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異端審問

(おもて)をあげよ、勇者ファウスト」

 魔法鏡を通して、教皇は跪く(ひざまずく)僕にそう言い放つ。


「これより(なんじ)の行いに対する裁判を始める」


「先刻、汝は自らに配属された魔女3人の逃亡の手助けをし、見過ごし、さらには皇女の追跡を妨害した罪がある。なにか言うことは?」


「ございません」


「では、どのように逃したのだ?」

「魔封じの鎖の効力を弱める魔法道具を用いました」


 そういえばサヴォナローラの姿が見えないな。

 心配になってきた。


「その魔法道具はどうやって手に入れたのだ?」

「それは……、」

 この場に居ない共犯者を思って少し思いを巡らせる。


 すると、

「発言をしてもよろしいでしょうか、教皇様」

 とサヴォナローラがどこからか現れた。


 良かった、無事だったのか。


「よろしい、許可しよう」

「はい、それは私が勇者どのに頼まれて手配したものです。魔女狩りや魔王の軍勢に対抗する武具を造るために必要だからと頼まれたのですが、まさかこのような使われ方をするとは、思ってもおりませんでした」


 え……?


「ふむ、そなたは神の慈悲に感謝して、善行のために勇者を助けたが、勇者はそなたを騙し、悪行に利用したというわけか」


「左様でございます」


「ちょ、ちょっと待ってください。サヴォナローラどのは僕に魔女の核の実験を教えてくれて」

 間髪入れずに、

「おお、なんたる不徳者ぞ。悪魔の実験をこの神聖なる異端審問で口にするとは!」

 と教皇が言う。

 観衆がざわめいている。



 は? 何を言っているんだ。

 悪魔の実験って、図書館で普通に載って……


 待てよ。

 そうだった、マイスター以外立ち入り禁止区域に所蔵されていた。

 そこで机の上に置いてあって、サヴォナローラと鉢合わせたんだったな。


 魔物を前にしたわけでもないのに、鼓動が速くなっていった。

 嫌な汗がじっとりと染みてくる。


 ごくりと唾を飲み込む。


「汝に問う。なぜ魔女を逃したのだ?」

「だから、魔女が実験で殺されるのを防ぐために」

「この不届き者め!」

 とサヴォナローラが怒声をあげる。

 なんだ……激昂した神官はものすごくいかめしいのか。怖い。

 気圧されて、僕は言葉を詰まらせる。


 訳がわからなくなってきた。

 だが、これだけはわかる。

 この状況を一言で説明すると、僕は、ハメられた。

 ハメられたんだ。


 でも、誰に?


 この様子から、サヴォナローラが噛んでいることは間違い無いだろう。


 この世界での数少ない味方に、少なくとも僕はそう思っていた人に裏切られた。初めて本音を語った相手に騙された感覚は、なんというか、変な感じだ。


 でも、なんで僕を騙すんだ?

 動機はなんだ?そんな必要はあるのか?


「まあ、よい。そなたが怒るのも無理もないが、どんな理由があれ、魔女を逃すことは異端が行うことだ。これは揺るぎない」


「はい、教皇様。他に勇者が異端的言動を普段から取っていたことを証言する者を連れてきております」


「よろしい、その者よ、前へ出て証言せよ」


「はい」





 という声とともに出てきたのは、ローランだった。


 え……?


「ローラン?」思わず口にする。

「静粛に!」とサヴォナローラが言う。


 どういうことだ?




「帝国近衛騎士団所属、ローラン・エルム、ここに証言させていただきます。この勇者、ファウストは先月、魔女に関して騎士数名と事件を起こしています。仲間である魔女を擁護するため騎士3名に決闘を挑み、敗北しても負けを認めようとせず、皇女殿下、つまり副団長に制裁されて落ち着いた次第でした。普段からも魔女を(かば)うような言動が多く、不安に思っていましたが、やはり異端者であったと判明すると全て納得がいきます」


「ちょっとローラン、君何言って……」


 ローランはいつもの可愛らしい顔で淡々と証言し、こちらを振り向きもせず、サヴォナローラの元へ歩いていった。


 サヴォナローラの不敵な笑みが、全てを物語っていた。

 2人はグルだった、のか?


「では次の証言者、前へ」

「はい。アドルフ・ロアレス、その決闘に関し、ここに証言します。この者が先日、魔女に対し、異教徒とは言え看過できないほどの非人道的行為を自室に連れ込み強要しようとしていた折、我々騎士がそれを目撃し、注意しました。ですが一向に聞く耳を持たず、ついには決闘を挑まれた次第です。この者は決闘の際は魔女に魔法を使うよう強制し、決闘の規則を破りました。その後は副団長に仲裁していただきましたが、反省の色を見せずにそのまま続けていたようです」



 頭の中は真っ白だった。


 騎士の中で唯一僕と友達になってくれたローランが?

