HEROとセンタウル1
新城新は草を編んでいた。
秘密基地を創るため。
自分よりも背の高い草の茎をつかんで、手を切らないよう慎重に天辺を引き寄せる。イヌムギか、ヨシか、はたまたノガリヤスか。日差しは強いが草の間に屈んでいると涼しかった。基地の床にあたる部分は草を引き抜いて山積みし、クッションを作った。ヨモギのような香りがする。
一通りスペースができあがったので寝ころんでみる。
悪くない。
「なんだろう、誰か住んでいるのかな。」
ポツリと誰かの声がした。謎の訪問者に新は答える。
「入ったらいいのに。」
「うん、そうする。」
草を踏み分ける音がして、入口から光が差した。
随分と眩しいと思ったら、小山の切れ目の水平線上に太陽が浮かんでこちらを見ていた。高速道路はほとんどが山間の道だったが、ようやく海が見える所に出たようだ。いきなり日差しに横面を張られる形になったのでうっかり目が覚めてしまった。
何が悲しくて折角の休日に早朝たたき起こされて外出しなければならないのだろう。休日だからこそ、という人も居るだろうが残念ながら新はそういう人種では無かった。昨日完全否定したにも関わらず結局新は三笠と真珠島に向かっている。もちろん断るつもりだったのだが安普請の前までFJクルーザーを横付けされた上、起きるまでクラクションを鳴らすぞと脅されたら乗るしか無かった。やっぱり住所が割れていたのがじわじわ来ている。あと、ちょっぴりFJに乗ってみたかった。快適すぎて寝落ちしたが。
ふいに軽妙なメロディが車中に流れた。運転する三笠のスマホに着信が来ている。
「あ、ジョーシンちょっと代わりに出て。多分クラスの誰かや。」
「何でおれが。」
「用件だけ聞いてくれたらええねん。」
画面の表示を見て新は内心ゲ、と思う。どう見ても表示に「原平等」と書いてある。わざとゆっくりとした動作でスマホを取り上げるが一向に鳴り止まない。しつこいなコイツ。しかもこんな朝っぱらに。仕方なく電話を取る。
「はい。」
ぶっきらぼうな返事になった。
『…あれ?もしもーし。みーちゃんの番号やんな?』
平等もみーちゃんと呼んでいるらしい。その呼び方に抵抗とかは無いのか。
「運転中なので代理です。」
『あ、そうなん?衝撃!誰?彼氏?ごめんなー、俺怪しいもんじゃないですぅ。』
「違います。」
断じて違う。そして怪しくない人物はわざわざ自分からそういうことは言わないと思う。
『えっとぉ、かけ直した方がいいんやろか?』
「用件だけ聞けと言われてます。」
『あ、そしたらですね、次の英語のときに精算するんでレシート忘れずに~って伝えてもらえやんでしょか?』
「はい。」
おそらく学科の飲み会の件だろう。わざわざ朝にかけてくる事なんだろうか。三笠が早起きなのを知っているのかもしれない。いやそれにしてもメールで十分だと思う。
『そして、つかぬ事を聞いてもいいやろか?』
「はい?」
『まさかとは思うけどジョーシンちゃいますよね?』
新は静かに電話を切った。
電波が悪いんだ。仕方ない。
「なんやった?」
三笠がそれと無く聞いてきたので、伝言だけ伝えてやった。もう次に誰かからかかってきても取らないことにしよう。
「今日俺が行く意味はあるのか。」
ずっと疑問に思っていた事を口に出した。
「ある。アンタ一人で居るところを見つかったらアカンやんか。今日私とアズが真珠島に行くことはカッキーが知っとるしな。カッキーはいいとしてキヴァトが上司に報告してないはずがない。」
カッキーというのはどうやら杜若教授の事らしい。
「そういやフーヌークって何なんだ。向こうの本部か何かか。」
「あ、ちゃう、ちゃう。えーと、なんや。上司の事や。上の人な。キヴァトのボスは「ケズデット」やな。」
ボスキャラは何人か居るということか。というより三笠たちフェチケの方には上下関係など無いのだろうか。文化が違うだろうし聞いたところで理解ができないかもしれない。そもそもそこまで知りたい内容でも無いので敢えてそれ以上は訊かないことにした。それよりも訊きたいことは色々ある。
