HEROとセンタウル5
気がつくと、警報はいつの間にか止んでいたようだ。耳の中で残響が繰り返していたので、すぐにそれとは気づかなかった。何より、特に周囲に変化が見られなかったせいもある。薬品棚やヘンテコな機材がゴチャゴチャ並ぶ小部屋のままだ。そして目の前のロボットも、リラシュも、新自身にも特に変化は見られない。新は急に不安になった。
「おい、失敗したのか。」
ロボットがピコピコ音に合わせて頭部を回転させる。
「成功したよ!おつかれさまー。」
「アズは?どこに居るんだ今。」
そういえば、目の前に現れるのかと思ってきちんと場所の確認をしていなかった。そもそも呼びたかったアズ本人が転送されてきているのか、その辺りも曖昧だ。
「転送地点は座標ならわかる。でももう移動してるよ。」
座標…とか言われてもさっぱりわからない。というかこの辺りの地名とかを言われたとしてもさっぱりだ。何にしろ待つしかないのか。念のため再び痛デバの画面をタップしておいた。痛デバで直接連絡が取れれば1番だったのだが。携帯、やっぱり新しいのを買うべきか。充斉が持っていることが前提だが。
新は寝台に近づいてきちんとリラシュの様子を確認した。今まで、目を逸らしていたのだ。確認することで、悪いことが現実として分かってしまうのが怖かったのかもしれない。そんな自覚は無かったものの、それを除いたとしてもあまり正視に堪えるものでもない。
不思議と、血は見えなかった。不自然なのは手脚の方向くらいのもので、だからこそ人形のように見える。ひょっとしたら、本当に人形なんじゃないか、という考えが頭を過ぎった。頭部を覆うメット及びシールドにより、顔が確認できないのでなおさらだった。髪の毛は元々が冗談みたいな赤紫色だ。見たところは一般的なバイク用のジェットヘルと似たような構造のように思える。少し迷って、新はスモークシールド横のロックに手を伸ばした。
手間取るかと思ったが、存外にすんなりとロックは外れた。そっとシールドの縁に指をかける。
もし、いわゆる苦悶に満ちた表情とかいうものが浮かんでいたら。
新は生気の喪われた顔というものを、幸いなことにこの歳まで見たことが無かった。こんな痛々しい姿など、なおさらで。躊躇って、一度伸ばした指を引っ込めた。いや、決してびびったわけではなく。別に顔を見たところで、何をしようと言うわけではない。やましい事は無いし、怖いもの見たさのような軽率な心算でもなくてだな。
…俺は誰に言い訳をしているのだろう。
斜め後ろに佇むロボットが指を出したり引っ込めたりしている新の方を眺めて、不思議そうに頭を回している。
よし、ちょっと確認するだけだし。うん。では、
ガチャ
ドアの開く音に、新は慌てて居住まいを正した。思わず気を付けの姿勢になる。
「探したじゃ無いか。よくこんなところ見つけたね。」
半身になって振り返ると、ノブに手を掛けたままのアズが顔をのぞかせていた。充斉ではなく銀のマスクのヒーローの方だ。
「…何してるの?妙にカッチリしちゃって。」
「いや、な、何でも無い。あ、いや、何でもある。リラシュさんを、」
言いかけた新の後ろに気づいたのか、アズはサッと室内に滑り込んで、寝台の前にやって来た。ホッとしたような、焦るような。
「あらら、これまたひどくやられたね。」
思わず勢い良く振り返ってアズの方を凝視してしまった。軽くないか反応が。予想外の剽軽な態度に動揺する。
「どうなんだ、治せるのか。」
「直す?」
「前に俺にやってくれたろう、怪我の治療だ。」
「ああ、あれのことか。リジェネの時間内ならやれるね確かに。でも、」
「なんだ、もしかして手遅れなのか。」
「いや、そうじゃなくて。」
「どうなんだ、ダメなのか。」
ええと、とアズは新の捲し立てるような声に、しばし言葉を選ぶそぶりを見せた。
「私はリラは直せない。けどここで修理できるから大丈夫。」
は…?
