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HEROと黒い箱2

 新は昼勤務を終えようとしていた。時計は間もなく17時を指そうかというところだった。昨晩アズから中埜との接触を依頼されたが、残念ながら今日はシフトが同じでは無かった。当然夕方になろうかという今まで連絡が取れていない。近所に住んでいるはずなので家でも知っていたら訪ねることもできたろうが、重ねて残念なことに一方的に家を知られているだけだった。

(しかし、これはわざとなんだろうか。)

 シフト表を眺めてしばし考えてしまう。中埜のシフトがことごとく時間変更してあり、これでもかと新と被らない時間の設定になっていたからだった。いや、考えすぎか。元々夕勤以降の時間ばかり入れていたのが、ほとんどが朝勤に変わっている。このシフトだと学校を休まねばならない気がした。実際不登校しだしているのかもしれない。そう思うほどまでに、この間の中埜は落ち込んでいた。

(俺が気にしたところで、どうなるものでもない。)

 アズには悪いが、少なくとも今日中に連絡を取るのは難しいようだ。

 まだ夕方だったこともあり、新は久しぶりに堤防沿いの道を選んで帰ることにした。元々この道が嫌いじゃない。

 走ってくる車を一台避けた。テールランプが遠ざかっていく。潮風と潮騒(しおさい)、時折遠くに見える船影。まだ日が長いとは言えない初夏の浜辺は薄らと明度が下がり、そこかしこに影を作っている。忘れかけていたが、そうだ、近所の海岸というやつはこういう所だったじゃないか。いつぞやのバイト帰りにもこうして堤防沿いを歩いた。そのときはけたたましい音が砂浜にありえない(くぼ)みを穿(うが)っていたものだった。思い出になるとなぜか懐かしい。二度と遭遇したくはないが。

 また一台、車とすれ違った。ウーロン茶と廃棄弁当の入ったビニルがカサカサ音を立てる。

 ちらと、浜辺に人影が見えた。そういえばこちらに越してそろそろ丸3か月が経とうというのに、未だに砂浜までは降りたことがなかった。靴に砂が入ると嫌だったし、堤防の急な階段を上り下りしてまで浜で黄昏(たそがれ)たいような歳でもない。今見える浜辺の人影は波打ち際までゆっくりと進むと、立ち止まって水平線を眺めている。きっと何か切ないことでもあったのだろう。うん、まぁ気持ちはわからなくもない。俺も最近毎日色々と切ない思いをたくさんしている。話を聞いてもらえなかったり。知らないうちに話が進んでいたり。まぁ、いいんだけど。既にいろいろ諦めている新である。


 パパアーーーーッ

「うわッ!?」


 クラクションが間近で響き、新はとっさに道の脇に避けた。明らかにスピード超過の車が目と鼻の先を通過した。少し遅れてドッと嫌な汗が出る。海の方をぼんやり見ていたとはいえ、何で直前まで気づかなかったんだろうか。しばらく動けずにいたが、一息ついてようやく新は振り返った。

「あれ。」

 景色に別段変なところは無い。ただ、何か妙な具合だ。

 先ほどまでと特に変哲(へんてつ)のない、平和な海岸線が伸びているばかりである。しかし、違和感がある。何だろう。歩きながらも首を巡らせ考えた。


 あ。


 人だ。

 浜辺の人が消えている。今の一瞬で走り去るには浜辺はあまりにも広い。

 気づいてみると、水平線の船も、空の機影も無い。

 新は慎重に歩みを進めると浜辺に続く階段の前に来た。階段は急で、堤防の上の道に立つ新からは近づかないと真下は見えない。


 ヒョコ


 突然、その階段から人が顔を出した。

 堤防のコンクリートに、空色のノースリーブパーカーが胸から上だけ生えている。

「…。」

「…。」

 目が合った。驚いた表情が浮かんでいる。その距離1.5メートル。

 毎度突然出たり消えたりするのはやめて欲しいものだ。いや、今回は単に階段という特殊な環境のせいなのは分かっている。

「なんや、そろそろ部屋に行こかな〜と思ってたんやんか。」

 そいつは今日も、ケラケラと笑って見せた。遠くの海上で、一番星(さなが)ら漁船が光り始めていた。



 帰宅すると今日は鍵が開いていた。

「おかえり。」

「はじめまして!?ああん、アカン、ほんまにおるやん特撮の人!」

 中埜(なかの)銀マスク(アズ)が当たり前のように着座しているのを確認すると、新を追い越してコタツ机に駆け寄った。ちょっと前までは自分だって似たような格好をしていただろうに。鏡など見る機会はなかったのかも知れない。まずは中埜が元気なようで一安心した。とりあえず新がお互いを紹介してやる。

