大学生と作戦会議2
「ありがとうございましたー。」
常連客のお兄さんがバニラサンドクッキーを買っていったのを見送って、新は一息ついた。
「今日は来やんのかな、ホワイティ。」
「どうスかねぇ。」
話しかけてきたのはパートのハシモトさんだ。ホワイティ、というのは最近たまに来るという、変わったお客さんのことである。何でも、レジが空いている時にはお会計の際に手品をしていくというのだ。新はまだお目にかかったことがなかったのだが、店員内でホワイティというあだ名で親しまれている。
「あーあ!私も一度くらい見てみたいんやけどなぁ。そう思わん?夕勤の時に来やんかなぁ。他のシフトの人が会った時に本人にそう言ってもらおうかなぁ。」
平和だ。
新は、世間話を一つ一つ噛みしめていた。最近はバイトが唯一の平穏な時間になりつつある。
このまま充斉が家に来ることもなく、たまに授業の時に会う三笠とも特に喋るでもなく、中埜もシフトをずらしたまま会うこともなく、いっそ全部夢だったことにしてもらいたい。
「お疲れ様です。」
廃棄弁当をぶら下げて帰る。小雨が降っていたが、気にするでもなく新調したばかりの携帯を確認した。メールが一件。まだ慣れない手つきでメールフォルダを開くと、三笠からだった。
『追加情報あるから引き続き会議しように!各自時間ができたらジョーシンの家に集合。お菓子買っていきまーす』
というメッセージがキラキラの絵文字付きで入っていた。
集合、じゃねぇよ。
パクリと携帯を閉じて、新はため息を落とした。携帯を買ったことを、早速ちょっぴり後悔しだしている。
「おかえりなさいダーリン。」
「誰がダーリンだ、誰が。」
帰宅すると三笠と中埜の二人だけがコタツ机で小宴を広げていた。
「あれ?充斉は?」
「病院行っとんやて。ママが怖いらしい。」
そういえばそんな事を前にチラリと言っていた気がする。
それにしても、こいつらは本当に鍵を無視しすぎると思う。合鍵なぞ当然渡していないのだから、当たり前のように勝手に入らないでほしい。ほとんど何も取られるようなものなど無いのだが、そういう問題ではない。
新は荷物を下ろすと、持って帰った廃棄弁当をレンジに入れた。
「あ、ジョーシン差し入れあるで。」
「お菓子だろ。食ってんじゃねぇか。」
「うん。だけじゃなく、ご飯どうせ弁当だけやろって敬ちゃんが。」
「あ?」
弁当を取り出して机の方に行くと、中埜がさっとタッパーを取り出した。
「じゃーん!愛妻弁当〜。」
「誰が妻だ、誰が。」
「あ、要らんのや、新くんの好物ハンバーグ。」
「ありがとうございます中埜様。」
涙が出るほど嬉しかった。実はこの間アズに食われてしまったため今月はハンバーグを食べられていなかった。そして携帯を新調したせいで来月も生活苦必至だったのだ。
「家借りるばっかじゃ悪いからな。会議やるときとかは何か持ってくるようにしようって相談しとってん。」
うーん、それなら会議も悪くはない。いや、人が毎度勝手に家に来るのは嫌なのだが。
早速ありがたく頂戴したハンバーグもレンジで温めた。これで三笠と中埜じゃなくて、リラシュさんだったらなぁ。久しぶりのハンバーグを口に運ぶ。うん、ウマイ。
「ロクでもないこと考えとったらサービス無しにすんで、覚えとき。」
すかさず三笠が睨みつけてきたので危うく誤飲しかけた。エスパーなのかコイツは。
「さて、この土日で今後の方向性を決めたいなと思っててんけど。」
三笠が言うのを聞いて、中埜が腕組みする。
「実際に何かするときはアズくん居てたらええんやけどな。オグは時間制限付きやし。この間かなり"前借り"したからまだそんなに長時間動けやんと思う。」
「せやなぁ。ま、とりあえず追加で調べた内容見ながら行動については考えよか。」
前と同じように三笠がリストを開いた。
「アズから聞いた話と合わせるとおそらくオレオツァエって奴が臼井さんのペアになっとる。臼井さんの失踪時期を調べなおしてんけど、オレオツァエの参加タイミングから見て間違い無いと思う。で、浜辺で敬ちゃんが会ったスラッとした兄ちゃん、これがケズデットやないかなと。」
