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秘密組織と浮遊島5

 7階に到着すると同時に、エレベータの四方の壁や天井は溶け落ちて、広いホールが現れた。白っぽいタイル張りの床で、天井が高い。建物は多角柱形のはずだが、ホールは四角かった。やや小ぶりだが舞台があるらしく、緞帳どんちょうが下りている。二階にあたる部分に手すり付きの通路がついていて、ところどころハシゴで登れるようになっていた。その二階の通路にはまばらに丸い窓が並んでいるが、暗い様子を見ると屋外に通じているわけでは無さそうだ。入り口は舞台を除く3カ所で、金属製と思われる両開きのスライド式ドアが付いている。エレベータは片道用らしい。それともヴァルルカンなら呼び出すすべでもあるのだろうか。

 周囲をキョロキョロと見回していると、ブザーが鳴った。照明が落ちる。

 スポットライトが照らしたのに合わせて舞台を振り返ると、緞帳(どんちょう)がスルスルと上がっていくところだった。

 白衣だけでも頓狂(とんきょう)なオレオツァエが、白いハットを被って立っていた。

「えーと、レディス、アン、ジェントルメン。シェツレットボゥシェへようこそ。」

 手には半月斧(バルディッシュ)、ではなく、ステッキを持っている。

 一礼したオレオがステッキを振ると、柄の先端から花が咲いた。空いた手でハットを取ると、中から(ハト)が飛び出す。

「…。」

 アズは突然始まった手品ショウにどう反応していいのかよく分からない。

 手からスルスルとハンカチが伸びていくのを物珍しげに眺めている。手品を見るのは、当然初めてだった。

「すごいと思ったら拍手してよね。」

 オレオに言われて、アズは小さくパチパチと手を叩いた。

「うん。素直でよろしい。」

 溶けるドアや消えるエレベータの方が余程衝撃的である事を彼等は知らない。ツッコミ役もいない。

「次のは難しいんだ。」

 オレオはそう言うと、ハットの中からパイナップルを取り出した。床をドンと一つ踏み鳴らすと、テーブルが下からせり上がる。白い布のかけられた小さなラウンドテーブルだ。展開された箱が載っている。その上にパイナップルを置くと、手早く箱を組み立てる。パイナップルがちょうど収まるくらいの箱が組み上がった。テーブルをくるりと回してみせると、箱の四方がきっちりと閉じられているのが分かる。次いでオレオはハットの中からゾロリとサーベルを取り出した。

「それじゃ、いきます。」

 ドラムロールは鳴らないが、たっぷり間をあけてから勢いよくサーベルを箱に突き立てた。次々とハットからサーベルを取り出すと小さな箱に突き立てていく。ハリネズミのようになったところで、オレオはもう一度テーブルを回してみせた。

「中のフルーツ、どうなったと思う?」

 急に問われてアズは少々面食らった。そもそも今何をしているのかよく分からない。

「…串刺しだろう?」

「じゃ、見てみようか。」

 アズは内心、パイナップルが綺麗にカットされて出てくるのだろうかと考えていた。

 オレオがサーベルを抜き取って無造作に舞台上に放り投げていく。ガタンガタンとサーベルの跳ね回る音だけが広いホールに響いた。ハタから見ると異常な光景だ。白衣のマジシャンと一人で観覧する覆面ヒーロー。

 白衣は十分にもったいぶった後、勢いよく箱を開いた。

「ありゃ、また失敗しちゃった。」

 箱の中には潰れたパイナップル…ではなく、ボロボロになったぬいぐるみが入っていた。

 アズがまた小さく拍手をした。

「失敗したのに手、叩かないでよ。」

「どこがどう失敗なのかわからない。」

「んもう、やり甲斐(がい)が無いな。」

 オレオがテーブルをポンと叩くと、手品セットが床に戻っていった。手にはハットだけが残っている。

「じゃ、始めようか。」

 ため息混じりでオレオが言う。アズは素朴(そぼく)な疑問を口にした。

「…今のにはなんの意味が?」

「練習だよ、練習。」

 練習、とポツリと反復して、覆面は首を傾げた。オレオは無表情のままだがどこか憮然ぶぜんとしている。

「それは…置いといてさ、」

 話し方まで大分ガッカリして見えるのでちょっとだけ罪悪感を覚えた。

「さっきの話、殴り合いで決めてもいいんだけどさ、俺としては折角の拠点を壊したく無いわけ。分かるでしょ。そこで提案なんだけどね。」

 アズは黙って続きを待つ。

「鬼ごっこと、隠れんぼと、ケイドロと、どれがいい?」

「鬼…?と、なんだって?」

「隠れんぼとケイドロな。」

 アズは下敷き型のデバイスを取り出した。

「ケイドロはでも、人数が足り無いな。うん、そしたら決めた。間とって隠れ鬼にしよう。」

「私に聞いた意味は…?」

「いいじゃない、ホスト側に決めさせてよね。俺が隠れるから、アンタ鬼やってね。」

 有無を言わせずというか、勝手に決めると、オレオはハットを舞台袖に放り投げて、台上からひらりと飛び降りた。

「待て、隠れ鬼というやつがよく分からない。」

「なんだ意外だな、勉強熱心だってきいてたのに。要はあれだよ、俺がどこかに隠れるから、アンタは俺を探して。時間内に俺のことを捕まえられたらアンタの勝ち。逃げおおせたら俺の勝ち。タイムリミットは3時間。どう?」

