素手での戦い方
俺、先生、バンシー、猫さんで翌日、ミノタウロス探しを始めた。そして程なくして見つかった。
俺たちは遠くから様子を窺っている。
で、デカイ。2メートル半はある。
しかも、なんだあの筋骨隆々ながっしりとした体格は……
灰色の世界でも鈍色に光る太い角は、同類の牛も一突きで絶命できそうだ。
アレを素手で倒すなんて、無理だろ。
「結構大きいねー」
「奴がこの森を荒らしまわっているせいで、繁殖期の動物がおちおちゆっくりできないと言っていたぞ」
「え、猫さん、その情報いる?」
「静かにせんか」
と真剣な声色で先生は言う。
「ふむ、あやつ、鼻と耳が良いようじゃぞ。おそらくワシらの存在は勘付かれたわい」
確かに当たりを見渡して、警戒しているように見える。
「え、そんな強い奴と俺は素手で戦うんですか?」
「ふうむ、そうじゃな、あの個体はお前さんのレベルではかなり強いな。ワシが少し手合わせして――、」
と言った瞬間、ミノタウロスは太い首をぶんと捻りこちらを振り向いた。
やば、こっち見た!
俺、目合っちゃったよ。
「先生、あいつ――、」
「いや、すまんな皆の衆、ワシが少し殺気を出してしまったせいで気づかれてしまったわい。ここ最近は戦いなんてしておらんから、つい力んでしもうた」
え?
と、遠くのミノタウロスはその体格に似合わず、尻尾を巻いて逃げてしまった。
「さすがディーさん!」
「ディートの敵ではない、な」
「あやつはファウストの敵じゃからな」
「あのレベルはお前さんにはちと早い。じゃから木剣の使用を許可する。木剣のみであやつを倒せたら合格としよう」
ええええええ?
というより、殺気だけであいつの戦意を奪ったっていうのか……?
「まずはオークなどから始めるんじゃな」
「素手で、ですか?」
「もちろんじゃ」
……鬼だ。
「命までは奪わんで良い。オークから叩きに行くぞ」
と、先生は静かにだが、ずんずんと森を進んで行った。
後を追うバンシーと猫さん。
全く、変わった組み合わせのパーティーだな。
俺も急いで後を追った。
丸腰でオークを目の前にすると、復活して初めてのキュクロプスとの戦闘を思い出した。
何度も突きと蹴りを入れているが、全く効いている様子がない。
オークが怒声を上げて威嚇してくる。
「まずはモンスターの急所がどこにあるのか、見当をつけろ!」
「ファウスト君、こいつ、後ろの肩口に新しい傷口があるよー」
バンシーは空から俺にアドバイスをくれる。
「これ、バンシー。それはファウストのためにならん」
「はーい。じゃあファウスト君、頑張ってねー」
「もう頑張ってるよ!」
とジャンプしてオークの顔に蹴りを入れる。
それでも少し怯むだけで、全く効いている気配がないから、嫌になる。
振り回される棍棒が髪をかすめる。
俺も息があがってきた。
「まったく、仕方ないのぉ」
と先生が前に出る。
「よく見ておけ、ファウスト。こうやるんだ」
先生の口調が変わった。
訓練モードだ。
良くみると、先生は両手を後ろにして、何かを握っている。
土だ。
え、それ卑怯じゃね?
先生は体を捻って棍棒を避けると、飛んでオークの目に向かって土を直接叩きつけた。
着地と同時にすぐにオークの後ろへ回り、膝裏を蹴り、膝をつかせ、そして後ろへ振られる棍棒を難なく避けつつ、正面に立つ。
喉を素早くつき、流れるようにアゴに掌底突きを叩き込んだ。
そしてオークはそのまま後ろへドスンと倒れ、辺りに落ちている枝を踏み潰した。
「おおおお〜!ディーさんの素手、初めて見たよ!」
「今回はファウストに見せるためじゃからな」
「お前さんのレベルではまだ一撃では倒せん。だからこうやって攻撃を繋げないと、まったく効かない。剣も体術も、一撃必殺などない。わかったか」
確かに、俺はずっと単発攻撃ばかりしていた。
連続攻撃は基本中の基本じゃないか。
「でも先生、土で目潰しはありなんですか?」
「ありだ。戦いでは使えるものは何でも使え。石も枝も使って良いぞ。だがさっきも言ったように、それだけではだめだ。しっかりと次につなげて使うこと。良いな?」
と、強面がニヤリと笑う。
まったく、元騎士とは思えない泥臭い戦い方だ。
でも、俺にはそっちの方が合っている。
「はい!」
こうして俺は素手で戦う訓練を始めた。
素手で戦うのはかなり痛い。殴るのだって、手首が折れないようしっかり正拳を握らなければならない。蹴りだってそうだ。変に蹴ると指の骨が折れる。
魔物と掴み合いになった時、手の爪がめくれたこともあった。素手は素手で気をつけなければいけない点が多い。
先生と一緒に訓練を始めて1ヶ月が経った頃、灰色の世界にも慣れ、俺はオークを、そして次はキュクロプスを相手に、苦戦しつつも素手で倒せるようになってきた。
肉を炙りながら先生は俺に言う。
「そろそろ、挑んでみるかの?」
「ミノタウロス、ですね」
「そうじゃ。もう技量と経験だけで言えば、倒せん相手でも無い」
先生は何か言いたげな様子で黙っていたが、俺は続けた。
「そうですね。では、そろそろ挑んでみます」
そう言っても先生はしばらく黙っていたが、
「うむ。じゃあ明日じゃな。今日はご飯を食べ終わったらゆっくり休みなさい」
と言い、今日は夜の講義はなく、俺はすぐに眠ってしまった。
次の日、俺は先生に助けられていなかったら、そのまま殺されていた。




