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殿下、いつでも婚約破棄してくださって大丈夫です!  作者: krm


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12/19

12話 殿下、これってピンチですか?

街道を抜けて森に入ると、空気が一気にひんやりした。それまでの土埃の匂いが消え、湿った土と青葉の匂いが混ざった空気が流れ込んでくる。

馬車が止まると、聞こえるのは風が枝を揺らす音と、遠くで鳴く鳥の声だけ。思っていたよりもずっと静かで、拍子抜けするほどだった。

(……ほんとに、こんなところに魔獣がいるのかな)

物々しい雰囲気を想像していただけに、少し肩の力が抜ける。

「ここが、グレイヴウルフの棲み処です」

案内役の騎士が頭を下げる。

「普段より森の空気が不安定で……念のため、周囲には結界を張っています」

殿下は無言でうなずき、僕の方を振り向いた。

「ルイス。俺の後ろを離れるな」

「は、はい」

さっきより低い声音に、思わず背筋が伸びる。

殿下はそれ以上何も言わず、剣に手を添えたまま、森の奥をじっと見据えた。その横顔はいつもよりずっと険しくて、今さら少し不安になってきた。

(……やっぱり、危ないのかな)

森の空気まで張り詰めている気がして、無意識に息を呑む。

(……でも、殿下がいるから……大丈夫だよね)

そう思った、そのとき。

――ざわり。

風とは違う、何か。

低く重たい気配が、森の奥で揺れた。

殿下がすっと僕の前へ出る。

「……ルイス、何か感じるか」

「えっ……あ、なんか……空気が変……?」

答えた瞬間、殿下の表情がさらに険しくなる。

「通常のグレイヴウルフではない。魔力が乱れている」

その瞬間、森の奥の魔法陣がふっと赤く光り、魔導師のひとりが叫んだ。

「おかしい……結界が――!」

ドンッ、と地面が鳴る。空気がびりびりと震え、獣の咆哮が森を震わせた。

「う、うわぁっ!?」

「ルイス!」

殿下が僕を抱き寄せるようにして庇う。肩へ回された腕に力がこもり、すぐ耳元で低い息遣いが掠めた。

次の瞬間、前方の木々を突き破り、一頭の魔獣が飛び出してきた。

灰色の毛並み。

だが、その体表には赤い線のような紋様が浮かび上がり、脈打つように光っている。瞳も血のように赤い。

「な、なんか……元気ですね!?」

「元気どころの話ではない!暴走だ!」

魔導師たちが慌てて防御陣を展開し、騎士たちが前へと出る。殿下の表情は鋭く、周囲を冷静に見渡していた。

「……妙だな」

低く落とされたその一言に、胸の奥がざわつく。

「本来、グレイヴウルフがここまで魔力を暴走させることはない」

殿下の青い瞳が、森の奥を鋭く探る。魔獣そのものではなく――何か別のものを探しているようだった。

「誰かが、外部から干渉している可能性が高い」

「え……?」

殿下の視線の先を、つられて目で追った、そのとき。

「あっ……」

少し離れた木の根元に、何かが置かれているのを見つけた。森には不似合いな、黒っぽい人工物。細い線のような模様が刻まれていて、じっと見ていると、なんとなく嫌な感じがしてくる。

「……殿下、あそこに何か……」

小さく声をかけた、その瞬間。

木の根に半ば埋もれるように置かれていたそれが、脈打つ心臓のように赤く光を放った。

森の空気が一変したのが、はっきりと分かり、嫌な予感が背筋を這い上がる。

「グルァァァァ――ッ!!」

直後、森を引き裂くような咆哮が轟いた。グレイヴウルフの赤い紋様が、さらに脈打つように輝く。

「ルイス、下がれ!」

低く鋭い声とともに、迷いなく殿下が前へ出た。

剣を抜き、魔獣の注意を引きつけるように僕の前へ立つ。

けれど――魔獣の赤い瞳は、殿下を一瞬だけ捉えたあと、すぐに逸れた。そして、まっすぐ、僕を見る。

「えっ!?」

理解が追いつくより先に、魔獣が動いた。殿下の前を避けるように大きく踏み込み、一直線に距離を詰めてくる。

「うわぁっ!」

反射的に後ずさりしたその瞬間、足元の地面が、嫌な音を立てて崩れた。視界が、ぐらりと傾く。

「ルイス――!」

剣を投げ出して全力で駆け寄って来る殿下を見ながら、僕の体は完全に支えを失い、宙に放り出されていた。

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