HEROとセンタウル3
新は目を覚ました。
さほど寝たわけではない気がするが、いつの間にか周囲が明るい。あれ、マンホールの下で寝てなかったかな、と思った。確かに背後の壁には打ち付けられた梯子があって、高いところに出口らしき天井口が閉まっているのが見えるのだが、どう見てもマンホールの狭い煙突のような出口ではないし、そも今いる場所は下水道には見えない。窓は無いがどこかの施設の廊下、といった風情だ。天井は高く、コンクリート打ちっぱなしの壁と滑らかなタイルの床、壁際に並ぶ丸いシェードのランプ。しばらく伸びた廊下の先には両開きの白い金属のドアがある。オグには待っていろと言われた気がする。確かにヌリエラと金ぴか重機が居るかもしれないと思うとおちおち地上に出ることはできない。しかしどれだけかかるか分からないヒーローを待つには退屈過ぎる。残るは一択だ。
新は大きなドアの前に来た。目の前まで来て気づいたがノブがない。反対からしか開かないのだろうか。開閉ボタンでもないかと、ふとドア脇を見るとインターホンくらいの大きさの、のっぺりとした板が壁に張り付いているのが目に入った。真ん中にビー玉みたいなものが埋め込まれている。覗き込んで見てみると、そのビー玉と目が合った。
目、に見えるんだが。
ガラス玉の中から瞳の大きな黒い目がこちらを見ている、ように見える。ふいにソイツから、フォン、とシンセサイザーのような音がしたと思うとガラス玉の縁がほんのり点灯し、続けて声が聞こえた。合成音声のようなノイズ混じりのその声は、何かを言っているようだが聞き取れない。ノイズのせいかと思ったが、聞こえてくる語感はどうやら日本語では無いような気がする。英語、ともちょっと違う。新がどうしていいか分からずぼさっと突っ立っていたせいか、次第に声が捲し立てるような調子に変わった。怒られてるのか、これは。砂埃の中でオグに引き入れられて入ってきてしまったものの、もしかしたら入っては行けない場所だったんだろうか。狭い私道と思って飛び込んだが実は何かの施設の敷地内で、機械室のような場所に落っこちてきたのかも。
「すみません。間違って入ったようでして。すぐに出ますンで。」
新の一言で謎の音声はピタリと止んだ。とりあえず謝っておこう。日本語が通じているといいんだが。通じていれば、あれだけ地上で騒がしく馬が暴れていたんだからちょっとは察してもらえるだろう。外に出るのはいささか不安だが、騒音がしないところからすると近くには居ないのだろうし、まぁ何とかなるかな。それにオグがきっと戦ってくれている…はずだ。そこまで考えて新は梯子を目指すべく廊下を引き返し始めた。
その時、背後でエレベータが動くような重低音がし出した。気にせず梯子に手をかける。結構な高さなのに保護柵がない。小学校のウンテイを思い出した。
「アーリ!」
声に振り返ると、いつの間にか後ろにロボットが立っていた。
…。
ロボット、だな。どう見ても。
どういうことだ。絵に描いたような、とは言わないが、いわゆる一つのロボットだ。腰の高さくらいまでの円筒型のソイツは、頭と思しきあたりの黒い窓がこちらを向いているので、おそらくこっちを見ている。足元は円盤型の板が少し浮いているところからすると、オムニホイールタイプと見た。今の声は先程の電子音声と同じだったが、おそらくコイツの声だったということか。何だか妙に納得。合成音声が再び流れる。
「地上にはまだ戻らないほうがいい。オグ=ズールドを待ったら一緒に転送してあげる。」
今度は新にも聞き取れた。どうやら関係者、もとい、関係ロボのようだ。そうか、ヒーローだけじゃなかったのか。
「着いて来て。」
ピコン、と小さな音を立ててロボットがくるりとドアの方に動き出した。オムニホイールかと思っていたが、それにしてはモータ音がしない。ロボットが少し離れたのでソイツの足元が見えた。浮いている。床から。
マジか。
