大学生と作戦会議1
新城新は携帯電話を手に入れた。
待ちに待った給料日が来た。
もちろん給与のほとんどは家賃・光熱費・食費その他生活費へと右から左へ流れていくのだが、まったく余裕がないわけでもない。いや、余裕はない。よく考えたら携帯の分他の雑費が削られただけだ。
少し悩んで新は結局スマホではなくいわゆるガラケーを選択した。携帯ゲームもSNSもやらない新にとってはまさしく携帯電話が必要十分な機能だったからだ。
(しかし不本意だ。電話帳の中身が。)
打ち込んだばかりの電話帳をしげしげと眺める。
実家、バイト先、大学、三笠、充斉、中埜の6件がとりいそぎ入力されていた。元々の携帯には数少ない地元の知人の他、学科の同期のアドレスが某おかっぱ頭により勝手に入力されていたのだが、本体ごとクラッシュしたので再入力の術もない。おかっぱ平等に関してはそのままいっそ人間関係もスッと消えてくれれば良いのにと思う。
ヌリエラこと墾乃理愛が帰宅したことは少なくとも県内では大きなニュースになった。なんでも去年の7月に行方不明になっていたのが、失踪当時のままの寝間着姿で、自宅から50kmも離れた場所で見つかったというのだから仕方ない。週刊誌やワイドショウでは神隠し事件としてそれはもう大騒ぎをしている。真相を知っている新としては、できればそっとしておいてやりたいと思う。しかしニュースになったおかげで、彼女の家の事情を否応なしに垣間見ることができた。
失踪当時の乃理愛はどうやらいじめのようなものにあって不登校気味だったようだ。共働きで一人っ子の典型的鍵っ子だった乃理愛は周囲から孤立し、そんな折にヌリエラに出会ったようだ。新が唯一良かったなと思うことは、両親は彼女を大切にしていなかったわけでは無いようだ、ということだ。インタビューに答える両親の様子は、心から娘の帰宅を喜んでいるようで、それはとても演技には見えなかった。
とにもかくにも。
「で、なんでお前らうちに居るんだ。」
「作戦会議や。」
「作戦会議!カッコいい!会議だね、会議!」
新のアパートのコタツ机は3人に占拠されている。新が腰かければ満員になる状態だ。
「リラが直るまでは私から情報発信するもんで、うまくできやんかったらゴメンね。」
新の正面、窓を背にした一角をどっしりと占めているのは三笠だった。相変わらず幅が広いので、ただでさえ小さな机が彼女のせいでもう一回り小さく見える。ついでに部屋も全体的に狭く見える。
「うーん、やっぱりしばらくは大人しくしてるべきやんなぁ。」
三笠の右隣、新から見て左方向にはちゃっかりと中埜が座っていた。今日はチェック柄の細身の襟シャツを着ている。三笠とは会ってまだ1時間も経っていないはずだが、なぜか早速打ち解けている。
「仕返しとかされるかな?」
苦い顔でキョロキョロと周りをうかがっているのは充斉だ。相変わらずの制服姿で三笠の左隣に座っている。
「あるかもしれん。夜には出歩かんほうがええんっちゃう。」
三笠が言うと充斉は「元々出歩いちゃいけないんだけどね。」と小さく舌を出した。
「そういや三笠、」
思い出して新が声をあげる。
「お前、どうやって痛デバにメールみたいなの送ったんだ?」
「イタデバ?」
「その時計型のやつ。」
「ああ、ウーラのことか。なんやねんイタデバって。リラは故障中やけどデバイス類はうちにあるやんか。簡単な検索とかメッセージの送信くらいならできるんや。」
「そうか、お前は使い方わかるんだな。」
新は人数分の湯呑みを置いて玄関側の一角に腰かけた。湯呑みの中身はもちろんウーロン茶だ。
「お前「は」ってなんや、「は」って。ジョーシンもウーラの操作はできとるやろ?」
「いや、さっぱりわからん。」
はぁ?と三笠が間抜けな声を出した。
「アンタ、それでよく今までアズとやりとりできてたなぁ。」
困ったら画面をタップして呼べとしか言われていない。リラシュさんは常識の分かる人…もといメカらしいが、某不遜なヒーローに関してはまったくそのあたりの気遣いはできない。三笠が何か思いついた様子でぽんと机を一叩きした。
「よし、リラが直ったらジョーシンの携帯ちょっといじっとこ。」
「いじる?」
「携帯なら操作できるやろ。」
「待て。俺の携帯を魔改造する気か。」
「人聞きが悪い。機械音痴にも分かりやすいようにしたるって言うてんのに。」
「オンチじゃねえ。説明が一切ないだけだ。」
「まぁ何にせよリラが直った後の事考えんとな。」
中埜がウーロン茶の入った湯呑みを見つめながらポツリとつぶやいた。
「さっきもちょっと話しとったけど、ボク等せっかくやっと集まれる状態になったんやから、これからはできるだけまとまって行動した方がいいんやんな?向こうはキヴァトってヤツ以外は島に居てるんやろ。」
