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HEROとセンタウル4

 満足気に(わら)うヌリエラは、握っていた拳をそっと開いた。呼応するかのように、金色の悪趣味なケンタウロスが合わせていた両手を開いた。少女の目の前、巨大なケンタウロスの背中にオグがべしゃりと落ちる。金馬が銀緑のスーツの左腕を()まみあげると、ぐったりとしたヒーローの影がぶら下がった。

「ふ、ふ、ふ、ついに。ザマアミロッ!パンチラ見の罪は重いのよ。」

 ようやく一仕事達成できたヌリエラは、その戦果を噛み締めていた。(とど)めの刺し方を考えなければ。今までも何度かフェチケと交戦の末落とした(・・・・)ことはあるが、(こと)こいつに関しては真っ当なやり方では気が済まない。順調に事が運べば、何せもう2度と会うことも無いのだろうから尚更(なおさら)だ。

 ヌリエラが一歩前に出た。ジロジロとマスクを眺め回す。段差の上に立っているので、宙吊りのオグとちょうど視線の高さが重なった。

「そういえばぁ、前から気になってたのよねぇ。」

 言うがはやいか、オグの首元に指をあてがい、グイと引っ張った。

「む、意外とガッチリしてるじゃない。あれぇ?縫い目とか無いのこれ。」

 マスクを外そうとするが銀緑の硬い布地が伸びるばかりで一向に地肌の出てくる気配がない。揺れに合わせてオグが苦し気に小さく(うな)った。

「ふんっ。いいわよ別に。それならそれでやり様があるもの。」

 ヌリエラは一歩離れると、マントの背中からゾロリと長物(ながもの)を取り出した。三尺はありそうな片歯の(ノコギリ)だった。刃が(なた)のような長方形をしている。少女の身長を考えるとどのように収納されていたのかと突っ込みたくなる長さだった。おもむろにその物騒な刃物を振り下ろす。

 躊躇(ちゅうちょ)のない一閃(いっせん)だった。

 オグの額に向けて振り下ろされた残酷な刃物は、鈍い音を立てて横滑りした。(なぶ)られた格好のオグは普通であれば頭部を西瓜(スイカ)の様に割られているところだ。全身が激しく上下したが、しかし銀糸に傷は付いていない。鋸刃の使い方としては大いに間違っている気がしないでもないが、ポンパドールの少女はそこには頓着(とんちゃく)していないようだった。

「どうなってんのよそれ!もう!」

 思い通りの成果が出せず苛立(いらだ)ちを(あら)わにする。膨れ面のままで左手に鋸ソードを持ち直すと、空いた右手で白い携帯(ティトコシュフェギヴェル)を取り出した。素早くボタン操作をすると、やがて小さな画面に模様が浮かんだ。一見するとQRコードのような正方形の模様である。ヌリエラは携帯をヒーローに向けてかざす動作をした。オグの頭から足先まで色々な方向に向けて何やら表示を確認すると、腑に落ちない、という表情のままお腹の辺りで動作を止める。携帯をパチリと閉じて懐にしまった。

「これ、かな?」

 今度は銀緑の背中に背負った長細い箱に手を伸ばした。(たすき)掛けのバンドを鋸で斬りつけると、今度こそブチリとちぎり取ることに成功した。

 箱、だと思われるが(フタ)が無い。50cm程の長細い直方体の黒い箱は、ナイロンらしきバンド部分を除いて(ほとん)ど重さが感じられなかった。振ってみても音はしない。ヌリエラはクルクル回して周囲を確認した末、他に何の特徴も無いことを確認すると鋸で斬りつけた。

「…う、…」

 オグの唸り声がする。

 宙ではうまく鋸引きが出来ない。仕方なくケンタウロスの背中に箱を置いて、足で押さえながら鋸を当てた。しかし刃が長いので殆ど水平にしなければならず、非常に引きにくい。