新は聞き取った言葉の意味を計りかねてヒタと止まった。
今、何て言った?
「修理?なんだ、義手とかなのか、まさか?」
リラシュの左肩から先は確かに機材がごちゃごちゃと付いているし、右手には手袋をしているので肌は見えていない。ブーツの下の脚もそうなのだろうか。
「義手というより、メカというか。」
「まぁ随分高性能そうな左腕はしてるけどな。それよりも命の心配をしてるんだが。別状は無いってことでいいんだな?」
「新、技術者向きだな。基本は遠隔操作だと思うし、本体メモリの自律の方はバックアップしてあるだろうから大丈夫だと思うけどな。」
さっきからどうもアズと会話が噛み合っていない気がする。元々話を聞かない奴だとは思っていたけど。
「アズ、まさかとは思うんで変なこと聞いていいか。」
「なに?」
「そこにいる…リラシュさんて、人間、というか生き物じゃなかったりするのか。」
「…?うん。あれ、知らなかったの?」
新は膝から崩れ落ちそうになった。
アズに連れられ、寝台のある小部屋を後にした。リラシュの事はアズがロボットに何やら任せたらしい。手近な別室を見つけ、中に入る。
全体に白っぽい内装の部屋だった。どこかしらファストフード店のような雰囲気だ。20畳ほどの広さの室内で、奥の壁には角の丸い小さな窓がいくつか見えた。入り口側を除いた三方の壁際には作り付けのカウンターテーブルが並び、それぞれに背の高い丸椅子が等間隔に設置されていた。
「そもそも、何しに来てたんだ今日は。」
入り口に近い席に、腰掛ける。
「真珠島のザスロを確保しにいく積もりだったんだけどね。遅れてすまない。」
さすがにバツが悪そうだ。1席空けた向こうにアズが座った。
「よく考えたら敵の基地的なとこにノコノコ行ったのが間違いだよな。ヌリエラに見つかって逃げたんだけど、見つかるのも仕方ないというか。」
「わ、よく無事だったね。前に来た時は警備も何も無かったんだけどな。周りを常時見張ってたりなんて今もそんな事してないと思うんだけど、運が悪かったかな。」
「拠点ってそういうもんか?もっと何か下っ端戦闘員みたいなのが一杯居て守ってたりとか…」
「ないない。特撮じゃあるまいし。」
…いやっ、お前が言うかそれを。
「手下が何人か居るようなヤツはいるけどね。」
と、手を左右にヒラヒラさせるアズを、改めて上から下まで眺めてしまった。そのあたりは日曜の朝のアレらとは違うらしい。格好が被って見えるのはたまたまなのか。
気を取り直して新は空に浮かんだ小島を思い浮かべた。確かに警備もクソも、そもそも侵入が難しいよな。行こうとしたら飛行機か何か必要な気がするし、そんなもので近づいたら嫌でも目立つ。もしかしたらアズが乗り込んだせいで警戒し始めたのかもしれない。週末や夜間だけでも、やってくる可能性は高いと踏んで。現にこうして見つかったわけだが…
アズはどうやってあんなところに入ったんだろう。
「ていうかザスロっても、どんなものか、どこにあるかも分からないんじゃないのか。真珠島に確実にあるのか。」
新はふと思いついた疑問を口にした。アズがうん、と頷きながらテーブルにもたれかかる。
「ケズデットって奴があの島を仕切ってるんだけど、あいつが公表しているだけで4〜5個は島内にある。大々的な嘘じゃ無ければだけど。」
「一ヶ所に集めとくなんて不用心な気がするんだが。一斉に攻められたら困るんじゃないか。」
そうもいかないんだ、とアズがぽつりと呟いた。
「一斉に、って言っても集まれるとしたらせいぜいが4、5人程度だからね。むこうも人数はそんなものだけど、むしろ島内に固めてそこさえ守ればいいんだから、という発想らしい。まあ、それにしても公表する必要は無いけど、自信があるんだろうね。」
