秘密組織と浮遊島4
「新!!」
伸ばした手を嘲笑うかのように、黒い壁が目の前で溶け落ちる。空を切った指を畳んで、アズは拳を作った。
まただ、また。何でいつも、間に合わないんだ。
(ヴィゲ・イドゥ…アズ=ウトルシュ)
誰かの声が頭に響く。
拳が光を帯びる。
「探そう、アズ。」
紡ぎの力を持たない拳を、そっと開いた。
充斉の声は、優しい。
「僕も新に連れて帰ってもらったから。一緒に帰らないと。」
「…ああ、そうだな。」
そうだ、簡単なことだ。悩んだり悔んだりする暇があったら、前に進まなくては。
新はそう、"仲間"なんだ。
魂を抜く。
よく言ったものだと思う。人の意識を魂と呼ぶのなら。
(他人のオモチャほど欲しくなるのは何故なんだろう。)
ケズデットはこの話は無しにしておけと言ったが、俺は新が欲しい。絶対に面白い。
(まさかこんな能力の使い方してるなんて知れたら、きっと俺もクビだろうな。)
研究室につくと、オレオはソファに新をおろし端末を起動させた。幅1メートルはありそうな大型のディスプレイをいくつかタップすると、メッセージの一覧を確認する。その中に緊急マークが付いている一通をみつけて、さっと目を通すと、慌てて問い合わせをかけた。
担当者と回線が繋がる。
「どういうこと?承認が下りないなんて。」
地球の民とペアになるためには本部の承認が必要だった。互いの意思を持って参加に同意していると認められて、はじめてペアになることができる。魂を抜いた地球人との手続きについても、そのあたりは抜かりなくシステムを作ってある。
はずだった。
「うん?それで、できるの、できないの?」
通信回線越しに説明を聞く。いくら聞いても要領を得ない。オレオは部屋のソファで寝入っている新をチラリと見やった。つい先日にも同じように承認手続きをして仲間を一人呼んだところだ。できない理由がわからない。
『ショイナユゥク、デネムトゥディア ユーヴァハグニ。』
「とにかくできないって言うのは分かったよ。でも何でそうなる?フェチケとペアでもないんでしょ?」
『…ショイナユゥク。』
「んもう、話にならないな。」
投げやりに通信を切って、ため息を吐いた。
今度は第6象限内の回線に切り替える。ややあってノイズまじりの日本語が聞こえてきた。
『どうかしたのかね。これから打ち合わせなんだが。』
いわゆる国際電話回線を通じて杜若教授の声がした。
「キヴァトに代わってくれ。確認したい事がある。」
『第4の方で頼むよ。』
シンガポールだか中国だか忘れたが、"ムネノリ"は国際会議に出ているらしい。多忙なペアを選ぶからだ、と内心舌打ちをした。下位象限では時間がかかるからだった。仕方なしに端末から扉をノックする。小さな白い扉が開くと、オレオは誘われるままに第4象限まで潜行をはじめた。
だだっ広い真っ白な部屋の真ん中に、二筋の登りの階段がちょうど向かい合う形で伸びていた。階段のてっぺんには端末画面で見た白い扉が見える。
「珍しいな、呼び出しなんて。緊急事態でも起きたのかよ?」
白い部屋の主であるキヴァトはその真っ白な階段の中ほどに腰掛けていた。濃紫色のツナギの少年は、白い部屋の中でポカリと浮いて見える。V字階段の反対、もう一つの階段の扉からオレオツァエはゆっくりと降りてきた。
「緊急事態といえなくもない。アズが真珠島にまた来ている。」
「…流石に今回は手伝いには行けねえぞ?」
「構わない。キヴァトには別のことを頼みたくてね。」
同じ高さまで降りてくると、オレオは手に持っていたモノをキヴァトに向けて放り投げた。小さな塊はゆっくりと弧を描いてキヴァトの手元に滑り込む。
「見たことねぇ色だな。誰の鍵だ?」
「新城新。」
「は!?新って、あのアラタか?」
「そうだよ。」
「よくハルがいいって言ったな。」
キヴァトの問いには答えず、オレオは階段に腰かけるとカフェラテを飲み始めた。白い小ぶりのマグカップで、ラテアートのパンダが描いてある。甘い香りを飲み込んでから、ようやく用件を切り出した。
「記憶を探ってもらえないか?」
「いつ頃のだ?」
「分からない。ただ、過去にヴァルルカンか、もしくはフェチケと関わりがなかったかどうか、調べたい。」
ふぅん、とキヴァトは複雑な表情を浮かべた。
