秘密組織と浮遊島7
ブゥゥ…ン
鈍い重低音が腹の底から響いてくる
脈打つ低周波は何か巨大な生き物の息吹を連想させる
オレオツァエは真っ暗な闇の中に立っていた。首筋に微かな痛みを感じるが、触れてみるとそれが錯覚だと分かる。
「ラミアレシュ=オレオツァエ…」
誰かに名前を呼ばれた。辺りを見回してみても、目には何も映らない。
「居るんだろ、アズ=ウトルシュ!」
叫ぶ声は反響を知らず、ただ遠くの闇に吸い込まれていく。
「何したのか知らないけど、俺のこと落とすんならさっさとやっちゃってよね!まだるっこしいんだよ!!」
オレオの叫びが届いたのか、前方に一つロウソクのような炎がともった。揺れる炎はいかにも頼りない。睨みつけている間に、ゆるゆると周囲の闇が景色を結び始めた。
そこは薄暗く汚れた、地下道のような場所だった。不揃いな石畳と雑に積まれたレンガの壁はボロボロで、そこかしこの丸くあいた配管口から濁った液体が滴っている。全体的にジメジメと湿っぽく、どこに触れてもベットリと汚れがつきそうだ。通路は細長く遠くまで伸びているらしいが、すぐ近くの灯具からの頼りない光以外周囲を照らすものはなかった。
「…!?」
ぞわりとした気配を感じて飛び退いた。足元を巨大なアシダカグモが駆け抜けていくのが見える。ゾゾゾと総毛立つ。
ボタッ
何か塊がすぐ近くに落ちてきた。その、くねる物体が滑りを帯びた小さな蛇だと気付く。
「ひっ…!」
蛇の落ちてきた天井をそぅっと見上げて、絶望的な気分になった。よく見るとあたりにはゾロゾロと生き物がひしめいていたのだ。少し見ただけでも蛇、ムカデ、ナメクジ、蜘蛛、よく分からない甲虫、その他が所狭しと這いまわっている。駆け出そうにも、身を隠そうにも暗く狭い通路だ。この環境で闇の中進んで、万が一転んだり壁に追突しようものなら余計に恐ろしいことになりそうだった。
コツコツ、と背後から人の足音が近づいてきたのに気付く。足元を慎重に確認しながらそっと身構えた。白衣の背中に手を突っ込む。
「あ、アレ…?おかしいな…」
オレオは何度も白衣の裾をパタパタ振ったが、何も出てこない。
「残念やけど、ココでは欲しいものは出てこないで。」
「は…?誰だアンタ?フェチケだな。」
灯りのギリギリ届く範囲に入ってきた人物は、光沢のあるタイツ型のスーツとジェットヘル装備。あとは暗くてよく見えない。
ふふっ、と小さな笑い声が聞こえた。
「聞きたい事教えてくれたら、かわりに教えたるに。」
アネモネが手を伸ばすと、その手に巻きつくように大蛇がスルスルと伸びてオレオに迫った。
「ひゃ…!?」
一歩後ずさった白衣の目の前で、その毒々しい蛇の頭がとまる。自然と目が合うと、ぞわりと全身から冷や汗が出た。
「ラミアレシュ=オレオツァエ。爬虫類やクモ類が大の苦手で軽度の潔癖性。機械や薬品の発明で有名な天才科学者ツォーレマニオツァエの娘…。」
ポツリと呟く言葉を聞いて、オレオは視線を蛇から目の前の人物に移した。
「よくご存知で…。オレはアンタを知らないんだけど?」
「早速質問するでオレオちゃん。まずは臼井数人についてや。」
「はっ!アズ=ウトルシュといい、アンタ等ほんとに数人のこと好きだな!オレのペアがそんなにお気に入りなの?」
白衣の少女がじっとりと嗤った。目の前の蛇のせいか、心なし声が震えているのは気のせいだろうか。すすき色のショートボブの隙間から、琥珀のような瞳がのぞいている。
「それが半月斧の意思かアンタ本人のか知らんけどな、そろそろ我慢の限界やんか。」
蛇を腕に巻いたリラシュが一歩前に出る。呼応するように周囲の生き物たちが整列を始めた。
「第1問。臼井数人は今、どこにいる?」
「…答えない、と言ったら?」
「こうなる。」
「びゃっ!?」
伸びてきた大蛇の鱗がオレオの手足をぐるりと絡め取った。身動きが取れないだけでなく、なぜか滑りを帯びていて、鱗のプツプツした感触と相まって果てしなく気持ち悪い。
