HEROとセンタウル2
新とリラシュはとりあえず全力で走っていた。後ろで金ぴかケンタウロスがフシューッと蒸気を漏らしながら目を光らせている。モータの唸り音が聞こえるところからすると、もしかしなくとも後少ししたら突っ込んでくる気なんじゃ無いだろうか。
「くっ…車で逃げた方が!?」
「私、運転できやんもん!」
「三笠に、戻ったら、」
「みーちゃんに危ない事させられんわ!」
「ちょ!?そんなことを、言っている場合、では、」
一際大きな蒸気音がしたと思うとガツン!とアスファルトを鉤爪が抉った。
「やばいっ、来るぞ!」
案の定ケンタウロスは四足をグッと引き絞ると一気にギャロップで駆けてきた。
「ジョーシン君右!そっち行って!」
あだ名で呼んでくれた!…等と余韻に浸る間もなく咄嗟にリラシュの差した方を見ると前方T字路の右手は商店が並んだ手狭な路地になっている。迷う暇など無く、言われるがままに右折する。リラシュはそのまま反対の路地に飛び込んだ。直後にブロック塀の粉砕される轟音と砂埃が辺りを包んだ。新はよろめきながらも何とか無傷のまま駆け続ける。勢い込んだケンタウロスが正面の塀にそのまま突っ込んだのだ。
「ちょっとぉ、分かれて逃げないでよ!うっざぁい!」
ヌリエラとケンタウロスはしばらく砕けた石壁の間でキョロキョロしていたが、やがて新の方を向いてピタと止まった。
「ま、こっちでしょ。潰し甲斐ありそうだし!」
ちょ、ひどい理由!ていうか二択の悲劇ッ。
いや、自業自得か。口は禍の元とはよく言ったものだ。新は泣きそうになりながら石畳の海辺の小道を駆けた。準備運動くらいしとけばよかった。逃げ切れる自信が全く無い。
「アハハハ!!待て待て~!」
ひどく楽し気にヌリエラが叫ぶ。悪趣味な重機はグッと四足を引き絞ると再び後ろから駆けてきた。商店街は乗用車がすれ違うにも狭い小道である。幅広な大型トラックほどもあるバカでかい重機は周囲の商店と石畳を手当たり次第に砕きながらやってくる。そのおかげで若干速度は落ちているが絵面的に恐怖でしか無い。見る見る金色との距離が縮まる。このままでは潰されるのも時間の問題だ。石畳は曲がりくねりながら今度はY字路に差し掛かった。片方は2車線の大通りに繋がり、もう片方は軽自動車でも通りにくそうな私道らしき小道である。迷わず細い方の路地に飛び込む。再び背後で色々なものを薙ぎ倒す音がした。粉塵がこれでもかと巻き上がる。
「新くん、こっち!早く!」
煙る視界の中で名前を呼ぶ声がした。一も二も無く声のした方に走る。今は考えている余裕など無かった。名前を知っているような輩はきっと味方…って、
「うあぁあ!?」
突然足元の地面が無くなった。視界が煙から暗闇に変わりそのまま自由落下。落ちる間に誰かに足首を掴まれた。
ガコン!