「最近のではなく、ってことだよな。とりあえずやってみるが、時間かかるぜ。」
「構わないよ。」
キヴァトは階段を上ると、てっぺんの扉に受け取った鍵を差し込んだ。
「気になってるんだよね。その色。」
キヴァトが扉を開けると、赤ん坊の泣き声がした。
「ちょっと斑になってるでしょ。青いところが残っててさ。そんな鍵、見たことないんだ。」
「ま、何にしろ片っ端から重たいところ見てくるからよ。気長に待てよな。」
「俺が退屈しない内にね。」
キヴァトが扉の向こうに消えると、オレオは一気にカフェラテを飲み干した。一息ついて指で軽く口元を拭うと、無造作にマグカップとソーサーを放り投げた。音もなく、白い空間に消えていく。
「第6象限でもこのくらい鮮やかに消せればなぁ。」
何とはなしに数人の趣味だった手品の練習をはじめたら、存外に気に入ってしまったオレオツァエだった。目下練習中。
「また新が起きたら何かやってみよう。」
それがうまくできたら、ハルに見せなくちゃ。
ふわりと立ち上がると、白衣の裾を翻して階段を駆け上がった。
森の中におかしな建物を見つけて、アズは内部を探索していた。頭にポコポコと球状の部屋を冠した建物だった。新が真珠島にきて最初に目覚めた例の建物である。中はよく手入れされていたが誰もいなかった。それを確認してから、アズは一階の食堂らしき部屋で下敷き型のデバイスを取り出した。無線で耳元に音声が飛んでくる。
『聞こえる?言われた通り例のブツ、転送しておいたで。』
通話の相手は直ったばかりのリラシュだった。
「助かる。解析済みのマップをこちらに送付してもらえますか。」
『OK。見たら割と近くにいるみたいやな。前に言うとった塔のとこやと思う。知っとると思うけどシールドが張ってあるようや。簡単には入れやんな。』
「ああ、それは大丈夫です。こじ開けますから。」
『…さらりと言うなぁ。』
リラシュの苦笑が聞こえた。前回来た時から妙な改造がされていなければ、建物までは辿り着ける。
「内部のマップは生成できますか?開かない扉があるんです。前回、そこに入れなくて。」
『開かない扉?アズで開けられないってどういうこっちゃ。』
「"強い意思"が働いていたように思います。たぶん、アレが真珠島の核…島を浮かせるための何等かの装置、もしくは人物の居る場所じゃないかと。」
『ケズデットか。うん。ちょっと調べてみるわ。分かり次第連絡するでな。』
『アズくん、アズくん!ゴメンな!あとちょっとかかるわ!』
中埜の声がした。第5象限のはずだが、オグは前回の「前借り」の影響でまだ寝ているらしい。
『リラちゃんに計算してもらったんやんか、オグが起きるまで多分あと4時間は必須なんさ。そっから先は貯蓄分になるでな、必要そうなら呼んだって。転送の準備だけしてもらっとくでな。』
「ケー、分かった。ありがとう。」
敬と珠実はどうやら今日も二人で居るらしい。昨晩、新が戻らないのが分かってすぐアズのところに連絡がきた。
『うわ、リラちゃん今めっちゃええ匂いした。香水?何つけとん?』
『あ、ちょ、敬ちゃん。あかんて…きゃ!』
その時充斉は良い子に寝ていたところだったのだが、緊急事態とあって早朝から家を飛び出してきたのだった。病院の検査後ということもあり、部屋にこもっていることになっているのだが、そろそろお母さんにバレていてもおかしくない。そのあたりは、あまり考えないことにした。
『わー、細!もうちょっと食べた方がええで。』
『必要なエネルギは摂、ひゃッ!』
『女の子はもっとこう、肉付きをやな。』
リラシュの修理も本来であればあと半日はかかると言われていた所を突貫で詰めてもらっている。休んでばかりもいられない。
『ふにゃああああ!』
そのリラシュの悲鳴が聞こえた。何やら向こうの様子が騒がしい。
「…いってきます。」
そっと回線を切る。
できるだけ早くオグを呼んでやろうと思った。リラシュはこの4時間無事に過ごせるんだろうか。違う意味で壊れてもらっても困る。…そこもあまり考えないことにした。
とりあえずマップ検索に支障が出ないでくれるといいが。
