小学生と秘密基地
新城新は原っぱで目を覚ました。
まただ。
いつもこの場所の夢を見る。
起きると忘れてしまうこの夢を、夢の中ではよく覚えている。
土手の上を見やりながらぼんやりと佇んでいると、目の前を見覚えのある子どもが走り過ぎた。あ、と思い振り返る。
俺だ。
あれは、俺だ。
これはいつだっけ?
梅雨が明けて夏が来て。そうだ、確か海の日のあたり。夏休みが始まってすぐの時から。1人でよく何故かこの河川敷にやって来ていた。
1人?
おかしいな、誰かいたような気がする。あの友達は、誰だったっけ…。
何とは無しに自分の後を追いかけた。あの時の友達に、アイツにまた会いたい。地味で灰色で単調な俺の人生で、多分一番楽しかった夏休みだ。なんでこんな大切な事を、起きると忘れてしまってるんだろう。
まだ7分程の背丈しかない俺は、一際背の高い草むらにコッソリと分け入っていった。彼の通った所だけ草が分かれている。手を切らないようにそっと押しやりながら、その後をついていく。
少し進むと背の高い植物が途切れる場所に出た。ポッカリと半月型に空いた小さな空間。そこを玄関にして、小さな俺は草のてっぺんを編んでいた。
秘密基地を作るため。そうだ、思い出した。最初は拘るつもりだったが、面倒になって最後はテキトーになってしまったんだっけ。すぐにほつけるので、ちょこちょこと編み直しが必要だった。
そういえばキヴァトの第4象限で見た景色もここに似ている。
夢の中だけあって、基地の外にいるはずなのに、中の様子がよく見えた。草を一通り編み終わった俺は満足したらしく、基地の中で寝転んでみている。
「なんだろう、誰か住んでいるのかな。」
ポツリと誰かの声がした。謎の訪問者に新は答える。
「入ったらいいのに。」
「うん、そうする。」
あ。
誰かが基地に入ってくる。
俺はこのシーンを知っているはずなのに。
どうしてだろう、それが誰なのかよく見えない。
この時の俺は「コイツ」のことを知っている。すでに会っている。これが最初ではない。この前があるはずだ。いつだったっけ。なんだったっけ。思い出せ、俺。たぶんこれ、すごく重要な記憶のはずだ。
そうでなければ、こんなに厳重に忘れているはずがない。
あれはそう、初めてこの街に引っ越してきた時だ。
そうだ、俺は転校したんだ。
夏休みに入ると同時に、知らない街にやってきた。
俺の転校人生はここからスタートしたと言っても過言ではない。このあとは本当に点々と、数年おきに転居を繰り返していた。だから俺には友達が少ないんだと思っている。決して言い訳ではない。うん。
友達もいない、道も分からない、この夏休みが始まるのがとても恐ろしかったのを覚えている。いや、「思い出した」。今まで忘れていたのだから。
暑いような、肌寒いような、陽射しだけが眩しい世界をさまよって、あの時の俺はこの河川敷にたどり着いた。草が高いのが気に入って、基地を作って俺だけの世界をつくったんだ。慣れない臭いのする家と見知らぬ街の中で、ここだけが俺の場所だった。
そこで、泣き声を聞いた。
(誰かの、泣いている声がする。)
実際にそれが泣き声だったのかは分からない。ただ、新にはその"音"が泣き声に聞こえた。
草を編んだ根城から這い出ると、新はさっそく声を頼りに河原を進んだ。
背の高い草むらの端に着くと、声はいよいよ大きくなる。果たして、そこには声の主が落ちていた。
光沢を放つ液状の塊は、かろうじて何かの形を保とうともがいて見えた。ひどく苦しそうな様子と、悲痛な音を前にして、新はその場に立ちすくんだ。
「…たす…けて…」
初めて意味の分かる言葉が聞こえた。
「どうしたらいいの。」
「ゆる…して」
何をしてあげればこいつは安心するんだろう。とっさに思い浮かんだのは、ポケットの中のお菓子だった。新はポケットから薄い円筒状の缶を取り出した。ふたを開けると、白いドロップが一粒だけ入っていた。トコトコと近づくと、屈みこんでそっと差し出した。
