秘密組織と浮遊島2
塔の中は外壁と同じく黒っぽい内装で、どこに照明があるのかはわからないが、ほんのりと明るかった。外から見ると多角柱だったが、内壁は滑らかな曲面を描いている。入り口を入ってすぐはホールのようになっており、ホールの向こう側直進方向には手すりのついた小さな橋が伸びてエレベータらしきものに続いている。どうやら建物の真ん中がエレベータで、円周状に二層ほど部屋が並び、その間を廊下が通る構造のように思えた。少なくとも、ここ一階はそのようだ。さて、どちらに進もうか。無為に歩き回って道に迷うのは嫌だったので、まずは直進をした。
小さな金属製の橋を渡る。橋の下は1フロア分程度足元に空間が開いているが底の方は暗がりになっていて良く見えない。エレベータの前に着いた。建物中心の大きな円柱に手すり付きの通路が巻き付いたような構造だ。天井は橋の手前のホールより少し持ち上がって、1.5階分ほどの高さ。目の前の壁、円柱の側面にあたる部分には、相変わらず直方体の切れ目が入っただけの入り口。その少し手前に地面からにょきりと生えた小さな円柱。小さな円柱は腹の高さ程で、傾斜のついた天面に操作ボタンが上下二つ並んでいる。ボタンにはパッと見QRコードのような四角い模様が書かれていた。このボタンのためにエレベータらしさが醸されている。
新は下のボタンを押した。
どんなにあやしかろうが、ボタンがあったら押さねばならない。これは人の性だ。
ピュンピュンピュン
再び目の前の入り口が溶け落ちる。
今度はしかし、それだけではなかった。
「え」
開いた入り口が勢いよくコチラに向かってきた。いや、自分が入り口に吸い込まれている…!身体全体が前向きに運ばれ、視界に黒い廊下が走る。
待て、待て、聞いてないぞ!いや、ボタンを押したのは確かに悪いとは思うけれども!?
廊下が終わり、再びゲートをくぐると、流れる景色は広い部屋に変化した。プラント内部のように配管や大きなタンクが並ぶ暗い通路を、滑る、もしくは飛ぶように通過していく。
そろそろ叫び声でも上げようかと思ったところで、しかし唐突に身体は動くのをやめた。
(あ…?なんだここ?)
急にぴたりと止まった割にはつんのめることもなく、止まったその場所は大きなドアの前だった。広々とした空間の前にたたずむ巨大なドアで、デザインとしては食品工場の冷蔵室にでもついていそうな観音開きの分厚い金属のドアだが、サイズ感がとてつもない。飛行機でも格納してるんだろうか。新はそのドアの端っこの方にポツリと到着したのだった。
どうしたもんか。早速道に迷った…というより何が起きたのかまだ着いていけていない。まぁいざとなったらオレオに連絡を取ればいいか。まずは進もうとするべきか、戻る努力をするべきか。どこに行こうがそのどちらになっているのか判断なんてできないけど。
改めて周囲を見渡すが、大きなドア以外に何があるわけでも無い。ただただ縦にも横にもだだっ広い空間だ。配管や鉄板敷きの床、コンクリートの壁のため工場の内部のように思えるが、本当に何もない。どこかから飛んできたはずなのだがその入り口らしきものも見つからない。
突然、尻ポケットが振動をはじめた。
慌てて携帯型端末を取り出したが、開いても操作の仕方が分からない。振動を続ける携帯画面は黒地に白い光の模様が出ているが、情報を読み解くことすら当然できない。手当たり次第にボタンを押してみていると、ようやく振動が止まった。
『今、どこにいる?』
携帯からオレオのくぐもった声がした。慌てて耳元へ運ぶ。
「あの、道に迷いまして。」
『ダメだよ変なとこうろついたら?意外とアクティブだよね、君。』
「はぁ。」
自由にしてていいとか何とか言っていなかっただろうか。
『折角だからエルゥに紹介しようと思ったんだけどな。周りに何が見える?森?』
「でかいドアですね。」
間。
あれ?変なこと言ったかな俺?
相手が何か言うまで待つ事にした。しかし一向に話し出す気配はない。通話が切れた感じは無かったのだが、電波でも悪いのだろうか。ていうか、電波式なのか。そもそも携帯型なだけでいわゆる携帯電話ではないと思うんだが、こうして使っていると普通の携帯にしか思えない。文字らしきものは一切読めないけれど。
物音がして振り返ると、大きなドアを挟んだ向かいのコンクリ壁の一部がスルリと溶け落ちる所だった。中からオレオが飛び出してくる。すごい形相でこちらに向かって走って…
「コラーーッ!アクティブにも程があるだろう!?」
ガシッ!
