大学生と浄天眼1
「本当にいいんやんな。」
「他に居ないですよね。」
「うぅん、あまり…気は進まないんだけど…。」
リラシュ、アズ、オグの3人が頭を抱えている目の前には、正座で様子を見守る臼井数人の姿がある。
「お役に立てるなら誰でも、って言い方をしたら失礼かもですけど、私は構いませんよ。」
数人がやや緊張した声音でそう告げると、3人は小さなため息を漏らした。リラシュが口火を切る。
「悩んでてもしゃーなしや。本人同士で相談してもらわんと。」
「…話してみて、だめなら…無理はしないで…。」
「それじゃ、呼びますよ。」
アズの一言で数人はコタツ机にそっともたれて突っ伏す姿勢になった。しばらくすると、直ぐに寝息が聞こえ出す。
オグがボソリと呟いた。
「…ボク、ちょっと数人に期待してる…。」
アズが手元のデバイスから顔を上げてオグを見た。
「どっちの意味で?」
「…失敗する方。」
リラシュはもう一つため息を漏らす。
「呼ぼうと決めたんやから決裂せんように祈っとこうに。」
数人から過去の調査結果について報告があったのは、この少し前のことだった。
真珠島からの帰還を無事に果たした彼らは、一晩休んでから朝早くに再び新の部屋に集合していた。この日は時間が勿体無いので第6象限で会議をすることにしていた。ペアの面々にも話は伝わっているので効率が良いと判断したのだ。主の寝ている横で、コタツ机を三笠、中埜、数人の3人で囲んでいる。充斉はまだ来ていなかった。
「アズからのコンタクトがあったのが4月の下旬だったんですよ。」
初めはよく変な夢を見るなぁとだけ思っていたらしい。無理もない。寝ている間に突然覆面の不審者が現れてフェチケだヴァルルカンだと言い始めても、所詮は夢の中の話と済ませてしまうのが真っ当な人間の反応だろう。しかし、ある時から数人はアズの存在を信じる気になった。きっかけは、春ごろからヴァルルカンに魂を奪われている者が居ると、聞かされたことだった。
数人は大学2年生だ。この春から受けていたメディアリテラシーの講義で、県内の新聞や雑誌、インターネット上の記事などを調査しそれについての考察をまとめる、という課題が出ていた。その時数人が興味を持って選んだのが県内の失踪事件についてだった。4月の頭から県内の各地でポツポツと件数が増加し、全国的に見てもやや多すぎる数値となっていることを週刊誌などが取り上げていたのだ。
アズが夢の中で見せてくれた少女の姿は、数人が週刊誌で見た失踪者にあまりにも似すぎていた。事件を調べるのに夢中になりすぎてそのまま夢に見たのかと思っていたが、その時見せられたもう一人の男性の姿は記憶には無い顔だった。起きてから不思議に思って図書館へ向かい文献を漁った。そこで、見たことのなかった事件記事にその人物を見つけ、どうやら信じてみるのも面白そうだと思うようになったのだった。よしんば本当にただの夢だったとしても、誰かに話しさえしなければ恥をかくこともない。
「それからは真面目にアズの話をききました。それで、ヴァルルカン絡みと思しき事件について詳しく調べ始めたんです。」
まずは夢に出てきた少女と男性を。記事が書き立てる誇張表現に気を付けつつ、そこから徐々に似たような事件をピックアップしていった。失踪直前に真夜中に不自然な外出が増えたり、周囲に思わせぶりな発言をこぼしていったような人。例えば、「自分は選ばれた」などと嘯く様子である。特に注目したのは、一度何らかの病気などで寝込んだリした後に突然人が変わったようになり、そのまま行方不明になる、というパターンだった。
「各地の失踪の時期と場所とを地図でまとめて、それだけだと何も分からなかったんだけど。偶然気になる噂が耳に入ったので、それと無く地図上で追ってみたんですよね。」
そこから調べを進めた結果、各市町村の大小の失踪事件とその噂話の関連性を見つけたという。
「噂話?」
烏龍茶を啜りながら中埜が聞き返す。
「はい。これです。」
数人が示したのは一枚のチラシだった。
「不用品回収?なんや、その辺によくありそうなチラシやと思うけど。」
「そうなんです。でも、学内でちょっと噂になって。ここのチラシの業者に問い合わせした学生がいて、不用品回収自体は問題無く済んだらしいんですけど、その後に。しばらく経ったらまた業者から連絡がきて、それが妙なバイトの勧誘だったっていう話です。」
妙、という単語を数人は強調した。
「一件だけならまだ噂にもならなかったと思うんですけど、二件、三件とあって、そこから面白半分に試した人のとこにも次々に同じように勧誘が来たらしいんだよね。それで何というか、一時期ちょっとした流行りになってて。三笠さんは学内で聞いた事ないかな?」
数人は話し始めるとノってきたのか口が滑らかになってきた。三笠はその話を聞きながら所々メモを取っている。中埜は興味津々という様子でじっと聞き入っていた。三笠が顔を上げる。
「その勧誘ってのがもしかしてヴァルルカンのメンバー募集やったとか?」
「詳細はわからないけど、多分そうじゃないかなと。」
中埜が吹き出した。
「どんな勧誘やったんかめっちゃ気になるやん。」
「何でも、住み込みバイトの話らしくて。ああ、掲示板サイトにトピが出来てたので、そろそろまとめが読めるかも。」