そうだとしても俺の家に集まらないでほしい。
「キヴァトも一人ってわけちゃうで。なんぼおるんかは知らんけど兵隊っちゅうか部下ならそこそこ居るみたいやし。」
新は先日ヤン車で送ってくれた二人組を思い浮かべた。教授の部下にしては大分ファンキーだ。どういう基準で人を雇っているのだろうか。ヴァルルカンになった中から何とか選んでいるのか。いや、よく考えたら杜若先生はまともだが中身のキヴァトはアチラ側のやつなのかもしれない。ボロボロの様子しか見ていないが少なくとも服装は素っ頓狂だった。
「ゴメンね、僕一人だけ家が遠いから集まるの大変かもしれない。」
「いや、むしろお前が一番うちに来てる。」
充斉がちょっと驚いた顔をしているが実際アズはこちらに来過ぎだと思う。
「充斉の家の方面にはヴァルルカンはいないのかよ。隣の県ばっかり攻めててもダメなんじゃないのか。」
「そっちの方はもう終わってるからな。」
三笠が答えを引き受ける。
「終わってる?」
「うん。アズが最初の一週間であっちゅう間に蹴散らかしたでな。」
「そ、そうなのか。そしたらこっちの県の方が大分敵が強いんだな。」
「強いっていうか、あと残っとんのがここくらいなんさ。元々各県にそんなワラワラおったわけでも無いんやけどな。日本国内だとある程度地域ごとに担当みたいなのが決まっとって、その地域で決着がついたらそこの奴らは大抵引き揚げとるから。」
引き揚げる、という言葉の意味を考える。「落ちる」のとは違って自主的にやめるということだろうか。
「そらまぁ、九州で戦ってきて~とか言われてもボク等じゃ中々行けやんもんな。」
「そうなんさなぁ。」
よくよく考えればそうならざるを得ないのかもしれない。地球の民の協力が必要である以上、ペアの生活にどうしてもそのあたりは引きずられてしまうものだろう。
「じゃあ、お金持ちの暇な人がいたらどこでも行けそうだね!」
「充斉、貴族じゃあるまいし今時のお金持ちは普通忙しいと思うぞ。」
「ええ~そうかなぁ。クラスメイトの家のお姉ちゃんとか毎日家でゴロゴロしてるって言ってたよ。」
そういう手もありか。赤貧の新からするととんでもない話だが世の中にはそういう人もいるのは確かだろう。そこを狙ってペアになれるとしたら戦術的には非常に強みになるに違いない。
「なおさら魂ぶっこ抜くなんて許せやんなぁ。」
ポツリと中埜がもらした。そうなのだ。相手はそういうことをしてきているという。
「前にちょっと言ってたけど、その魂を抜くのをやり出したのが俺たち地球人の方なんだろ。真っ先にそいつ締め上げた方がいいんじゃないか。」
「うーん、まぁできたら苦労しないんやろけど。」
三笠がウーロン茶を飲みながら考えるそぶりを見せた。
「やり出したのって誰なんだ?杜若先生ではないみたいだったけど。」
「ジョーシンは知らんと思うけど、多分ケズデットってヤツのペアや。そのペアが誰なのか素性は分からん。地球の民が考えたらしいというのは、ちょっと前にアズがしばいたったヴァルルカンの一人がそういうことを漏らしたんで知ったんやけどな。」
「前に三笠から聞いたな、そのケズデットの名前は。真珠島のボスの奴だな?」
「うん。アズもそう言ってたよ。でも実際に悪いこと思いついたのはもしかしたら別の人かも。」
充斉の方を見た。
「どういう意味だ?」
「ケズデットって島から出てきてないんでしょ。魂を抜いたりするのはキヴァトとか他の人がやってるみたいだからさ。考えたのももしかしたらそういう、他の人なのかなって。」
「キヴァトが「上からの指示で」魂抜いとるって言うとったし、何にせよ悪い事しとるんに変わりはない。」
ケズデットだろうがその部下だろうが、真珠島の拠点を中心に活動している奴らを何とかしなくてはならない、ということだろう。それにはやはりあの空飛ぶ島に潜入するより無いのかもしれない。ヌリエラのようにこちらの市内まで出張してくる奴が他に居なければ、の話だが。
顔を上げると、こちらをじっと見ている中埜と目があった。
「新くん、そのリラシュさんが直ったらまたそろって行動するとは思うけど、それまでの間新くんが狙われる可能性が一番高いと思うんや。唯一生身やし、顔とか名前とか住所とかこれでもかというくらい個人情報が割れとるやろ。」
「確かに!?」
「せやもんで、もし心配なんやったらボク、しばらく一緒に住んだってもええんやけど。」
…。
どういう意味だ。
「あれ、ケーくんおうちの人は大丈夫なの?」
「うん。うちのママめっちゃ理解あるし新くんの家っていえば全然OKやし。」
「待て。何で俺の家だとOKになるんだ。」
というかそれ以前の問題でだな。
「それ、できるんならええんちゃう。確かにジョーシン結構遅くまでバイトとかしとるし、夜道とか大概狙いやすいやんな。」
