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殿下、いつでも婚約破棄してくださって大丈夫です!  作者: krm


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10/17

10話 殿下、またお茶会に行きたいです!

「ルイス」

目が合った瞬間、殿下の腕が当たり前のように僕の肩を抱き寄せた。

「っ、で、殿下?」

整った横顔がすぐそばにあって、柔らかな金の髪が頬をかすめる。わずかに息が上がっている気がした。

殿下は周囲を一瞥してから、僕をさらに強く抱き寄せて、低い声で言う。

「何かされたか?」

「え?な、何かって……?」

僕はきょとんとして首をかしげた。

「えっと、みんな親切でしたよ。お菓子もすっごく美味しくて、特にアップルパイが最高で……!」

「……そうか」

一瞬、殿下の表情がわずかに緩んだ気がする。

その目は安堵しているけれど、同時に、深いところで何かを押し殺しているようにも見えた。

「だが――」

殿下は僕を軽く離し、サロンを見渡す。その視線を受けた令嬢たちが、ばっと一斉に姿勢を正した。

静まり返る空間に、彼の低い声が響く。

「俺の留守を狙ってルイスを呼び出すとは、随分と軽率な真似をしたな。偶然では済まされぬぞ、レティスリア」

レティスリア様は一瞬で青ざめ、それでも必死に笑顔を保とうとした。

「そ、そんな……私たちはただ、ルイス様とお話したくて……」

「そうか。だが――その『お話』が品位を疑われるものでなければいいがな」

殿下の声は穏やかだったが、サロンの空気がぴたりと凍る。

誰もが息を飲み、レティスリア様は震える指先をティーカップに添えた。

「そ、そのようなことは……ありませんわ……」

「ならばいい」

殿下は静かに言い切ると、僕の肩に手を置き、柔らかく引き寄せた。

「ルイス」

「は、はい?」

殿下が僕を見つめる。その目がやけに優しい。

「……無事でよかった」

小さくそう呟くと、彼はため息をつきながらも、僕の髪を撫でた。

(え、何がそんなに心配だったんだろう……?)

「帰るぞ。こんな空気では、お前の大好きなお菓子の味も落ちる」

「えっ、でも!まだ食べてないお菓子が――」

「同じものを、城のパティシエに作らせよう」

「え!?ほんとに!?」

「もちろんだ」

僕がぱっと笑顔になると、殿下の表情も少し和らいだ。

(うん、やっぱり優しいなあ、殿下)

名残惜しさを胸に、僕は立ち上がる。

「皆さん、今日はありがとうございました!またお茶しましょうね!」

「……」

令嬢たちは一斉に沈黙したまま、微笑とも苦笑ともつかない表情を浮かべていた。

――きっとみんな、急に殿下がやって来て驚いてるんだな。

そんな気がしたので、僕は気にせずに手を振った。殿下に手を取られ、扉の向こうへと歩き出す。

(……お茶会って楽しいなあ。また呼んでもらえるかな)

そんなことを考えていると、繋がれた手に、きゅっと小さく力が込められた。


馬車が王城への道を走り出す。

昼下がりの柔らかな陽が、窓越しに揺れていた。

「……本当に、何もされなかったんだな?」

殿下が隣で低い声を落とす。

その声音にはまだ少し怒気が混じっていて、僕は思わず背筋を伸ばした。

「な、何もされてません!お茶もお菓子もちゃんとおいしくて、紅茶なんて三杯も……」

「紅茶の回数は聞いていない」

「えっ」

殿下が小さく息をつく。

眉間に寄った皺が解けないまま、僕の頭をそっと撫でた。

「本当に、少しでも嫌な思いをしたらすぐ言うんだ。お前は悪意を向けられても気づかないところがあるからな」

「えっ、そうですか?僕、けっこう人の気持ちには敏感な方だと思うんですけど」

「……今日のお茶会で、誰が嫌味を言っていたか分かるか?」

「え?」

「つまり、そういうことだ」

殿下の返しがあまりにも即答で、言葉を失ってしまった。なんだか、すごく納得いかないけど、否定もできない。

「でも、レティスリア様たち、すごく気をつかってくれましたよ。みんな礼儀正しくて、優しい人たちでした」

殿下の肩が、ぴくりと動く。

「……優しい、か」

「はい!それにあんなに美味しいアップルパイを用意してくれるなんて、いい人に決まってます!」

「ルイス」

「はい?」

「お前は……本当に、心が清らかだな」

「へっ?」

殿下は額を押さえ、小さく息を漏らす。呆れたような仕草なのに、その目元だけはどこか優しかった。

「お菓子なら、もうすぐ城でも食べられる。パティシエに命じて、アップルパイを作らせてある」

「えっ、ほんとに!?殿下すごい!」

「お菓子を残してきたのが心残りだ、とか言い出すと思ったからな」

「だって本当に美味しかったんです!殿下にも食べて欲しいって思うくらい……」

その言葉に、殿下がわずかに目を細める。

「……ああ、城で一緒に食べよう」

そう言って、殿下は僕の頭を撫でた。その手が、いつもより少し長く髪の上に留まっていた気がする。胸の奥がくすぐったくなって、自然と笑みがこぼれた。

「ありがとうございます!やっぱり殿下って優しいですよね!」

「そう思うなら、次からは危ない場所に行かないことだ」

「え?お茶会って危ない場所なんですか?」

「お前が行くと、な」

意味が分からず首をかしげる僕を見て、殿下の口元がわずかに愉快そうに緩む。

よく分からないけど、なんだか殿下が楽しそうなので、まあいいかと思った。

馬車は、穏やかな午後の光の中を静かに走っていく。

その空間だけは、外のどんなざわめきからも切り離されたように、やけに心地よかった。

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