よくある話
俺たちが村に着くと、磔台のある広場では村人が集まっていて、さっきの雷と地響き、つまり俺たちの戦いのことを話し合っていた。
「おい、ミルルの父親は無実だ。解放してやれ。子供攫いの犯人は悪魔教で、ここの神父が全て仕組んでいたことなんだよ」
ネメシアがロザリオを取り出して見せる。
皆が呆然としている。1人が口を開いた。
「お前、一体誰だ?」
「そこは問題じゃないだろう。この森の奥に小屋がある。そこに全ての証拠が揃っている」
そこで割って入る声。
「ミルルが居なくなったぞ! 探したがどこにも居ない……!」
「何!?」
一番驚いたのは俺だった。ネメシアはそっと俺に言う。
「外からは誰も入れないように見えない結界をかけたの。だから無事よ。連れてくるわね」
そう言い残し、駆けて行った。
「ミルルは――、」
俺が村人に説明しようと口を開いたその時、ミルルの父親が俺に向かって言う。
「それはミルルの……ミルルのミサンガじゃないか! 何でお前が持っているんだ! さっきミルルと一緒にいただろ! どこにやったんだ!」
「これは、ミルルが俺にくれたものだ。さっきは悪魔教から匿っていたんだ」
ざわついている。
「おーい! 森の方で魔物が大量に死んでいたぞ! そこには……カノザ神父の服もあった……」
村人に緊張が走る。タイミングは最悪。俺を疑い始めたとたん、これだ。
「さっきのロザリオ……こいつらが殺したんじゃないのか?」
「あの雷はカノザ神父がこの村をモンスターから守るために放ったものじゃないのか?」
「おい、この顔もしや……俺、帝都で見たことあると思ったら……こいつ偽勇者じゃないのか?」
「異端者よ……!」
「魔女だわ……!」
「子供攫いの犯人もこいつなんだ!」
「ミルルを、返せ! ミルルを返せ!」
村人は堰を切ったかのように次々と俺に疑いの目を向け、ミルルの父親は磔台でもがいている。
「だから、悪魔教が子供を攫って――、」
「そんなわけあるか!」
「ありえない」
「異端者が黒魔術のためにやったんだ」
「偽者がこの村を……汚らわしい……」
貴族も農民も同じだ。
――そんなわけあるか、異端が、偽者が。
同じような言葉を呪文のように繰り返して、現実を見ようとしていない。
こいつらは怖いんだ。この怯えた目。暴言を吐き、攻撃しているにもかかわらず、自分たちこそがまさに被害者であるかのような目だ。
恐れているんだ。実際に胸を切り裂いて、魔女の核がなかったら恐ろしいんだ。だから本当に魔女かどうかも確認せず、火あぶりにして証拠ごと隠滅し、事実から目を背け、安心する。責任をあやふやな状態にして、皆から排除する。
そうすれば、一時的な平穏が訪れる。自分たちの見たいものだけを高画質で捉え、見たくないものをぼんやりと曖昧にする。そうやって脳の防衛本能で自己保身、身を守っているわけだ。
そうして習慣化された思考と文化的情報は周りに伝染し、さらには子供へと受け継がれていく。
それ見たことか。あの子供の俺を見る目に気づいているか?
子供は大人のこんな姿を見ているんだ。「あいつを火あぶりにしちまえ」、「殺せ」こんな言葉を平気で口にする大人を、見て育っている。これが当たり前なんだと、その社会の、共同体のルールと前提を学んでいる。そうして、言葉と共にこの感情は次の世代へと伝染する。
ガキどもの俺を見るあの目。人間を見ている目じゃない。あんな残酷な視線を子供でも放てるなんて……
俺は口を開いた。
「言っておくがな、悪魔教も悪いが、お前らだって悪いぞ。きちんと悪魔教や魔物に対して、普段からなんらかの対策をしていないから、こんな目に合うんだ。全てを魔女のせいにして、それで安心し、また問題が起きたら誰かになすりつけ、解決する。この村ではそれが繰り返されて、習慣化してるんだ。だから、根本的な問題を前にしても既に思考能力は変質してしまってて、解決できない程お前らの頭の中は手遅れになってるんだよ!」
「悪魔教……? お前のことだろ!」
「何を偉そうに言ってやがるんだ!」
「それだよ、それ。もう何を言っても聞く耳を持たないこの状況がいい例だ。思考が停止しているんだ、お前らは。俺という都合の良い対象が――破門されて、異端の烙印を押され、偽者の勇者である、確実な、明確な排除対象がいれば、責める理由なんてどうでもいいんだろ。そうやってお前らは人を火あぶりにして村を窮屈なものにしていく。このままだと、またすぐに問題が起こるぞ」
