秘密組織と浮遊島3
ドッカァァン!!!
ミシミシミシミシッ…
とんでもない。
荒い息をなんとか飲み込んだ。
一際大きな木に身を隠しながら、物音が遠ざかるのを祈る。頼む、通り過ぎてくれ。
ドッカァァン!
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!
祈りも虚しく、むしろ近づいてくる。爆発音が響く度、バキバキと木が倒れる。
新は深呼吸ともため息ともつかない息を吐いた。
オレオたちから逃げ出してしばらくは順調に森を走っていたが、すぐにこの爆発音が後を追いかけてきたのだった。最近追いかけられすぎだと思う。ホントにカンベンしてくれ。
ドガッッッ!!
背中側、すぐ近くの木の幹に何かがぶつかる音がした。
下草の少ない森だけに、屈んで進もうにもあまり身を隠すことは出来ない。万が一この音がオレオの攻撃か何かであるとすれば、見つかればほぼ死ねると思う。見つからなくとも倒木にでも巻き込まれれば同じことだ。
だから、生身なんだって俺。
とりあえず音を立てないように、背中を幹に預けたまましゃがむ姿勢を取った。どうする、どうすりゃいい!?
背中の方から風切り音とともに、閃光が走った。
空気の焦げるような擦過音。
木陰にいるのに、眩しさにたまらず目をつぶった。何だ、今度は何が出たんだ。
「困るなあ、勝手に入ってこられちゃ!」
オレオの叫ぶ声がした。ザワザワと森が揺れる。
「困る?呼び出されたのかと思ったんだが。」
アズの声だった。閉じていた目が一気に開いた。まさかとは思うが助けに来てくれたのか。先ほどの閃光で少し目が眩んでいるせいもあって、何度も瞬きを繰り返した。後ろを確認するために頭を出す勇気はないが、声からするとオレオはやや遠く、アズは手前側近くにいる気がする。
「少なくとも俺は呼んだ覚えはないな。」
「色々なものを返してもらいに来た。」
「借りた覚えもないね。」
「覚えがなくても、返してもらう。」
激しく何かがぶつかり合う音がした。
「ザスロの事?それならエルゥに訊きなよ。俺は持ってない。」
「私が用があるのはお前だ、オレオ。」
再び、衝撃音。二人の声は素早く移動をしているようで、時折遠ざかったり、近づいたりを繰り返す。息を殺して待つしかない。巻き込まれませんように。できるだけ、身体を小さく丸めて、さらに首をひっこめた。
上の方で激しくぶつかり合いが起きている。上空から枝の折れる音が響いた。バサバサと葉擦れの音が降りてくる。
(うわっ!!)
目の前に突然大きな枝の塊が落ちてきて、心臓がギュウと縮んだ。2メートル程の長さの太い枝が地面で跳ねると、つま先にたわわな枝葉が被さる。落下点があと少しずれていたら直撃していたかもしれない。危うく声を上げかけたが、何とか耐えた。
アズの声が降ってくる。
「数人は無事なんだろうな。」
「無事も何も!」
気づけば視界の前方に、二人の姿があった。いつの間にか俺の頭上を通り過ぎていたらしい。幸いなことに先ほど目の前に落ちてきた枝のおかげで、こちらの姿は葉の陰に隠れている。枝葉の隙間から覗き見ると20~30mほど向こうに、地面に立つアズの背中があった。アズの右斜め上方向、視線の先には、大木の枝の上に立つオレオが見える。白衣もおかしいが、立っている場所がおかしすぎるだろ。建物でいうと4階くらいの高さだろうか。人間が命綱も無しに立つにはあまりにも高い枝の上だ。さらにおかしいのは、手に半月斧を持っている。どういうことだ。おい。
「アンタが一番分かってるでしょ、アズ=ウトルシュ!」
トン、とオレオが枝を蹴った。飛び降りる姿に一瞬ドキリとしたが、次の瞬間それは違う衝撃にすり替わる。アズの拳が半月斧の一太刀を受けて銀色の尾を引いた。視覚に遅れて激しい打撃音が響く。
拳に弾かれるような形でオレオがバク宙をしながら森へ降り立つ。間を空けず、倒れこむようにして駆け出すと、半月斧がくるりと舞った。
ドガッッ!ガッ!!
無表情のままのオレオがポールウェポンをオモチャのように振り回す度、周囲の大木にバクリと傷が開く。対する銀色のヒーローはチリチリとかすめるように刃を躱すと、くるりと半身を返して間近の幹を蹴りつけた。オレオの左懐近くに潜り込んだが、半月斧の柄が即座に迎え撃つ。裏拳でその柄を往なすと、今度はその反動を利用して頭上から斧頭が振り落された。
再び鈍い音が響いた。
火花のように閃光が散る。
アズもくるくるとよく動き回るが、オレオの半月斧もそれ以上にくるくる動く。ほとんど重さを感じさせない。
見た目はアレだが実際軽いのか?
いや、コイツ等の事だからまた化け物レベルなんだろう。オレオも見た目はヒョロッとしたお兄さんだが中身はきっと頓狂な奴に違いない。今の見た目が地球人なだけだ。顔面をグーパンされてケロリとしていた、いつぞやのヌリエラを思い出した。
2人は今地面に立ち、互いに距離を取っていた。相手の出方をうかがっているのか。
「…手、抜いてる?」
オレオの言葉に耳を疑った。何とか聞き取ったものの、理解するのに時間がかかった。んん?半月斧と素手で殴り合ってた気がしますけど?
