HEROと黒い箱5
淡い葉柄のカーテンから月明かりが透けている。照明も扉も調度品もない、不自然な部屋だった。カーテンが閉じているので、外の様子も分からない。その不自然なほの明るい小部屋に四人が居た。一人は一隅に。二人は部屋の真ん中に。最後の一人は中央の一人の真後ろに、隠れるように立っている。最後の一人が不安げに声を上げた。
「この人たち、何?」
隠れているのは13歳程に見える小柄な少女。いや、見た目通りの年齢ならばその歳の割には背が高いのかもしれない。しかし隣に立つ人物のせいで必要以上に小柄に見える。少女はピンク色のコットンパジャマを着て裸足だった。床はパジャマと同系色のカーペットなので、彼女の格好はこの部屋になじんでいる。しかし彼女のしがみついている相手、長身の人物の方はおかしな姿に見えた。
「敵よ、敵。こんなこと、できるのね。ちょっとビックリしたじゃない。」
17歳くらいだろうか。長い黒髪を高い位置で一本にくくった180cmはありそうな長身で、丈の長い真っ白な上衣と緩やかなシルエットのズボンという、アオザイのような服装だった。彼女は裸足ではなく、飾り気のない布地の靴を履いていた。服装は全体的に白っぽいが、肌色は健康的に浅黒く、ガッチリとした体格をしている。背中の幼い少女を護るように、対峙した人物を睨んでいた。
向かい合っているのは空色のノースリーブパーカ。中埜だった。距離の割に目の前の人物が大きいので、自然と視線は上を向いている。
「ああん、うらやまデカいやんヌリエラ。身長分けて欲しいわ。」
「アンタ誰よ。いきなり心外なんだけど。好きで伸びたんじゃないわ。」
「あ、そうか。初対面やったな。ボクのことはケーって呼んでな。」
「…コイツ、アンタのペアなワケ?」
ヌリエラは部屋の隅にたたずむ銀緑マスクに目配せをした。壁にもたれかかったままオグが首を傾げた。しばらくしてからようやく頷く。それを確認してヌリエラは視線を中埜に戻した。上から下まで視線を這わせると、眉間に皺を寄せる。
「ふぅ…ん。アンタ、男?女?」
確かに思わず問いかけたくなる見かけではあった。服装も、顔も、髪型も、良くも悪くも性差がパッと分かるような特徴がない。問われた中埜はへらりと笑った。
「自分では、多分、男だと思っとるんやけど。最近自信ない。」
「何よ、ソレ。」
「社会的には女。」
「…性同一性障害ってヤツ?」
「ううん。身体も半分男やし。」
「ええ?何よ、ソレぇ?」
「何なんやろなぁ。そういう生き物だと思ってもらえたらええんやけど。強いて言うならカタツムリと大体同じ。」
「軟体動物でいいワケ!?」
「あ、でもあいつ等自家受精とかできるからなぁ。ボクむしろ劣化版カタツムリ。」
「それでいいの自分!?て言うか判断基準そこなの?」
混乱中のヌリエラの服の裾を、後ろの少女が小さく引いた。大きな瞳がぱちぱち瞬きを繰り返している。栗色の柔らかい髪といい、色素の薄い瞳といい、人形のような顔立ちだ。格好こそ違うが、彼女こそが芝生の広場で「ヌリエラ」と呼ばれていた少女であるのは間違いない。その少女を振り返って、ヌリエラは長躯を少し屈めた。
「ごめん乃理愛。」
「ううん。何か、悪い人じゃなさそうだなって。」
乃理愛は背伸びをしながら小声でヌリエラに話しかけた。ヌリエラも彼女に合わせて若干小声で答える。
「騙されちゃダメ。気を許しちゃダメよ。特にあの奥に立ってる緑には。」
耳打ちするには身長差がありすぎるため、外にも会話ははっきり聞こえてしまっている。
「…あれ…ボクまた何かディスられた…。」
「やめたげて!オグのメンタル割と豆腐だから!」
すかさず中埜が叫んだが若干手遅れだった。オグの影が一段濃くなっている。
「…敵…か…。」
元々小さな声が余計に小さくなった。オグの澄んだ声が響く。
「…"敵"なことは、確か…だね…。」
緩みかけた空気が少し変化した。
「どうやったか知らないけどぉ、ペアが分かれてるってことは直接アンタとアタシで決着つけるってことでいいワケ?」
「…交渉を、しに来た…。」
いつの間にかオグが中埜の隣に立っていた。瞬間移動に乃理愛が再び目をぱちぱちさせている。裾を握る手に、そっと力を込める。オグが続けた。
「…ザスロを渡して、降りてほしい…。」
「アハッ!何言っちゃってんの!」
「…そしたら、落とさなくて済む…。乃理愛と別れなくていい…どう?」
最後のオグの提案で、ヌリエラの笑顔が引っ込んだ。
「何よ。ハナからアタシが落ちるみたいじゃない。」
「どうなるかはもう自分が一番わかっとんちゃうんか。」
「…。」
中埜の言葉を受けて、ヌリエラが顔をしかめた。ギロリと中埜を睨みつける。