「もぉー!使いヅラいじゃない!サイアクー!」

 文句を言いながら何とかその奇妙な箱を開封出来ないか試行錯誤している。道具に無理がある感が否めない。

「やめ…い…。そんなんして…あかん、わ…。」

 ヌリエラは声に気づいて顔を上げた。左腕を掴まれてダラリとした姿勢のままのオグが浮かんでいる。

「ちょっと、アンタこれどうなってんのよ。中になんか入ってるんじゃ無いの?」

「ちゃう…ボクしか、使えんわそれ…。諦め…」

 喋るとどこか痛むのか、ヒュウヒュウと呼吸に混じって小さな唸り声がした。少し考えてからヌリエラは再び携帯を取り出して二、三操作するとため息をつく。

「あ、」

 オグが小さな声を上げた。目の前でヌリエラが黒い箱を蹴り捨てたからだった。ケンタウロスの硬い背中で2回跳ねると、黒い箱は原っぱに吸い込まれるように落下していった。

「ひどいこと、するなぁ、相変わらず…。」

 苦笑まじりに言うオグの反応を見て、ヌリエラが益々頬を膨らませた。面白くない。

「なによ、思わせぶりなもの持ち歩かないでくれる?ゴミに構ってる時間、無いワケ。」

 パクン、と携帯を閉じるとくるりと後ろを向いた。

「う、あ…!!」

 ケンタウロスが力任せに振り返った。人型の上半身部分だけが反転してもとの形に戻ったのである。当然左腕を掴まれたままのオグもぐるりと回る。ケンタウロスがぱっと手を離したので、そのままオグも地面まで落下した。

「ぶべっ。」

「もー、いいわ面倒くさくなっちゃった。まとめて消せばいいでしょ。」

 消す、と言われてうつ伏せのオグが何とか顔だけを持ち上げた。嫌な予感しかしない。

「ま、一思いにやってあげるだけ感謝してよね。私、やさし〜いじゃない!」

 ヌリエラがさっと空いた右手を挙げた。

 金色のケンタウロスの頭部、一つ目の奥に紅い光が宿った。


「あかん、これ…。」


 オグは何とか左手を顔の前まで引き上げると、右手で支えるようにして金色に向き合った。(ほの)かな光が掌に宿る。


 厳しいな、と内心笑った。

 もう少し何かやれれば良かったけどな。

 結局()()()()()()()()()()()


 視界に紅が拡がった。

 最後の力を振り絞って掌に集中する。せめて、こいつ(ケンタウロス)は何とかしてやらねばならないのに。(あらた)の無愛想な顔を思い出した。


「バイバーイ!アハ!」

 ヌリエラの右手が下がった。


 キュンッ


 細い閃光が空気を()いた。

 草むらの一点に向けて、ケンタウロスの頭部から赤銅色のビームが放たれていた。周囲に爆風が起こり、焦げた葉っぱの欠片が辺りに舞い上がる。ビームに照射された点は白く(きら)めいて直視が出来ない程だ。

 エネルギィに飲み込まれ、銀緑のヒーローの姿はもはや見えない。


 ふつりとビームが途切れた。

 一面の芝生広場にぽっかりと不自然な(くぼ)みが現れたのを眺めて、ヌリエラは満足する。ビームに焼かれたその場所だけ赤茶けた土が()き出しになっており、中央には炭色の影だけが残っていた。

 再び携帯を取り出して画面を確認すると、(のこぎり)を背中に仕舞い込んだ。

「なぁんだ、アイツ結局何も持ってなかったんじゃない。ザコぷんホントにウザぁい。役立たず…見納めてセイセイするわ。」

 少女は不機嫌そうな顔に戻るとサッと右手を挙げる。金色のケンタウロスは悠々と芝生の広場を横切り、凱旋(がいせん)の足音を響かせて引き上げて行った。




「ウーラ!ウーラ!」

 ロボットのピコピコ音が狭い部屋に響いている。わかった、わかったから落ち着け。なんでそんなテンション高いんだこいつは。

 (あらた)は身体中バキバキの状態で横たわるリラシュを前にして、一も二もなく痛デバ(ウーラ)を取り出した。地下でも電波は届くのだろうか。ていうか電波式なのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。今は他にどうすることもできないのだから。