 僕を裏切ったのか? ハメたのか?


 ――嘘だろ?


 味方だと思っていた2人が、僕を陥れたんだ。


 胸が、苦しい。


 なんだ、この感覚……

 前にも、体験したような。

 似たような苦しさを知っているような。

 一番古い記憶だ。土を掘る音がする……その時感じた瞬間の感覚。



 教皇が何かを言っているようだが、何も聞こえない。



「顔を上げないか!」

 とサヴォナローラに髪を引っ張られて上を向かされた。


「では、勇者ファウストを神の代理、教皇の名の下に破門とする」


 僕は、こうして異端の烙印を押された。




 魔法鏡での遠隔裁判は終了した。


 今度は同席していた皇帝が何かを言っている。


「王族ですら火あぶりの極刑に処すところだが、貴様は腐っても我が国が財を投じて復活させた勇者だ。極刑よりも1人で魔物と戦い命を落とす方がふさわしい」


 危なかった。王族でも極刑なのか。

 ディスアキアに黙っておいて正解だったと言える。

 彼女の母も喜ばないだろう。

 でもあの反応からすると、魔女を逃すことに力尽くで反対されただろうな。


 そうか。

 ショックで頭が回らないから、僕は別のことを必死に考えて紛らわそうとしているんだな。


「破門か。別に入信したわけでもないんだけどな。そう言われるであろうことはまぁ、予想の範囲内だよ。それより、処罰の方が気がかりだ。1人で戦えってことは、投獄はしないだろう。金の無駄になるって言ってたし」


 僕は狂ったように、ぶつぶつと独り言を呟く。


 あのサヴォナローラと、あのローランが……?

 僕を? 何のためにだ?

 まだ現実を受け入れられないでいる。


 皇帝が続ける。


「舞踏会の夜、バルコニーで娘に無理やりキスをして、関係を迫ったという証言もあるが、本当か?」


「それは……」


 誰か見ていたのか?

 このタイミングでそれか。最悪だ。


「それは違うわ、父上」


 どこからか聴き慣れた声が聞こえてきた。

 ディスアキアだ。来ているのか。


「キスは私の方からしたし、まだ関係も持っていないわ」


 いつもの口調ではなかった。

 そうか、第1皇女としての役割か。初めて見る顔かもしれない。


「そうか。まぁこの男勝りに迫るなどあり得んわな。それにしてもこの異端者と接吻など……これからはこやつと関わってはならん。良いな」


 反論を許さない、絶対的な命令口調だ。この父親はいつもこうなのか?


「仰せのままに、父上」


 と彼女までもがそう言い放った。

 顔は僕からは見えない。どんな表情をしているんだろうか。


 いや、「までもが」なんて失礼だな。

 この状況では、仕方ない。

 なんて肯定してみせるが、本当は彼女に(かば)って欲しかったのかもしれない。

 いや、もう(かば)ってもらったじゃないか。


「すべての武器を没収した後、今後城内への入城を禁じる。これからは物乞い同然の扱いで通す。そして1人孤独に魔王の軍勢と戦ってもらう。以上だ」


 皇帝が席を立った。

 そしてアドルフとローランが近づいてくる。


「ハッハッハ! 調子に乗ってるからだぜ。なぁローラン?」

「本当にそうだよ」

「じゃあな、異端者。せいぜい魔女で遊んでやるよ」


 そう言い残し去って行った。

 ローランのいつもの笑顔だ。どうして笑っているんだ……?

 そうだよ、僕の見間違いかもしれない。


 サヴォナローラが近づいてくる。


「信頼していた人から裏切られる者のその顔……たまりませんなぁ。それにあなたは騙しがいがありましたよ」

「お前……最初から……」


 最初から仕組んでいたのか。この僕を嘲笑(あざわら)う口元と目つき……


「騙される方が悪いんですよ。あなたは元より邪魔だったのでね。遊び甲斐がありました。これからは1人で頑張ってくださいね」



 サヴォナローラが去った後、僕は宣告通り防具と剣を没収され、門へと連行された。

 その間に騎士や貴族たちの衆目に晒されるが、もうどうでもよかった。

 ただただ歩いていた。



 門の前にはディスアキアが立っていた。


 真っ直ぐに向かってくる視線を感じるが、僕には目を合わす勇気がない。


 (うつむ)いたままでいると、少し震えた声が沈黙を破った。

「キミもボクを、独りにするんだね」



「……ごめん……」


 俯いたままそう呟く。

 どうすればいいのか、なんて返事をすればいいのか。

 考えた挙句、それしか出てこない。


「もういい。キミには、失望した」


 彼女はそう言い残して、下を向きながら僕の側を通り過ぎていった。


 通り過ぎる時、肩越しに彼女の涙を見た、ような気がした。

 雨が降りはじめたからだ。


 こうして僕もディスアキアも、またひとりになった。


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