「これからは参加してるフリしろってこと?」
「せや。こっちには留まるけど実際には参加しやんでくれればええ。そしたらボク等も戦う理由が無い。」
言いながら中埜は、そっと乃理愛を見た。乃理愛も中埜を見た。目には怯えの色が走っている。中埜には彼女の怯えがよく分かった。それだけに心が痛んだ。
「バカじゃないのアンタたち。」
ヌリエラはしかし、冷えた声音で一蹴する。
「そんなこと、ルールで認められるワケないじゃない。」
「…禁止も…されてない。」
「渡してハイ、終わり!…アタシがそれでその後ずっと大人しくしてるとでも思ってんの?」
「…そうしてほしい…。」
ヌリエラは乃理愛を振り返った。視線が合うと、自然と柔和な笑顔が出た。頭をひとつなでてやる。つられて乃理愛の視線が下がるとヌリエラが振り向いた。別人のような形相だった。
「無理無為無駄無視残念賞よ。アハ!誰だと思ってんのアタシのこと。」
乃理愛が顔を上げた。そのまま哀しそうな表情を浮かべると、そっとヌリエラから離れて壁際に寄る。ヌリエラが上衣の背中側の隙間に手を差し入れると、どこからかゾロリと長物が現れた。三尺ばかりの例の鋸だ。長躯の彼女の手にあって、歪な刃物は収まるべき場所を見出したようだった。
「水辺支部幹部の重機遣いを見くびって貰っちゃぁさぁぁあ、困るんだよねぇぇえ!!」
落雷のような音が響いた。
小部屋の壁と言わず全体に光のメッシュが走った。やがて切り分けられた各要素は反転し曇天の廃棄物置き場に取って替わる。気づけば立って居るのは鉄屑の臭いがほのかに漂う、目抜き通りのような通路だ。前後にはまっすぐに平らかな道が伸び、左右には堆く積み上がったスクラップ品の山が幾つも並んでずっと続いている。未舗装の通路にはゴミのカケラも無く、妙に人工的な印象だ。
空間が広がったのを確認して中埜が後ろに一歩さがる。さがりながら、ふと思いついて後ろ向きにストンと跳んでみた。踏切の際、目一杯に貯めを作ったのを差し引いても異様な高さの跳躍だった。事もなげにバク宙をして着地を決める。それに気づいてオグが首だけ振り返った。
「…馴染むの早いね…。」
「ああん、やってみるもんやな…変身せんでもできるんや。」
跳んだ自分自身で驚いている。オグも感心していた。
「…地球の民だとよっぽど頭柔らかくないと無理なんだけど…。」
「多分ちょっとくらいアホな方が応用効くんやなココ。何やめっちゃ楽しいやん。」
言いながらも一つ一つ身体の動きを確かめながら跳んだり跳ねたりして見せる。
「…そうか、第五で代わりに動いてた…から…。」
オグが中埜を見たままスイッと半身を引いた瞬間、その半身のあった場所を鉛玉が駆け抜けた。
「ちょっとぉ!完全に和んでた癖に避けないでくれるぅ!?」
ヌリエラの声がしたが、振り向くと別のものが立っていた。
「なんでロボットおんねん。あ、いや、エイリアンか?」
確かにそこには身長3〜4メートル程の二足歩行の人型ロボットが立っていた。黒い機体にピンクの差し色。背中にはロングマントがはためいている。肩口には吸排気用と思しき開口を備え、目には緑色のランプ。左前腕に装備された小型の機銃から小さく硝煙がのぼっている。装甲は滑らかで、曲線を基調とした細身のロボットだった。
「あー、映画?アニメ?なんやボクどっかでこういうやつ見たことあるわー。」
「…思った形になるからね…思い浮かんじゃったんだろうね…。」
「ちょっとアンタたち無視してコソコソ会話してんじゃないわよぉ!」
目の前のロボットは怒ったらしく腕をブンブン振り回している。動く度にシュインウインと軽やかなモータ音が響く。声は機械音混じりだがヌリエラの声だ。彼女(?)はあたりをキョロキョロと見回すと胸の前でバシリと拳と掌を合わせた。
「ま、別にいいわ。ココ何かアタシ達のホームみたいだからやりたい放題できちゃいそぉだし。」
言いながらロボットが右手を真横にかざすと、隣の山から吸い込まれるように部品が集まりはじめた。部品はガシャガシャと組み上がり、1メートル超の重機関銃が現れる。完全に形が出来上がると、ロボットはそれを片手で軽々と担ぎ上げて見せた。
「…なるほど、アウェイだね…。」
オグも背中からゾロリと柳刃を伸ばした。両手の甲側に一本ずつ、曲線が光る。
重機関銃からの掃射の始まりとオグが駆け出したのは、ほぼ同時だった。毎分5百発を数える弾幕が瞬く間に視界を塞ぐ。
火薬と砂の煙の隙間に、時折キラリと光ってみえるのは、柳刃の影だろうか。徐々に距離を縮める反射は、ヌリエラの手前数メートルほどの場所に来て、くるりと身を返した。煙の隙間からヒーローが躍り出る。
「どうやったら機銃掃射に突進できんのよぉ!?」
ギィン!
