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殿下、いつでも婚約破棄してくださって大丈夫です!  作者: krm


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2/15

2話 殿下、王宮のご飯って最高ですね!

大広間の扉が開くと、目がくらむほどの光景が広がっていた。

「わあ、すごい……!」

思わず声が漏れる。

長いテーブルの上に、これでもかと並べられた料理の数々。焼きたての香ばしい匂いのする肉に、艶やかなソースをまとった魚料理、彩り豊かな野菜の皿。どれもこれも、普段の食卓ではまずお目にかかれないものばかりだ。見ているだけで、胃の奥がきゅうと鳴る。

「本当に、食べていいんですか、これ全部……?」

隣を見上げると、殿下の足がぴたりと止まった。

整いすぎているその顔には、感情らしいものはほとんど浮かんでいない。けれど、わずかに眉間が寄っている気がした。

「……昼食会というのは、食事量を競う場ではない」

一瞬きょとんとしてから、僕は「ああ」とうなずく。

貴族の作法はよく分からないけど、量を競うわけじゃないなら安心だ。無理に急いで食べなくてもいいってことだろう。

「じゃあ、ゆっくり味わっていいんですね」

そう言いながら、改めて料理の並びを見渡す。どれから食べようかと考えるだけで楽しくなってきて、自然と頬が緩んだ。

その隣で、殿下がわずかに息を吐く。小さなため息のようだった。

(……あれ、殿下、疲れてるのかな?せっかくこれから昼食なのに)

案内された席につくと、向かいには王様と王妃様。本物の王様なんて初めて見た。金色の冠がきらきらしていて、なんか、すごく……「王様」って感じだ。

「遠路ご苦労であったな、ルイス殿」

王様の声は思っていたより柔らかい。

「こちらこそ、こんな立派な食事をご用意いただいて……ありがとうございます!」

深々と頭を下げたつもりだったけど、顔を上げると殿下がこめかみを押さえていた。

(……なんか間違えた?)

王妃様がにこやかに笑う。

「まあまあ、若い方ですもの。お腹がすいているのね?」

「はい!朝ご飯は緊張して食べられなくて。でも今はもう、めちゃくちゃお腹すいてます!」

一瞬、空気が静まり返った。スープを注いでいた給仕さんの手まで止まっている。

「……ルイス」

隣から殿下の低い声。

「緊張していた、のだな?」

「はい。でも、もう大丈夫です!食事を見たら元気が出ました!」

「……そうか」

殿下の声がほんの少し低くなった気がしたけど、きっと気のせいだ。

それよりも、目の前に置かれたスープの香りがたまらない。

王様の合図で食事が始まり、早速一口飲んだ瞬間、思わず声が出た。

「うわっ、おいしい!これ、魚のスープですか?王様、これ本当においしいですよ!」

「……っ」

王様がわずかに目を瞬かせる。一瞬、王妃様がナイフを持つ手を止めた。

(あれ?僕、なんか変なこと言ったかな)

でも王様はすぐに口元をゆるめて、スプーンを取った。

「……うむ、確かに旨い」

ぱっと空気が緩んで、僕は胸をなでおろす。良かった、気に入ってもらえたみたいだ。

「このお肉もすごいですね!やわらかくて……!殿下、これ毎日食べてるんですか?」

「……いや。食欲が無いこともある」

「ええー!もったいないですよ!」

僕がそう言った途端、また静寂が訪れる。

(あれ?まただ)

どうしてだろう。このお肉、絶対笑顔になれる味なのに。

――そんな僕の疑問をよそに、殿下は紅茶を口に運び、遠い目をしていた。

(殿下……ため息が多いな)

でもまあ、いいや。お昼ご飯はまだまだ残ってる。

これだけ美味しいなら、少しくらい空気が静かでも問題ない。

そう思いながら、僕は幸せいっぱいに他の皿へもフォークを伸ばす。

その時、王様がゆるやかにナプキンをたたみ、僕の方を見た。

「ルイス殿。今後の待遇について、いくつか伝えておこう」

「はい!」

僕はフォークを持つ手を止める。まだお肉が半分残っているから、できれば話が終わってからゆっくり食べたい。

「まず、婚約者としての生活に必要な経費はすべて王家が負担する。衣服や日用品はこちらで用意しよう」

「ほえ~……」

(新しい服かぁ。毎日洗濯しなくていいなら助かるな)