リラシュは手が自由になると同時にどこからともなく大きな空き瓶を取り出すと、すぐ傍の壁に並んでいたアシダカグモをその中に10匹ばかり招き入れた。ゆっくりと歩み寄ってオレオの頬の横にビンを連れて行く。耳元でガサガサと軍曹の足音が響く。それだけで卒倒しそうだ。
「カウントダウン。時間切れごとに一匹ずつ、白衣の中を掃除していただくでな。OK?」
「…あ…あ…、」
「口に入れないだけマシやろ?はじめるで。10…9…」
「はやくない!?カウントはやくない、ちょっと!!」
「8、7、6」
「スピード上げた!?鬼なの!?」
「うるさいなぁ。アンタ好きでしょこういうの。」
「やられるのは好きなわけないだろ!」
「はい、5、4、」
「容赦ねぇな!?」
「3、2」
「あ…」
「1」
『終わったで。』
リラシュの通信を受けて、アズはオレオの首筋からケーブルを抜き取った。
「半月斧、回収します。」
『一応、起こしてからにしてな。』
「…分かりました。」
アズは、目の前で壁にもたれて眠るオレオの前に立った。左手に光がともる。その光をそっと瞼にかざすと、オレオから小さなうめき声が聞こえた。
「うぅ…、」
ゆっくりとオレオが目をあけた。いや、半月斧は今アズの背後にある。
「アズ…?どうして。ああ、今回はいつになく明晰度が高いな。」
「数人。」
「アカン、なんか久しぶりに会ったなアズ。ああそうだ、例の失踪事件調べてたらさ、共通点を見つけたんだ。」
「…。」
「ただの偶然かも知れないんだけどね、失踪事件の起きる一ヶ月前くらいにさ、」
座り込んだまま夢中で話す白衣の前で、アズはじっと俯いている。
「…アズ、どうしたの?らしくないな。いつもの不遜な態度はどうしたよ。」
戯けたセリフにアズは無言で小さく首を振った。
「泣くなよ。」
「…な、泣いていない。」
アズはようやく顔を上げると、何かを振り払うように腰から下敷き型デバイスを取り出した。
「半月斧を回収する。」
『了解。』
レーザ光が静かに斧を溶かしていく。数人は壁にもたれたまま、ぼんやりとその様子を眺めている。
「なぁアズ。私、島に調査しに行ったあといつどこで寝たのか思い出せないんだけど。あとなんか本当今日やたらリアルなんだけど。」
「帰ったら話す。今はここから無事に帰るぞ。」
「なんか分かんないけど、アズが言うんならそうするよ。」
アズが手を貸して、漸く数人は立ち上がった。
「なぁアズ、目の前に人が倒れてるんだけど。夢の中でもこんなことあるんだね。」
「ああ、忘れるところだった。リラシュ。」
『はいよ。ジョーシンくんはとりあえずそのまま連れ帰って。転送準備完了したで、飛ばしてよければ合図してな。』
アズは新を小脇に抱えると、改めて数人に向き直った。
そっと右手を差し出す。
「…?」
不思議そうに首を傾げながら、数人も右手を差し出した。
「おかえり、数人。」
世界にメッシュの切れ目が入った。ブロックが反転していく。
「おう。ただいま。」
眼鏡がないので、よく見えていないのかもしれない。数人は流れていく世界の中で、眩しそうに微笑んだ。
新の部屋には5人が居る。
コタツ机を囲むのはアズ、リラシュ、中埜、数人。布団には新が寝ていた。時刻はすでに夕方で、机には新を偲ぶ烏龍茶が出されていた。近所のスーパーで2Lボトル入りを買ってきたのは中埜である。その中埜から話を切り出した。
「改めまして、フェチケフィゼクへようこそ数人さん。そこで寝てる貴方の後輩の新くんのバイトの後輩の敬です。フェチケのオグ=ズールドとペア。よろしく。」
「はぁ、よろしくお願いします。」
「そちらの覆面二人はご存知です?」
「アズは。そちらの宇宙人さん?と会うのは初めてかな。」
白衣を脱いだ数人はやや緊張した面持ちでコタツ机を見渡した。
「フェチケの情報担当のリラシュ=ピロシュやに。」
