HEROとセンタウル6
新は深く安堵の息を漏らした。
本当にドッと疲れた。
やっと、何とか日常に戻ることができる。それがたとえ、ほんの束の間であったとしても。
帰りの足を確保できたことは金欠大学生には非常にありがたいことではあった。が、いくら知り合いの知り合いとはいえ、初対面の相手の、しかもいわゆるところの「ヤン車」というものに乗る踏ん切りをつけるにはそれ相応の勇気というやつが必要でありまして。知らない人のために一応断わっておくと、「ヤン車」というのはつまり、ある種のセンスの元で手痛く改造された車のことを指す。詳細については某大手検索サイトを利用してもらいたい。
折角遠方から馳せ参じた充斉には申し訳ないなと正直思う。昼食を済ませた(さすがに新がおごってやった)後は真珠島観光などせずに、さっさと帰ることにしたわけだったのだが、如何せん帰りの足が無いことに気づいた。そんな昼下がり、その人物等は現れたのだった。
「なぁ、そこのボクとオニイチャン、ちょっとエエ?」
声に気づいて新は顔を上げた。隣で充斉がさも名残惜しそうに海に浮かぶ観光島と賑わうゲート口を眺めているのが視界に映る。二人は三笠がFJクルーザーを停めた駐車場に来ていた。潮風と和やかな喧騒の中でぼんやりと、どうやって帰ろうかなと考えていた時のことだった。
「シンジョウくんとサエグサくんで合うとる?やんな?」
もう一度、今度は呼ばれているのだという確信を持って視線を巡らせた。車二つ分ほど離れた場所に、見知らぬ二人組の青年が立っている。二人とも新と同じか少し上くらいの歳だと思うが明らかにチャラい、というか危ない雰囲気を醸していた。一人はノッポでもう一人はずんぐりとしている。ノッポは明るい茶色の髪に白いメッシュが目立つ。迷彩のカーゴパンツと桜色のポロシャツで、ユルユルとしたやや長すぎる前髪をかき上げる動作をしきりと繰り返している。笑うと前歯が一本欠けているのが目についた。ずんぐりの方は黒髪の虎刈りで、眉毛が無かった。黒いTシャツにグレーのハーフパンツとオレンジのクロックスサンダル。姿勢が悪い。そしてまったく見ず知らずの二人だ。
「あ、警戒しやんでよそんなに。お願いされて探してたんヤンか、おたくらのこと。」
背の高い方の男が喋ると歯の隙間からヒュウヒュウ聞こえる。あからさまに胡散臭い。どうしよう。絡まれてる?もしかしてこれ、絡まれてる?
充斉は話し声に気づいてようやく二人を振り返った。はじめて見る生き物を前にした時のような、キョトンとした表情になる。
「お嬢の代わりに地元まで乗っけてったって~って、頼まれてん、上司から。」
フーヌークという単語を聞いて、別の色の警戒が走った。
「お二人はど、どちら様ですか。」
どもってしまった。恥ずい。
「ア?こりゃスンマセン。ボク等、キヴァっさんの部下ッス。」
ノッポの言う「キバッサン」が「キヴァトさん」のことだと気づくまでに少々の時間を要した。えんべれくが何のことかは分からないがヴァルルカンの関係者であるらしいことは理解した。
「お嬢から連絡があったみたいで。たまたまボク等近くに居てたンで。」
「お嬢?」
新がノッポに聞き返すとずんぐりの方がニンマリ笑った。舌先にピアスが光った。
「三笠のお嬢ッス。お嬢が先に帰るから二人を送ったってって頼まれまして。」
新は思わず充斉の方を見た。不思議そうな顔をした充斉と目があった。そうか、アズは知り合いだが充斉は三笠を知らないのだったか。どうすべきなのか正直判断に迷った。三笠がキヴァト、もとい杜若教授にお願いをしたということだろうか。しかし、もしこれがヴァルルカンの罠だとしたら…三笠は捕まっていて、この二人に俺たちはどこかへ連れていかれる、ということもあり得るだろう。そもそも三笠が俺を置いて先に帰ったという事実が信じられない。無理やり連れてきておいて、普通待っているところだろうがそこは。
「一緒に帰るの?」
充斉が胡散臭い二人を順番に眺めながら小声で聞いてきた。そうか、よく考えたらこちらにはアズがいる。いざとなったら戦えるのではないか。もし本当に三笠が帰ったのなら正直送ってもらえるのはありがたいのだ。
「あ、疑ってるンスね。まぁ無理もないッスけど。お嬢には借りがあるみたいなんスよね、キヴァっさん。」
「信じてもらうしかないんやけどな。ボク等、おたくらを送ってかんと怒られるんやんか。2時間以上前からここで待ってたんや。勘弁したってホンマに。」
ずんぐりとノッポで「なぁ、」と頷き合っている。2時間、と言ったか今。
「三笠は、もう帰ったということだよな?」
「無いやろお嬢の車。」
