2話 殿下、王宮のご飯って最高ですね!
大広間の扉が開くと、目がくらむほどの光景が広がっていた。
「わあ、すごい……!」
思わず声が漏れる。
長いテーブルの上に、これでもかと並べられた料理の数々。焼きたての香ばしい匂いのする肉に、艶やかなソースをまとった魚料理、彩り豊かな野菜の皿。どれもこれも、普段の食卓ではまずお目にかかれないものばかりだ。見ているだけで、胃の奥がきゅうと鳴る。
「本当に、食べていいんですか、これ全部……?」
隣を見上げると、殿下の足がぴたりと止まった。
整いすぎているその顔には、感情らしいものはほとんど浮かんでいない。けれど、わずかに眉間が寄っている気がした。
「……昼食会というのは、食事量を競う場ではない」
一瞬きょとんとしてから、僕は「ああ」とうなずく。
貴族の作法はよく分からないけど、量を競うわけじゃないなら安心だ。無理に急いで食べなくてもいいってことだろう。
「じゃあ、ゆっくり味わっていいんですね」
そう言いながら、改めて料理の並びを見渡す。どれから食べようかと考えるだけで楽しくなってきて、自然と頬が緩んだ。
その隣で、殿下がわずかに息を吐く。小さなため息のようだった。
(……あれ、殿下、疲れてるのかな?せっかくこれから昼食なのに)
案内された席につくと、向かいには王様と王妃様。本物の王様なんて初めて見た。金色の冠がきらきらしていて、なんか、すごく……「王様」って感じだ。
「遠路ご苦労であったな、ルイス殿」
王様の声は思っていたより柔らかい。
「こちらこそ、こんな立派な食事をご用意いただいて……ありがとうございます!」
深々と頭を下げたつもりだったけど、顔を上げると殿下がこめかみを押さえていた。
(……なんか間違えた?)
王妃様がにこやかに笑う。
「まあまあ、若い方ですもの。お腹がすいているのね?」
「はい!朝ご飯は緊張して食べられなくて。でも今はもう、めちゃくちゃお腹すいてます!」
一瞬、空気が静まり返った。スープを注いでいた給仕さんの手まで止まっている。
「……ルイス」
隣から殿下の低い声。
「緊張していた、のだな?」
「はい。でも、もう大丈夫です!食事を見たら元気が出ました!」
「……そうか」
殿下の声がほんの少し低くなった気がしたけど、きっと気のせいだ。
それよりも、目の前に置かれたスープの香りがたまらない。
王様の合図で食事が始まり、早速一口飲んだ瞬間、思わず声が出た。
「うわっ、おいしい!これ、魚のスープですか?王様、これ本当においしいですよ!」
「……っ」
王様がわずかに目を瞬かせる。一瞬、王妃様がナイフを持つ手を止めた。
(あれ?僕、なんか変なこと言ったかな)
でも王様はすぐに口元をゆるめて、スプーンを取った。
「……うむ、確かに旨い」
ぱっと空気が緩んで、僕は胸をなでおろす。良かった、気に入ってもらえたみたいだ。
「このお肉もすごいですね!やわらかくて……!殿下、これ毎日食べてるんですか?」
「……いや。食欲が無いこともある」
「ええー!もったいないですよ!」
僕がそう言った途端、また静寂が訪れる。
(あれ?まただ)
どうしてだろう。このお肉、絶対笑顔になれる味なのに。
――そんな僕の疑問をよそに、殿下は紅茶を口に運び、遠い目をしていた。
(殿下……ため息が多いな)
でもまあ、いいや。お昼ご飯はまだまだ残ってる。
これだけ美味しいなら、少しくらい空気が静かでも問題ない。
そう思いながら、僕は幸せいっぱいに他の皿へもフォークを伸ばす。
その時、王様がゆるやかにナプキンをたたみ、僕の方を見た。
「ルイス殿。今後の待遇について、いくつか伝えておこう」
「はい!」
僕はフォークを持つ手を止める。まだお肉が半分残っているから、できれば話が終わってからゆっくり食べたい。
「まず、婚約者としての生活に必要な経費はすべて王家が負担する。衣服や日用品はこちらで用意しよう」