「えっ、すみません。」
オレオは駆け込んでくるなり新の腕を掴んで元来た入り口の方まで勢いよく引っ張って行く。イテテ…!
「ちょ、腕、痛いっス。」
「どうやってこんなとこまで入ったんだよ!」
「はぁ、建物の中を見て回ってるうちに飛ばされてきたというか。」
「なにそれ、何の能力なの!?」
引っ張られるのが痛いので小走りでオレオに着いて行く。入り口をくぐると、オレオはようやく腕を離してくれた。中はそれこそエレベータの中のような狭い小部屋だった。
「自由にしててと言われたもので。すみません。」
「ここまで自由にするか普通!?おとなしくしとこうよ?」
「いや、はい、すみません。」
それならそうと最初に言っておいて欲しい。
「あぁ、もう。本当に分かんない君。面白すぎる。」
オレオはくしゃりと表情を崩した。真顔以外を見たのは初めてだったが、困っているのか笑っているのかよく分からない。
しばらくすると、入った時と反対側の壁がまた溶け落ちた。小部屋を出ると屋外で、目の前の崖に面した一角が板張りの展望台の様になっていた。登山道にでもありそうな東屋で、屋根の下にはテーブルとベンチが揃っている。そこに、誰かが座っていた。オレオが先に立って話しかける。
「連れてきた。新城新君だよ。」
オレオに手招きされて屋根の下に入ると、ようやく日陰の中の人物の顔が見えた。10代半ばくらいの少年だった。
「で?」
見かけに似合わず声が低い。さもつまらなさそうに呟いたのを聞いて、何とは無しに嫌な気分になった。
「勧誘中。中々つかみどころがない。」
気にする風もなく、オレオは飄々(ひょうひょう)と構えている。座っているせいもあるが、少年は顎を引いているため伸びた前髪の隙間から上目遣いにこちらを見る格好だ。めっちゃ睨まれている。三白眼のせいもあって目つきがあまりよろしいとは言えない。俺も人のことは言えないけど。
「あ、これ、エルゥ。よろしく。一応エライ人だから紹介しとく。無愛想だけどお茶目さんだから。」
話すオレオを少年がキッと睨みつけた。
「誰がお茶目だ。」
「エルゥ、睨んじゃダメだよ?」
「睨んでねぇよ。」
あ、なんか見たことあるやり取り。睨んでいるつもりは本人には無いらしい。ちょっぴり親近感を抱いてしまった。
「ええと、新城です。よろしく?」
あれ、よろしくしていいんだろうか?今更だけど、そういえば充斉達フェチケとしては敵にあたるんだよなこいつら。
「それからオレオ、あまりその名前で呼ぶな。おい、お前、」
エルゥと呼ばれた少年がこちらを見た。精一杯の自己紹介はスルーされたのか。
「ケズドゥーディクだ。ケズデットでいい。」
ケズデット。
そうか、コイツが親玉。エルゥというのは、別名みたいなものだということか。よく顔を覚えておこう。島からあまり出ては来ないらしいが、知っておいて損は無いはずだ。
改めてまじまじとケズデットを見ると、随分若い、と思った。しばらく散髪していないのか少し髪は伸び過ぎて、前髪が目にかかっている。キツイつり目で瞳が小さいせいもあり目つきがとても悪い。日常生活に支障が出てないのか心配になる。服装は地味で、隣の白衣に比べるとどこにでもいそうな少年だ。ヌリエラやキヴァトの突拍子も無い格好に比べると大分常識的な印象を受けた。ん?でも杜若先生はスーツだったか。
ケズデットが真っ直ぐにこちらを見たまま口を開く。
「お前、何ができる?」
レジ打ち…言うと怒られそうなのでやめておく。
「特に何も。」
「オレオ、なんでコレを勧誘する必要がある?」
「フェチケが大切に扱ってるから。あと、何か面白そう。」
そんなテキトーな理由で勧誘されても困る。一番困るのは勧誘の前に誘拐な訳だが。
「シンジョーアラタ?お前は何を渋ってるんだ。」
疑問系だったが名前はちゃんと聞いていたらしい。改めて問われると、何故なんだろう。
充斉達に何度か助けられた恩?いや、そもそも巻き込まれて居なければ危険も無かったはずだ。むしろフェチケ側に居るために民間人ではなくなり、こうして変な島に監禁されたり、金色の重機に追いかけ回されたりするわけだし。そういえば携帯も壊されたな…。段々本気で分からなくなってきたぞ。
黙っているのを見かねたのか、オレオが話し始めた。
「アズはちょっとヤンチャだけど、普通に考えたらヴァルルカン側が勝つと思うし、ついてて損は無いと思うよ?それとも条件が不満?」
「不満は…そうだな、」
給料はむしろ喉から手がにょきにょき伸びそうなほど魅力的なんだが。そういえばあった。フェチケになくて、ヴァルルカンにある不満な点。
「魂を奪うのをやめてもらえないか?」
思わず、説得するようなセリフになった。ケズデットの眉がピクリと動いた。
「魂?何の話だ?」
え?
