HEROと黒い箱6
夜の公園の東屋は仄暗い。
「変身するのにあの箱が必要だったって事だよな?そういやヒーローものっていったら時計やらベルトやら要るもんな。」
ベンチに座る新は独り言のように呟いた。すぐ隣には銀色マスクのヒーローが立っている。
「必要っていうか、箱の中身がオグのペアだからだよ。」
は?
アズの事を思わず見上げる。
「中身って、オグのペアは中埜だろ?」
どこぞの"地球の民"が箱詰めされてたなんてそんな面白い話が。いやいやいや。無いだろう。
「いや、まぁ敬がペアと言えばそうなんだけど。オグだけちょっと特別なんだ。あの箱は鞘みたいなものでね…、」
「アンタ、何してるかわかってんでしょうね。」
廃棄物の山の隙間に、ロボットと、倒れたヒーローと、高校生。口を開いたのはヌリエラだった。睨みつけた先には、中埜。斬りかかったヌリエラの鋸は中埜が握る柳刃包丁に進路を塞がれていた。
「ボク、いつの間に?待って、飛び出したつもり無いんやけど!?」
「アンタが自分で飛び出したからこうなってんでしょぉがぁぁ?」
目の前の巨大なロボットが刃に込める力を増した。グイと押されるのを、まさかの生身の中埜が止めている。
「えええ!まっ、ちょっ、すごいシチュやねんけどこれ!庇えたのは嬉しいんやけどホンマに無意識というか…!」
「オグに消えられると困るんでな。文字通り、助太刀申す。」
「!?」
すぐ近くで誰かの声がした。刃を受け止めながら何とか視線を左右に振るが、他に誰がいるわけでもない。
「ここだ、俺だ。そっちじゃない。そう、手元に居るだろう。」
「は…!?包丁…?」
言いながら、中埜が鋸をスルリと躱し、ロボットの懐から右手を一撃してみせる。
「ちょ、また身体が勝手にっ。」
そのまま一跳ねするとロボットの胸を蹴り飛ばし、クルリとオグの前で着地をする。体勢を崩したヌリエラが後ろに足をつくのを見ながら、空いた右手でヒーローを担いで一目散にスクラップの山を目指した。
「ふぁっ、ボクさすがスピーディやん!」
相変わらず勝手に身体が動いているのだが既に慣れてきている中埜だった。背中から機械音混じりの舌打ちが響く。
「アンタここじゃあ人間と思って見逃してやってたけど、そういうつもりなら手加減しないであげる。」
ロボットは背中に鋸をしまい込むと、両手を広げて見せた。周りの山からそれぞれの手に部品が吸い寄せられていく。
中埜はオグを山の裏手に降ろすと、ゆっくりと歩いて通路まで出た。包丁から声がする。というよりすぐ隣にいる誰かが話しているように聞こえるのだが、とにもかくにも包丁が話しかけてきているらしい。
「小僧お前、正気のままだな。普通の人間は俺がツくと意識が無くなるんだが。」
「なんや分からんけどそうみたいやな。味方でええんやろ?身体、預けるで?」
中埜が確認する。
「味方かどうかは、握る相手で変わるな。それが"武器"に与えられた使命ってもんだ。」
「なんや、超展開やけど任せるわ。あ、動くんは自分か。」
ケラケラと笑ってみせる。
「この時代にしちゃ随分と肝の据わった奴だ。気に入ったぞ。」
声に喜色が浮かんでいる。
柳刃包丁はスルリと形を変えると、左腕の刀身を残しつつ甲冑のような姿に形態を変えた。
「気休め程度にはなるだろう。」
「うぅん、まさかこんなコスプレ対決に参戦するとは思ってなかったわ。」
「コスプレとは失礼ね!」
中埜が顔を上げると、ヌリエラはまさに武器を紡ぎ出したところだった。両手にそれぞれ握られているのは巨大なピザカッターの様な、鋸の刃を円盤状に配した武器だった。
「ミンチのコスプレでよければ協力してあげるけどぉ。」
「ああん、どうせならステーキにしたって。」
怖くないといえば嘘になるが、感覚と身体が別々にされているためか不思議と震えも躊躇いも感じなかった。意思を置き去りにして、はじめの一歩が踏み出される。
「そんなことあるのかよ?」
新は内心げっそりとしていた。
「聞いたことないかな、"妖刀〜"とか"呪われた〜"とか。」
話を聞けば聞くほど段々と色々な出来事を受け止めるスキルが上がっていくのだが、大変に不本意だった。
