喋る馬の恵み
翌日はゴブリンたちを相手にし、戦利品として火打ち石を拾った。
これで火が起こせて、森でも飯が食える。
雨上がりの森は空気が澄んでいて、城下町で濁った僕の肺を洗ってくれたような爽快感があった。
僕が復活した復活祭から1ヶ月経った。
夏が近い。服が濡れて少し寒かったが、そのうち乾くだろう。
昨日の出来事はとりあえず忘れよう。
まずは生きないといけない。自分で獲物を狩り、金を稼がないといけない。
そう言い聞かせつつ、我此処にあらずと森を進んで行った。
そこでだ――、
迷ってしまった。恥ずかしい限りだ。
どれくらい森を彷徨っているのだろう……
喉が渇いたが、川がどこにあるのかまるで見当もつかない。
暑い。
水が欲しい。
かなりの時間歩き回り、とうとう僕は倒れてしまっていた。
「アニキ、アニキ! そんなとこでぶっ倒れて、どうしたんですか?」
ん、誰だ……? 声がする。
誰かに揺さぶられている。
「アニキ、起きてください」
目を開けると、そこには馬がいた。
ブルル、と馬は鼻を鳴らす。
「やっと起きてくれましたか」
「うん」
声がかすれる。
あれ、声の主が見当たらないぞ。
辺りを見渡しても誰もいない。
「ん、どうかしたんですか、アニキ?」
馬と目が合った。
いや、まさかな。と自分の頭を疑ってしまう。
度重なるショックと疲労が原因か。仕方ないかもしれない。
とうとう僕もヒエロニムス症候群に……
「何か言ってくださいよ」
と、また馬がブルルと鼻を鳴らす。
え?
馬が、喋ったのか? 本当に?
「おま」
お前なのか? と言いたかったが、声が出ない。
もう1度試すが、無理だった。
「アニキ、喉が乾いているんでしょ? 声が枯れていますよ。ついて来てください」
と身体を起こして言われるがままについて行く。
馬が、喋った……?
僕は、幻想を見ているのか?
川の流れる音が聞こえる。
僕は馬を追い越し駆け出していった。
これでもかと言うくらいに、飲んでやった。
干からびたゴブリンの死骸のように乾いた喉に、心地良い冷たさが広がり、柔らかく潤っていく感覚がある。しわがれた唇も癒される。
それになんか、ただの水のはずなのに甘い気がする。砂糖が入っているんじゃないか?
めっちゃ美味い……!
「ふうっ、助かったー! ところでお前、馬だよな? 話せるのか?」
と僕は平然と馬に向かって口を聞いてみる。
「オイラはアニキとだけ話せるんですよ。波長が合うんでしょうかね。アニキが倒れているのを見て、何かぴーんと来ましてね!」
と、僕をアニキと呼ぶ馬は人間なんかよりもよっぽど好意的だ。
「そうか、助けてくれてありがとう。でも、ごめんね。お礼として返せるものは何もないんだ」
と言って、ポーチのアイテムをまさぐるが、馬の好きそうなものは無い。
「そんな、いいですやい、アニキ。それよりアニキ、アニキは復活したと噂の勇者ですよね? お連れはいないんですか?」
と黒い目で見つめてくる。全く表情は読めないな。
連れ、か。
「ああ、いないよ、1人だ」
「こんなことを聞くのもなんですが、どうして1人なんですか? 魔物も多くいるこの森で、しかも地形もわからない状態じゃ、自殺行為ですぜ」
確かにその通りだけど、言われてみれば、なんでこんなにも必死になっていたのだろう。別にここまで焦って森の深くまで来なくてもよかったはずだ。
ゆっくり、僕のペースでモンスターを狩り、身ぐるみ剥いで売る。闇の軍勢なんて、もう僕には関係ない。
もともと、僕がいてもいなくても同じようなものだったしな。
庶民からすれば、帝国騎士の方がよっぽど心強い。
「お前の言う通りだよ、自殺行為に近かった。これからは気をつけるよ」
「いえいえ、アニキを放って素通りなんて出来やしませんからねぇ」
「じゃあアニキ、もう街へ戻られますか? 案内しますぜ」
なんて良いやつなんだ。いつかちゃんと礼をしないといけないな。
「ああ、頼む」
「じゃあ、オイラの背に乗ってください」
そろそろ森の端に着くというところで、馬は足を止めた。
「ここを抜けると、もう街道に出ます」
「ああ、今日は本当に助かったよ。感謝する。いつか礼は必ずする」
僕はそう言って背中から降り、顔を撫でてみた。
話せて楽しかった。こんな奴が仲間だったらな。
ローランのことを思い出して、背中に乗っていた時までの高揚感を忘れた。
「アニキ」
と馬がまた僕を呼ぶ。
「こいつを差し上げます」
とどこからか取り出したのか、指輪をくわえている。
よだれが付いていて、ちょっと気が引けるが、助けてもらった上にこんな好意を寄せられているんだ、無下にはできない。
「これは?」
「これは、アニキとオイラの友好の証です! 森で拾ったんですが、森の精霊に聞くところによると、何かの加護があるそうですよ」
今は防具もなく、手札が欲しいところだ。とてもありがたい。
「そんな、助けてもらった上に、何度もすまないな。ありがとう」
と、疲れた僕の心に向けられる馬の親切心に、思わず泣きそうになる。
人間より、動物の方が好きだ。裏切らないから。
「きな臭いですよ! アニキとオイラの仲じゃありませんか」
と陽気に僕を気遣ってくれる。
出会ってまだ少ししか経っていないが、馬の時間感覚ではそうなのかもな。
ていうか、きな臭いって?
まぁ、言語能力の差は仕方がないだろう。
僕は街へ向かって歩き出した。
帝都に入る門で順番待ちだ。結構並んでいるな。
馬に親近感を持っている僕は、人目も気にせず後ろの馬の鼻を撫でてやっている。
「あいつ、破門された勇者じゃないか? なんかお前の馬とニヤニヤしてるぞ」
「うげ、本当だ、気持ち悪りぃ。おい、兄ちゃん、オレの馬にさわんじゃねぇ!」
しっしと追い払われる。
一部には顔も割れているのか。
というか、ニヤニヤはしてない、はずだ。まさか、してるのか……?
恥ずかしさを覚えて、フードを目深にかぶる。
門では例の衛兵に声を掛けられた。
「勇者ファウスト、皇帝陛下がお呼びだ。今晩8時に闘技場へ来るように。来ないと国外追放とのことだ」
とだけ言われて、何も要求されなかった。何事だ?
街では、要は僕が勇者だとバレなければ良いってことだ。
アイテムの買取も飯も難なくクリアした。