言われて駐車場の端の方を眺めた。朝方に来た時にはガラガラだった駐車場は、今はもうほぼ満車状態だ。確かに朝とめたはずの場所にはFJクルーザーの影も形もなかった。今は代わりに「わ」ナンバーのマーチがとまっている。周囲を確認してみたが、見渡す限りにFJらしきものは見当たらなかった。
「呼び出しかかったんが3時間近く前やったんで、そん時に帰ったんとちゃうスかね。」
「おたくら、よう分からんけど、第5象限居てたんやろ。あっちはちょっと時間短い感じになるンで実感沸いてないかもやけど、お嬢相当待っとったみたいやで。キヴァっさん通してボク等にこんなん言うてくるくらいやし、えらい困っとったンとちゃう?」
新が金馬から逃げてすぐにリラシュさんがやられたのだとすれば、確かに三笠が一人になったのは5時間以上前のことになる。そういえば新は携帯を持っていないし、リラシュが居なくなった後では誰にも連絡が取れなかったのかもしれない。悩んだ末に、唯一事情の分かっている杜若教授に連絡を取ったというところだろう。つじつまは合う。が、いくら貸しがあるからといってヴァルルカン側の人間に俺の身柄を預けようなどと考えないでほしい。何かあったらどうするんだ。
新がまだぐるぐると迷っていると、充斉がちょこんと前に出た。ギョッとする間にノッポの方をじっと見ながら充斉が喋り出す。
「車乗るんだよね?」
「お、ボク、話が分かるな。乗るで。後天場海岸までな。」
「どれがお兄さんの車?」
「アッチのアレや。これ、これ、」
言いながらノッポが何台か先まで小走りで駆けていき、ある一台の前で止まって指をさした。
さされた一台を見て、新は内心で思わずウッと唸ってしまった。多分元はbBか何かだと思うが羽ばたきそうな見た目に改造されている一台だった。妙にテカ付いた紫色の車体のボンネットに大きな蜘蛛のシルエットがのっている。当然フロント以外のガラスはスモーク装備だ。
「うわぁ~~!カッコイイ!!」
遠慮します、と言おうと思った瞬間に充斉の歓声が響いた。ちょ、ちょーちょーちょー、待て待て待て。今なんつったお前。
「ボク、分かってるやん!しかもな、ほら、先週ガルウィングにしたばっかりなんや!」
「すごい!!ドアがそっちに開くの!?」
ノッポと充斉で盛り上がり始めたので、新は焦ってずんぐりの方を見た。ずんぐりはとても満足げな表情で二人のやり取りをウンウンと見つめている。
「あの…、」
「オニイチャン、何しとん!はよ乗りぃさ!置いてくで!」
話しかけようとしたところでノッポの方から声が飛んだ。いつの間にか充斉はちゃっかりと助手席に乗り込んでいる。待て、アズに置いて行かれると非常にまずい。そして新はこっそりと昼食の時に開いた財布の中身を思い浮かべた。
「はい、すみません。すぐに乗ります。」
ま、いいだろう。何とかなる。
真珠島からの交通費は、割とばかにならない。
アパートの近くで二人を降ろすと、妙な二人組はすんなりと帰って行った。見た目の印象よりもずっといい人たちだったのかもしれない。しかし恐ろしく法定速度を無視した運転に生きた心地がしなかった身としては、無事にアスファルトを踏みしめることができた瞬間に、えも言われぬ開放感を覚えたのだった。充斉は車中のディスプレイの数やLEDや無駄に大音量のステレオに終始はしゃいでいたが。
「お前、どうするんだこれから。」
ぐったりした新が尋ねると、充斉は何か思い出したようで、続けて苦い顔をした。
「ママのとこから逃げてきたから早めに帰らないと。たぶん明日は学校に行かせてもらえない。」
新の部屋のこたつ机に、充斉は小さなため息を落とした。今日の充斉は正座ではない。
「どうやって帰るんだお前。ていうか、どうやって真珠島まで行ったんだ?」
前から不思議だったのである。
「うんと、途中まではアズがビルとか車の上をビューンって。あ、でも途中で何かワープしたよ!ぶわ~~って!」
半ばは予想していたが、いざ想像するとすごい光景だ。よく通報されたりツイートされたりしないものだと思う。そしてビューンでブワーなことは分かったんだが、それよりも。
「ワープって、あれか、離れたところに一気に移動する、あのワープか?」
充斉は小さくうなずいた。その時のことを思い出したのか目がキラキラしている。表情が豊かな充斉は、まだ見慣れなくて変な感じがする。
充斉のいうことが本当だとすれば、新がロボットに依頼した「転送」は確かに成功していたということだろう。ダメもとでロボットに頼んでみた甲斐が、一応はあったようだ。何にせよ無駄足になってしまったことに変わりはないが。
「…帰りも、転送してもらえばよかったんじゃないかコレ。」
ふと思いついた事実に、新もまた一つため息を漏らした。ため息とともに幸せが逃げていくというのなら、もう俺には幸せが残っていないんじゃないかと思う。