そう言われて三笠はノートパソコンの電源を入れた。数人の指示に従って検索をすると、幾度目かのリンクから目的の記事に辿り着いた。さっと目を通した中埜が悪戯っぽく笑う。
「おお、結構条件良さそうやん。なんや、ボクここ応募しよかな。コンビニより良さそう。」
「縁起でもない事言わんといて。」
「ああん、冗談やに~。怒らんといて。」
書き込みによって情報に多少の誤差はあるが、大まかに言うと住み込みで長期歓迎。よくあるスキー場などのリゾートバイトに近いものだった。ただし勤務地が県内各地と広く、業務内容が何とも要領を得ない。謳い文句が高時給なだけに、怪しさが漂っている。
「こういう情報がネット上にまぁソコソコありまして。書き込みの場所情報とかを何となく追って行くうちに、失踪事件としっくり来るところがあって。例えば、ええと、この人の書き込み。」
数人が示したのは実際にバイトに応募してみた、という書き込みだった。
「この人しばらくは普通に書き込みしてるけど、途中から段々怪しい発言増えてくでしょ。」
どれどれ、と中埜が覗き込む。
「ほんまやな。オカルト臭が割と。」
「この書き込みの最後の日付と地域が、さっき調べてた失踪事件と合致してるんだ。これだけじゃなくて他にも何件かある。」
「事件の母数を考えるとかなりの合致率やんな。」
「そう。でも、ここから先はまだ調べられてなくて。書き込みに共通してる内容で、何度か“真珠島”って単語が挙げられているからさ、それで実地調査に向かったんだけどね。」
三笠は今しがた調べたパソコンのデータを、小型の端末へ転送し始めた。念の為リラシュに解析してもらうつもりだ。作業しながら数人への質問を続ける。
「そこで魂を奪われたん?」
「うーん、どこまで現実でどこから夢かあまり思い出せないんだけど。ゴールデンウィークを利用して真珠島に調査に行ったんだ。たまたま書き込みの一つで、その日に「バイトの面接行ってくる」っていうのがあったんで、ダメ元でさ。で、見ちゃったんだよね。」
「何を?」
「誘拐現場。」
固まった三笠を見て数人はちょっとだけ微笑む。半ば冗談のような調子で続けた。
「というか、本当にたまたま見つけちゃっただけなんだけど。真珠島の中まで入ろうかどうしようか入り口のとこで悩んでたら突然声をかけられたんだ。君、応募のダレソレ君かい?って。咄嗟に違いますって答えたんだけど、アレッと思ってさ。その声かけてくれた人はしばらくゲートのまわりをウロウロしてたんだけど、その内二人組の男の人達と落ち合ってね、後をちょっとつけてみたわけ。ゲート近くに背の高い植え込みがあるんだけど、裏に回るといい感じに周りからの死角になる所でさ、そこに入って行ったんで覗いて見てたんだ。」
バイトの面接官と思しき若い男性は身なりのしっかりした好青年で、一方の二人組はどこにでも居そうなごく普通の学生風だった。二人組みはおそらく友人同士だろうと思う。真珠島内の事務所などではなく、屋外のこんな一角に連れて来られた事で不安に思ったのか、2人で顔を見合わせたり、キョロキョロしていた。
数人の位置からは話し声は聞こえているが内容までは聞き取れなかった。その3人は10分程話し合っていただろうか。二人組の片方が突然倒れ込んだ。慌てた相棒が支えて寝かしてやっていると、その背中に青年が何かをした。瞬間、もう一人の方も相棒に折り重なるように倒れてしまった。あっという間の出来事に目を瞠る。一瞬ナイフか何かで刺したのかと思ったのだが、血は見えない。青年は倒れた2人の傍らで、待ち合わせでもする風に腕時計を見つめていた。
(あれは…?)
1分ほど経った頃だろうか。救急車か110番でもかけるべきかで数人が悩んでいる内に、彼らは何事も無かったかのように突然起き上がった。そして、目の前の青年にこれまた唐突に頭を下げた。
バイトの採用が決まったという風には、どうにも見えなかった。
数人はまずいものを見た気がして、そっと帰り支度を始めようと、ふり返って凍り付く。
人が溢れていたはずのゴールデンウィークの真珠島ゲート。そこに誰一人居なくなっていたからだ。それ以前にそのゲート自体が無い。満車だったはずの駐車場にも一台も車が停まっていない。そういえばいつの間にか妙に静かだ。目の前の真珠島もどうも鬱蒼とした気がする。早鐘のような心臓の音に、背後からの声が重なった。
「君はさっきの。」
音を立てないように振り返ると、青年の目が真っ直ぐに数人を見据えていた。まだ数人の全身は植え込みの陰に隠れているはずだが、間違いなく見つかっている。
まずい。ごまかせるか。いや、逃げなくては。2人の間にはまだ距離がある。
青年が携帯電話を取り出した。耳に当てると、やがて小さく微笑む。
「ああ彼があの…。なんだ、好都合じゃないか。」
悩んでいる内に、パタパタと二人組が近くまでやってきてしまった。彼らは数人の姿を認めて驚いた表情をした。
「アレッ、他にも居たんスかね。」
「丁度いいんじゃないスか。アネサンも来たがってたし。」
口々に何かを言い合い、数人を見ながら笑う。
二人組に妙な違和感を覚えた。
彼等がさらに一歩を踏み出そうとするのを見て、数人は慌てて駆け出した。走りながら、二人組に感じた違和感の正体を探る。しばらく駆ける内に、思い当たった。声だ。倒れる前までの彼らはもっとずっと落ち着いた声だった。それが今、明らかに軽薄な声に変わっていたのだ。
まるで別人みたいに。




