ゴブリン「退治」
村へ全力疾走で向かう。
「ちょっと、置いていかないでよ!」
「なんだ、お前も来るのか?」
「当たり前よ。ちょっと、速い……」
「……好きにしろ」
確かに俺は速く走っているが、ネメシアもかなり速い方だ。
この世界では訓練で身体能力を上げる以外にステータスを上げるには、単純にレベルを上げる必要がある。そうすれば勝手に各ステータスも上がる。
ということは、こいつ、レベルが高いのか?
「お前、今レベルいくつだ?」
「33よ。君は?」
「何で教えないとダメなんだよ」
「今私答えたでしょー」
「……23だ」
「そっか。まぁ、普通だね」
「何だよ、ソレ」
「別に。すっごい鍛えてるんだなぁって思っただけよ」
気のせいだろうか、彼女は何だか悲しそうな表情をしていた。
すぐに村についた。幸いまだ戦闘は始まっていない。
これはおそらく、ゴブリンによる蹂躙になるだろう。
村の男たちが武器を手に集まり、怯えながらゴブリンの陣形に対峙している。明らかに統率の取れた動きだ。俺も前にああやってやられたんだな。
睨み合ったまま動いていないが、いつ火蓋が切られるかはわからない。
さて、人肌脱ぐか。
「どうするつもり? 策はあるの?」
「ああ。まあ見とけ」
ゴブリンの群れの先頭に一際背の高い、武器も立派な個体が村人達をじっと観察している。どう殺そうか考えているのか?
ゴブリンのリーダーはあいつだな。
俺は対峙している集団のちょうど真ん中をゆったりと歩いていった。
突然の横槍に、両者ざわめく。
ゴブリンのリーダーに向かう。
「おーい、お前達、一体誰を探してるんだ? 仲間をいきなり襲って、殺して行った人間を探してるんだろ?」
ゴブリンのリーダーが俺を睨みつけるが、様子を見るようにしっかり手で仲間を制する合図をしている。
まだ目を離しても大丈夫そうだな。
今度は村人に向かって叫んだ。
「おい、村人ども。お前ら、最近ゴブリンを襲いまくっているそうじゃないか。村が襲われてそうしているのは聞いた。けどな、手当たり次第に襲うのは感心しないな」
「あんたは――、」
一番体格のいい奴が俺に聞いてきたが、無視して続ける。
「ゴブリンには種類がある。この村を襲って女を攫ったのは緑色のゴブリンだろう。目の前にいるこいつらとは違う。この黄色のゴブリンは人を襲わない部族だからな。でもお前達は見境なくゴブリンを退治していたんじゃないか?」
「そ、そうかもしれないが、だから何だって言うんだ?」
「だから報復に来たんだよ、こいつらは。見てみろ、この統率の取れた動きを。間違いなく殺されるぞ、お前ら。でも俺はさっき、この村のきこりのじいさんに雇われてな、今回は助けてやる。今後は絶対に黄色のゴブリンは襲うなよ。わかったか?」
返事を待たず、俺はゴブリンの方へと向かう。
そして俺はポーチを漁って、以前ゴブリンから奪った戦利品を取り出す。
そう、目の前にいるゴブリンの部族が持っている、宝石のお守りだ。多分、位の高い個体だったのだろう。この持ち主はリーダーと同じ様な格好をしていた記憶がある。そういう個体を集中的に狙っていたから覚えている。
それを高く掲げてゴブリンのリーダーに向かって言い放つ。
「ここ最近お前達を襲ったのは、この村の奴らじゃない。俺と、今は帝都にいる仲間だ!」
と、俺は掲げたお守りをリーダーの足元に向かって投げつける。
1度彼らの仲間の命を奪った俺がここで俺の命を賭けて今回の責任を取る。殺すなら殺される覚悟もしなければならない。
ゴブリンの群れから怒りの声が聞こえる。武器と盾を叩いて威嚇してくる。リーダーが手をあげて制止させているが、今にも襲って来そうな勢いだ。
群全体を見渡してみる。
先生の言っていた通りだ。黄褐色のゴブリンは人の言葉をある程度理解できるらしい。
あいつらの目、良い感じに怒ってるな……
さて、ここからが本番だ。
俺は後ろ手でナイフを抜く。
「復讐をして、焼き殺したい奴がいるなら、俺が適任だぜ!」
