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宗教の役割のひとつ

 その後、黄褐色のゴブリンは撤退した。

 撤退したと同時に俺は洞窟に潜り、ゴブリンの巣を全滅させた。ネメシアもついて来たが、1人でも全く問題なかった。体術とゴブリンから奪った武器だけで一網打尽にできたのは勝手に疲弊してくれたおかげだ。


 大量発生の名の通り、ゴブリンの幼体も気持ち悪いほどにいた。まるで虫が卵からワラワラと出て来るような状態だった。これ以上の血で血を洗う戦いを防ぐ為、そして生態系を保つ為に、俺はこの部族で大量虐殺をしたんだ。問題はない……はずだ。


 そしてそのまま囚われていた3人の娘を助け出し、村へ戻った。

 村人が集まっていて、きこりもそこにいた。丁度良い。


「さぁ、じいさん、約束の金をくれ」


 すると、さっきの体格の良い男が俺をじろじろと見て、きこりに言う。


「ああ、長老、やっぱりだ、この右手の印、間違いない。異端の、ニセモノの勇者だ!」

「何とな……! やはり会った時からおかしいとは思っとったんぢゃ!」


 面倒なことになった。


「おい、じいさん、異端でも偽勇者でも、雇ったのはあんただ。俺は村を守ったし娘も連れ帰った。その分はしっかり払ってもらう」

「異端者に払う金なぞないわい! そのみすぼらしい身なりと言い、お主、乞食(こじき)なんじゃろ。 守銭奴(しゅせんど)め! 出て行け!」

「礼もなし、か」

「偽の勇者ぢゃと知っとったら頼まんかったわい! 近寄るな!」

「そうだそうだ」

「村の女もあいつに襲われるぞ!」

「ハエのたかった魔女にすら欲情する男だからな」

「村に入ってくるな。(わざわい)が移るだろ」

「あのゴブリンももしかしてこいつが寄越したんじゃないのか?」


 他の村人たちも参加する。


「その上罵倒してくるときたか」


 俺は腹の底から湧き上がる怒りを感じた。

 別に報酬を支払われないから怒っているわけじゃない。そもそも報酬なんてものは、悪魔教の思惑に誘導されていないと、自分で決めた選択であるのだと、勝手にでっち上げた助ける理由でしかない。最初から期待などしていなかった。

 怒りの原因はこの、村人たちの考え方の方だろう。

 異端、ニセモノ、魔女、またそれだ。それを理由に、契約すらも不履行にする。一旦この言葉を口にすると、思考が停止し、平気で罪のない人を殺し、火あぶりにする。こういう考え方を持った奴がいるから魔女狩りがなくならないんだ。帝国のプロパガンダに踊らされているのにも気づかないんだ。


「じゃあ聞くが、あんたは俺に頼らず、村人を見殺しにする方を選んだんだな?」

「ムゥ……そうぢゃ……!」


 ふざけているのか? 自分の一存で他人の命を犠牲にできるだって?

 俺は村人を助けないことで他の村人から受ける報復を覚悟していた。恨まれて戦うことになろうと、呪われようと、それが自分の選んだ行動の責任だからだ。俺個人の命の責任は他の大勢の命と違って自分で取れる。

 でもこいつは、自分1人だけが安全な場所にいて、自力で助けることも責任も取れない状態なのにも関わらず、偉そうに自分が他人の生死を左右しても良いと言い張る。



 あぁ、苛々してくる。この怒り、押さえつけるのが嫌だ。腹立たしい。もう、解放したい。この怒りを、憤ろ(いきどお)しさを、思い切り存分にふるえたら、さぞ気持ちいいだろうな……


 じゃあ返答次第でこのじいさん、殺そうかな。

 だって他人の命を自分の一存で選択できるって言ってるもんな……全責任を取れるってことだよな。そう言ってるもんな。自己責任だよな。


「なぁ、本当に見殺しの方を選んだんだな? だったら俺に殺されても、文句はないよな?」


 俺はきこりの胸ぐらを掴んでもう1度問う。


「ああ、そうぢゃ……!」


 こいつ……この目は本気だ。本気でそれが正しいと思っている目だ。他の村人も同じく覚悟のある目をしている。本当にそれで良いのか?

 狂っているんじゃないのか?


「お前、大切な人よりプライドが大事なのか!」


 でもこの感じ、既視感がある……


 そうだ。思い出した。これは誇りとかそんなもんじゃない。こいつらはそうプログラミングされているんだ。


 そういえば教会でそんな説教をしていた様な気がするな。異教徒に身内の命の選択を迫られたらどうとか、こうとか。異教徒に耳を貸すなってアレだ。


 そうか。そうだよ。トロッコ問題なんかも同じだ。アレも回答者の信じる宗教の道徳規範に依拠して選択している。だから自分の選択じゃない、アレは宗教が選択しているんだ。それゆえに選択した結果生じる責任は、つまり、助からなかった命の責任は神が、宗教が取ると言っているんだ。こういう場合はこうしなさいと、宗教は教えを垂れる。宗教はその教えの代わりに選択者個人の自己責任をカバーしている。つまり神が肩代わりしてくれているんだ。だからこそ信徒は安心して選ぶことができる。


 なるほど、だからこそ無宗教だと言い張る人はそこで迷ってしまうのか。何が正しい選択なのか、自分で考えないといけないし、真に明確な答えなどないからだ。その選択と結果の面倒は宗教が見てくれないからな。

 だから俺が悪魔教の蔓延る神聖教の一派を潰すと、こいつらは選択できなくなる。確固とした価値基準がなくなってしまうんだ。路頭に迷うんだ。

 このきこりも自分で決めている様でいて、実際は神聖教が選択しているんだ。


 そうか、ディスアキアが言っていたのはこのことだったのかもしれない。女性の解放もそうなんだ。神聖教の道徳規範では女性の地位は高くない。それを解決するには、つまり男性の意識を改革するには、神聖教を変えないといけない。それはこの世界を相手取って戦うということか……


 復讐にも相応の責任が伴うってわけか。難しい問題だな……


 拍子抜けした。

 俺はそのまま掴んでいたきこりを解放した。


「ひっ……」

「ちょっとあなた達ね、命の恩人にその言い方はないんじゃないかな」


 ネメシアが静かに怒っている。なんであいつが怒るんだ? 関係ないのに。


「おい、あの娘も魔女なんじゃないか?」


 村人がそう言っているのが聞こえた。


「行こ、ファウスト君。こんな恩知らずな人たちからなんてお礼すら受け取りたくないわ」

「そうだ偽者! さっさとこの村から出て行け!」


 直後、長老と呼ばれたきこりの後ろから、俺に1つ石が飛んできて頬をかすめた。それを皮切りに1つ2つと飛んでくる。


 ネメシアは俺の手を取り、走り出した。


「ごめんね。私たちを逃したせいで破門されちゃって……助けたのに、こんな仕打ちを受けて……」

「別にお前が謝ることじゃない。俺が好き好んで、勝手にやっただけだ。逃したのも、ゴブリンも」


 悪魔教と結びついている神聖教に破門されたところで、俺はむしろ良かったと思っている。ただ、あいつらの反応には正直怒りしかない。


「さっきの顔、すごく怖かったよ。殺気立ってた……」


 俺は返事をしなかった。


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