「おい、ロボット、お前だお前。何かできること無いのか。治療的な何か。」

 痛デバを起動させてからダメ元で話しかけてみた。ロボットはピコンと一つ音を立てると、頭をくるりと一回転させた。ちゃんと音声認識できてるのだろうか。

「治療はできない!転送が専門!」

「転送?」

 電子音声に聞き返すと、肯定を示すように再びピコンと音がした。転送…そういえばさっきもそんなこと言ってたなこいつ。

「もしかして、もしかしなくても遠くにいる奴とか、ここに呼べたりするか?」

 ピコポン

「誰を呼びますか?」

 新はドギマギしながら名前を告げる。

「アズ…アズで分かるか?隣の県の、ええと、身体は充斉(みつなり)っていう中学生で。苗字、苗字、…確か三枝(さえぐさ)充斉。呼べるか?コッチに向かってきてるはずなんだけど。」

 ピコン

「検索しています。」

 ロボットの反応を祈るような気持ちで待っていた。新は忘れていない。充斉、もといアズならヒーローヒール(勝手に命名)が使えることを。見たところやばい重傷、というか生きているか不安な状態のリラシュを救えるとしたら、他に思い当たらない。ヒーロー達がどれだけの速度で来れるのかは不明だが、どんなに飛ばしたところで、仮に30分、1時間もかかっていたら、それこそ取り返しがつかないかもしれないのだ。

 ピコン

「該当一件、転送の確認をしています。許可が取れ次第、転送に入ります。」

 ガッツポーズ!いけたんじゃないかこれは!いや、まだだ、ホントに転送とやらで人間が送れるのかわからない。ぬか喜びは心臓に悪い。

 悩む内に、追加の「ピコン」が鳴った。

「代わりに何か転送しますか?」

 …はい?

「かわり?」

「大型の物質転送には代替(だいたい)物がある方が速く転送できます。」

「無しじゃだめなのか。」

 ピコン

「今回の条件で代替物が無い場合、周辺環境の保護の為に転送速度は数十倍程度かかります。」

「数十倍…何分だそれは。」

 ピコン

「今回の条件だと概算で約70分です。」

「なな、…ッ長過ぎるなそれは。代替物、て、人間が良いのかやっぱり?」

 新はリラシュの方をちらと確認した。最悪、自分を代わりに転送してもらうしかない。状況を見てアズならきっと何とかしてくれる、はずだ、と信じるしかない。てか生身の自分は転送とかされて大丈夫なんだろうか。某SFみたいにぐちゃっとゲル状になったりしないのか。

 ピコン

「ほぼ同等の質量、体積が望ましいです。」

 それならやはり、と開きかけた口は電子音の合いの手に遮られた。


 ピコピコピコッ


 ロボットの頭部の黒い窓にオレンジ色のランプが点滅しはじめた。

「転送許可がおりました。代替物入力確認。クルチュヌシュアトゥタラシュ。シュークセレンチット!」

 突然の号令にギョッとする。いま、代替物入力確認とか言わなかったか?俺、まだ何も言ってないよね?あれっ、心の準備が!?

 その時、何処(どこ)か近くの部屋で警報のような音が響きはじめた。プワワワワワッと、どことなく情けない音色なのだが音量がとんでもなくデカい。おそらくこの転送とやらの警戒のための音だろうか。

 警報音の中、新は次に起こるであろう何かに対して、できる限り身構えた。実際にどうこうするわけではないのだが、気持ちの問題だ。はやいところが、諦めた。


(ま、いいや。何とかなるだろう。)


 物事はいつだって、なるようにしかならないのだから。

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