「じゃ、中埜の探してたネックレスってのは、」
「多分その刀か何かを潰して作ったんじゃないかな。第5象限の方では人格を持った姿になるから箱に入れて塞いでたんだと思う。私たちと違ってそうした"意思を持った器物"とペアになる場合は、第5象限まで持ち込める代わりに器物が憑いた地球の民、今回でいうと敬みたいな存在が必要になる、みたい。」
最後の「みたい」からすると、アズもその辺りは詳しくないのだろう。
「ふぅん。つまり、そのネックレスが人手に渡ったらソイツがペアになるのか。」
「そういうことになるね。」
新は日本刀を振り回すオグを想像した。うーん。とても絵面がファンキーだ。
「日本刀じゃ重機に勝てない気がするんだが…。」
想像の中で日本刀が爪楊枝のようにへし折れた。
「ああ、大丈夫。オグがブシュテルするから。」
「…おう。」
もうあえて単語の意味は聞かないことにした。中埜だけで第5象限に入れていたのも、オグが特別だったからということだろうか。
「あいつ、すぐ引きこもるからな。」
ポツリとアズがもらした言葉が聞き捨てならなかった。
「あいつって、オグのことか?」
「うん。」
「引きこもる?どこに?」
「引きこもるっていうか、寝ちゃうというか。寝ると誰かが起こすまで起きないし。」
「まさか今回も寝てたせいで中埜が変身できなく…?」
「ああ、いや、それは敬が箱を落としたからだよ。その前の話だね。バラバラにされたとかって言ってたでしょ。」
確かにそんなことを言っていたような。アズが続ける。
「多分増幅しすぎたんだろうと思うけど。反動で寝ちゃうし、起こすのにコツが要るから面倒なんだよね。」
アズが珍しく饒舌なのは、おそらくそれだけオグに対して言いたいことが溜まっているのだろう。随分と世話をしたというのも、ダテではなさそうだ。アズがこれまた珍しくため息をついた。
「それにしても遅いな。」
「え?まだ大して時間経ってないぞ。」
「オグの早さならもう終わっててもおかしくないんだけど。」
苦戦、いや、まさか最悪のパターンになっていたりしないだろうな。そういえば第5象限でペアが負けたら、その時カタワレはどうなるのだろう。
その時、突如ポケットから電子音が鳴り響いて、新は飛び上がって驚いた。
「なっ、なんだなんだ!?」
「新ちょっとウーラ貸して。」
アズにアラームの鳴っている痛デバを渡すと、何やら操作を始める。ようやく耳障りな電子音が止んだところで、アズが怪訝な声をあげた。
「リラからだ。」
「リラシュさん?直ったのか?」
「いや、そんなはずは…。」
「なんて連絡きたんだ?」
アズはそっと新にウーラを返した。いや、渡されても読めねぇから。それに気付いたのか、そうでないのか、アズがくるりと後ろを向いた。
「なんにせよ行くぞ新。」
あ、気にしてないんだわコイツ。
天才というものは、生まれながらに与えられた、類稀な能力のことを言う。平凡な毎日を過ごす大半の誰かにとって、そんなものとは自分は無縁なのだと、そう思っていることだろう。しかし才能の発見には、発現すべき環境というものが無くてはならないものである。平凡な毎日の中で埋もれていたその才能は、非日常の場面に直面した時、もしかしたら発揮されるかも知れないのだ。
…何が言いたいかというと。
「天賦の才、だな。」
先ほどまで綺麗だった通路にはスクラップが散乱していた。
次々とヌリエラが生成した武器が、今また鉄屑へと姿を変えてそこかしこに散らばっているのだった。
「冗談キツイんじゃないのちょっとぉぉ。」
ヌリエラは、誰がどう見ても満身創痍だった。装甲は所々剥ぎ取られ、剥き出しの電線がいくらかショートを繰り返している。
対するのは、鈍色。
「小僧、武術の心得があるのか。」
包丁の声がした。
「レジと木登りの心得なら少々?」
息一つ切らしていない、涼しげな声だった。
「…恐れ入った。」
ガシャンッ
目の前でロボットが外殻を一つ脱ぎ捨てた。まさに脱皮のような格好で、一回り小柄になったロボットがそこにあった。目の奥の光が再びぼんやりと強くなる。
「まだ、まだぁぁぁ!」
ガシュッ!!