「ほえ~……」
(新しい服かぁ。毎日洗濯しなくていいなら助かるな)
「さらに、王家の紋章を刻んだ宝飾品が支給される」
「なるほど……」
(でも、宝石よりパンのほうが嬉しいなぁ。宝石じゃお腹いっぱいにならないし)
王様は言葉を続けた。
「また、必要であれば専属の侍女や護衛を付けよう」
「侍女さんって、料理とかも上手なんですか?」
「……料理?」
「えっ、いや、その……お腹がすいた時に軽食作ったりしてくれるのかなって」
「……」
アルディン殿下のナイフが、かすかに止まった音がした。王妃様はハンカチを口に当てて、笑いを堪えている。
「……ふむ、ルイス殿は、実に変わっているな」
王様の声に少し苦笑が混じった。
「そ、そうですか?」
「……まあいい。次に、魔力の適性を確認するため、近々アルディンとともに実地に赴いてもらう」
「実地……?」
「討伐だ。南の森に魔獣が出ていてな。軽い視察を兼ねて同行してもらう」
「魔獣!?」
思わず身を乗り出す。
魔獣……討伐……。なんだかすごく危険そうなワードが並んでいるけれど、それよりも――
(魔獣って……食べられるのかな?森にいるってことは、もしかして獣肉の仲間?もし毒とか無ければ、意外と美味しかったり――)
「ルイス」
「は、はいっ!?」
横から殿下の低い声。見ると、なぜかすごく冷たい目で僕を見ている。
「今、お前は『魔獣の味』を考えていただろう」
「なっ……!なんでわかったんですか!?」
「顔に全部出ている」
即答だった。王妃様と侍従たちが、なぜか肩を震わせている気がする。
王様は咳払いしながら続けた。
「……討伐とはいっても、危険はない。アルディンも討伐経験はあるし、近衛兵が同行する」
「はい」
僕は姿勢を正して答える。でも、頭の中の『魔獣は食べられるのか問題』はまだ半分くらい残っていた。
「本来であれば、王子の婚約者を危険な場所へ連れていくのは避けたいところだ。しかし魔力の適性を確かめるには、実地での観察が最も確実でな……」
ここまで聞いて、僕は素朴な疑問が浮かんだ。
「えっと……討伐に行くってことは、森の中で過ごすんですよね?」
「そうだ」
「じゃあ、ご飯ってどうなるんですか?現地調達?それとも、日持ちするお弁当持って行くんですか?」
殿下がぴくりと動いた。
「……お前は、その点が気になるのか」
「え?はい。だって、お腹すくと動けないじゃないですか」
僕が真面目に言うと、王様がなぜかふっと遠い目をした。
「……アルディンよ。今までのお前の婚約者候補たちは、討伐と聞けば皆怯えていたな。『魔獣なんて恐ろしい』だの、『泥や血で服が汚れる』だのと言い訳をして、部屋に閉じこもったものだ」
殿下は淡々とうなずいた。
「はい。誰もかれも同じ反応でした」
王様は僕のほうに視線を戻す。
「なのに……ルイス殿の最初の心配は『食事』とは……」
「えっ、だって……魔獣って食べられるのかどうかもやっぱり気になってて……。固い肉だったら煮込みの方が良さそうだけど、鍋とか持って行くんですか?」
殿下のこめかみがぴくりと跳ねた。
「ルイス」
「はい?」
「魔獣は食べないからな」
「ええ!?そ、そうなんですか……」
(残念……もしかしたら美味しい種類がいるかもしれないのに……)
僕がしゅんと肩を落とすと、殿下は深く息を吐いた。
「……お前は、本当に……」
呆れているようだけれど、どこか柔らかい声音だった。
王妃様がくすっと微笑む。
「ルイスさん。あなたのような方が王宮に来るのは初めてですわ」
「そうなんですか?」
「ええ。とても新鮮で……楽しいですわね」
「わぁ、ありがとうございます!」
素直に喜ぶと、王妃様はさらに優しく微笑んだ。
その横で、殿下は静かに紅茶を口にしている。さっきのため息よりも、ほんの少しだけ甘い香りが混じっている気がした。