甲高い音を立ててヌリエラの装甲に一撃がかかった。
「…やれると思うことが…大事…。」
そういう問題では無いと思うのだが、生憎とオグの呟きは掃射の余韻で誰の耳にも届いていない。続けて2撃目が右肘をかすめたが、大きなダメージは与えられていないようだった。
懐に飛び込まれたヌリエラはさっさと重機関銃を手放すと、続けてスクラップの山から大型のチェーンソーを紡ぎ出した。オグが滑り込んできた足元めがけてそのまま振り下ろす。下降に合わせて刃が回転を始めると再び爆音があたりを包んだ。ヌリエラが身をよじると砂礫を撒きながらチェーンソーが空気を薙ぐ。
「あぶっ…!ああん、外から見てるとヒヤヒヤやんかこれ。」
中埜は少し離れたスクラップの山の上から闘いを見守っている。乃理愛はどこかに隠れているようで姿は見えない。
「…あれ…困ったな…。」
「ふふ、気づいたわね。」
既にチェーンソーを躱しながらオグはヌリエラの隙をうかがっている。しかし中々次の一手を打てずにいた。見ている方がヤキモキしてくる。
「何やオグらしくないやんか。もっとこう、ささーっと…!」
「…やりたいのは…山々なんだけど…。」
アハハハハハッ!
「継ぎ目がどうとか言ってたからぁ、なくしてみたんだけど〜?まさか効果バツグンだったわけぇ!?」
ブゥン
また一つチェーンソーが舞った。チリチリと砂煙を浴びながらオグが飛び退る。
「…まさかだよねぇ…。」
「まさかなん!?」
「バカ丁寧にセツメーまでしてくれちゃってさァ。アハッ!分かり易かったワケじゃないからぁ、そこは誤解しないでよね?」
オグは諦めて再び距離をとった。ようやくヌリエラも物騒な機械を振り回すのをやめる。確かにロボットもチェーンソーも装甲に継ぎ目のない、滑らかな線で構成されていた。唯一関節などの部分だけは多少の凹凸が見られるが、継ぎ目にあたる箇所も緩やかに線が繋がっている。どことなく生ものらしさを醸しているのは、どうやらこういうところらしかった。
「…ピンチだね…。」
「まだや。形勢が逆転したわけちゃうやんか!少しずつでも斬り込んで行けば…!」
オグの膝がカクンと折れた。
「えっ、オグ?」
「…時間切れ…みたい…。」
そのままヒーローが膝をついた。
ヌリエラも呆気にとられてそれを眺めている。
「アタシまだ何もしてないわよぉ?」
消え入りそうな声がする。
「…前借りし過ぎたね…あとは…よろ…」
「えっ?ボクに言うとる?」
パタンとうつ伏せに倒れるとそれきりオグは沈黙した。
「えええええ!?何この展開!?」
「えっとぉ、これってトドメ刺しちゃっていいワケ?いいよね別に。アハ!もしかしてラッキー?」
ロボットはチェーンソーを投げ捨てると、今度は背中から例の鋸を取り出した。3尺の乱杭歯の得物が果物ナイフのように見える。チェーンソーの方が余程強そうなのだが、ヌリエラは気にする様子もなく、手元で鋸の握りを何度も確かめる。
そして、一息に駆け出した。
「じゃあなぁクソ緑ィ!今度こそアンタのその首バラしてあげるからさぁぁ!」
「冗談じゃない!」
ザッッッ!!!
中埜の悲鳴と鋸の一閃が、視界を緑色に染めた。




