バロン村
朝からいろいろあったが、まだ正午を過ぎた頃だった。相変わらず曇っているが、そこまで暗くはない。
子供攫いが頻発している村へと向かい、夕方には辿り着いた。
俺は村の様子をまた木の上から偵察している。
「君、すごく体力あるよね。私もうくたくただよ」
はぁ、とネメシアは木の下でため息をついている。
「お前も結構体力あると思うぞ。まさかこの速度でついて来られるとは思ってなかったからな」
本心だった。俺は別に手を抜いて、特別歩く速度を合わせてやったつもりはない。できるだけ早く着くためにかなり急いで、いっそのこと置いていくつもりだった。
「そりゃね、私はそこらの魔女と鍛え方が違うのよ」
森の方で少し遠くに動く気配を感じた。1体、いや2体か。
「アレは……」
女の子が狼の魔物に突かれて追いかけられている。
あの狼、子どもをわざと逃して遊んでいるな。今朝の村といい、村周辺の森に結界は張られていないのか?
俺は飛び降りてすぐに駆け出す。
ネメシアも異変に気づいたのか、真剣な顔をしてすぐに立ち上がり追いかけてくる。
「助けて! 誰か助けて!」
息を切らしながらそう叫ぶ声が近い。
程なくして視界に入った。嫌な光景だ。
俺は走りながら抜剣し、横から狼型の魔物を蹴り飛ばす。そして首を音もなく斬り落とした。
「大丈夫か? 君、怪我をしているな、手当てしよう」
女の子は泣いている。腕についた歯形の傷が痛々しい。深そうだし、骨が折れているかもしれない。
「治癒魔法は使えるか?」と俺はネメシアに耳打ちする。
「ええ、じゃあタイミングを合わせてちょうだい」
「わかった」
俺はさっき道中で採っておいた果物を取り出し、女の子に渡す。
「よくがんばったな。偉いぞ。この果物をあげよう」
そうやって目を逸らした隙に、俺は今し方その辺から採った薬草を塗り、ネメシアは治癒魔法をかける。いくら子供とはいえ、魔法を見せるわけにはいかない。
「甘い……!」
「そうだろ、美味しいか?」
「うん!」
ネメシアが肩を寄せて来て、いかにも嬉しそうに笑う。
「やさしー。それに君、やっと頼ってくれた」
「別に、まぁ、何だ。その……、すまないな、手を煩わせて」
「何で君が謝るのよ。別に良いわよ、だって君は私のパートナーだもん」
「俺はお前のパートナーでもないし、契約もしていない」
「じゃ、今しよ?」
とどこからか契約書を取り出してきた。用意周到なやつだ。
魔女との血の契約。これをすることでパーティーを組め、マナの援助も受けられる。
「し・な・い」
俺は押し返す。
「えー、けち! もう私を信用してくれても良いじゃん」
既に治療は終わっていた。傷も跡形もなくなっている。ネメシアは結構すごい魔女なのかもしれないな。
「本当に傷が治ったー! 痛くないよ! 助けてくれてありがとう」
「おう、これからは気をつけろよ」
「うん! お兄ちゃん達、バロン村の人じゃないよね……?」
「そうだ。この村で子供がいなくなっているって聞いて、俺は帝都から解決するために来たんだ。本当か?」
「うん……ネリーもミラも消えちゃったの……ミルルのママが2人を食べたって、魔女だって言われて、殺されちゃったの」
ネメシアが背中をさすってやっている。今にもまた泣き出しそうな声だ。
「そうだったのね。辛かったね。……君のお名前は?」