満たされていく。
その様をじっと見ていた。
小さな容器いっぱいに液状の塊が満ちていく。ドロップをひとかけ飲み込んで、そいつはすっぽりと円筒に収まった。元々落ちていた大きさからするとずいぶんコンパクトにまとまったように思う。
新の手を飛び立ったドロップ缶は、急に元気を取り戻したように辺りをぴょんぴょんと跳ね回った。ドロップ缶のカコンカコンという軽い音がした。くるんと一回転すると、ドロップ缶は新の方へやってきて、ぺこりと頭を下げた。頭は無いので実際には手前に一度傾いただけだけど。
「助け、ありがとう。これ、お礼…。」
そんなつもりは、無かったのだけれど。
片言のドロップ缶は、しかしとてもうれしそうだった。新はほっと一安心する。ふと、違和感を覚えて手のひらを開いた。いつの間にか、小さな石ころがのっていた。鈍い光沢を放つそれは、淡い砂糖菓子のような匂いがする。ドロップをあげたから、そのお礼ということだろうか。
「ありがとう。」
新もにっこりと笑って、その小さなかけらを口に放り込んだ。ほんのりと甘い、不思議な味がした。
「あ。」
ドロップ缶が急にビョンと跳ねた。びっくりした拍子に思わずかけらを飲み込む。
「…マジ?」
ドロップ缶から声がした。
「食べちゃだめだったの?」
カタカタと小刻みに震える缶を、そっと手にのせた。
「いい。ダイジョウブ。」
「ならよかった。」
「ともだち、名前は?」
「ぼく?しんじょうあらた だよ。」
「シンジョウアラタ。おぼえた。」
「きみは?」
「 」
あれ?
なんだっけ。思い出せないな。
さっきからすぐ隣に立って二人(?)というかチッコイ俺とドロップ缶のやり取りを見ていたんだが、どうにもあやふやな感じだ。
ていうか今にして思うとこれって明らかにトンデモナイ体験じゃねぇか。
何で食った俺。だめだろ俺。人にもらったものとかいきなり食っちゃうとか。ていうか人ですらないだろコイツ。どういうことだ。
でもおかしいな。確かコイツ人の形をしていた気がするんだけど。
雨上がりのある日。
雨でビショビショになった基地を前にどうしようかと考えあぐねていた時。
カコン
「あ、錆びてる。」
「サビ?まずい?」
「汚いし穴開くし、クッサくなる。」
「それはダメだ。」
うーん、とドロップ缶と二人で対策を考えた。
「他の容れ物を探してみるね。錆びないやつだと…綿棒のケースとかならいいかな。」
「樹脂、経年劣化。脆くなる。」
「…ケイネンレッカ…。」
俺は時々こいつの言う難しい言葉がよく分からなくて、調べ物とかしていた気がする。
「アラタ、他に何、ある?」
「待って、宝箱見てみる。」
宝箱。懐かしい。ガラクタを詰めた木箱だったと思う。組み木のカラクリ箱で、一部の木片をスライドさせロックを解除してから、本体部分を引き出しのように引き抜いて開く仕組みだったと思う。今はどこにやってしまったろう。
「使えるものあるかなぁ?」
箱を開けた"俺"が呟くと、ドロップ缶は縁に飛び乗って中を覗き込んだ。
「それ、なに?」
「どれ?こっち?それともこっち?」
「銀色。」
「これ?これは安全ピンだよ。バッヂとかを服にとめるのに使う。こうしてまとめてビーズを通しておくと、"勲章"が作れる。」
「そっちは?」
「これはアルミ缶ベーゴマ。」
「それは?」
「この箱にはカマキリの抜け殻が入ってるの。」
「見せて見せて!」
宝箱の中には夢が詰まっている。文字通り夢中で話して、いつの間にかドロップ缶とも随分仲良くなったと思う。
どうもしばらくコイツはドロップ缶だったけど、俺にとってはきっと、どんな変な形をしていようと友達だった。
「やぁ。」
「…。」
しばらく経ったある日、突然現れたソイツを前に、小さな俺は身構えた。
「ボクだよ。ボク。」
「どうしたの、その格好。」
声で気付いた俺は、ドロップ缶に問いかけた。目の前にいたのは、ドロップ缶ではなかったから。