「さらに、王家の紋章を刻んだ宝飾品が支給される」

「なるほど……」

(でも、宝石よりパンのほうが嬉しいなぁ。宝石じゃお腹いっぱいにならないし)

王様は言葉を続けた。

「また、必要であれば専属の侍女や護衛を付けよう」

「侍女さんって、料理とかも上手なんですか?」

「……料理?」

「えっ、いや、その……お腹がすいた時に軽食作ったりしてくれるのかなって」

「……」

アルディン殿下のナイフが、かすかに止まった音がした。王妃様はハンカチを口に当てて、笑いを堪えている。

「……ふむ、ルイス殿は、実に変わっているな」

王様の声に少し苦笑が混じった。

「そ、そうですか?」

「……まあいい。次に、魔力の適性を確認するため、近々アルディンとともに実地に赴いてもらう」

「実地……?」

「討伐だ。南の森に魔獣が出ていてな。軽い視察を兼ねて同行してもらう」

「魔獣!?」

思わず身を乗り出す。

魔獣……討伐……。なんだかすごく危険そうなワードが並んでいるけれど、それよりも――

(魔獣って……食べられるのかな?森にいるってことは、もしかして獣肉の仲間?もし毒とか無ければ、意外と美味しかったり――)

「ルイス」

「は、はいっ!?」

横から殿下の低い声。見ると、なぜかすごく冷たい目で僕を見ている。

「今、お前は『魔獣の味』を考えていただろう」

「なっ……!なんでわかったんですか!?」

「顔に全部出ている」

即答だった。王妃様と侍従たちが、なぜか肩を震わせている気がする。

王様は咳払いしながら続けた。

「……討伐とはいっても、危険はない。アルディンも討伐経験はあるし、近衛兵が同行する」

「はい」

僕は姿勢を正して答える。でも、頭の中の『魔獣は食べられるのか問題』はまだ半分くらい残っていた。

「本来であれば、王子の婚約者を危険な場所へ連れていくのは避けたいところだ。しかし魔力の適性を確かめるには、実地での観察が最も確実でな……」

ここまで聞いて、僕は素朴な疑問が浮かんだ。

「えっと……討伐に行くってことは、森の中で過ごすんですよね?」

「そうだ」

「じゃあ、ご飯ってどうなるんですか?現地調達?それとも、日持ちするお弁当持って行くんですか?」

殿下がぴくりと動いた。

「……お前は、その点が気になるのか」

「え?はい。だって、お腹すくと動けないじゃないですか」

僕が真面目に言うと、王様がなぜかふっと遠い目をした。

「……アルディンよ。今までのお前の婚約者候補たちは、討伐と聞けば皆怯えていたな。『魔獣なんて恐ろしい』だの、『泥や血で服が汚れる』だのと言い訳をして、部屋に閉じこもったものだ」

殿下は淡々とうなずいた。

「はい。誰もかれも同じ反応でした」

王様は僕のほうに視線を戻す。

「なのに……ルイス殿の最初の心配は『食事』とは……」

「えっ、だって……魔獣って食べられるのかどうかもやっぱり気になってて……。固い肉だったら煮込みの方が良さそうだけど、鍋とか持って行くんですか?」

殿下のこめかみがぴくりと跳ねた。

「ルイス」

「はい?」

「魔獣は食べないからな」

「ええ!?そ、そうなんですか……」

(残念……もしかしたら美味しい種類がいるかもしれないのに……)

僕がしゅんと肩を落とすと、殿下は深く息を吐いた。

「……お前は、本当に……」

呆れているようだけれど、どこか柔らかい声音だった。

王妃様がくすっと微笑む。

「ルイスさん。あなたのような方が王宮に来るのは初めてですわ」

「そうなんですか?」

「ええ。とても新鮮で……楽しいですわね」

「わぁ、ありがとうございます!」

素直に喜ぶと、王妃様はさらに優しく微笑んだ。

その横で、殿下は静かに紅茶を口にしている。さっきのため息よりも、ほんの少しだけ甘い香りが混じっている気がした。

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