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命を天秤にかける

 木の上に登って、村の様子を偵察していた時だった。遠目にネメシアがこっちに歩いてくるのが見えた。


「よ! 元気にしてるー?」


 木の下で俺に向かって手を振り上げる。


「何しに来たんだよ」

「何って、手伝いにだけど?」

「いや、昨日要らないってあれ程言っただろうが」

「え? まぁまぁ、そう言わずにー」


「お前なんで俺の場所がわかるんだよ?」

「森の精霊達が教えてくれるの。君はここだよーって。皆いい子達だよ」


 ふむ。先生みたいだな。


 ていうか、今日はえらい上機嫌だな。1晩で何かあったのか。


「とりあえずデカい声を出すな」

「何よ、こそこそして。堂々としてればいいのよ」

「お主達、何をすとるんぢゃ?」


 ちっ。ネメシアに気を取られすぎて、おっさんの存在に気づけなかった。

 集中と分散、まだまだだな……

 格好からすると、きこりか?


「おじさんこんにちは」

「はい、こんにちは。見ない顔ぢゃねぇ。お主はそこに登って何をすとるんぢゃ?」


 変に訛った話し方だ。まだ帝都からそんなに離れてない、よな?


「あ、いや、ちょうど良い木の実がなってないかなぁって」


 えへへ、と馬鹿なふりをする。きこりなら、間違いなく木の種類を熟知していて、下手な嘘はバレる。


「そんな木に実はつかんぞい」

「そうですよね。私もそう言ったんですけど、彼、聞く耳を持たなくって」


 俺を見上げるあの表情……別の意味で聞く耳を持たないって言いたいのか。


 俺は木をするすると滑り降りた。


「お主、器用な降り方をするもんぢゃの」


 きこりの爺さんは感心している。


「おじいさん、この村で子供が居なくなっているって噂なんですけど、本当ですか?」


 ネメシアが勝手に聞く。何でこいつが知ってるんだよ。


「それはもうすこす北の村ぢゃな。ちょうどお嬢ちゃんくらいの歳までの子供が次々と居なくなっておるそうぢゃ。魔女に拐われて、黒魔術の生贄にされてるそうぢゃぞ。気をつけなさい」