言い終わると同時に、俺はリーダーの足を目掛けてナイフを投擲した。
グシュ――
その鈍い音がする前に、俺は群れから逃げるように駆け出した。
「「「ギイィィィィィィ!!!」」」
村が静けさから、一斉に怒声に包まれた。
俺は大通りを思い切り駆け抜ける。
振り向くとネメシアも付いて来ている。その後ろにはゴブリンの群れが砂埃を上げながら追って来ている。ゴブリンは低身長で身体能力も人間より劣っていて、走る速さもあんまり速くはない。余裕だ。むしろ少し速度を落とさないと、見失われてしまう。
「ちょっと君、あれは無茶しすぎでしょ」
「そうか? でも今のところ問題ないだろ?」
前方の家の影からゴブリンが数匹現れた。
隠れていたのに気づいていたのでそのまま俺は突っ切ったが、ネメシアは……?
振り切って付いて来ている。
あれはおそらく見張りだろう。徹底しているな。
「私を見捨てようと思ったでしょ」
「……」
「それくらい、私だって気づいてたわよ」
まったくもう、と拗ねているようだ。
「一応聞いておくわ。これからどうするつもりなの?」
「あいつらには悪いが、緑のゴブリンとぶつける」
「正気?」
「ああ、群れの母数が減ったらもうこの村には来ないだろう。それで部族間で争ってる隙に娘達を解放する」
「場所はわかるの?」
「……」
「わからないんでしょ」
ネメシアはニヤニヤしている。
「目星は付いている」
多分、この村にくる時に見た洞窟がそうだろう。そんなに遠くもない。
「あら、そう。森の精に聞いてあげようと思ったのに」
「余計なお世話だ」
ビンゴだった。洞窟にゴブリンが入っていくのが見えた。
傷のせいでリーダーはおそらく後ろから抱えられて来ている。だから軽率なことに猛り狂った雑兵は、リーダーの統率もなく別の部族の縄張りに入って俺を捜索している。狙い通りだった。
失敗すれば、俺単身で洞窟のゴブリン全てを相手にしないといけなかったからな。さすがにそれは面倒だ。
気が進まないが、これ以外に良い案が思いつかない。
「ワオーーーーーン!」
口を両手で囲み、狼の魔物の泣き声を真似た。
ネメシアはクスッと笑う。
「何だよ?」
「別に」
そう言いながら、まだ笑いを噛み殺している。
ゴブリンの見張りが洞窟から出て来た。
後ろにも騒がしい追っ手の気配を感じる。
よし、もう少し待て。
狩りの要領と同じだ。
手ごろな石を拾って準備をし、タイミングを見計らう。
わざと少し音を立てて、注意を引く。
狙い通り、こっちに1匹向かってきた。
後ろのゴブリンももうかなり近いな。
――今だ!
俺は石を思い切りゴブリンの頭にぶつけ、気絶させた。
すぐに横へと屈んで移動する。
「キィィィィィィィィィ!」
洞窟の前のゴブリンが奇声を発する。
しばらくすると、叩いた蜂の巣から一斉に蜂が出てくるように、ゴブリンが続々と湧き出て来た。
後ろからの追手も到着した。
先頭の奴が立ち止まったと同時に、洞窟の方から矢が放たれる。
どさり。
今度は追手の方から奇声が発せられた。
十分距離をとり、様子を見る。
ゴブリンの戦いが始まった。肉弾戦だ。
やられたら、やり返す。めちゃくちゃ痛そうだ。
ふと、なんだか俺に似ていると思ってしまった。
「復讐、か……」
1人つぶやく。
「戦いが終わった後、ひと安心しているところを襲撃し村人を救出する」
「え、君ってそんなに残酷な人だった……?」
わざらしく驚いたようにしている。
「大量発生しているなら、俺がこの巣を全滅させる。また被害が出るかも知れないからな」
「君、結構律儀よね」
はい、と果物をどこからか取り出して渡してくる。
「これは?」
「さっき逃げている時に見つけたから、もいでおいたの。一緒に食べよ」
「俺は――、」
俺はいい、と言おうとした途端、口にそのまま押しつけられた。
「一緒に食べよ?」
有無を言わせぬ言い方だ。
声が無表情なのに、顔は笑っている。
どうやったらこんな芸当ができるんだ?