「島外に出られたらさすがに見つけられない。」

「ああ、俺の逃げる範囲はこの建物に限定。その代わりアンタは建物をいたずらに壊してはいけない。隠れた場所には俺は鍵をかけない。これでいいだろ。」

 アズは小首を傾げてこの条件について考えた。時間制限は厳しいかもしれないが、悪くはないように思う。捕まえればいいのだ、オレオを。

「分かった。もう始めてもいいのか?」

 オレオは首を振ってホールの壁時計を確認した。

「隠れる時間くらいくれよ。10分。あの長針が6のとこに来たら開始で。その間に俺は隠れる。」

「了解した。」

 アズが言うや否や、オレオは弾かれたように駆け出し、舞台正面の扉から姿を消した。溶ける入り口は使わないらしい。制限時間は3時間。


 10分経った。

 この機会に建物の中をじっくり見て回ることにした。

 まずは、新を回収する。

 余裕があれば組織の内部を探索し、ザスロや真珠島の浮遊装置について調査する。

 オレオが駆け出していった扉に手をかけた。


 ガッ


「…。」


 鍵がかかっていた。


「…なるほど。ここは隠れ場所ではない、な。」

 鍵を壊して開けようとして、ふと思い出した。

 建物をいたずらに壊してはいけない。

(やられた。)

 電子ロックならリラシュに頼めば解除もできたかもしれない。しかし目の前の鉄扉(てっぴ)は、よりによって機構式ロックの扉のようだった。




 結局地道に"コピー"を試し、鍵が開いたのは30分以上経ってからだった。時間制限を考えると恐ろしいタイムロスだ。事情を話すとリラシュはカンカンに怒った。

『信じられん。見つけたら捕まえるだけじゃなくてシバいたろ!』

「新が無事に帰ってこなかったら、そうしましょう。」

『とりあえずこの時間でマップの詳細をできるだけ解析したんで、データ送ったったわ。一応、説明するで。』

「お願いします。」

 説明を聞きながらも手近な階を走りながら、手当たり次第に隠れられそうな場所を調べていく。7,8階は少なくともホールやその関係設備室とトイレしかないようだ。

『まずその建物は地上15階、地下3階建てになっとる。1階と3階は倉庫や車庫、それから会議室らしきもんのスペースみたいやな。4階から6階がホテルみたいな寝泊りできそうな場所、7,8階が今アズの居るホール、9階から上は大浴場とかもあるけど大部屋が多いもんで、多分幹部のスペースちゃうかなと思うわ。そのうち14階は機材の並んだ研究室があるでオレオツァエのとこやな。2階もなぜか上階と同じような大部屋があるもんで、そこも誰かの部屋なんかも知らん。』

「14階フロアにオレオが居たので、上階はたぶんその通りだと思います。」

『あと地下やけど、』

 階段室のドアを見つけて、とりあえず下に一階降りた。ホテルの様だと言われた通り、廊下の共用部にはソファセットなどがあったり、ナンバープレート付きの小部屋がいくつも並んでいる。通路は狭く、入り組んで見えた。手前の一部屋のノブに手をかけた。嫌な予感がしたが、鍵が掛かっていない。一部屋ずつこれを見ていくとなると、恐ろしく時間がかかりそうだ。

 リラシュの説明を聞きながら、仕方なしに一部屋ずつ見て回る。

『地下は基本的にB1からB3まで機械室とか実験室、あと一部工場みたいになってるみたいや。』

「工場というと。」

『空調とかの設備だけにしては広すぎるんやなぁ。よく分からんけどプレスとかの設備らしきものもある。それから例の、一カ所だけ開かないロックの部屋がここにあんねん。それもやたらスペースが大きい部屋の。扉もなぜかめっちゃデカい。』