「わたしはミルル」
この子の母親が魔女狩りで殺されたのか。自分にも子供がいるのに、そんなことをするわけがないだろう。
「そうか、俺たちはちょうど村に入ろうと思っていたんだ。送って行くよ。お父さんはいるんだろ?」
ミルルは俯いて泣き出した。
「パパは、今捕まってるの」
「捕まってる……?」
「うん、ママと一緒ネリーとミラを食べたって言われて。そんなことしてないのに……」
知っていたが、この国はもう末期かもしれない。
「だからパパを返してって神父さんを追いかけてお願いしに行ってたの。でも神父さん、森の中でどこかに消えちゃって」
「それであの狼の魔物に追われていたってことか」
「うん……」
「わかったわ。お父さんは今どこにいるの?」
「今は広場で……広場にいる……」
「そうか、とりあえず一緒に行こうか」
「そうね」
俺たちは広場に着いた。そこではミルルの父親が縄で十字架に縛られ、その下には火炙りに使われるだろう藁が敷かれていた。
「パパ!」
「ミルル! アーリアおばさんの家にいろって言っただろ。何で来た……!」
父親が必死に涙を堪えているのが俺でもわかる。
「だって、だってパパが……」
「それに、この人たちは一体……」
ネメシアが口を開く。
「お父さん、こんな状況ですが失礼します。お時間が限られているので、単刀直入に聞きますが、本当に子供攫いには関与していないんですね?」
「……当たり前だ。私と家内がそんな残酷なことをするはずがない」
「一体何人くらいいなくなったんだ?」
「確か、3人だったと思う。先日、お隣の赤ん坊がいなくなったんだ。親は殺されていたらしい。だから、隣の家だった俺が、家内が処刑された俺が疑われて、有罪になった」
「何か心当たりはないか?」
「無い……赤ん坊のことは、俺は知らなかった。強いて言えば、家内が薬草に少し詳しい……詳しかったくらいだ。そのおかげで少しばかり他の農家よりもお金には困っていなかった。もっと金を稼ぐ為に子供を攫って黒魔術をしたって疑いを向けられたんだ」
「……そうか。処刑実行時間はいつだ?」
「8時の鐘の時だ……」
「わかった。あと4時間ほどか」
「それまでに何とかしてみせます」
おいおい、まだ保証はできないって……
「じゃあミルルちゃん、今からおばさんのところへ行こっか」
「うん……」
「ミルル、絶対に来るんじゃないぞ! ちゃんとおばさんの言うことを聞いて、良い子にするんだぞ……」
「嫌だ! パパがいないと、私良い子にしない!」
「ミルル……」
「ミルルちゃん、大丈夫よ。私たちがちゃんとお父さんを助けるから。このお兄ちゃん、実はすごい人なんだから!」
「おい、期待値を上げ過ぎるなよ。おいあんた、保証はできないが、何とかしてみせる」
「お願い、します……」
「じゃあミルルちゃん、行こっか」
「俺は先に調査する」
「わかったわ。後で教会で落ち合いましょう。1人で先に行っちゃ、ダメだからね?」
「わかってるよ……」
2人は手を繋いで、アーリアさんの家へと向かった。
さて、どうしたものか。
悪魔教と関係しているなら、教会が怪しいだろう。それに魔女裁判委員会は村の住人と神父が絶対に参加するはずだ。さっきもミルルが神父を追っかけに森へ行ったと言ったが、神父が森に何の用だ?