未来、来たなコレは。通りで背後に来た時気づかなかったわけだ。しかし、着いて行くかどうかは悩ましいところだ。少なくともココはいわゆるところの下水道やマンホールではない事は分かった。話ぶりからすると、俺とオグのやりとりは見ていた上に理解もあるようだ。そもそもオグが隠れるのに使っていた場所だし味方の拠点というやつなのではないか。
(ま、いいか。)
分からないことを考えても仕方ないし。ヴァルルカンの側の奴じゃ無いといいな、と思いつつ好奇心に負けて新は歩き出した。
ドアの向こうはまた廊下が続いていた。天井は入口の扉の大きさまで低くなったが、窓はやはり無い。地下だからだろうか。壁はコンクリ打ちっぱなしから白壁に変わり、たまにノブの無いドアが並んでいる。滑るようにゆっくり進むロボットについて、キョロキョロしながら緑の床の廊下を進んだ。
やがて幾度目かの曲がり角を抜けると、突き当たりになった。どん突きにパズルみたいに切れ目が入っている所を見ると、どうやらここも扉らしい。随分と広い施設だ。ロボットが左の壁際に寄って着地した。何やら通信でもしているのか、らしすぎるピコピコ音が聞こえてくるのでつい笑ってしまう。微笑ましい気持ちになりかけたところで、設備が稼働するときの独特の重低音が響き始めた。
パズルのラインに一筋光が走る。早過ぎず遅過ぎず、パズルが解けていった。
おおーっ!
新は思わず心の中で歓声をあげてしまった。
視界の先は大型のドックになっていた。廊下の先は橋になっており、上下左右にガッツリと深い空間が広がっている。再び動き出したロボットに着いて橋まで進むと、離れたところにも何本か同じような橋が見えた。橋、と言っても対岸までかかっているものと、桟橋のように途中までのものがある。新の居る橋は後者の桟橋型だった。そして、前方に船が碇泊していた。
ふと、視界の端で上下に資材が流れていくのが見えた。一瞬、ガラス張りのエレベータかと思ったが、違和感に気づいて思わず二度見した。柱もワイヤも、いわゆるエレベータの構造部材が見当たらないのにカゴが上下動している。カゴには屋根が無く、貨物用らしくそれなりに大きいのだが、人の気配は無い。かわりに目の前のやつとまた違った形のロボットのようなものが乗っていた。自動で資材を運ぶコンベアみたいなものなのかもしれない。来た来たー、なんだココは胸熱過ぎるだろ。
ピコピコ音がしたので視線を戻すと、ロボットが急かすように船のハッチの前で待っていた。船は少し大型の遊覧船くらいの大きさで、今は向かって左を頭に横付けしている。桟橋は船(吊るされて居るわけでも無いし、どうやって浮いて居るんだろう)の横腹に開いたハッチに伸びていた。船、船、とは言うものの形は船舶のそれとは違い、どちらかというと翼の無い飛行機というか、ワゴン車をでかくしたというか、そんな様な形だ。天辺は見えないのだが側面の曲率から見て甲板は無さそうで、頭には管制塔や展望台を彷彿とさせるコブが伸びている。桟橋にチェーンのようなもので繋がれていて、今はライトアップもされておらず、しんとして見えた。
入っていいものか。
一瞬迷ったが、ここまで着いてきたんだし、今更というやつ。まぁ、何とかなるだろう。
新は、意を決して足を踏み入れた。
船内は暗かった。機械室の様なところを歩いてしばらく進むと、地下に来てから初めてのノブのついたドアに辿り着いた。
「開けて!開けて!」
ロボットがドアの脇でピコピコしている。
…かわいいなコイツ。新は促されるまま、ドアを開けた。
「り…、」
新は思わず声を上げた。声は言葉にならなかった。
部屋に駆け込む。
部屋の中は所狭しと薬品棚や変な装置が並んでいて、雑然としていた。部屋の中央に寝台ともテーブルともつかない台が一つ。その上に人の形をしたモノが載っている。人形と見まごう銀の塊は、しかし生き物に違いなかった。
…生きていれば。
何かの冗談で手足の繋ぎ方を間違えたのだろうか。人形ならよかったのに。
「リラシュさん、」
新の視線のすぐ先。