アズがこの黒い塔に進入するのは二度目だった。シールドも扉も前回同様一捻りでスルーできたが、問題はここから先だった。迷路になっているのかと思うくらい内部はややこしい作りをしている。入り口をくぐったところで、リラシュからまた通信が入った。
『ざっとマップ検索できたで。確かに胡散臭い部屋がいくつかあるわ。』
先ほど送ってもらった地図に新たな情報を上書きしてもらう。やはりリラシュが居るとこの辺りは楽になる。
『大体どの部屋もコードの解除はできたんやけど、一箇所あかんとこがあるんさな。少し待てる?』
「大丈夫です。ありがとうございます。まずは新と、オレオがいそうなところをあたってみます。」
『了解。』
正面にはエレベータらしきものがある。そこは使わず、アズは手前の通路を右に折れた。マップを見つつ、とあるドアをくぐると目の前に階段が現れた。
階段というやつはなんだかんだとセキュリティは甘くできている。非常用の出入り口に使われることが多く、そのため階段に出るところでは鍵がされにくい。逆に階段から建物の中に入るにはパスが必要な事が多いが、そこさえ潜り抜ける事が出来れば割と自由に行き来ができる。監視もあまりされていない。それに今回は万一見つかっていたとしても構わない。仮にも自分たちの使う拠点内に変な罠を仕掛けるような事はないはずだし、堅牢なロックを追加でかけられてもリラシュがいる。侵入者を排除するには、あとは住人が出迎えるほかない。そうなれば探す手間が省けて好都合だ。
早速アズは14階を目指して階段を駆け上がった。データによるとオレオは14階に研究室を持っている。奴の性格からすると、人質を置いておくのに自身の居住スペースか研究室あたり、その近くに部屋を設けていると踏んだ。
14階につくと、ドアのロックをものともせずに、アズは早速フロアに進入した。念のためマップを確認する。円筒形の建物の外周側に巻き付くように階段室が設けられている構造らしい。入ったところは建物外郭寄りの通路だった。エレベータを中心にドーナツ状に部屋のスペースが設けられている。エレベータホールへ続く道は2本しかなく、向かい合っていて、ちょうど左右に2つの大きな部屋がある状態だ。おそらく片方が研究スペースで、もう片方が居室だろう。
アズは部屋の内部へ入るためドアを探して通路をぐるりと回ってみた。1階と比べて上階に行くほど狭くなっているのか、14階フロアはそこまで広くない。一周してみてどこにもドアがないことを確認した。
それなら仕方ない。
アズは片側の居室の真ん中あたりまで歩みを進めると、壁にそっと近づいた。拳を固めると銀糸が光を帯びる。
開かないのなら、開ければいい。
『まてまてまてーーーーッ!』
キーーンと高周波を響かせながら館内放送からオレオの声がした。
「なんだ。やっぱり見てたんじゃないか。」
『イキナリ壊そうとする、普通!?やめてよちょっと!』
「他の入り方が分からない。」
『俺がソッチ行くからちょっと待ってろコノ!』
ブツリとマイク音声が途切れると、ややあって通路の向こうからオレオがダッシュしてくるのが見えた。
「あり得ない!前から思ってたけど、信じらんない!」
「こっちのセリフだ。新をどこへやった。」
あくまでも冷静なアズの声音に、オレオは少しムッとした。
「うん、俺のこと倒したら教えてあげ…ッ」
言い終わる前に銀の光が舞った。白衣がくるりとかえって壁を蹴る。殴りかかったヒーローと入れ替わるように狭い通路を跳ねて距離を取った。
「少しは話をきけよ!!!」
「聞いたからこそ。」
「最後まできけって意味だよ!こんな狭いところで暴れんじゃない!」
オレオが左手をかざすと、そこだけ空間が溶け落ちて黒い入り口が現れた。
「7階にホールがある。そこまで来い。場所は分かるだろ。」
言いながらオレオは黒い穴の中にさっさと潜り込んだ。追いかける間もなく穴が溶け落ちる。再び一人にされたアズはちょっと小首を傾げてから、エレベータの方へ向かった。
多分新はこの近くにいると思う。だが確証が取れない。ここでオレオの部屋の壁を壊して中を確認することはできるが、万が一そこに新が居なかった場合、別の場所で何やら危険な目にあわせることになるかも知れない。それはさすがにリスキーだ。
倒せば教えてくれると言った。今はオレオの言葉を信じるしかない。
負ける気は、さらさらなかった。