「これで新とお揃いだと思って。」
その頃にはドロップ缶はかなり流暢な日本語を話すようになっていた。
ああ、何だっけコレ。
目の前にはどこかの薬局の前で見たことのある、キャラクターの像が立っていた。着ぐるみと比べると少し硬質なソイツは、背丈も子どもの俺より小さい。妙に滑らかに動くのでアニメでも見ているみたいだ。
「うーん、人間にはなりきれてないね。」
「え?二足歩行なのに!?」
「うん、違うね。どちらかというとカエルかな。」
「カエルでも二足歩行するやついたんだ!わぁ、恥ずかしい。」
「残念だったねぇ。」
待て、当時の俺。もう少し的確にツッコんでやれよ。色々オカシイから。人類代表としてこっちが恥ずかしいから。
別の日にはドロップ缶はまた違う姿で現れた。
「今度はどうよ。」
自信ありげな態度だ。
「…うーん。前よりはマシだけどなぁ。」
「やっぱちょっと大きすぎた?」
「ちょっと…だいぶね。」
その日は今度こそ着ぐるみだった。一応人型のキャラクタではあったが、デパートにいそうな。
「全身に毛が生えてるのはダメなの?」
「ダメじゃないけど、そいつは生え過ぎかなぁ。」
新はフェルト地を眺めてうなった。
「わかった。よし。」
どこから拝借してきているのか不安になる。そして俺の指導の仕方もとても気になる。着ぐるみの中身を考えると割と人間には近づいたと思うが、多分ドロップ缶自身はそういう発想はしていないんだろうな。そして、当時の俺もそういう発想はしていなかったんだろう…。
またある日は。
「今回良くない?かなり近いと思うんだ。」
「惜しい…様な気もするんだけどな。」
根本的に間違っているソイツは、この日は薪を背負っていた。多分胴製。
「手とかかなり近いと思うんだけど。」
「形はいいね。色がちょっと良くないな。」
「色かぁ…。似せるのは難しいなぁ。新はかなりカラフルだもんなぁ。」
そこじゃない。
俺よ、そこじゃない。
お前が惜しい。
いや、俺だけど。
その日はかなり遅い夕方だった。
約束を多分していたんだろう。俺はその日、もう遅い時間だというのに走っていつもの河川敷にやって来た。子供用の甚平を着ている。
「ねぇ!行こう!」
秘密基地を覗き込んだ。あたりは夕焼けに染まっている。
その日のドロップ缶は、小さな人形の姿をしていた。女の子が遊びに使う、ビニル人形だ。ハンサムな男の子で、目がキラキラしている。服装はブレザーの学生服のような格好だった。
「今度は小さすぎたかなぁ?」
「うん、小さい。それよりも早く行こう。時間になっちゃう。ここに隠れて。」
リュックサックの中に、ドロップ缶人形を招き入れた。
「どこに行くの?」
「お祭り!」
河川敷の外にまで連れ出していたとは。こんな変な生き物…物体?を連れて歩くのは、それはかなりのスリルだったに違いない。いや、単に仲の良い友達と遊びに行く感覚だったのか。
駆け出した"俺"の後をぼんやりと付いて歩くと、ふと見覚えのある八幡宮にたどり着いた。俺の前を通り過ぎた"俺"は真っ直ぐ入り口脇のとある夜店に向かった。
「それください。」
「はい、おつり。」
「ううん、おじさん、二枚ください。」
持っていた500円玉と引き換えに、目的のものを二枚手に入れた。そのまま境内には入らず、神社の周りを駆けて裏手に回った。
人気の無い社務所の裏手に転がり込んだ俺は、リュックサックから小さな人形をそっと招き出した。買ったばかりのものを一枚人形に差し出す。
「これで、お揃い。ね。」
「コレは何?」
「ガンダイバーだよ。」
もう一枚を自分で身につけると、そこには見慣れた姿が現れた。
「ガンダイバー?」
「正義の味方なんだ。」
小さな人形は、プラスチックのお面を大切そうに持ち上げて、その透明な窓から俺を見上げた。
「お揃い。新とこれでお揃いだ。」
その日の翌日から、ドロップ缶はドロップ缶ではなくなった。
そうだ、俺の友達は、ガンダイバーだった。