蒸気を漏らしながら駆け出したロボットの腕には、再び鋸が握られている。足元を狙って繰り出されたその刃を前に、中埜はスタスタと進むその歩みを止めない。まるで意に介さない中埜の脚を、鋸が完全に捉えた。
「なん…で…!」
しかし鋸は空を切る。反動でそのまま体勢を崩したところを、ツイと柳刃の刀背が押してやった。
「さっきから全部すり抜けるのよぉぉ!?」
何度目かになる、転倒だった。
ヌリエラがなおも身を起こそうとすると、これまた何度目か装甲が剥がれて落ちた。腕のパーツが剥がれると、ついに生身の腕が露出した。
「どういうことよっ、納得いかないんだけどぉ!?」
ヌリエラが吠えると別のネジが飛んだ。
中埜はもはや甲冑を着けていなかった。左手に、ただ一本柳刃包丁を持っているだけである。
「うーん、ボクもさっきから謎なんやけどなぁ。」
「はぁ!?何よそれぇ。企業秘密ってワケ?」
中埜はふるふると首を振った。
「ボク隠し事とかできないやんか。」
「知らないわよ!」
「ここでは、」
ふいに包丁の声がして、二人は視線を柳刃に向けた。
「想いの力が具現化するようだな。そうでなければ、俺がこんな風に姿形を変えられるわけがない。」
言うと、包丁がスルリと手から落ちた。見る間に人の形を成す。中埜はお手上げをしながら、現れた人物をまじまじと見た。そしてふと気付いてグーパーする。
「あ、いつの間にか身体動かせるようになっとる。」
「おそらく、そこのカラクリ人形よりも、小僧の力が圧倒的に強いんだろうよ。」
「ボクが?」
ガラガラと音を立てて、何とかヌリエラが立ち上がった。頭部も含めてほとんど生身の姿に戻っている。
「納得、できないわ…。負けられないって気持ちはぁ、アタシの方が断然上のはずなんだけどぉ。こんな…訳も分からず出しゃばってきた奴に…。」
柳刃包丁がニヤリと笑った。
「普段から妄想激しいんじゃないか小僧。」
「なんでバレたん!?」
「そんな理由!?」
各々のセリフにからりと笑うと、柳刃包丁はヌリエラに向かって歩き始めた。
「ま、そんなとこだろ。きっとアンタ、勝ちたいって気持ちが強すぎるんだ。小僧はそこんとこ、もっと目の前の一つ一つの動作に夢中だったからじゃあねぇかな。」
ヌリエラが、肩で息をしながらも鋸を構えた。小柄な包丁は、間合いをとった位置で立ち止まるとヌリエラをじっと見据えた。鷹のような鋭い眼光で、上目遣いに相手を射竦める。
「おい、そこのカラクリ。」
「な、何よ。」
つられてヌリエラも見返した。湊鼠の袴に錆浅葱の着物である。裾は所々がほつけてボロボロだ。頭もざんばらで何とは無しに野暮ったい。
「お前…、」
柳刃包丁の目が一段と鋭くなった。
「お前さん、よく見ると美人だな。」
「…は?」
「悪りぃな、最近目が悪くなってよ。歳かね。」
トコトコと中埜も近くにやってきた。
「あぁ、うん。確かに美人やな。もったいない。」
「はぁ!?何よイキナリ!?」
ヌリエラの動揺につられて装甲がまた一枚崩れた。高い位置で括った髪の毛がフラフラ揺れる。
「うん、ちょっとこう、顔をもう少し横に、そーそーそー!その角度!ヤァ、"難波屋おきた"みてぇだな。いいねぇ中々の別嬪だ。」
「な、な、な…!?」
相好を崩す柳刃包丁にはやされて、ヌリエラは真っ赤になった。
「ほッ…褒めても何も出さないわよ!?」
「いやぁ、別に何が欲しくて言ってるわけじゃあねぇよ。別嬪は存在そのものに価値があるんでぇ。」
顎をさすって目を細める柳刃包丁の隣で中埜も頷いている。
「うんうん。目の保養になるしな。スーパーモデルみたいでスタイルもええし。」
「アタ、アタシはそんな…!」
頭から湯気が出そうな勢いで口をパクパクさせている。ああ、褒められなれてない。誰がどう見ても褒められなれてないぞヌリエラ。
「いやぁ、見れば見るほど。うん、俺の好みだわ。」
「近い!!」
いつの間にか柳刃がヌリエラの目の前に立ってしげしげと見つめている。
「お嬢さん、好いた相手は?」
「はぁ!?なななな何を言ってん…」
「あ。」
ヌリエラがブンブン腕を振り回した瞬間に、鋸がすっぽ抜けた。
「ほい!ナイスキャッチ。」
パシリ、と中埜が鋸を掴んだ。
「きゃああああーーーーーっ!?」
瞬間、ヌリエラの悲痛な叫びが轟いた。
「あ、あああ、アンタ何てことを…っ!!?」
「え?何をそんなに驚いて…。」
ぐるり、と。鋸と目が合った。
…鋸と?
ビシャァアアアアン!!!!
稲妻が天を裂いた。
空がメッシュに細切れると、ぐるりぐるりと要素が反転していく。廃棄物置き場は瞬く間に姿を消して、夜の帳が顔を出した。