「えっと、こいつはアズ。ペアは充斉(みつなり)っていう中学生。こっちは中埜。俺のバイトの後輩でオグのペア。」

「よろしくアズくん!アズくんでええんかな?アズくんて呼ぶわ。ボクのことはケーでええよ!」

K(ケー)?」

「"うやまう"って書いて(けい)って言うんやんか、ボク。」

「覚えておこう。」

 新は3人分のウーロン茶を入れる為にキッチンに向かった。残されたヒーローたちで会話がはじまる。

「早速だけど本題に入ろう。オグに何があった?」

 切り出したアズの一言で、中埜の瞳がブレる。

「はっきりとは思い出せやん。けど、ボクの、」

 中埜はそこで一旦言葉を切った。戻ってきた新が机に湯呑みを置くまで、それを静かに眺めていた。

「ボクのせいで、死んでしまったんちゃうかなって、」

 ポツリと飛び出たのは、妙に明るい声と笑顔だった。後が続きそうな話し方だったのに、息を吸い込んだきり中埜は黙ってしまった。

「昨日のアズの話だと、その場合オグは落ちた(・・・)ことになる。でもそういう通知も何も無いんだろ?それなら、違うんじゃないか。」

 新が座りながら言うのを聞いて、中埜の表情が変わった。その前に、とアズが引き取る。

「私が聞きたいのは、もっと前の話だ。オグがいなくなった時の事を詳しくきかせてくれないか。」

 いなくなった?アズの言葉の意味を考える内に、中埜が口を開いた。

「どこまで知っとるん?オグのこと。」

「そうだな、随分世話になったというか、世話をしたというか…。コッチにきてからは知っての通り会っていないから、ほぼ何も。」

 ウーロン茶で口を湿らせて、中埜が頷く。

「ペアになったんはちょうど1ヶ月前くらいや。そっから1週間くらいは学校も始まったばっかやったし、部屋も片付いとらんし、なんや変な奴ら見かけるしで混乱しとって、あんま何もできやんくてな。」

 中埜は目を細めて宙に浮かぶ景色を集めている。アズは頷くでもなく、じっと固まったままそこに在る。

「オグが消えた(・・・)のは、ゴールデンウィークや。」

 アズがぴくりと反応した。中埜が続ける。

「アラートに気づいてすっ飛んでったら、なんや細っこい兄ちゃんがおるんやんか。早い話が、負けた。完敗やった。オグでは歯が立たんかって、そこでボクら2人バラバラ(・・・・)にされたんや。そっからオグと話してない。」

 今度は新が口を挟んだ。

「バラバラにって、ペアを外れたってことか?」

「うーん、そう思ってんけど。それから3日くらいオグの影も形もなくってな。その後なんさな、あの"塗り絵"に会ったんやんか。そこでパッと見たらいつの間にか自分がオグの格好しとることに気づいたんや。」

 ええと。つまり、何だ?

「やっぱりオグは魂奪われたってことだよな?細っこい兄ちゃんってキヴァトか?」

「ほえ?キヴァトって言うんかあの兄ちゃん。奪われる…って言うのがよく分からんけど…。」

「そいつアレだろ、紫ツナギの。」

「ああん?ツナギぃ?そんなんちゃうかったけどな。賢そうなスラッとした兄ちゃんやったで。」

 新は頭の中に先日会ったキヴァトの姿を思い浮かべた。どうひねってみても特徴が合致しない。ましてや杜若(カキツバタ)教授でもなさそうだ。そしたら違うということだろうか。

「つかぬ事を聞くが、」

 うんうん(うな)る新を置いて、アズが再び起動した。

「オグはフェギヴェルを持ってきていたか?」

 へぎべるって、と首を傾げる中埜にスマンと一言謝ってからアズが続ける。

「道具か、武器とでも言ったらいいかな。(あるい)は何か変わった箱とか持ち歩いてなかったか?」

「箱、て、あああああ!!!!」

 ガタン!と突然中埜がコタツ机に身を乗り出した。ウーロン茶の湯呑を慌てて新が押える。

「箱や!箱!落としてきてもた!アカンアカンアカン、めっちゃ大事にしてたんに何で忘れてたんや自分アホちゃうか!!」

「お、落ち着け中埜。とりあえず座れ。」

「持っていた、という事だな?どこで落としたかわかるか?」

 微動だにしないアズが冷静に言うのを聞いて中埜がブンブン頷く。

「この間のアレや、真珠島行ったときや!なんや、芝生の広場のところ!」

「よし決まった。行くぞ。」

 今度は突然アズが立ち上がった。ポカンと見上げる新。

「行くって、え、どこに。今から?」

「真珠島だ。」

 え、まじで?今何時だと。

 新が何といって引き留めようかと考える内にも、アズは腰のケースから例の下敷きを取り出すと操作をはじめた。そっと中埜も立ち上がった。

「アレがあれば、もしかしてまた変身できるようになるん?」

 下敷きデバイスからピコンと機械音がした。ふっとアズが顔を上げる。

「キーが分かれば、オグも出してやれるかも知れない。」


 周囲の景色がくるりと回った気がした。


 空間にモザイク状に切れ目が走り、それらが端から(めく)れて行く。

 新はコタツ机に座ったまま、目の前の二人と、切り替わっていく景色を呆気(あっけ)にとられて眺めていた。狭い部屋が捲れると漆黒が広がっていた。段々と目が慣れてくるに従い、それがただの闇ではなくどうやら屋外の木立であると分かってくる。

