「破門」の威力
なんてことはない、1人は慣れている。ディスアキアと死闘するまで、基本はずっと1人だったじゃないか。
そんなことを考えながら、武器も防具もないと何もできないので、とりあえずは今まで殺したゴブリンやオークのドロップアイテムがまだあるか確かめに行く。
内臓が、胸が、きりきりと……張り詰める。
あいつら2人は、あの仮面は、最初から偽物だったんだな。
2人の接点、共通点はなんだ?
そういえばサヴォナローラもローランもドミー修道会の会員だよな。
神官なんて、高級会員だったような……
「信じる」ということは、ふしぎな魔物だ。「信じ」なければ、騙されることも心を痛めることもないのだから。「信じる」以上、騙される可能性から逃げることができないんだ。信じるということの中には、必ず、裏切りの魔物がいる。
この後悔や悲しさから逃れる為には、要するに信じなければいいんだ。そうしていつも、ずっと前進すれば良い。(坂口安吾)
いくつか戦った場所を覚えている限り回ってみたが、どの現場も悲惨だった。他の動物や魔獣に喰われた後があったり、虫すらも沸かずに、原型を留めず自然にかえっている途中のものもあった。皮膚や目なんか、部位それぞれがもうどれがどれだかわからない。
少し小さめだが、手頃な剣を見つけた。錆びて汚れているが、贅沢は言っていられない。後で手入れをしないとな。
「って、剣を握ったまま死んでるのか」
ゴブリンのその茶色い腐った手を触りたいとは誰も思わないだろうが、生きるために漁る(あさる)しかない。
意外と硬いな。干からびたことで、もっと硬く握られているってことか。
切らないように剣先を掴んで、ゴブリンの死体から拾おうとするが、動かない。いくら死後硬直で硬くなっていても、もう腐って柔らかくなってないのか?
直接触りたくないが、1本1本指を折っていく。所々柔らかくて気持ちの悪い感触だ。
ずっと見ていると、屍体の肉が干し肉のように思えてきた。
決して食べたいわけじゃないが、空腹なんだろう、腹が鳴る。
まったく、勇者が屍肉を漁るハイエナじみたことをするとは……
戦利品は錆びた剣と数本のナイフ、他は傷んだ革のポーチと異国の銀貨数枚、指輪など売れそうなものだ。騎士たちは雑魚から戦利品を漁ったりしないから、それが幸いだったと言えるだろう。
このまま濡れたままでいると、それこそ体力を奪われて風邪をひいてしまう。
すっかり辺りは暗くなっているし、僕は1度城下町へ戻ることにした。
城壁にある関門を抜けないと帝都へは入れないのだが、その際衛兵に詰め寄られた。
「だから、身分を証明するものがないと帝都には入れることはできねぇんだよ。わかったか」
と僕がさっきから右手の甲にある勇者の印を見せているにも関わらずそう突っぱねられる。
「だったら、どうやったら入ることができるんだ?」
僕がそう聞くと、目の前の奴は他の衛兵たちと目配せしてニヤニヤと笑いだした。
確信犯だろ。わかって知らないふりをしているんだ。
隠す気もないらしい。
「勇者様は破門されて、1人で魔物と戦うことになったんでしょう?」
嫌味っぽい言い方だ。
「そうだが」だから何だって言うんだ。
「そのボロっちい皮袋には何が入っているんだ?」
と僕の拾った革のポーチをあごでしゃくり、見せろと命ずる。
仕方ない。
僕は拾ったものを机の上にジャラジャラとひっくり返した。
と同時に衛兵たちの笑い声で部屋が震えた。
何笑ってやがるんだ。
「こ、これが、勇者の持ち物かよ!」と腹を抱えて僕に言う。
またしばらく部屋が嘲笑に包まれる。
「で、どうすれば入れる?」
「じゃあ、これからここを通る時、お前の得た戦利品の半分をいただく。そう言う契約を飲めるんだったら、通してやってもいいぜ」
ふざけるにも程がある。
半分だと?
「だめだ、4分の1だ」
「じゃあ、森へ帰んな、勇者様」
くそ、足元をみやがって。
「3分の1だ」
「あんたに交渉の余地はないぜ」
他の衛兵が肩を掴んですごんでくる。
すっかり相手のペースに乗らされてしまっている。
今日はいろいろあって、本当に疲れた。
諦めよう。
「わかった、半分だ。他の奴らにもそう伝えておいてくれ」
「いや、ダメダメ、この門を絶対に通ってくれ。それも契約の内だ。だったら通してやる」
何から何まで……
「わかったよ……」
「物分かりが良い勇者様で助かりましたよ。ま、今日のアイテムはゴミだし見逃してやるよ」
そう言われて、僕は門を潜った。
まずはアイテムを売りに行かないとな。
前にディスアキアと回ったときの記憶を辿って、城下町を進む。
もう夜だし雨で人通りは少ないが、さすが帝都だ、賑わいがある。
急がないと閉まってしまう。
ここだ。
「すいませんが、これを買い取ってくれませんか?」
と僕は戦利品を見せる。
「おお、これは、大体全部で銀貨2枚かな」
と店主は品定めする。結構良いじゃないか。
「ああ、じゃあそれでお願いします」
と、僕は台の上に手を出した。
店主が勇者の印を見る。
「ん、お前さん、もしや」
空気が固まる。
「だめだ、もう店じまいする。帰ってくれ」
と血相を変えたように言い放つ。
「何で…… 」
「異端者と商売なんてできるか! 帰れ帰れ!」
破門。
これほどまでの効力があったとは。
そこで、店にぞんざいに放られたフードのついたローブに目がいった。
あれがあったら、ある程度人の目を避けられるな。
「じゃあ、あのローブと交換してくれないですか?」
多分そこまで良い品でもないから悪い商談ではないはずだ。
店主はしばし考えた後、
「ふん! ここに全部置いていけ。ワシはあれを捨てるんだ」
とローブを道に投げ捨てた。
とは言っても、僕は無一文だった。
飯を食う金も宿に泊まる金もない。あっても店主のあの反応じゃ、宿は無理だろうな。
貴族街じゃないこの道は糞や尿でまみれているので、座って休む気にはなれない。
仕方ない、森へ帰るか。
疲れ切って思考停止した頭で、とぼとぼと森へ歩いて行った。
この日は、雨を飲んで木の下でローブを枕にし、そのまま吸い込まれるように眠った。