「よろしく。アズから聞いてると思うんだけど、連絡取らせてもらってる地球人の臼井です。」
「そっちで寝てるのがこの部屋の主でボクの旦那の新くんです。仲良くしてください。」
新が寝てるのをいいことに中埜が自己主張をしている。
「えーと?つかぬ事を聞きますけど、結婚してるの?」
「ややこしくなるで、それはまた後日。」
リラシュにさりげなく流されて、数人はエーッとやや不満げな声を上げている。
「リラシュ、」
アズが小さく呟いた。
「新のことを聞かせてくれるか?」
リラシュはコクリと頷く。
「オレオの話によると、ジョーシンくんの"魂"には鍵がかかっとる。鍵は吊し人の持ち物、というか能力や。オグが浜で吊るされた時に会った人物やな。」
「ああ、あのスラッとした兄ちゃん。あれがケズデットとちゃうんか。」
「ケズデットはまた別の奴みたい。」
ふぅん、と中埜は宙を睨んで記憶を探っている。
「今わかってる"魂を奪う"やり方には大きく2つあって、1つがキヴァトみたいに深い第4象限に軟禁するやり方。こっちはハタから見ると寝てるだけに見えるらしいわ。数人くんもこっちのやられ方やな。スッカリ騙されてんけど、充斉くん、ええと、アズのペアの子なんやけど、その子はこっちの方法やったから、ほっといてもひたすら寝続けるだけですぐには命に別状は無かったみたいやな。」
「アズくんはペアになる必要無かったっちゅうこと?」
「うーん…、」
中埜の疑問にリラシュは少し首を傾げて見せた。
「どうやろ、死なないとしても意識が戻らないのは同じといえば同じやし、社会的に救うためにもやっぱり誰かがペアにならんとあかんかったとは思うで。」
リラシュは内心で、自身の言葉を反芻した。
(そうや、これはある意味"必要な出来事"やったんや。そうでなければあまりにもアズの力が大きすぎる。もし本来のペア同士で参加していたとしたら…いや、扉を開く者のキヴァトをはじめヴァルルカンの布陣を考えれば、ルールの中では元々こちらが不利なわけやし…)
「2つ目の方法は?」
中埜に先を促され、リラシュは思考の海から顔を上げた。
「2つ目はそのハールディの"鍵"を使う方法やな。こっちの詳細は分からん。けど鍵で開ける他に起こす方法がないらしいわ。身体的な活動を強制的に抑えられてしまって、結果として昏睡状態に陥るわけや。」
話についていこうとジッと聞いていた数人が口を開いた。
「そこの新くんは、私がされていたのと同じくヴァルルカンの1人に魂を誘拐されている、しかもより強力な方法で。そう思ったらいいんですか?」
リラシュが受け取る。
「大体そういうことやな。しかもヴァルルカンとペアになったわけやないんで、第6象限では半分植物状態や。このまま長いこと放っといたら最悪、命に関わる。」
植物状態、ときいて数人は唸った。
「アズみたいに、フェチケの誰かとペアになれば一応生活はできるんですよね?誰かペアになれる人はいないんですか?」
アズがピクリと反応する。リラシュは俯いた。中埜はキョロキョロしている。
「ルール上は禁止やでな、ペアの合意が取れないもんで。それにどちらにせよジョーシンくん、新くんは、ダメなんや。」
「何故?」
「なんでなん?」
素朴で素直な数人の質問に、中埜の声が被さった。
「これは私とアズの想像、というか推理なんやけどな。新城新という人物は"民間人"でも"心優しき地球の民"でもない。勿論フェチケでもヴァルルカンでもないんやけどな。やから、ルール上誰ともペアになれないんや。」
中埜が目をパチクリさせた。鳩が豆鉄砲を食ったようというのは、こういう顔を言うのだろう。
「彼は、何者なんです?」
言葉を紡げない中埜の代わりに、数人がたずねた。
「恐らく新くんが、この第6象限の地球における"ザールゥク"だと思われる。」
謎の単語に、数人もまた首を傾げるより無かった。




