HEROと黒い箱4
オグの背中から伸びた帯は様々に寄り合い、目まぐるしく姿を変えた。今また形を変えた帯は、上腕あたりから前方に伸びていく。左右四本ずつの分枝となってアーチを描くと、ようやく動きを止めた。刃先の規則的な鋭さは、一つ一つが柳刃包丁のようだ。惚れ惚れするような見事な剛爪だった。
しかしその爪の一閃も、機敏に動くブレードに阻まれる。ブレードといっても剣ではない。巨大なチリトリのような形のそれだ。刃渡り40cmそこそこの爪が頼りなく見える。懐をうかがって間合いを詰める度に重たい金属のぶつかり合う音が響いた。分厚いブレード相手に高速での衝突を繰り返し、柳刃の先端は刃こぼれこそしていないが小さな凹みを作っている。
「ヴァンは特別にぃ、小回りがきくようにしてるのよねぇ。」
ヌリエラは得意気に小さく笑った。のんびりとした様子で芝生に立てた鋸ソードにもたれかかっている。流石の彼女もコレには乗る気が無いようだ。オグは内心で甚く感心していた。よくぞここまで速く。
対峙しているのはいつもの重機に比べればやや小型に見える機械だ。元はトラクターと思われる形状の紅白ツートンカラーで、基本の胴体サイズもそのままだが、あり得ない改造のされ方をしている。まずアタッチメントが無駄に多く、十徳ナイフ宛ら生えている。先ほどオグの爪を止めた小型ブレードの他に、ブロワーらしきものやアースオーガー、カマキリの手のように畳まれたリフトアームなどなど。さらには車輪の内側に四本の足が覗いていて、飛んだり跳ねたり出来る仕様になっていた。何より、とてつもなく素早い。
ヴァン、と呼ばれたトラクターはオグから少し距離を取ると、メインのアタッチメントをオーガーに変えたようだった。そして一般的にはやや巨大すぎるそれを地面に向けて突き立てると、出てきた時と同じように瞬く間に地中に潜っていく。
「!」
ゴッッッ
次の瞬間にはオグの真後ろの地面から二本の腕が伸びていた。一瞬速く飛び退きながら、横目で腕の軌跡を追う。再び潜行した腕は地鳴りと共に地下を走っているようだ。
(…本体は…)
再びオグの着地点目掛けて腕が突き出す。同じように飛び退く間に、空中のオグを目掛けてもう一本真横からの腕が伸びた。
ギィィンッッ!
間一髪防ぐ。
反動を利用してくるりと体勢を立て直すが、着地する前に三度地中から腕が伸びた。これでは、着地ができない。
「アッハハハハ!頑張れぇ。」
離れたところから無邪気な声が聞こえる。セオリーを無視すれば彼女を狙えばいいような気がするのだが、オグはヌリエラ自身を狙うのは筋が違うと思っていた。飽く迄も戦うべきは目の前の機械。
それに。
と、オグは思う。
背中から伸びた鈍色の帯は緩やかに輪郭を崩した。四股の爪はスルリと両腕を包むと籠手のような形態に変化する。再び地面からヴァンの腕が伸びてきたのを見計らい、オグは素早く手を伸ばした。ガチリと硬い音が響き、オグの身体が宙で止まる。直ぐに地面に向けて戻っていくヴァンの腕について、下向きの加速度が身体にかかった。その勢いを、着地と共に両脚で無理矢理に留める。それに合わせて目一杯に腕を引き上げると、ゴキリ、と鈍い音がした。細長い金属片だけがオグの手に残っている。
見事に決まった。が、カウンター、というには余りにも力任せだ。地響きをさせながら土中のヴァンが少し離れた地点に顔を出した。引き千切られたアームのあった場所はひしゃげて飴細工のようになっていた。
「何てことすんだよクソ緑ィ!」
ヌリエラが真っ赤になって怒鳴り声を上げた。
「…こっちの、セリフ…。」
オグが千切り取った細長い金属片を無造作に放り投げると、いよいよヌリエラの癇に障った。
「アンタ、こっちが遊んでやってればいい気になりやがって。」
「…君は寛いでたけど、重機は全力だった、ような…。」
「うるさいわね!」
小柄な少女は鋸を振り上げると、オグにホームラン宣言のポーズを取った。
「今日こそ落とすからさぁぁ、今の内にせいぜいタップリ空気吸ってなクソ野郎がよぉぉ!」
言い終わらない内に再び金属音が弾けた。ヴァンが一足飛びに駆け込み、それを受けたオグはそのまま反動で後方に身を翻す。その滞空の間に紅白がさらに踏み込んだ。
逆さまのオグの鼻先に一瞬でディスクローターが迫った。本来であれば深耕に使うシンバルを繋げたような農耕具だが、目の前のそれは何故か柄が長く伸び、螺旋状に刃が連なって回転している。
チュインッ
甲高い擦過音が夜空に舞った。
銀色が弾き飛ばされ、そのままの速度で芝生に激突する。2度、3度とバウンドすると、地面を這うようにゴロゴロと転げた。
ヴァンは着地に合わせブレーキをかけ器用にもくるりと反転する。四本足で芝生をガリガリと捲りながら体勢を整えると、今しがた撃墜した銀色に照準を合わせた。まだ身じろぎできずに居るのを瞬時に確認すると、メインのアタッチメントをアースオーガーに変え、再度地面を蹴る。反撃の隙は与えない。一息に近くまで移動し獲物のやや手前で軽く踏み切ると、全車体重をかけてオーガーを相手に突き立てた。銀色の塊が人形の様にぐにゃりと潰れ、そのまま地面に吸い込まれる様に埋まって行く。はじめはガリガリと耳障りな音が広場に木霊していたが、次第に土塊の香りだけに変わった。