リストに日本語の欄が追加されていた。三笠が地名をタップすると、近所の地図が表示される。海岸沿いの点に吹き出しで日付やメモが表示されている。
「ボスか。そら強いわけだ。」
「その兄ちゃんと戦った時なんやけど、」
中埜が宙を見ながら記憶を手繰る。
「アラートで呼び出しくらって、加勢のために行ったんやんか。」
浜辺にオグが着いたときにはフェチケの姿は無く、その青年だけが立っていた。交戦してすぐにうまく力を使えないことに気が付いた、と中埜は言う。
夜の闇は時折ぐにゃりと歪んで見える。
オグは空に打ち付けられていた。そう、まるでそこに壁があるかのように。
空に浮いたまま、身体を縫い付けられたように動くことが出来ずにいた。
(…何を…。)
目の前の人物はその光景を特に気にとめる様子もなく、携帯電話を開いて操作をしている。赤いレーザー光が砂浜に照射された。砂に半ば埋まるようにして落ちていたコンパクトは、光に導かれるように携帯電話に吸い込まれていく。男は携帯を閉じると、空に目を向けた。
「忘れるところだった。名前を聞いてもいいかい?」
オグは口を開こうとしたが、口すらも自由がきかない。ああ、と男は思い出したように上衣のポケットを探った。出てきたのは小さな白色の鍵だった。男が空に向けて鍵を開ける。
呼吸が突如楽になり、オグは思わず空気に咽せた。
「…げほッ…、訊くときは、まず自分から名乗らないと…。」
「その内嫌でも発表されるよ。」
「…オグ=ズールドだ。」
「ふぅん。ペアは?」
「教えられるわけ…ないだろ…。」
「だろうね。」
男はさして興味もなさそうに、またポケットを探った。次に出てきたのは、大きな青い鍵だった。
「名前は、知っていた方がいいけれど、まぁ、どちらでも構わない。知らなくても、動かせさえすればいいんだ。」
青い鍵をクルクルと回しながらつまらなさそうに呟く。
「…動かす…?」
「そう。君が退けば、空くでしょ。その子。」
「何を言って…」
問い掛けを待たず、男がゆっくりとした動作で鍵を空に向ける。
オグは直感的に悟った。この男が今、自分を消そうとしていること。
そして、その後敬を利用しようとしていることを。
銀緑は、ありったけの力で増幅をかけた。
ドンッッ
「その後は覚えとらん。気が付いたら自宅で寝てたんや。今から思うと、あの時オグはきっとわざと無茶して逃げたんやろな。おかげさまで教えてもらったキーワードごと記憶も半分とんどったけど、この間オグが起きた時に、色々思い出したわ。」
中埜は言い終わると、ポテト菓子をひとつ口に放り込んだ。
「オグが捕まるって、相当やな。あと鍵の使い方もやけど、その男のセリフが気になるなぁ。まさか一度フェチケとペアになった地球の民の魂を奪うつもりだったんかな。」
「キヴァトは民間人をかどわかしてるみたいだったけどな。」
充斉曰く下校中に声をかけられたとか何とか。
「新くん、ウーロン茶まだある?」
「ん?冷蔵庫に…って、それか。」
コタツ机に勝手に出されているのはコンビニでよく見るの紙パックのウーロン茶だ。口があけてあるところからして空だと思われる。
「自販機で買ってくる。」
ちょうど弁当を食べ終えたところだったので新は腰を上げた。
「ジュースならあるで?」
三笠がペットボトルの炭酸飲料を持ち上げてみせると、中埜がすかさず首を振った。
「ごめんね。新くん、ジュースも飲めるけど基本的にはお茶しか飲まないから。」
「なんでお前がそんなことを知ってるんだ。」
「妻ですから?」
「誰が妻だ、誰が。」
ケラケラとした笑い声を背中に、財布だけ持って玄関を出た。相変わらずの小雨だが、アパートの目の前にちょうど自販機があるのでそこまでなら傘もいらない。ただ、少し雨脚は強くなってきているようだった。