ここ最近ポンポンとヒーローどもに会うのでわんさか居るのかと思いきや、意外と人手不足なようだ。ヒーローがそこらに居る時点で不自然なので、1人だろうがうじゃうじゃ居ようがあまりそこは問題ではないが。よく考えたら、特撮みたいに一方は戦闘員やら怪人やらうじゃうじゃ出てきて、一方はたった5人の戦隊、じゃ不公平だよな。
今回は俺たち3人、というか実質戦えるのはアズだけだということなので、ほぼ単身で乗り込むつもりだったということだろう。
もしかして、もしかしなくともアズって相当に腕が立ったりするんだろうか。
ここで新はもうひとつ思い出した。
「そういや、オグはヌリエラを何とかできたんかな。」
思わず独り言が漏れた。
「あ、オグも来てたんだ。元気にしてた?」
「て、あれ、知り合いなのか?」
新に問われてアズが首を傾げる。
「うん。今のところ参加してるフェチケは大体知り合いだよ。」
オグは他のヒーローのことをあまり知らない風だったが。最近コッチに来た、みたいなことを言っていたし、第6象限の地球での話だったのかも知れない。そして相変わらず一方的に俺のことを前から知っている風で。
「元気、というか相変わらずハイテンションだった気はするな。」
「ハイテンション?あのオグが?何かの間違いじゃないの。」
え?とお互いにキョトンとし合った。
テンションの高さは個人の感じ方もある、とは思うが。
「つかみどころがない、というか、飄々とした感じだったけど。」
「飄々と…といえばまぁ、そう言えなくもない…とは思うけど。何だろう、何かいいことあったのかなコッチで。」
アズはなおも納得がいかない様子でぶつぶつと呟いていたが、しばらく悩んだ後、何にせよ、と顔を上げた。
「リラシュが直るまでは真珠島はやめておこう。新と私だけじゃケズデットのところまで行けないし、またやり方を考えないとだ。」
「行けないって、人数が必要なところがあるのか。」
「ううん。鍵が開けられない部屋があるんだよ。リラシュなら開けられると思うんだ。」
鍵のコピーならアズの方が早いと言っていたのに、開かないドアがあるのだろうか。きっと何やら色々あるんだろう。うん、何でもいいやもう。それよりも。
名前を聞いて、リラシュのことを改めて思い浮かべた。
痛々しい手足。
忘れられない、眼差し。
…思い出して悲しくなってきた。
人間じゃないのか。そうか。ううっ。あまりにも惜しい。
「アズ、次行くときは誰も…特に俺が怪我しなくていいようにもう少し準備した方がいいと思うぞ。今度はオグも一緒にちゃんと呼んで行こうぜ。一人でも多い方がいいだろ。」
「そうだな。一応向こうも島に常駐してないキヴァトを除いたら4人だし。ちょうどいいかな。」
「待て、俺を頭数に入れるな。」
「冗談だよ。」
冗談に聞こえないのが恐ろしい。金ぴかの悪趣味な重機に追いかけられるのはもう真っ平懲り懲りだというのに。嫌だといってもどうせまた連れて来られるのだろう。そこだけは期せずして何となく覚悟ができてしまっていた。
「一応今の時点で私の知ってる範囲で説明しておくと、」
と珍しくアズが切り出す。
「向こうは重機遣いのヌリエラ、昨日会った扉を開く者のキヴァト、それから吊し人のハールディ、使者のオレオツァエ、そしてケズデットの5人。ハールディとケズデットには会ったことが無い。オレオは…この間行ったときには会わなかったな。」
新はさしあたり、痛い単語なのか人名なのか理解するのに手間取っていた。聞き覚えのある名前以外はほとんど右から左に流れていったと言える。まあ覚えなかったところで人生に影響はないだろう。たぶん。え、無いよね?あれ?
「そういえば、またつかぬ事を聞いていいか。」
「うん。何。」
今がいわゆるところの第5象限とやらだとして。
新は気になっていたけどあえて考えないようにしていたことをついに口に出すことにした。聞かずには帰れない。返答によっては、今更ながら警察か病院に相談が必要かもしれない。
「三笠は無事なんだろうか。」