「第何とか象限ってよく聞くけど、あれは何なんだ。」
「ああ、象限はちょっとややこしいでな…。リラに訊くのがええんやろけど運転中やで今は私の理解してる範囲で我慢してな。」
三笠の理解の範囲では第3~第8象限まで確認しているらしい。第6象限が所謂新の生活している現実世界で、第5象限はそこに重ね合わせに存在する似て非なる世界だという。この時点で新は既についていくのが困難になった。
「マンガとかに出てくるパラレルワールドみたいなものか?」
「…とはちょっとちゃうな。別にドッペルゲンガーが生活してるわけちゃうし。各象限にしか住んでない生き物もおるみたいやけど、行き来もできるし、なんて言ったらええんかな。空間と時間ともう何個か要素があるみたいなんやけどな。その軸で区切られた象限が重なり合ってるんやて。言ってて私もよう分かっとらんけど。」
感覚としては象限の数字が若くなると段々世界は曖昧になっていくようだ。第4象限は眠って見る夢のような世界で、物が曖昧になるらしい。どうやら充斉と新が昨日立っていた原っぱも第4象限だったときいて、そこだけは何となく経験として理解した。
「第3象限は時間の概念が曖昧らしい。で、リラとかアズは第8象限が元の場所なんやて。」
「…分からん。」
聞いた俺がアホでした。んーとりあえず、と三笠が続ける。
「ヒーロー達がドンパチしとっても現実世界には影響ないってことだけ理解しとったらええに。」
「あ?そうなのか。」
ようやく砂浜や住宅街の一件が何となく腑に落ちた。いや、正確には全然落ちてないんだけど。着いて行けてるようでいて相変わらず全く着いて行けてないんだけど。
新が会話に着いていけない内に車は目的地に着いた。
「真珠島って、やっぱり真珠島の事だったんだな。」
「何言うとんの。他に無いやろ。」
駐車場から海を挟んですぐ目の前、こじんまりとした小島を見やった。
真珠島というのは県内に数少ない観光スポットの一つで、真珠の養殖で有名な半人工の小島だった。半人工というのは元々あった小さな島を埋立によって拡充した為だ。県外から越してきた新は初めて訪れたが、地元民からするとおなじみの遠足スポットおよびデートスポットというやつでありまして。
「充斉はまだか。」
「現地集合やでな。その内来ると思うに。」
「早く来い。できる限り。有りっ丈の速度で。」
「…何言うとんの。」
せめて春菜と一緒だったらまだ良かったかも知れない。学科の宝、美人女子大生だ。いいや、多くは望まない。春菜の取り巻きである日下部でもちょっと痛い格好の紫夜でも、いっそ中埜とかでもいい。何でよりによって三笠とッ。観光地といえどこの時間は当然開業前のため人もおらず閑散としている。そこだけが唯一の救…ガフッ!?
三笠の鋭い平手による裏拳、もといツッコミが閃き、新の心臓にクリティカルヒットした。
「ろくでもない事考えとったやろ。」
何故ばれたし。ちょ、息できないッス。さすがツッコミの重量感が違う。若干シャレにならないんだが。静かに悶絶する新の横で、三笠が大仰にため息を落とす。
「私だって好きで同期の男子と朝っぱらから真珠島観光なんかせんわ。ちょっとでも時間潰すなら…せやな、リラに変わって貰おうか。第5象限の方がちょっぴり時間の流れも早いし。」
「リラって、おい、」
変身とか、しないんじゃなかったのか。新の脳裏に瞬時パッツンパツンのタイツが浮かんだ。吹き付ける初夏の風に咄嗟に目をつぶる。目を開けるとタイツの幻影はしかし、暗闇と共に消え去った。
赤紫色の大輪のアネモネが立っている。
「…だ、ど、」
「一応はじめましてやんなジョーシン君。アズが来るまでやけど一応生身のみーちゃんよりは役に立つ…はずやでな。」
「はっ、はじめまして。」
紫がかった銀糸のスーツは相変わらず素っ頓狂だし左半身には何やら物騒な装甲機材が装備されているが、そんなことはどうでもよかった。中性的な体型だが見た所は女の子だしタイツはタイツである。身体のラインがモロに分かるのでどこを見ていいやら分からない。せめて何か話をしようと顔を見上げた。頭部にはマスクをしていると思いきやジェットヘルの様なメットをしている。ふいにリラシュがスモークシールドを開けた。顔が出る。