村人はまた何か反論しているが、もう俺も知らん。
幸か不幸か、こいつらは考えを操られていることにすらも気がついていない。与えられた通りに色をつけて世界を見ている。
でも、この世界は先陣きってみんなの目に色塗りしている奴以外に、そうして責任を擦り(なすり)つける思考能力のない個体も生き残ることができる。1個体では勝てなくても、みんなの力があれば勝てるからだ。これも弱肉強食。だからその社会に適応した文化的遺伝子はそのまま繁殖し、受け継がれ、次の世代もそれを踏襲する。故に争いが絶えないんだ。初めに争いをやめた個体は、生き残らないからだ。そうしてその共同体は、全く環境の異なる外部の共同体とぶつかった時、淘汰される。
「違うよ! みんな! お兄ちゃんとお姉ちゃんはミルルを助けてくれたの!」
ネメシアがミルルを連れて帰ってきたのか。そうだった。2人の存在を忘れていた。
「ミルル、生きていたのか!」
ミルルの父親が磔台から叫ぶ。
だが聞こえてくる、村人の声。
「偽者が連れているあの女も魔女だろ」
「ミルルももしかして、魔女だったんじゃないか……?」
「ああ、母親も魔女だったんだからな」
「じゃああの魔女とグルだったに違いない!」
「あいつも、火あぶりに」
「違うよ……! みんなミルルを信じて……!」
ミルルが泣いている。泣きながらも、我慢して必死にみんなに訴えかけている。あんなに小さい子供なのに……
だが、それも徒労に終わるだろう。あいつらはもう現実を見ていない。誰かを、生贄を探さないと村に平穏が訪れないからだ。誰かに責任を取らせるまでは、無理だ。
ネメシアの顔にも影が落ちた。何度も、何度もそう言われ、誤解され続けてきたんだろう。そうやって屈辱を味わってきたんだろう。悔しいけど、何もできないとわかって諦めている表情だ。あいつも泣き出しそうだ……
それでもミルルを気遣って頭を撫でて、なだめてやっている。
「そうだ! こいつらもろとも、火あぶりだ!」
このままじゃまずい。
でもこのままミルルと父親を逃しても何の解決にもならない。農民の戸籍がないと生活もできない。旅商人だって一応はギルドがあるし、すぐになれるわけでもない。ましてやこんな小さな子供を連れてなんて、知識もない農民の素人には無理だ。そうなれば限られた職業しかなくなる。幼女趣味の貴族に対する水商売か売春だ。
馬鹿どもめ。
やってやるよ。あぁ、やってやる。戦ってやるさ。
根本的な問題の解決はもう無理だ。
なら、することは1つ。
俺は剣を抜き、磔台の前部分の台を叩き斬って村人を強制的に黙らせる。
「はい、注目ー。おい……お前らの目は節穴か? あいつらはどこからどう見ても人間だろ。お前ら、破門されたやつをどうやって見極めるか知ってるか? 異端者がどんなやつか知ってるか?」
俺は高々と右手の甲についた勇者の印とそこに刻まれた醜い傷痕を掲げ、キメ顔でこう言った。
「野郎ども! この偽者の印が、目に入らねぇか! あいつは魔女じゃない。俺が魔女だ! 子供攫いも黒魔術も全て、この俺、偽勇者が仕組んだことだ!」
いい感じにざわついているな。
「ミルルはまだ殺さない。だが、お前たちの反応次第ではただじゃ済まないぞ。この状況に免じてミルルは見逃してやる。だが、その女の命は俺がもらう。まだ錬成は完全には終わっていないからな。等しく命の交換だ。拒否すると、俺は暴れるぞ?」
「あんなニセモノ、みんなでかかれば怖くない……!」
「外のモンスターを倒したのも俺だ。錬成に失敗したからな。お前らも、俺が死ぬまで殺し続けてもいいんだぞ」
俺は殺すつもりでそいつの首元に剣を突き出し、黙らせる。
「ひっ……」
「ミルルを、ミルルを返せ!」
父親が叫ぶ。こいつはそれしか言っていないな。心配なのはわかるが……
「ああ、返してやるとも。ほらよ」
俺は泣いているミルルの耳元でささやく。
「庇ってくれてありがとうな」
ミルルがとうとう声を上げて泣き始めた。
「お前! 今何をしたんだ!」
「ミルルを離せ!」
「この外道め!」
よし、うまくいったな。
「おい、行くぞ、人間。お前は死んでもらう」
俺はネメシア腕を引き、村人をかき分け、森の方へ向かう。
空気が湿っている。
俺は上を向いて歩いた。
白黒の夜空は、また月を隠す雲に覆われていて、一雨降りそうだった。