変わり果てた姿の赤紫の少女が横たわっていた。
「ね、ママ、お願い!時間過ぎちゃうから!」
「時間って、お友達のところでしょ。病院行ってからにしましょ、ね?ママの言うこと聞いて頂戴。」
充斉は時計と母親の顔を見比べて小さなため息をついた。どうしよう、このままだと完全に遅刻しちゃう。
昨晩約一週間ぶりに充斉が家に帰ってからのこと。夕飯前にリビングにいた父親にドーナツのことを謝りに行くと、父親はテレビのリモコンを取り落として息子の肩を抱き締めた。キッチンでやり取りを聞いていた母親も駆け付けて、涙を流す始末。充斉は一人でポカンとしていた。なんでこんなドラマチックなアレになってるんだろう?お兄さん達の言っていた浦島太郎な話は新聞とカレンダーから本当だったっていうのは確認したけど、それでも納得がいかなかった。仕方なく両親にはここ一週間くらいの記憶がない事を正直に話すと、二人してブンブン頷いて喜んだ。
「ボク、ちゃんと学校行ってたんだよね?」
「いいのよ、無理して行ったりしなくても。記憶が戻って、いつもの充斉のままでいてくれたら、ママもう何も言わないわ。」
「おかえり、おかえり。」
アズが代わりにご飯食べたり学校行ったり宿題したりしてくれていた(サイコー!)らしいのに、変な感じ。そんなに変わるものなんだろうか。
そしてその翌日、つまり今朝、たった今そのせいで少し困った状態になっていた。今朝は新達と真珠島に行く約束をしているのだ。しかし、母親は充斉を病院に行かせると言って憚らない。決して「遊び」じゃないんだけどそこはさすがに説明できなかった。ヒーローとの約束は、秘密なのだ!
ダイニングで押し問答を繰り広げていると、ふいにどこからか目覚ましのような電子音が響いた。充斉の部屋の方向からだった。ダイニングからだとドア2枚と通路を挟む形になるので、ここまで響くということは大分音が大きい。充斉はハッと思い立って母親の顔をうかがいつつも、そそくさと部屋に向かった。
ドアを開けると一段と音が大きくなる。デスクの傍にかけてあった学生鞄を開けるとA5くらいの大きさの下敷きのような薄い板を取り出した。指を滑らせると途端にしん、と音が止む。
「アズ、読める?」
「読める。そしてまずいことになっている。」
「まずいこと?」
充斉は下敷きの上に踊る淡い緑の光をそっと眺めた。模様がひらりと浮かんでいるばかりで、読むことができない。
「遅刻してるから、怒ってる?」
「もっとマズイ。」
もっと、と聞いて充斉がうわぁ、という顔をした。くるくると思ったことがすぐに顔に出るのを、本人は気付いていない。
「すまない、充斉。「ママ」には悪いがこれ以上遅れるわけにはいかないようだ。」
その顔はもしかしたらアズの苦悩も表していたかもしれない。
「どのくらいマズイ?」
「…命がかかっている。」
充斉の背中がキュッとなった。アズはこういうときに冗談を言うタイプでは無い。そして、充斉はこういうときに素直に言葉を呑み込むのが早かった。
「仲間の命がかかってるなら、行かなくちゃ。」
サイドジップのパーカーを引っ掛けると、ボディバッグに下敷きを詰めて充斉は部屋を飛び出した。そのままダイニングには戻らず、玄関に向かう。急いでスニーカーを履いていたところで、物音に気付いた母親がバタバタと玄関にやってきた。端から見ても取り乱している。
「どこ行くつもりなの?!」
充斉はスニーカーを履き終えると、そっと顔を上げた。
「ごめん、お母さん。」
ガタンと廊下に音が響く。母親の手からしゃもじが落ちた音だった。
「…ちゃんと夕飯までには帰るから。」
充斉はくるりと回ると滑るように玄関をくぐった。有無を言わさない素早い動作だった。
バタリと閉まったドアの前、残された母親は呆然と息子の余韻を眺めていた。
「どうしましょう、パパ。…充斉が、充斉が…不良になっちゃったわ…。」
独り言を一つ空気に置いて、まだ若い母親は両手に顔をうずめていた。