俺は仕方なくそのままかじる。
「戦争している横でのんびり果物を食べられるお前の方が、よっぽど残酷だろ。さすがは魔女」
「ひっどーい! 私は君が疲れた顔をしてるから甘い果物をとっておいたのに」
喋りながら口いっぱいに頬張っている。
「んー! あま〜い」と頬を押さえながら、とても上機嫌だ。
確かに、とても甘くて、少し疲れが取れたように感じる。
皮袋から水を取り出し、飲む。それに、休める時に休む、これは基本だ。
先生に鍛えられた俺の速さにもついてくるし、果物をもぐ余裕もある。それにこの胆力だ。
「お前、いったい何者だよ?」
「私は私だよ」
「……それは答えになっていないぞ」
不服だったが、彼女は余裕の表情をしている。
「ねぇ、この果物何色をしてる?」
いきなりの質問に、俺は驚きを隠せないでいた。
「君、色が見えてないんでしょ?」
どきりとする。
「なんでわかった?」
「様子がおかしいもん。さっきもゴブリンの色を聞いてきたでしょ」
「そういやさっきも俺の世界は灰色だ、とか言ってたよな?」
「あ……」
彼女は目を逸らした。そして少し考えるように上を向く。
「それはね、君の瞳の色が灰色だからだよ」
「それって――」
「魔女は人の瞳を見て、その人の心が読める時があるの。知ってる? 目は心の窓、って言葉。瞳はその人が見ている景色をそのまま映し出す」
「なんだよ、それ。詩的なつもりか?」
「そんなんじゃないわよ。じ・じ・つ、事実よ。君も魔女の核を知ってるでしょ。魔女の核は魔女の心が具現化したものなの。魔女は自分の心と普段から接している分、古より魔女は人の心が読めた。いえ、見える、に近いわね」
「そうなのか……」
俺の全てはお見通しってことなのか? 魔女、恐るべし。
でも、魔女のマナといい核といい、概念が旧教徒の内なる神聖に似ているような気がするな。
「全部わかるわけじゃないからね」
心底驚く俺をよそにネメシアは慌ててそう付け加える。
今、俺が疑問に思ったことまで……
これが、噂に聞くコールドリーディングというやつなのか……?
知らないけど知っているような口をきく、こいつが……
俺はずっと喉に引っかかっていて聞けないでいた、この問いを発した。
「じゃあ、何でお前の瞳だけには色がついているんだ? 魔法か何かか?」
「そうね。正直分からないわ」
俺は少し怖いんだ。
彼女の瞳が、魔法が色づき輝いていて、俺とは正反対だから。死んだ瞳と正反対だから。
目が合うと、逸らしたくなる。だから、もう顔をみることも億劫になった。それに、この澄んだ優しい瞳で見つめられると、落ち着かない。
でも、気になる。ついつい見てしまう。まるで磁石の極同士が互いに引き合うように、自然と目が追ってしまう。
「もう、また下ばっかり見て。顔を上げて、胸を張るの。暗いよ」
気遣うような明るい声に、俺は黙っていた。
ネメシアは1人呟く。
「他の方法はなかったのかな……」
優しくされるのが怖い。
俺が傷つけてしまった時、失った時、裏切られた時に、心が張り裂けそうになるから。
だから、優しくしてくるネメシアは――――、嫌いだ。