ミルルの父親に聞く。
「なあ、ここの教会の神父ってどんなやつだ?」
「きさくで良い人だと思っていたけど、家内を一番に疑ってきたのはカノザ神父だった。何時間も部屋で尋問されて、家内はどんどんおかしくなっていった。そしてとうとう自白したんだ。いや、させられたんだ!」
怒りと苦痛の目をしている。
「俺は、何もできなかった……頼む。初対面の人に頼むのは失礼かもしれないが、俺はミルルを残してはいけない。あの子はすごい良い子なんだ。1人にはさせたくない……!」
俺と同じだ。守りたい人がいるけど、自分の力が足りないから、救えない。周りの人間は適当な理由をでっち上げ、共同体内で起こった問題の責任を一部の人間になすりつける。そうすることで1定の平安が取り戻されるからだ。そうしてこの人は異端の目を向けられ、村という共同体から排除され、居場所もなくなる。命を救えたとしても、名誉挽回は無理かもしれない。
「わかった。俺に任せろ」
「頼みます……」
俺は村を1周回ってみた。特に目立って不自然なところはなかったが、村全体が閑散としていて、人通りもほとんどない。曇り空ということもあって、灰色の世界の俺ですらひどく寂しげな印象を持ってしまう。
それに警備が薄い。この辺の村は危機意識が薄いのか? 今朝の村みたいにゴブリンに囲まれたら終わりだろう。
俺は村の中心に位置する教会へ足を向けた。
教会の前にはネメシアが立って、俺を待っていた。
「中を調査したけど、特に何もなかったわ」
「ここはドミー修道会と同じ系列だろ?」
「この印はそうね。悪魔教と関係があると思う?」
「お前、知ってるのか?」
「当たり前よ。魔女の常識。敵だからね」
「そうか」
「それより、神父の向かったっていう森をみた方がいいかもしれない。森の精に聞いてみましょ」
「わかった」
「どうしたの? 今朝に比べてやけに素直じゃない。やっと信用してくれた?」
「別にそういうんじゃない」
タイムリミットがあって少し焦っているのかもしれない。闘技場の時のように人質を取られ、「さぁ、お前は助けることができるのか?」と試されているような気がする。ムカムカしてきた。
「じゃあ、始めるわね」
そう言って掌で水をすくうように器を作り、何かを唱え始めた。
「森の精たちよ、我の声を聞きたまえ」
これは……
俺が初めて森でネメシアに出会った時に見た光景だった。掌から光の粒が溢れ出し、地面に広がっていく。これが森の精なのか?
「そう、森の奥で。いつ頃からなの? 今もいるの? わかったわ」
1人で何かぶつぶつつぶやいている。
「今、男2人が村はずれの小屋に向かうのを見たって精霊が言ってる。ここ最近人の往来が多いんだって。多分神父たちよ。大体の場所のイメージは教えてくれたから、早速向かいましょ」
ネメシアは俺の返事を待つことなく駆け出した。のめり込んだら熱中するタイプだな、この子。
日が暮れかかり、森もかなり暗くなっていた。早くしないと、ミルルの親父が処刑されてしまう。
すぐに小屋は見つかった。窓は1つだけで簡素なものだ。
小屋の中には2人の人がいる。床には、錬金術の錬成陣か? それに何か液体の詰まった瓶が置いてある。
「まだ来ないのか!」
「今向かっているところです。ご安心ください」
「少し時間が押しているんだ。お前が狼の系統すらもきちんと使役できていないからだぞ! 早くしないと日が暮れてしまう! 急がせろ!」
「承知しました」
ネメシアが小声で俺に聞く。
「ねぇ、あれって修道士の服じゃない?」
「ああ、神父で間違いないな。ビンゴだ」
「こんな森の中に神父がねぇ……それに、狼を使役がどうとかって」
「魔物の使役か。魔女以上に魔女してるな」
「ちょっとそれひどいわよ」
「さっきミルルを襲ってた狼の魔物がそうかもしれないな」
村の方向から誰かが近づいてくる気配がした。
「おい、裏に回るぞ。誰か来てる」
「ええ」
俺たちは小屋の裏に回り、来訪者を陰から見てみた。
「あれ、ミルルちゃんじゃない……?」
「ああ……」
俺たちは言葉を失った。ぐったりしたミルルが修道士に抱えられている。子供攫いのターゲットにされていたのか。
どうする……なんで子供攫いが起きている村で子供から目を離したんだ、俺は。いや、でも、子供と一緒なら調査なんてできなかった。
いや、おとりとして……? 最低だな、俺は。
「どうしよう?」
ネメシアが俺の確認を待っている。
あの修道士、強いのか? 確実にミルルを傷つけずに倒せる相手なのか?