ケズデットは目を細めると、問いかけるように隣のオレオの方を見た。オレオは首をすくめたり傾げたりしている。
あれ?知らないのかこいつら?いや、そんなはずは無い。現に充斉は被害に遭ったのだから。
「臼井さんはどうしてるんだ?」
「どうって?俺だよ。ここダイゴだから俺が動いてるけど。」
ダイゴというのは第五象限ということだろう。うーむ、確かに杜若先生も「代わりにキヴァトが動いてくれる」とか何とか言っていた気はする。どうすれば証明できるんだ。
「元々臼井さんはアズとペアになるはずだったんだろ。それを、」
「確かにアズが先に接触を図ってはいた。それは認める。だが、結果数人は俺を選んだ。それだけだよ。その魂を何とかというのと何か関係ある?」
少し不機嫌そうにオレオが言う。ぐうの音も出ない。勿論認めた上でやめない、と言われてしまえばそれはそれで、どうすることも出来ない。黙るほかなかった。
空気が妙な具合だ。
俺が何か変なことを言ったみたいになってしまったじゃないか。
沈黙を破ったのは、先ほどから黙ってやりとりを聞いていたケズデットだった。
「オレオ、ダメだ。この話は無しにしとけ。気にくわねぇ。」
…ん?
「えー、残念だな。近しいものは感じるし、仲良くなれそうと思ったんだけど。」
「近しい?」
「目つきとか、ほら。」
「…。似てねぇよ。」
「と、いうわけで新城新君。」
何がどう"というわけ"なのかは分からなかったが、兎にも角にもオレオは一歩前に出た。
「残念だ。とてもね。でも仕方ない。」
白衣がくるりと両腕を返すと、いつの間にかその手に空の注射器と、液体の入った小瓶が握られていた。本能的に引く。物理的にも一歩引く。
オレオは小瓶の液体を注射器で吸い上げながら言う。
「あ、心配しないでいい。ちょっとまた移動するだけだから。」
何をどう考えたらこの状況を心配せずに済むのだろう。
新は、オレオが薬品の準備を終える前に取り敢えず全力で回れ右をした。振り返って気づいたが、先ほど出てきたはずのエレベータルームのようなものはどこにもない。目の前には未舗装の森の小道が続いていた。最近準備運動なしで走り出すことが増えた気がする。おそらく追いかけてくるだろうとは思うが、振り返って確認などはしない。先ずはこの道を只管走って2人から離れることだけに集中する。足がもつれないように。なるべく遠くへ行けるようにペースを気にかけて。
新が森へ走り出すのを見送って、オレオは手元の注射器を手すりの向こうへ放り投げた。崖の下へ小瓶とともに消えていく。
「ティトコシュフェギヴェルを出した時より、よほど驚いてくれたな。なるほど、なるほど。」
オレオの表情がまたくしゃりと崩れた。
「追いかけないのか。」
「どうせ島内だよ。」
「そろそろアズが来る。」
ケズデットに言われて、オレオは真顔に戻った。
「何でそう思う?」
「ここ以外にねぇからな。」
オレオは白衣のポケットから厚縁の眼鏡を取り出した。眼鏡をつけると、別人のように見える。
「面白くない。エルゥのせいだぞ。」
「何でだよ。」
返事をせずに、オレオはゆっくりと森に向かって歩き始めた。
白い背中が見えなくなっても、ケズデットはしばらく森を睨んでいた。いや、本人には睨んでいるつもりはないのかもしれない。
やがて、木々の間から鳥たちが一斉に羽ばたくのが見えた。
「ほらな。」
誰に聞かせるでもなく、ボソリと呟いた。
ケズデットは立ち上がって東屋を出る。海の方を一睨みしてから、柱の一本にフゥと息を吹きかけると、そこから見る間に植物の芽が噴き出した。バキバキと音を立てながら東屋が大木へと生え変わっていく。
彼はその様子を見守るでもなく、2人の向かったのとは別の方向へ、のんびりと歩き出した。