 思い出したように尻が冷たくなって、新は慌てて立ち上がった。いつの間にかコタツ机ではなく公園の遊歩道ような場所に座っていたようだ。周囲を見渡すと遠くに小さな外灯がともり、柵に両側を囲まれた砂地の道が伸びている。膝より低いその柵の外には木立が並び、道が曲がっているのでそれ以上に見えるものは天井の代わりに広がった夜空だけだった。

 …ここはどこだ、とか、今のは一体、とかありきたりなことは()いちゃダメかやはり。

 少し離れた場所に下敷きデバイスの灯りに照らされたヒーローと中埜が立っていなければ、頬を(つね)る古典手法をとってしまうところだ。

「こんなこともあろうかと代替転送の準備をしておいて正解だった。敬、場所は覚えているか?」

 冷静なままのアズに向かって、中埜の後ろ頭が左右に振れるのが見えた。

「めっちゃ急いどったし最後すっ飛んだんで分からんのさな。だだっ広いとこやったで、この公園かどうか分からんけど地図で見つけられるかもしれやん。」

 そういうと中埜はスマホを取り出して操作を始めた。

「時間がかかるようなら第6象限に戻ろう。」

 え、それって充斉(・・)に戻るっていうことでは。

 言うが早いかアズは両拳をゆっくりと前に伸ばし、顔の前で両腕をクロスさせた。ふわりと両腕が光り、風が舞う。ああ、やっぱり。新は急に不安になったが、もはやどうする事もできない。

「ああん!?若ッ!わっかいなアズくん!そや、中学生って言うてたやんな!」

「ケーくんよろしくお願いします。三枝充斉(さえぐさみつなり)です。僕も広場探し手伝うね。」

 充斉は丁寧にお辞儀なぞしている。中埜のテンションが少し上がったのでまぁよしとしようか。中埜は気が乗らないとサボるタイプなので、このくらい騒がしい時の方が仕事をちゃんとすると思う。考えを読まれたのか、中埜に睨まれた。

「ちょっと、新くん、サボらんと手伝ってや。」

「携帯持ってないし。」

「近くに地図看板無いか探してくれたりとか、ほかにもあるやん。」

 まじか。誰しもバイト終わりに見ず知らずの場所で夜の公園内を彷徨(さまよ)うことになるとは想像だにしないだろう。ため息ひとつで働く自分にそろそろ同情を始めた新だった。




「ここや、ここや!間違いない!」

 ようやくその芝生広場にたどり着いたのは40分ばかり歩いた後だった。元居た場所とは少し離れた小さな山の上に、その広場はあった。展望台とキャンプ場を横目に過ぎて広場に入ると確かにだだっ広い。木立に囲まれたぽっかりとした広場は、外周をめぐる道を除いて一面が芝生で覆われていた。よく手入れされた芝生が夜露よつゆでしっとりと光っている。

「箱を探せばいいんだよな?」

「いや、こっちじゃ箱の形しとらん。ネックレスや。」

 え?今何ておっしゃいましたか中埜さん。

「拾われちゃってないといいね。」

 言いながら充斉が芝生をソロソロと進んでいく。

「チェーンはシルバーで先端に、ナイフ?(なん)やろあれ。何やそんな形のチャームがついとるわ。確かに拾われとったらアウトやな…。」

 この広い芝生の中で、しかも夜にネックレスを探せというのか。新は足元を見た。一番近くの外灯まで5m位の距離だったが、足もとが影になるとほとんど何も見えない。いやいやいや。無理だろうこれは。冷静になろうじゃないか。

「おい、中埜。それから待て充斉。」

「なーにー?新くん。」

 俺は断じて無為(むい)に歩き回りたくない。むしろ早く帰りたい。

「第5象限での箱のサイズはどの程度だ?ネックレスを探すより場合によってはそっちの方が目立つんじゃないか。」

 パチリと中埜が指を鳴らした。

「新くん、サイコー。箱ならこんくらいや。確かにその方が見つけやすい。」

 中埜が手で示したのは50cm位の長さの細長い形だった。瞬間、風が一陣吹き抜ける。


 ズズン…


 同時に、腹の底に嫌な音が響いた。

 顔を上げるとアズが左手の森を睨んでいた。

「敬、できるだけはやく箱を見つけろ。見つかった。」

 見つかった、というのはまさか。もしかしなくてもアイツ(・・・)か。

 遠くでまた一つ地響きが聞こえた。中埜と顔を見合わせて別々の方向に走り出す。

 アズが居るとはいえ、何が起こるか分からない。こちとら流れ弾でも流れビームでもなんでもとりあえず致命傷なのだ。毎度思うが一応俺、生身なんだから。もうちょっとこう、世界に優しくしてほしい。

 祈るような気持ちで、芝生の海と向き合った。

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