アパート前の自販機はこの辺りでは珍しい格安自販機だった。もちろんスーパーやコンビニの方が安いのだが、この時間から小雨の中24時間のスーパーまで行くくらいなら自販機で済ませてしまいたい。ウーロン茶を買い忘れた時にはたまにこの自販機を利用していた。
ガコン
出てきたペットボトルのお茶を取り出そうと屈んだところで、新はおかしなことに気が付いた。
頭上でバラバラと雨粒の跳ねる音がしている。中埜が脅かそうとしてそっと後ろに立っているのだと思った。逆に驚かしてやろうと思い、お茶をつかんで勢いよく振り返った。
「やあ、本日二度目まして。いや、毎週会ってるけども。」
「…。」
「あれ、反応薄いね?それとも、驚きすぎて絶句してる?」
背中は自販機だ。傘を新の上に差し出しているため、目の前の人物は雨に濡れている。よく見慣れた相手だが、こんなところでこんな時間にこんな登場の仕方をすることはあり得ないと思っていた。それが起こってしまったということは、つまり相手が普通の人物ではなかったということなのだろう。
油断した。財布しか持ってきていない。これはマズイ。
「とりあえず、雨の中長話も何だから、家に入れてくれるかな?それとも、着いてきてくれる?」
新は咄嗟にどちらが正しい選択なのか考えた。部屋に戻れば手負いのオグと生身の三笠しかいない。もちろん部屋に二人が来ていることはコイツも知っているのかも知れないが、それがフェチケなのかどうなのかまでつかんでいるかは分からない。そうであれば、みすみす二人の素性を知らせるよりも…。
「…どこへ行けばいい。」
「話が早いね。ついておいで。」
マズイマズイマズイ。
人物は、持っていたこうもり傘を新に手渡すと、雨を意に介さずスタスタと夜に向かって歩いていく。新は仕方なしに後をついていくことにした。
見慣れた顔の人物だが、この登場の仕方をするとしたら99.99999%くらいはヴァルルカンに違い無い。残りの0.00001%は冗談のきついフェチケかもしれない。なんにしろ普通の人ではなかったということに、後悔というか、ショックを感じていた。そう、これはショックだ。そんなことあるのかよ。
「新城新くん、まぁどうぞお乗り。悪いようにはしないから。」
目の前には車が停めてあった。どこにでもあるような某有名メーカーの低燃費の普通自動車だ。言われるままに助手席に乗り込むと、すぐに発車するのかと思いきや、相手は後部座席からコンビニのビニル袋を取り出した。
「傘は後ろにでも置いておいて。それからこれ、良ければどうぞ。」
新は差し出されたお菓子をじっと眺めた。見慣れた顔と思っていたことが、思い違いであって欲しかった。しかし新はちゃんと覚えている。自分がレジを打ったのだから。
「君の店の商品だ。毒なんて入ってないよ。意外と用心深いんだな。」
お兄さんはお菓子の袋を開けると、一つつまんで口に含んだ。バニラサンドクッキーの香りが車内に広がった。毒を疑っていたわけでは無かったし、なんだか悪い気がして新も一つお菓子をつまんだ。車が緩やかに動き始める。新は眠気を感じた。緊張しているはずなのに、なんでこんなときに睡魔が。
「毒なんて仕込む奴はどうかしている。俺ならそう、睡眠薬位にしておく。その方がスマートだろう?」
ぼんやりとした視界で運転席を見ると、確かにそこにはスマート・キス・マート常連客のお兄さんの姿があった。運転を始めたせいか、彼は今、先ほどまでしていなかった厚縁の眼鏡をかけていた。
「…臼井さん…。」
「あれ、嬉しいな。ニュースで見たの?そうだよね、眼鏡してないと、分からなかったでしょ。よく言われるんだ。」
見慣れた景色が、流れて遠ざかっていく。
「ごめんねー。島への出入りは一応企業秘密なもんで。これから…」
最後のセリフを聞き取ることはできなかった。
臼井数人。アズの本来のペア。ヴァルルカンに魂を奪われた人。
どうして気づかなかったんだ。臼井数人の顔と名前が一致したのは昨晩がはじめてだったとはいえ、その後、今日の夕方に会ったときに。
これが後悔の正体かと、眠りの縁でぼんやりと新は思った。