「その魔女が目の前にいるんだよ、この無知め」とは言えない。


「だいたい、いつ頃からなんですか?」

「わすが聞いたのはちょうど、先月くらいからぢゃのう」


「それよりもこの村ではゴブリンで持ちきりじゃわい。男総出でゴブリン退治ぢゃ」


 村の警備がかなり厳しいと思ったら、そういうことか。男は皆、鉄のついた農具や棍棒、剣までも持ち歩いていて、それ以外は閑散としている。

 俺はきこりに聞く。


「ゴブリンが襲ってきたんですか」

「そうぢゃ。この頃はゴブリンが大量発生すておっての、家畜だけぢゃなく、女も攫っていくんぢゃ。困ったものよ」


 ゴブリンの大量発生か。それは初耳だな。


「森の精霊達が言ってたのは、このことだったのね」

「何て言ってたんだ?」


 ネメシアが勝ち誇ったような顔で言う。


「教えて欲しい? やっぱり私の協力が必要なんだね」

「じゃあいい」

「もう、つれないなぁ」

「ほっほっほ。ケンカとは若いのぉ。でもお嬢ちゃん、森の精と話すことができるのかい?」


 この爺さん、目つきが変わったな。ネメシアのやつ、迂闊すぎるぞ。今は黒猫を飼ってるだけで魔女扱いされるってのに。


「いえ、こいつは噂の又聞きを森の精に置き換えて話す癖があるだけなんですよ。それよりおじいさん、次はいつゴブリン退治に行くか知ってますか?」


「ふぅむ、確か今日の正午の鐘で村の教会前に集まるって言っとったぞ」

「わかりました。俺も後で向かうかもしれません」


 絶対に向かわない。面倒すぎる。


 と言ったと同時に、村から警鐘が鳴った。

 ザワザワと騒いでいるのがここにいても聞こえてくる。

 急いで木に登って様子を見ると、どの部族かわからないがゴブリンの群れが村を包囲していた。



「ゴブリンが村を包囲している」


 ネメシアも登ってきた。


「何色だ?」

「あれは、黄褐色ね。人を普段は襲わない部族のはずだけど、どうして」


 ネメシアはそう言うと同時に下のきこりに向かって問いかける。


「ねぇ、おじいさん、この村の人たちを何度も襲ったのって何色のゴブリンだった?」


「いや、わすは覚えておらんの。緑ぢゃないのか?」


 木の下できこりはまだ驚きに飲まれて、「どうすったどうっすた」と落ち着きなくしきりに言っている。

 俺もこの世界に来たときはこんな様子だったのか? だとすれば騎士の気持ちもわからないことはない。


「なるほどな、この村の奴らはゴブリンを見境なく襲って、黄褐色のゴブリンが報復に来たってわけか」

「そういうことね」

「てかお前、さっき口を滑らしただろ。無用心にも程があるぞ」

「でも君、ちゃんと助けてくれたじゃん」


 ニコッと笑っている。


「お前わざとやっただろ」


 きこりが俺に話しかけてきた。


「おーい、お主、腰に剣を挿すておるな。もすかすて剣士なのかの? もすそうぢゃったら、手を貸すてはくれんかの……?」


 俺は迷った。

 ――これは俺が、間に入っていい問題なのか?

 ゴブリンは仲間の命を村人に奪われたから、その弔いをする為に報復としてこの村にやってきたんだ。これは村人とゴブリンの問題だ。しかも、命の責任を追求する、大事な。


 もしゴブリンと村人の立場が逆なら、人間は同じ人間の報復に手を貸すはずだ。実際にそれが発端となってのこの状況だろう。でも、黄褐色も元はと言えば人間だったんだ。

 じゃあ、ゴブリンじゃなく、妖精族だったならどっちに味方するんだ? もしバンシーが殺されたなら、俺は迷わず妖精族につくだろう。

 それに種族で判断するのなら、それは魔女狩りと同じだ。差別になる。黄褐色のゴブリンも妖精族も人里には出て来ず、人を襲わない点では同じだ。

 なら、魔女と人間なら? これは既に答えが出ている。ロニ子とロニエを無惨に殺されたから、俺はサヴォナローラと悪魔教を本格的に潰すと決めたんだ。

 でもいくら黄褐色とは言え、ゴブリンの命と人間の命を天秤にかける時点で、かなり先生の思想に影響を受けているな……以前の俺ならおそらく迷いもせず答えを出していた。


 ――命を奪うことには等しく責任を伴う。殺人剣を振るうな。

 先生はそう言っていた。

 だから先生は俺を助けた時に、石と杖だけで追っ払ってくれたんだ。

 これが先生の言っていた、力を持つという責任なのかもしれない。だから復讐に囚われていると俺に言い、基本しか教えてくれなかったのか。


 答えを出せていない俺が、生半可な覚悟で手を出してはいけない。


 木から降りて、俺は即座に言い放つ。


「無理ですね。あの大群は俺だったら倒せないこともないですが、元はと言えば、勝手にゴブリンを見境なく殺した村の責任です。村の責任をよそ者に押し付けるのはどうかと思いますよ」


 黄褐色のゴブリンは元々人間だったなんて言っても信じてもらえないだろう。むしろ怪しまれる。


「助けてはくれんのか!?」

「助けを呼ぶんなら、帝国騎士団と勇者シンに頼んでください。俺は知りません」

「それは無理よ。このゴブリンの大量発生の大元も帝国と勇者だもん」


 降りてきたネメシアが口を挟む。


「それはどういうことだ?」


「はぁ」とネメシアはため息をつく。


「今帝国では武器とか魔法道具を製造するために、1日中薪を燃やし続けているの。最近は森の自然回復力を上回る勢いで伐採してて、その木を餌にする虫が少なくなっちゃってるの。それでその虫の栄養価が高いから、それを食べる動物達が弱ってて、なし崩し的に生態系が乱れていたんだけど……決めては新しい勇者が森の主を狩ってしまったことね」


「森の主とゴブリンにどんな関係があるんぢゃ?」


「ありありですよ」


 なるほど、そういうことか。

 俺が後を引き継ぐ。


「つまり、この森の主は食物連鎖の頂点で、ゴブリン達も餌にしていたってことだろ。他の肉食の魔物だってそうだな」


「そうね、勇者はレベルの高いモンスターを重点的に狩ってレベル上げをしてたんでしょ。だからゴブリンや他のモンスターを食べて全体のバランスを保つものがいなくなったの」


 だったら、なおさら俺の出る幕じゃない。ただでさえ強いアイツがせっせとレベル上げしているのを横目に、俺はその後始末をしろって言うのか?