「用がある、というか訊きたい事がある。」
「どうぞ?」
オレオは構えを解いて、半月型の斧頭をそっと地面に置いた。傘でも持っているかのような気軽さ。
「ケズデットがこういう事をするはずはない、と思うんだが。」
くしゃりとオレオの顔が歪んだ。
「こういう事?よく分からないな。」
「…あいつは昔から思った事は何でもすぐ言ってしまう。」
歪んだ顔のまま、オレオが首を傾げた。
「あれ?エルゥの知り合い?会ったことあるの?」
オレオが喋ると何だか不自然に感じていたが、口調が軽い割に表情が動かないせいかもしれない。アズも相変わらず人形のように、ただスックと立っている。いわゆる棒立ち。朝の戦隊ヒーローなら話すにもいちいち決めポーズを付けていそうなものなんだが。いや、それは流石に偏見か。
「まあ、そんなところだ。だからおかしいと思ってね。」
ふぅん、とオレオが半月斧を肩に担ぎ直した。
「人は変わるモンだよ。ちょっと見ないうちにさ。」
「…。そうかもしれないな。」
「話はそれだけ?」
トントン、と肩で長い柄が動く。いやいやいや、孫の手じゃあるまいし、何でそんなに軽そうなんだ。ここまでくるとやっぱり実際に軽いのかもしれない。あ、あれかな、実物じゃなくて能力で武器が出せる的な設定。あは。
…だめだ、現実把握のキャパを軽く3倍くらいオーバーしている。実写映画を見ているような感覚にコトリと落ち込んだ。夢ではない。でも、どうにも現実感が無さ過ぎる。このご時世に大木の森の中、世界史の資料集でしか見たことのないような武器って、おい。
こっそりと深呼吸をした。
大きく息を吐き出す。
森の匂いがした。
(ま、いいか。)
自分が無事で今この光景を見られている内は。
とばっちりとか、ホント受けませんよーに。
うん、最近物事を深刻に受け止めすぎた。ダメなんだ、まじめに考えたら。元来がテキトーな自分のはず。
オレオが両手で半月斧を構えると、斧頭が仄かに熱を帯びはじめた。にわかに赤熱した半月斧は空気を焦がして白く発光する。
「こちらも色々訊きたい事があるんだ。でも、俺はどうも立ち話が嫌いでさ。」
そこまで言うと、オレオは深く腰を落として横薙ぎに斧を引いた。
一閃。
眩しさに、目をつぶったが遅かった。瞼の裏で星が飛ぶ。
ドッガァァァン!!!
「うわっ…、」
爆風に煽られて、今度こそ目の前の枝がこちらに向かって飛んできた。バサバサと尖った枝が腕や頭に容赦なく押し付けられる。目は閉じていたので刺さりこそしなかったが、ただでさえ幹にピタリと背中を預けていたのに、更に押しやられる格好になった。
何とか枝の一部を掴んで風が止むのを待ち、眼を開けると、先ほどまでアズの立っていたあたりの景色が、一変していた。
あったはずの大木が一本、根元からへし折られて黒い煙を上げている。焼けているのかと思いきや、よく見ると根元のあたりが黒い液体に沈んで見える。粘度の高い、重油のような液体だ。そう、どちらかといえば、溶けているように見える。
(アズは…!?)
ハッと気づいて視線を巡らす。
視界の隅、見ていた方とは反対側から流れ星が尾を引いた。くるりと半月斧が迎え撃つ。今度こそ火花が散った。
「困るなあ、避けないで受けてくれると思ったのに。」
着地すると、アズは首をすくめて見せた。オレオが続ける。
「そろそろお茶でも飲みたいところなんだけど。何なら招待しようか?」
半月斧を振り回しながらため息ともつかない息を吐いた。くるくると二、三転させると、柄の端部を手のひらでポンとひと叩きする。
眼を疑った。叩かれた柄の方から半月斧がみるみる縮み出したからだった。半分程の長さになると、今度は斧頭側からポンとひと叩き。最後は柏手でも打つように両手が合わさって、半月斧は姿を消した。いくらしても瞬きし足りない。
「そちらの訊きたい事は何だ?」
アズの質問を背中で受けて、オレオはさっさと歩き出す。急にアズに興味を無くしてしまったかのように。
「俺の今一番の興味はね、」
白衣の左手がくるりと翻ると、その上に携帯端末が現れた。パカリと開いて操作をする。しながらもオレオは歩き続けている。そのオレオの正面に、突然黒い壁が現れた。意に介する風もなく、そのまま壁に向かって歩き続けると、オレオはその中に消えていった。壁に見えていたが、何かの入り口だったということか。彼が入ると、黒い壁はスルリと溶け落ちた。先ほどの建物で見た入り口のようだ。
その時、尻ポケットが振動し、飛び上がって驚いた。
しまった、そう言えば、まだ携帯を持たされたままだった。
「やぁ、意外と近くにいたね。」
「あ、」
いつの間にか、オレオが扉をくぐって俺の真横に現れていた。扉というべきなのか、先ほどの黒い穴が、森の中にそこだけポツリとあいている。間近で見ると、騙し絵のようだ。エレベータの箱のような狭い空間が、その穴の中にポカンと口を広げていた。
まだ尻ポケットは振動を続けている。
「逃げるものと、不思議なものは、やっぱり突き詰めて追いかけないと気が済まなくてさ。スッキリしないでしょ?」
オレオが右手を翻すと、鍵が現れた。
鍵だ。
内心どきりとした。
知っている。これはまずいヤツだ。記憶力は、悪くない。浜辺の青年の粗い画像が頭を過ぎった。
オレオはその鍵を、座り込んだままの俺に向けてみせる。アズが気づいて走り出した時には、もう遅かった。
「まぁ、お茶にしようよ。俺はどうも、立ち話が嫌いでさ。」
もう何度目かになるセリフと共に、オレオが鍵をあけた。
「使者として、キチンとお迎えしないとね。」
そこから先の、記憶がない。