三笠の援護射撃を受けて中埜がニンマリ笑っている。
「待て待て待て。仮にもバイトの後輩だ。」
「ボクがええっていうとん。問題ないやん。」
「俺の都合というものがある。」
「ジョーシン、襲ったりしたらアカンで。」
三笠がキッと睨みつけてくる。
「誰が襲うか!とんでもない!」
「新くん紳士やん、ほら、問題ないやろ。」
中埜の表情が一層輝いた。目がとろみを帯びている。
「だから!お前ら!」
「いいなぁ、僕もお泊りできたらなぁ。」
「遊びじゃないんだが!?」
もうやだコイツラ。
「冗談やって~。」
中埜が腹を抱えてケラケラ笑っている。冗談に聞こえないから困っているんだ。涙目まじりに中埜が言う。
「冗談はさておき、ほんまに一番危ないんは新くんや。ボクが一番近所やでな。何かあったら携帯かけてな。夜中だろうが早朝だろうが飛んでくから。」
危ない、危ないと言われても、どうすることもできない。いざとなったら頼らざるを得ないのは間違いない。
「かける余裕があればな。」
そもそも生身で巻き込まれている自分は何なんだと改めて思う。フェチケでもヴァルルカンでもなく、単に心優しい(と、誤解されている)地球の民なんてどうも俺くらいだと思うのだが。
「ヴァルルカン側の素性の分かってるやつって他に居ないのか。分かってれば顔見た段階で隠れるとか、少しは対処できると思うんだが。」
「ちょっと待ってな。顔なら少しは情報あるで。ヴァルルカンはマスクとかしとらんでな。」
新の言を受けて三笠はスマートフォン型のデバイスを取り出した。例のラップを引き出す動作をすると、空間の上に光が踊る。はじめて見たらしい充斉と中埜が感嘆の声をあげた。しばらく三笠が操作を続けると、やがて何かのリストが現れた。模様が羅列されている。
「ええと、まずカッキーは分かっとるやろ。ペアはキヴァト。それからその兵隊で接触の記録のある、落ちて無いのがこの4人な。」
リストの一部をタップすると、ふわりと顔写真が浮かび上がった。杜若教授の鼠顔の横に、先日の車で送ってくれた怪しい二人組と、見知らぬもう二人が表示されている。
「それから情報として残ってるのは…ああ、これ。オグがゴールデンウィークあたりで会った事になってる。」
あ!と中埜が声をあげた。
「コイツ!これやこれ、スラッとした賢そうな兄ちゃん!前に言っとったやつや。」
夜の砂浜と思われる場所で立っているのはスラリとした青年だった。ただし画像は小さいものを拡大したのか不鮮明で、顔まではっきりとはわからない。この写真だけでは本人に会ったとしても気づかない自信がある。
「それからこれは…なんや。あんまり情報ってほどでもないけど。ヘリコプター?ヌリエラとアズで接触ありになっとるけど。キヴァトの兵隊かなこれも?」
「あったなぁそんなことも。」
画像は残念ながらヘリコプターの機影と縄梯子につかまる人物のシルエットだけだったが、よく覚えている。紫夜がピザパの帰り道で拉致されかけた際にヌリエラを助けに来た人物が確かに居た。
「忘れるところやった。これ、この人については結構わかっとるわ。」
表示されたのは厚縁のメガネをかけた人物だった。新と同年代くらいに見える青年は、厳しい表情で手元の新聞を見つめている。背景は、見たことのある図書館だ。
「臼井数人。春から行方不明になっとる例の、私等の大学の先輩や。」
名前を聞いてピンときた。新は、彼をよく知っていた。と言っても知り合いではない。一方的に知っている。最近失踪届が出されてから小さなニュースになったのだ。大学生によくある、単なるドロップアウトだろうと言われていたのだが、まさかヴァルルカンが噛んでいるとは。
「この人だって分かってるって事は、ヌリエラみたいに堂々と出てきてるってことだよな?」
「いや、ちゃうねん。ヴァルルカンとしての情報はこの間アズが真珠島に乗り込んだ時に初めて得られてん。どうも向こうで捕まっとる、というか魂を抜かれてるようなんや。」
「代わりに向こうの奴がペアになってるってことか。」
「キヴァトがそう言ってたみたいやで。アズが直接聞いたらしいわ。」
「よく名前まで教えてくれたな。」
「あー、教えてもらったというよりは、脅された成り行きでわかったと言うか。」
「どういう意味だ?」
充斉がハイ、と小さく手を挙げた。
「アズが真珠島に行った時、ヌリエラを捕まえるとこまでいったんだけどね。離さないと代わりにそのお兄さんを何とかするぞって、脅されたんだって。」
「ああん?それだとヴァルルカン側の人数が減るやんな?何でそれが交換条件になるんや?」
中埜に問われ、三笠の眉が垂れた。
「臼井さんは…アズが元々ペアになるはずやった人や。」