これだけの暴力で壊れないはずはない。ヴァンは確実に仕留めたことを確認するために、ブレードとブロワーで周囲の土を掻き出しはじめた。
「アハ!だっさぁ!生き埋め可哀想だから出してあげる。アタシ、偉いじゃない?あ、もうぐっちゃぐちゃかな。生き埋めになってたらいいけどぉ。アハハハ!」
カキン
金属音がしてヴァンのブレードが止まった。獲物に当たったようだ。少し手前の土から掻くために、腕を引く。
カキン
再び何かがぶつかる音がした。どうやら石か何かに引っかかったらしく、うまく引き抜けない。
「やだぁ、肝心なときいっつもこうなんだからぁ。」
ヴァンは身体ごと一歩下がってブレードを引き抜いた。
ガキン
再びの金属音。
ヌリエラが目を細めた。眉間にシワが寄っているが、それでもまだよく見えない。確認したいことは二つあった。一つ目は、ヴァンのシルエットが「何かおかしい」ということ。もう一つは、時折ヴァンの周りで空気が揺れて見えること。まるで真夏に見る糸遊のようだ。夜も深く、月が出ているとはいえ距離があるのでよく見えない。ヌリエラの心の隅で、何かがざわついた。嫌な予感がする。
再び、揺らぎが走った。ヴァンがヌリエラを振り返る。顔はないが、心配そうな表情だ。駆け寄って抱きしめてあげたいと思った時には、それは二度と能わない願いになっていた。
風が吹いた。
時に甲殻のようにも、翼のようにもうねる鈍色。そんな様々の変化は、ほとんど風に溶けて観測することができない。若しかしたら鎌鼬とはこういうものなのかもしれない。
恐ろしく、速いのだ。
カチリ、という歯車の合うような音を契機に、ヴァンのシルエットがゆっくりとばらけて行く。
ブレードが地面に刺さったまま一人ぼっちになっている。
よく見るといつの間にかディスクローターが無い。
ブロワーが真っ二つに割れて外れた。
車輪が二つ転げると、つられたように膝が崩れた。ヴァンがなおも動こうと身じろぎする度にどこかのパーツが外れて、その形を崩して行く。やがてパキッと火花が散ると、小さな爆発音がして煙が吹き出した。
「…!」
ヌリエラは声にならない叫びをあげて、咄嗟に鋸を構えた。状況は完全には把握できていないが、どうにもマズイのだということは分かる。周囲に目を配りながらじわりと後退りをした。
どこから、いつから、何が。
背後に誰か居る気がして、ヌリエラは振り返った。暗い木立が並んでいた。
(戦略的、撤退の予感。)
思い始めて視線を戻した。煙を吐いて沈黙した機械と、そこかしこに穴があいてボロボロになった広場しか視界には映らない。
「…後は、何かある…?」
「ヒゃッ…!?」
目の前に突然銀緑マスクが現れた。先ほどからずっとここに居ましたと言わんばかりの体勢で鷹揚に構えている。ヌリエラの頭に愛しの重機達の絵が流れた。今日これから何機か出せないことも無いが、トラクターほど速度が出るものも、ケンタウロスほど硬いものもストックは無く、新機種はまだ開発中だった。つまり、戦って勝算のあるやつがいない。
「あ、明日、また明日続きを、」
「…今日こそ落とす…。」
ヌリエラがビクッとひとつ震えた。
「…でしょ…?」
先ほど自分が発したセリフだと思い出すのにしばらくかかった。
「ハル…。」
助けて、という言葉は声にならなかった。目の前のオグからただならぬ殺気を感じたためだ。
「ボク、ちょっと…怒ってるかも。」
「あ、謝るからぁ!ね、ゴメン、ゴメンなさい!」
「…どのことについて…。」
ヌリエラは必死に自分の吐いた暴言を思い出そうと試みた。いちいち自分の発言など覚えていない。
「落とす~、とか、クソ緑ィとか…あ!今は全然思ってない、思ってないからね!?」
視界から再びオグが消えた。芝生も消えた。代わりに夜空が見えた。いつの間にか足が地面についていない。オグがヌリエラの胸倉を締め上げていた。マントの継ぎ目がつられているため首は締まっていないがお世辞にも楽な体勢ではなかった。
「ア、アタ、アタシはいいから。乃理愛には、手ぇ出さないで…。」
「…ボクも、そのつもり。ヌリエラ、依代出して…。」
「…。」
本格的にオグが絞める量を増やした。首が締まって呼吸が苦しくなる。
「ゴメ…!こ…これ…。」
慌てて答えると、ゆっくりと地面に下ろされた。呼吸が戻るのに合わせてごぼごぼと咳が漏れる。
ヌリエラの示したのは先ほどから手に持っている三尺ばかりの鋸ソードだった。柄を両手で包むと、守るように身に引き寄せる。
「アンタ何でそんなこと知ってんのよ?」
オグの背中から鈍色の帯が伸びた。見る間に左手に顕現したのは、美しく光る柳刃包丁だった。
「…ボクと同じだったからね…。」
カツン
二振りの刃が優しく触れ合った。