人間離れした美人だった。
…というより新のどストライクだった。
どうしよう、どこ見たら良いんだろう俺は!?顔は余計に見れないことが判明した。
「充斉が来てもどうぞ是非そのままで居てください。」
「…?まあ構わんけど。」
時間が遅くなっても今なら問題ない。ゆっくり来ていいぞ充斉。新は内心ガッツポーズを決めていたが相変わらずどこを見ていいやら分からない。ついにリラシュを直視するのを諦めて目の前に浮かぶ真珠島を見やった。そして異変に気付いた。
「え…っ?あれ、何だあれ。」
先ほどまでそこにあったはずの牧歌的な島は跡形も無く消えていた。
「ああ、第5象限入ったからやな。アレがヴァルルカンの拠点としての真珠島や。」
目の前には確かに観光地になりそうな小島が浮かんでいる。
そう、浮かんでいるのだ。海、ではなく空に。
新は目を疑うのを止めた。うん、これが現実ってやつなんだと諦めよう。いちいち驚いていたら長生きでき無さそうだし。日本人の平均寿命を考えると別にそこまで長生きしなくてもいいんだが。
「因みに、どうやって入るんだあそこに。」
見た所階段もエレベータも鎖も何も無い様に見える。本当にぽっかりと丸っこい小島が浮いている。高度こそさほど無いがそれでも下手なマンション一つ分位は上に浮いて見える。
「飛んでくしか無いやろなぁ。」
「飛んッ…え?」
とんでもない。いや、冗談じゃなく。
見上げる内にもう一つ視界に異変が映った。
落ちてくる。何か落ちてくる。デカッ。何かでかいものが島から落ちてきた!
「危ない!」
「どわぁっ!?」
ガドォォォンッッ!!!
駐車場のアスファルトに壮大な凹みを穿ちながら着地したのは、異形の重機だった。大型トラックばりの厳つい金属の塊は、何と言ったらいいのかな、うん、そう、悪趣味なデザインだ。成金の家の前に立っていそうな胡散臭い銅像を彷彿とさせるソレは、ざっくり言うとケンタウロス型をした巨大な機械だった。尻尾は無いが四足の下半身に2本の腕の生えた上半身が載っている。頭部はしかしロボットアニメに出てきそうな一つ目の丸っこい形状で、油だかエアだかの管が鰓の様に巻き付いている。足先は蹄の代わりに巨大な鉤爪が生えており、刺さると痛そうだ。そして極め付けというか悪趣味な理由として、全体が金色だった。その背中にもはや見慣れてしまった誰かが乗っている。
こんなものに乗って登場する人物を新は一人しか知らない。
「ちょっとぉ~!アンタ見たことあるわよ!?何でこんなとこ居るワケぇ!?」
ケンタウロスの背中に仁王立ちをした少女が、さもビックリしたという表情でこちらを見ている。朝っぱらからビラビラのゴスロリドレスにロングマント。相変わらず長靴。しかもどピンク。いつもそのスタイルなのか。
「アンタやっぱり民間人じゃ無かったんじゃない。ムカツク!アンタのせいで怒られて損したでしょぉ!?」
こちらこそ何故か突然怒られた気がする。言いがかりだ。
「あ、ごめんねヌリエちゃん。」
「おい!「塗り絵」って呼ぶなクソがぁ!ヌリエラだよ覚えとけよ!」
思わず口を着いて出てしまったが悪気はない。たぶん。しかしどうやらさらりと喧嘩を売ってしまったようだ。とりあえずフォローしなくては。
「日本人って略すの好きじゃないか。スマホとか、マステとか。ヌリエも愛称だと思って。」
「1文字だけ略す意味ねぇだろ!」
逆効果だった。
スッとヌリエラの目が据わった。ケンタウロスの首の付け根から蒸気の漏れる音がする。
「…潰す。」
アカン、助けてリラシュさん。チラリとリラシュに目くばせをすると、いつの間にかスモークシールドを下ろしたリラシュが首を竦めて振っている。
「あちゃ、逃げよかジョーシン君。」
「え。」
「私、身体的には一般人なんさなぁ。」
…嘘ですやん。やっぱ早く来て充斉。