「ここで、小屋に連れ込まれる前に助ける。まだ生きている、はずだ」
「わかったわ」
ネメシアはそう言い、魔法の呪文をつぶやいた。
「森の命よ」
土から木の根が伸びて来て、修道士の体を拘束した。
この魔法、どこかで見たような気がする。
「やるな」
「まぁね」
魔法はもっと何か呪文が必要だって聞いていたけど、こいつは一言だけだったな。
「んー! んー!」
木の根っこの猿ぐつわをされた修道士はもがいている。
本格的に暴れられる前に手刀で気絶させた。
「よかった! ミルルちゃん、息してる!」
「よし。じゃあ頼めるか? 俺は小屋の奴らから情報を聞き出す」
ミルルの目が開いた。
「ミルルちゃん、大丈夫? 痛いところはない?」
「ん、お姉ちゃん……? ここは?」
「ここは森の中だ。目覚めてすぐに悪いが、少し動けるか?」
子供にはかなりキツイだろう。
「お兄ちゃん……あ、そうだ! さっき、助けてくれたお礼、忘れてた!」
ミルルが自分の腕からミサンガを外して言う。
「このお守りあげる! さっきのお礼。私がママのために編んだミサンガ」
「いいのか……?」
「うん! ありがとうね」
「さっき『渡しそびれたー!』って泣きそうになってたんだから」
「そうか、ありがとう」
子供は、純粋だな。大人と全然違う。そのまま健やかに育ってほしいが、こんな経験をした後では、難しいかもな……
そんなことを思いながら手首につける。
小屋から人が出て来た。
「ネメシア、この子を頼む」
「任せといて。安全な場所で強力な結界を張っておくわ」
俺は剣を抜く。まだ向こうには気づかれていないみたいだ。
「任せた」
そう言い、俺は小屋の方へ、ネメシアは村の方へミルルを抱えて駆け出していった。
「おい、こんな人気のないところで男だけで密会か? お前ら一体何しようとしてたんだろうなぁ? 宗教的に問題あるんじゃないのか?」
いきなり剣先を突きつけられ、修道士は面食らったようで尻餅をついた。
「おおおお、お前! 偽者かっ……! なんでここに……」
「早く答えろ」
「カノザ様! 敵襲です! 偽の勇者が現れました!」
ちっ――。
「じゃあ中の神父にゆっくり聞くとするか」
俺はそいつも気絶させ、小屋の扉を開けた。
小屋の中には異臭が立ち込めていて、息が詰まる。腐臭だ。かなり臭い。ホルマリンが効いていないのか?
蠅もわいていて……それに、混じったこの硫黄の匂い……
外に漏れていないのが驚きだ。
床には、錬成陣に加えられている魔女の核とその他諸々の何か。
「これはこれは、偽勇者がこんなところへ」
そう言いながら神父は瓶から何か、異臭の源を取り出す。
何か、小さい、赤ん坊のような、何か……肉塊だった。
吐き気が襲って来た。俺はいろんな戦いの現場を見て来たが、人間の子供のこんな異形はまだ見たことがなかった。
「不完全でもまぁ良いだろう。この状態で錬成する……!」
「お前――!」
俺は殺気を感じ、瞬時に踏み込み、神父の腕を斬り落とした。
血が勢いよく流れ、腕と亡骸が転がり落ちる。
「――――ッ! 腕が! 俺の腕がぁぁぁぁ!」
「さぁ、悪魔教について、知っていることを話してもらおうか」
「腕が…………痛いぃぃぃぃ! 腕がぁぁぁ…………」
神父は床にのたうちまわっている。俺は強制的に動きを止め、剣を喉元に突きつけて脅す。
「動くな、血が飛ぶ。さぁ、話せ!」
「……ない! 言えない!」
目を見開いて怯えている。
「言わないのなら、お前の腕がもう1本無くなるぞ?」
「言えない、いえない! イエナイイエナイイエナイ……」
この怯え様は――、異常だ。
「おい、本当に斬り落と――」
その瞬間、神父は自分の舌を噛み切った。鮮血が口から溢れ出てくる。血で喉を詰まらせ苦しそうだ。
くそっ。外のやつを叩き起こすか。
俺は錬成陣を剣で念のために壊しておいた。そして証拠としてとりあえず神父の首にかかった悪魔教のロザリオを持って外に出た。
さっき気絶させた修道士を確認すると、両方姿を消していた。また悪態をついてしまう。今日はなんだかイライラする。曇っているからか?
そのまま走って村に戻ることにした。急がないと、もう日が暮れている。




