

「ボクから見たら大学生は皆もう大人やから。」

 中埜は少し目を細めて笑った。その見落としてしまいそうなほんの一瞬の表情は、数人にはひどく寂しそうに見えた。直後に三笠とじゃれ合い始めた様子を見れば、気のせいだったのかも知れないが。

「それで、私とペアになれそうなフェチケは誰かいるんでしょうか?」

 気を取り直して数人は問いを投げた。しかし残念ながらこの問いに答えることができる人間は、この場には居ない。


 その時、タイミング良く玄関のチャイムが鳴らされた。


「お?やっと来たか。」

「ただいまー!」

 そう言いながら勝手に部屋に入ってきたのは、充斉(みつなり)だった。家主が聞いたら卒倒(そっとう)しそうだが、彼のあまりにも自然な帰宅の様子から、既にここを第二の自宅と認めていることがわかる。

「ママは大丈夫やったん?」

 中埜の問いかけに、コタツ机の空いた一角を埋めた充斉は満面の笑みを返した。

「ううん!だめだった!」

「だめだったんかい!」

 中埜のツッコみが決まった。

「無理だよママの説得なんて。だから今日はパパにこっそりお願いして出てきちゃった。」

「相変わらず無茶やなぁ。」

「パ…じゃなくて、ええと、この方はもしかして…?」

 数人がちらりと表情をうかがうと、充斉はキョトンとした表情をした。三笠が慌てて代わりに答える。

「先輩、充斉君です。アズのペアの。」

「ああやっぱり。へぇ、あのアズがねぇ。」

「あ、昨日はアズのままお別れだったもんね。三枝充斉(さえぐさみつなり)です。よろしくね数人兄(かずとにい)。」

 数人は、アズがこの充斉を救うためにペアになったのだという事を思い返した。それは“本来のペア”でない相手との独断でのペアの契約であったのだと、リラシュが言っていた。それを聞いて数人は思ったのだ。アズは、どこまでも真っすぐなのだと。今目の前に居る充斉の笑顔を見て、数人はそれを改めて思ったのだった。

 地球人とフェチケ達は合意をすれば誰とでもペアになることはできる。しかし“本来のペア”同士である方が、彼らはその力を発揮できるというのだ。アズが充斉とペアになったという事は、つまり(はな)から不利な条件での参加をしたという事だ。充斉を救うために。おそらくアズは、例え数人がその時点でアズとペアになれる状態であったとしても、きっと充斉とのペアを選択したのだろう。

 魂を奪われた地球人とのペアを勝手に組むという行為は、ヴァルルカンこそ常套(じょうとう)的にやっていることではあるが、“ルール”に照らせばかなりのグレーゾーンな行為に当たるという。だからアズは他の誰かに頼むことをせず、自らの判断でこの少年を救おうと決めたのであろう。数人だってさほどアズのことを知っている訳ではないが、夜毎に現れては色々な事を必死で説明しようと試みていた、あの不遜(ふそん)世間(ちきゅう)知らずの生命体が、如何に情熱的な奴であるかは十分に分かってしまっていたのだ。そして、そんなアズの“本来のペア”がほかならぬ数人自身であった事を、ちょっぴり嬉しく思ったのだった。


 4人で話し合い、第5象限へ移ってアズ達に会議をバトンタッチすることにした。数人はオグと簡単に自己紹介をしてから、改めてペアについて問いを立てる。初めに口を開いたのはリラシュだった。

「第6におる内から考えてんけど、言うても残っとる相手(ヴァルルカン)の面子を考えると、そこそこ実力者やないと力不足なんよなぁ。」

 彼女は左腕の小さな画面を操作しながら考えている。

「シュアルゴはどうです?」

 アズは宙を見上げながら時々提案をした。

「うーん、ちょい、惜しいと思うわ。いいセンいっとるけど。」

「どんな役が良いですかね。」

「そうやなぁ。あ、数人くん、ちょっと首、借りるで。」

「へ?」

 リラシュの左手首から一本ケーブルが伸びて、数人の首筋に刺さった。数秒でケーブルは彼女の手首に戻っていったが、数人は目を白黒させている。リラシュが手元の画面を一度タップすると、コタツ机の上に映像が現れた。思わず数人は口を開けた。真珠島ゲートの前で声をかけてきた面接官らしき好青年、それが真珠島で数人が見たまま目の前に表示されていたからだった。まるでドラマの一シーンを切り出して表示しているかのようだが、間違いなくこれは数人しか見ていないはずの映像だった。その他にも、変な格好の少年など複数人が表示されている。

 数人は眼鏡がずれているのに気づかずポカンとした表情のまま尋ねた。

「ええと、何でうちの大学の教授が写ってるんですかね。」

杜若(カッキー)センセは隣のキヴァトのペアなんよ。」

「あー。道理で夢に教授が出てきたわけだ。そうか、彼がヴァルルカン…世間狭いなぁ。」

「ご覧の通り、残ってるのは扉を開く者(ヘテディクアイトゥ)のキヴァト、吊し人ヴィッソンザトランセレレムのハールディ、それからケズデットの3人や。キヴァトは私の()()()()があるで表立っては動けやんとしても、第4象限が得意やで、チョロチョロ水面下では暗躍しとると思う。ケズデットは“発生”を司る能力なんやろ?そこはアズが一番詳しいやんな。」

「会った事は無いですけどね。」

「一番分からんのはコイツ。」

 リラシュは数人から抜き取った青年の姿を指してハールディと断定した。ここまで来ればおそらく間違いないだろう。オグが浜で戦った「スラッとした兄ちゃん」である。

「ハールディのことで分かって居るのは二つ。鍵による強制的な活動制約と、ヒトを宙に吊るす能力があるということ。これらが同じものなのか、別個の能力なのかは分からん。後は不用品回収の兄ちゃんっちゅうこと位やな。できればこのハールディの攻略情報を持っている、もしくは攻略が可能な人物の増援が望ましい。」

「…ハールディ、ねぇ…。」

 澄んだ声が聞こえた。先ほどから静かにしていたオグの声だと気づくのに、少しかかった。覆面をしていてつぶやきだけだとほとんど動きが無いせいだろうか。

「ハールディについて他に知っとる情報とかは無いんやんな?」

「会った事が無いです。」

「…ボクも、吊るされただけだから…。」

 3人は思い思いの格好で考え事をしている。数人は目の前を飛び交う単語を脳内で拾い集めて、何とかついていこうと反芻(はんすう)を試みていた。

「あ。」

「そういえば。」

 リラシュとアズが声を上げたのはほぼ同時だった。

「おったな一人。」

「…。」

 リラシュの低いつぶやきに、数人は期待を込めてコタツ机を見回した。


 そのまま、辺りに沈黙がおりた。

 皆小首を傾げたり、うつむき加減だ。


「えっと、」

 あまりに長い空白に数人が声を挟む。

「何でしょう、その方に何か問題が…?」

 リラシュはゆっくりと顔を上げると数人の方を見た。ジェットヘルが閉まっているので彼女にしても顔は見えない。

「うんとな、イクスって言うてな、能力としては十二分やんか。」

「そのニブンが余分なんです。」

 アズがそっと一言を添えた。花のようなリラシュの声も、なぜか(しお)れて聞こえた。

「玉に(きず)やに。」


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