頭上で金属の蓋の閉まる音がする。続けて巨大な物体の通過していく轟音が響いた。
「セーーーーフ!…間に合った~。流石ボク。スピーディ~。」
「はっ…ぐ…」
真っ暗闇の中、足首を掴まれた状態で逆さまに宙ぶらりんな新である。反転するとき膝が抜けるんじゃないかと思った。顔や手などをどこにも打たなかったのは幸いである。ていうか何だ、助かったような助かっていないような。
「あ、ごめん。降ろすわ。ちょぉ待ち。」
ふわりと身体が浮く感覚。暗闇の中なので上下の感覚が無くなった。やがて地に足の着くのを覚えてようやく楽な姿勢に戻った。ピコッと小さな電子音がして周囲が明るくなる。突然眼前30㎝位のところに銀のマスクが現れたので仰け反ってすッ転びそうになった。
「なーにー?驚きすぎっちゃう?」
けらけら可笑しそうに言うのは銀緑マスクの不審者だった。
「あ…ありがとう?」
で、いいんだよな。とりあえずお礼は言っておくべきだろう。ミンチにはならずに済んだようなのである。
「間に合ったから良かったようなものの、一人で真珠島乗り込むとか、正気なン~?週末は気を付けろって言うたやんかー。」
薄暗闇の中で非常灯のように左腕がほんのり緑に光っているのは、先日浜辺であった銀緑マスクのヒーローである。どうやらここはマンホールの下であるらしい。金馬メカからの暗闇の中での異様なヒーローの流れに頭も体もまだ混乱していた。
「ひ、一人じゃないんだ。もう一人、一緒に逃げてる。」
呼吸を整えながら何とかそれだけ告げた。ああん?と銀緑が首を少し傾げた。
「言うてた他のやつやんな。ふぅん、まぁそっちはほっといたって平気やろ。 」
新は慌てて首を振る。
「あ、その子は戦えないんだ。頼む、助けてくれないか。」
今はこいつに頼る他ない。俺を見失ったヌリエラが万一リラシュの方に行ったとしたら、まずいことになる。
銀緑はしばらく黙ったままじっとこちらを見ている。何を考えているのかはよく分からない。もはや祈るしかない。
「ん。新くんの頼みじゃ断れやんやん。任しとき。「塗り絵」相手なら何とかしたる。新くんのこと追っかけ回したこと後悔さしたろ。」
けらけらと一笑いして銀緑は目の前の梯子に手をかける。新はとりあえず頼みをきいてくれたことに安堵の息を漏らした。くるりと銀緑が振り返る。
「新くんはしばらくここにおってな。サクッと蹴散らかして戻ってくるわ。」
「ありがとう…ございます。」
今度こそしっかりお礼を言った。
「ああん、それから忘れるとこやったわ。ボク、オグ=ズールドって言うらしい。オグって呼んでな。」
「…らしい?」
なんで自己紹介なのに名前があやふやなんだ。聞き返す間もなく銀緑はさっさとはしごを上って外の世界に出ていってしまった。蓋が閉まると再び周囲が真っ暗になる。しまった、何も見えないじゃないか。地下とはいえ、灯りのひとつくらいつけておけと思う。
「…ま、いいか。」
どうせ埃まみれの汗まみれなので諦めて壁際に座って待つことにした。座り込むとどっしり疲れている。おいおい、休日の朝だって言うのに。命懸けで走ったらこうなるのも仕方ないか。そういえば相変わらず銀緑は新の名前を連呼していた。前回会ったときといい、名乗った記憶は無いのだが。
そして相変わらず、あいつを見ていると誰かを思い出す。誰だったかな。
考える内に新はいつの間にか、溶けるように眠りについていた。
「みぃつけたっ!アハ!」
ガツン!と一際大きな音を立てて鉤爪が地面を抉った。
「ジョーシン君は、逃げたみたいやんな。」
「ジョーシンクン?さっきの奴?気付かない内に踏んじゃったのかも!アハ、したらごめんねぇ。ま、何にしてもアンタどっからどうみてもフェチケでしょぉ。思いっきりやれるじゃない。ご愁傷サマ。」
リラシュとヌリエラはだだっ広い芝生広場で向き合う格好で話していた。リラシュはできるだけ轟音から遠ざかるようにうまく逃げたつもりだったのだが、ケンタウロスのセンサかヌリエラの動物的な勘なのか、兎にも角にも真っ直ぐ駆けてきた金馬に瞬く間に追いつかれてしまった。
「私アンタのこと初めて見たけど、また新入り?ちょっと最近多いんじゃない。」
ヌリエラがじろじろとリラシュの頭の先からつま先まで眺めている。
「逆や。アンタが知らんくらい昔からおるってことや。」
「はぁ!?」
「アンタの事はよう知っとるよ。学校行かなくなって、第5象限から出なくなったあたりも。」
ヌリエラの眉毛がピクリと動いた。
「…何者なのアンタ。ちょっとシャクにさわるんだけど。」
「私もついとらんな。どや、取引せんか。私もまだ潰されたくないし。」
ケンタウロスの首元からフシュッと蒸気が洩れた。
「断る、って言ったら?」
リラシュが唸った。
「…困る。」
「でしょ。」
ガツンッ!!
