11話 殿下、討伐って何をするんですか?
翌朝。
朝食を食べ終えた僕は、いつものように幸せな気分で椅子にもたれていた。
焼きたてのパンに、果実のジャム。今日の朝食も最高だった。
最後の紅茶を飲み干したところで、殿下がふいに言った。
「……今日から、魔獣討伐に同行してもらう」
「えっ?」
パンくずを口元につけたまま顔を上げると、殿下がまっすぐ僕を見ていた。
(魔獣討伐……あ)
脳裏に、数日前の王様の説明がよみがえった。
魔力の適性を見るために魔獣討伐に同行すること。そして——魔獣は食べられないという、地味に衝撃だった事実。
「……その、前に王様から聞いた、あの魔獣討伐ですよね?」
確認するように言うと、殿下は小さくうなずいた。
「そうだ。魔力の適性を確認するには、実際に魔獣の魔力に触れるのが一番早い。王家に関わる者は、一度は確認しておく必要がある」
「ふむふむ……」
うなずきながら、頭の中では別のことを考える。
(――魔獣は食べられないって言ってたけど、誰も食べたことがないだけ、って可能性はないのかな……もしかしたら、食べられる魔獣もいるかもしれないよね……?)
そんなことを考えていたら、殿下の視線が突き刺さった。まるで心を読んでいるかのように、じっと見てくる。
「……何か企んでいるな」
「な、なにも!?ただ……えっと、魔獣って見たことないなーって思ってただけです!」
殿下は小さくため息をつきながらも、どこか楽しそうに口角を上げた。
「準備を整えておけ。昼には出発する。同行者の中には王城の魔導師や騎士団もいるから、危険はない」
「はい!」
殿下の言葉に、素直にうなずく。
(魔獣討伐かぁ……)
なんだか遠足みたいで、ちょっとわくわくしてきた。
馬車は昼下がりの街道を、ゆるやかに進んでいた。
窓の外では、金色の麦畑が風に揺れている。遠くで小鳥の声がして、魔獣討伐への道は、のんびりした旅行みたいだった。
「……殿下、あの雲、パンみたいですね」
「パン?」
「ほら、あの丸っこくてふわっとしたやつ。ちょっと焦げ目がついたクロワッサンに見えませんか?」
殿下はちらりと窓の外を見やってから、小さく息をついた。
「……お前は本当に、食べ物のことばかりだな」
「そんなことないですよ!ちゃんと魔獣のことも考えてます!」
「どんなふうに」
「もし倒したら、毛皮はどう使うのかなーとか、牙は飾りになるのかなーとか……あっ、そうするとお肉が残るから――」
「おい、やめろ」
低い声で止められる。
けれどその表情は、怒っているわけではなく、呆れ半分、諦め半分の優しい色をしていた。
「……まあ、お前が普段通りなのはいいことだ」
「え?」
「変に気を張っているより、食べ物の心配をしている方が、お前らしい」
そう言って、殿下はふっと目を細める。その表情が思ったより柔らかくて、僕はぱちぱちと瞬きをした。
「じゃあ、やっぱり食べても――」
「それとこれとは別だ」
「えぇ……」
がっくりと肩を落とす僕の隣で、殿下がふと窓の外へ視線を向けた。
「……この辺りは、かつて魔獣の群れが棲んでいた地だ。今は討伐によって数が減ったが、まだ痕跡が残っている」
「へえ……そうだったんですね」
窓の外を眺めながらうなずく。木々の隙間に見える地形は、確かに少し荒れているようだった。
「今回の討伐対象は、グレイヴウルフという魔獣だ。通常は脅威ではないが、魔力に反応して凶暴化することがある」
「じゃあ、魔法を使う時は気をつけなきゃですね」
「そうだな。俺から離れるな」
そう言ったあと、殿下はごく自然な口調で続けた。
「お前は俺が守る」
あまりにも当たり前のように言われて、一瞬、言葉の意味がうまく理解できなかった。淡々とした声色なのに、その一言だけが妙に胸に残る。
(……殿下って、こういうところ、さらっとかっこいいんだよなぁ)
そう思った瞬間、急に落ち着かなくなる。誤魔化すみたいに視線を逸らしていると、殿下がこちらを見た。
「……顔が赤いな」
「えっ!?い、いやっ、違います!なんでもないです!」
慌てて否定すると、殿下は一瞬だけ目を細めた。
「そうか」
それだけ言って、殿下は前へ視線を戻す。けれど、ほんの一瞬だけ口元がやわらいだのを、見逃さなかった。その横顔を見ていると、胸のあたりがなんだかくすぐったくなる。
(こうして一緒にいる時間にも、慣れてきた気がする)
最初は、緊張して、距離が近いだけで落ち着かなかったのに。今は、殿下がそばにいることが、むしろ自然に感じられる。そして、居心地がいい。
……けれど。
(あれ、このままで……いいんだっけ……)
ふと胸の奥に、引っかかるものが残った。殿下の隣が心地いいと感じるほど、ここから離れられなくなっている気がして。
答えの出ない考えから逃げるように、僕は窓の外へ視線を向けた。
その時、森の上空を黒い影が横切る。
一羽、二羽――いや、もっとだ。翼の大きな鳥たちが、低く円を描くように飛んでいた。
「……ん?殿下、なんか鳥がいっぱい飛んでますね」
なんとなく気になって声をかけると、殿下は窓の外へ視線を向けたまま、わずかに眉を寄せる。
「……森が騒がしいな」
低く落ちた声に、穏やかな空気が少しだけ張りつめた。
(どうしたんだろう……?)
首を傾げる僕をよそに、殿下はしばらく窓の外を見つめていた。
——その違和感がただの気のせいではなかったと知るのは、もう少し後のことだった。