 自分の尻は自分で拭けって言ったのはサヴォナローラだ。自己責任だ。それに問題の原因とかメカニズムなんか、正直どうだっていい。俺とは何の関係もない。


 でも、あいつらは何とも思ってないんだろうな。むしろわざとやっている可能性だってある。


「帝国が助けに来ないだろうと、俺には関係のないことです。さっきも言った様に、村人が黄色のゴブリンを襲ったことが原因でこうなったんだ。相応の報いじゃないんですか? まぁ緑ゴブリンなら話は違ってきたかもしれないが」


 俺1人が判断するには重過ぎる決断だ。

 俺は歩き出した。


「お主、それでもいいのか。見て見ぬふりをするのか? その腰に挿しておるものはなんじゃ? お主の正義の力を貸してはくれんのか!?」


 きこりが怒鳴ってくる。しつこいな。


「見ないフリなんてしていないぞ。ちゃんと見てる。見て、助けないだけだ。俺は人間族の正義の味方じゃないんでね。本物に頼めよ。恨むんなら恨め。それで俺をとっちめたいならかかって来い。その覚悟はある」

「このっ――、人でなし! 人間ぢゃないわい!」

「ちょっとおじいさん、そこまで言わなくても――」


 ネメシアが言う。


「君もだよ、ファウスト君。君は本心から自分とは関係ない、助けたくないなんて思ってるわけじゃないはずだわ」


 確かにそうかもしれない。別に助けてもいいし、むしろ人間として、同種族の人間を助けた方がいいに決まっているとわかっている。でもだ――、


「ゴブリンの立場に立って考えてみろ。命を張ったやり取りに第3者が介入してくるんだぞ。しかも、自分たちより強い奴が、いきなりだ。理不尽だと思わないのか? なんでそう人間の味方をするんだ? これは村人自身の手で解決すべき問題だ」


 お前は魔女じゃないのか? とは言えない。


「自己責任だ、って思ってるんでしょ?」

「そうだ。これは帝国の、そして村人の自己責任だ。自業自得だ」

「でも君も、誰かから同じ状況で助けてもらったこと、あるはずだよ」

「なっ――!」


 知っているのか? 俺と先生の関係を? いや、カマをかけたのか?


「受けた恩は、自分のところで止めてしまうんじゃなく、皆にも分けてあげなきゃ」


 屈託のない、澄んだ瞳が何かを訴えてくる。目は口程に物を言うってか。


「だから俺は(おとし)められている魔女を助けるんだよ」


 言い訳がましくボソリと呟く俺に、彼女は怒ったような、悲しいような、でも気遣った様子で俺に向き合う。


「魔女だけじゃダメ。せめて目の前にいる人は助けようよ、私たちで。血で血を洗う様な戦いは見たくないの」

「俺は善人じゃなければ、ヒーローでもない。ただの偽物だ。俺が助けられたことがあるからって、全ての人を助ける義理も義務もない。お前が1人で助ければいいだろ。俺は知らん」


 俺の言葉にネメシアは動揺の色を隠せない。俺の言葉は詭弁で、ただ逃げているだけかもしれないが、懸かっている命の数が多過ぎて俺には荷が重い。責任重大過ぎる。


「……頭ばっか使って、理屈をこねて。だめだよ、ファウスト君。こういう問題は、心を使うの。そんなんだから君の世界は灰色のままなんだ。君は本当はどうしたいの? 助けたいとは本当に思っていないの? 命を奪うことを心配しているなら、それ以外の方法を一緒に考えようよ」


 色のついた瞳にそう訴えられると、嫌だが考えてしまう。

 ――気にするな。俺に構ってくるのは、あいつが俺のことを知らないからだ。自分にそう言い聞かせる。


 でも、心をつかう、か。

 俺の心は何て言っているんだ? 助けないのは心苦しいけど……


 これは、迷っているのか。

 でも、助けなかったら、後々後悔しそうな気がする……


「あーもう! うっとうしい! わかったよ!」


 でもタダで助けると、サヴォナローラがほくそ笑むだろう。


「じゃあ、俺を雇わないか、じいさん? 金をくれるなら助けてやる」

「わ、わかった、村で相談すてみるわい。でもお主、魔女とは一体?」

「時間がない、詳しい話もなしだ。どうする、それでも雇うか?」

「わかった、お主を雇おう!」


 ネメシアが俺の脇を小突いて耳打ちしてくる。


「さすがだね」

「うるさい」


 俺はきこりのじいさんに向かって言う。


「じゃあじいさん、あんたはここで待っててくれ。俺が村に行って何とかしてくる」

「ああ、後な、村の娘たちがゴブリンに捕まっておるんじゃ、助けてくれんかの……」


 さっきの話の流れだと緑ゴブリンの仕業だろう。


「わかった。それは別料金だからな」


 そう言い残して俺は村へと駆け出した。

 早く行かないと、警鐘がなってから時間が経っている。



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近年、チンパンジーに人権はあるかという論争にヒトは結論を出しました。https://www.nonhumanrights.org/blog/nhrp-statement-fahey-opinion/


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