ケンタウロスの前脚が再び地面を抉った。
「じゃ、それで。」
「ほらね、」
ケンタウロスがグイと四足を引いた。
「だから嫌だったんよねぇ。」
ドンッ
地面を蹴って金のケンタウロスが駆けてくる。
「「それで」じゃないやろ話くらい聞けっちゅうねん!!!!」
叫びながらリラシュが左手首を開いてケーブルを自身の頭部に直に接続する。25本全てが左耳のあたりに食い込む形になる。瞬間、ケンタウロスの前脚が少女の身体を捉えて蹴り上げた。
容赦ない暴力だった。
弧を描いて華奢な体躯が空を舞う。
「アハ!ナイッシュー!」
ヌリエラの無邪気な歓声が上がった。ひゅう、と飛んでいく様子を眺めながら落下点に向けて悠々と金馬が歩く。デカいので歩いていても速度はそれなりだ。最高点を過ぎて、赤紫が落下する。満足げに見ているヌリエラの目の前で、突然リラシュの姿が消えた。
「…ふぇ?」
文字通り、消えた。
電源を落とした電子画面のように、ふつりと。ヌリエラは何度か瞬きをすると辺りの地面をキョロキョロと探った。だだっ広い芝生の広場である。見落とすはずもない。
「ど?どういうこと?」
「こういうこと。」
「ヒ…ッ!」
すぐ背後で声がしてヌリエラは飛び上がった。いつの間にかどピンクのすぐ後ろ、悪趣味な馬の背に銀緑が相乗りしている。
「きゃああ!?ちょっと!いきなり何な訳アンタ!!」
「危ないから一番安全なとこにいようと思って。」
確かにこの広場の中でヌリエラの真後ろ以上の安全地帯はなさそうだ。
「だ、だ、だからって空気読みなさいよ少しは!あり得ない登場の仕方されると調子狂うじゃない!」
オグはえーっ、と抗議の声をあげる。
「この広場におけるこの馬の方が空気読むべきちゃう?」
「うるっさいわね!」
「あっ、ちょ…」
ヌリエラが片手を振り上げるのと同時にケンタウロスがウィリーになった。さながらナポレオンなのだが、馬がでかいのでどちらかと言うと砂利を排出するトラックのようである。何故か仁王立ちのままビタ止まりのヌリエラはさておき、オグは当然背中を滑り落ちる。
「もーっ、相変わらずツレナイなー。」
しかし全く動じる様子もなくふわりと着地するとトン、と地面を蹴った。寸でのところで降下してきた前肢の鉤爪をかわしつつ、一跳びでケンタウロスの頭の上に出る。1つしかない重機の目の前にそっと掌をかざすと、緑色の閃光が走った。
ドッ!とエネルギィが迸る。
しかし、同時にケンタウロスの目元から赤銅色のビームが発され、ぶつかり合った。
台風の暴風域に入ったかのような強烈な風が起こり、芝生を波打たせる。ヌリエラのマントが派手にはためいた。
しばらく空中での攻防が続くかと思われたが、ふっと緑の光が消える。空に向けて赤銅の号砲が一筋伸びた。オグは…
「あっ…!?また消え…」
「ふぅ、やっぱりここが一番落ち着くやんか。」
「きゃぁぁぁぁああ!!!」
再びヌリエラが飛び上がった。いつの間にかオグがまた背中に立っている。
「あっ、アンタ、いい加減にしなさいよっ!!どういう動きしたらそうなるワケ!?」
ヌリエラの動揺に誘われるようにケンタウロスがビームを照射したままジタバタ跳ねる。辺りの芝生広場にガツンガツンと穴を穿ちながら、かつビームによる乱打がなされ、恐ろしい光景が展開されている。当然背中に乗るオグたちも前後左右上下に好き放題揺らされる。
「ちょ、ちょぉ、酔うやろ!むしろお前の脚がどないなっとんねん!アロなんちゃらアルファか!」
「なんでその一文字だけ出てこないのよ!」
相変わらずヌリエラは仁王立ちのままだ。オグはギッタンバッタン跳ね回っている。
「あ、パンツ見えるで。」
「…ふぁッ!?」
ケンタウロスの動きが止まった。
「サイッテェェエエ!!!」
ガキンッ!
ケンタウロスの上半身が反転して背中を向いた。丸い頭の1つ目と視線がぶつかる。
「ちょ、キモッ。なんや動くンかそこっ。」
「ザッけんなよクソ緑がッ。…ぶっ潰す。」
バヂンッッ
ぐぇっ
ヌリエラの台詞が終わる前にケンタウロスの二本腕が手を合わせた。
間にオグを挟んで。
蚊を潰す要領である。
「アハ!今日こそアンタ落とすよ。三度目の正直、だからね。」