「ああ、それが以前言ってたどうしても開かなかった扉です。地下だったんですね。』

『どういうこっちゃ?』

「前回はマップが無かったので大分迷ったんですよ。迷路みたいになってる上に、エレベータがおかしなところに飛ぶようになってて。」

 残り時間をちらりと確認した。このペースはあまりいいとは言えない。

「リラ、効率良くオレオを探すことはできないか?」

『さっきから考えてるんやけどなぁ。さすがに現地のリアルタイム情報は…。』

「監視カメラや入退の記録とかだけでも、無いですか?」

『それが、カメラが無いみたいなんやんか。入退室のはロックが基本的には解除されてしまっているみたいで、フリーにされとってな。ログの解析までしてるとちょっと時間かかりそうやわ。やっては見てるんやけど。』

「14階でオレオが私の様子を見ていたようなんです。壁と窓しか無い廊下だったので、確かにカメラは見当たらなかったんですが。」

 パチンと指の鳴る音が聞こえた。

『あー、アレかも知らん。よし、ちょっと探してみるでな。』

 お願いします、というのと同時に通信が一旦途切れた。

 今こうしてここを見回っているのも、向こうには分かっているんだろうか。万が一常に行動を把握されていた場合、最悪、探し終えた場所に移動して身を隠されると、随分不利になってくる。

(捕まえられなかった場合どうするかをちゃんと決めなかったな、そういえば。)

 負ける気はまだ無い。まずは全力で進むしかない。

 5階へ降りると、先ほどの階と同じような居住スペースになっていた。一部娯楽室のようなものもあったが、そこには鍵が掛かっていた。居室だけは鍵が掛かっていないので、とにかくすべて見て回るほかない。マップがあるだけマシなので、文句もいっていられない。

 ガチッ!

「…?」

 一室、鍵のかかった部屋があった。鍵が掛かっている以上、オレオが隠れている場所ではないはずだ。そう思って隣の部屋を調べようとしたときだった。

「あ…?」

 背中で声がして、アズは振り返った。先ほど鍵の掛かっていたドアが開いていて、そこから顔を出している人物と目があった。ずんぐりした体格の虎刈りの青年で、眉毛が無い。

「ふぇ、ふぇ、…フェチケッ!」

 青年は叫びながら慌てた様子でドアの中に引っ込んだ。ガタガタと鍵をかけ直す音がする。

 オレオ以外に人がいると思っていなかったので面食らったが、よく考えればここで生活している者が一人二人居てもおかしくは無い。むしろこれだけの規模の建物だと100人くらいいても良さそうだが。


 ビーーーーーッ ビーーーーーーッ


 間もなく警報音が鳴り出して、廊下の端に取り付けられたパトライトが赤色(せきしょく)の光をまき散らし始めた。階下から何かしらの装置の稼働する音が響いてくる。

 アズは手早くこの階の残りの居室を点検して回ると、階段室に向けて駆け出した。

『何や、ちょっと見てない内に警戒モードが作動しとるやんか。』

 リラの声が耳元に聞こえた。心なしか大きな声なのは、向こうにも警報音が聞こえているからかもしれない。

「探索に影響ありますか?」

 少し迷ってから、さらにもう一階分下に降りることにする。4階は風呂や食堂らしきスペースの様だった。

『若干無いこともない。これじゃどっちが鬼だか分からんなぁ。』

 相変わらずのんびりした口調でリラシュが答えた。

『ホールから出た後のオレオツァエの大体の足跡そくせきは分かったで。壁面内蔵のセンサ関係と微小ロボットを調べてみたら、いくつか見つかったでな。ところどころ軌跡が無いとこもあんねやけど。』

「どっちに行けば?」

『降りたとこ悪いんやけどな、回れ右、というか回れ上やな。』

「分かりました。」

『あ、ちょっと待ちぃ、』

 階段室に駆け戻ろうと扉を開けたところで、正面から高速の物体が飛び出してきた。咄嗟とっさに横向きに跳ねる。

 アズが避けたのに気付いているのかいないのか、物体は出てきた時とは打って変ってゆっくりと階段室の方に戻っていく。それは大きな手の形をしていた。ややあって階段室からヌゥッと出てきたのは、ドアすれすれサイズの大きなかたまりだった。

『あちゃ、遅かったか。さっきのでセキュリティシステムが作動しとるでな、階段はやめた方がって言おうとしたんやけど。』

「コイツは建物の一部ですかね?」

 全高2メールは優に超えた独楽こまのような形だった。全体に円錐を逆向きにしたような形状で脚は無く、浮遊したまま滑るように移動している。頭の部分は平らではなくポコンと盛り上がっていて、天辺の両肩から大きな腕が二本生えていた。

 こちらをゆっくり振り向くと、頭部についたランプの色がブルーからピンクに変わる。ガシンガシンと何度も両手を合わせている様子は、今にも飛びかかってきそうに見えた。

『いやー、これはさすがにちゃうやろ。』

「じゃあ遠慮なく。」

『シバいたって。』

 アズが踏み込むと同時に、警備マシンが両手を広げて掴みかかってきた。

 残り時間は、2時間をとうに切っている。

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